陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その114・窯焚き

2010-04-22 10:08:09 | 日記
 炉内圧が高まる(つまり火がでかくなる)と、炎の体積が窯の容積を上まわるため、穴から炎の舌ベロが長々と飛び出す。「酸素をくれ~」と悶えているわけだ。還元雰囲気はこうしてつくりだされる。逆にエントツを素通しにして空気の流れをよくし、酸素を潤沢に供給してやれば、炎が透き通って健康な酸化雰囲気となる。それを手先で操作できるのが、燃料窯のメリットだ。自然現象とカンまかせのマキ窯とちがい、装置の操作精度が作品の出来を決定づける。炎のバランスの中に焚き手の創作意図をはっきりと打ち出すことができ、そのコントロールは腕の見せ所でもある。その分、失敗の言い逃れもできなくなるわけだが。
 色見穴から噴き出す炎の長さで炉内雰囲気の強弱(つまり窯の中の酸素量)を見ながら、一晩中、窯をいじくりたおす。あっちの穴をまさぐったり、こっちに障害物をこしらえたり、押しこんだり引っこ抜いたり、ビールを飲んだり、ガス圧をいじったり、つまみを食べたり、じりじりと我慢したり、ウロウロと右往左往したり・・・そうするうちに、作品は窯の中でとろんといい顔になっていく。
 色見のピースを小穴から出して焼きあがりを確認すると、みんなほっと胸をなで下ろした。しかしすぐに不安が襲いくる。作品の出来映えは、窯が完全に冷めて扉を開かなければわからないのだ。その瞬間まで、精根のつきた空っぽの頭には、反省と悔悟の念が押し寄せる。あのときこうしておけば・・・そのときナニしておけば・・・そんな不安定な心持ちだ。
 ねらしを終えた明け方になって火を落とすと、ようやく休息の時間が与えられる。だが現場では、気持ちが高揚して仮眠もできない。起きあがってパイロメーターの数字をのぞきこんでも、たいして温度が下がっているはずもない。作品に会えないもどかしさに焦れながらオレたちは、ついに一睡もできないまま、月曜のラジオ体操に向かうのだった。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園