授業が終わると、オレを含むチャリ隊はいつも、学校近くのたこ焼き屋「ちかちゃん」へと向かった。屋外のぼろパラソルの下で、100円のかき氷やたこ焼きをパクつくのだ。パラソルの脇には九官鳥がいて(もちろん相場通り「キューちゃん」という名前だ)、女子が近づくと「カワイイネエ」などという鳥ごころにもないおべんちゃらを高らかに叫んだ。店はぽんこつの掘建て小屋で、パラソルは古びて傾き、イスの生地は裂けていた。なのに、所せましと並べられたプランターの植物だけはきちんと手入れがゆきとどいていて、消耗しきったからだと心を癒してくれた。辺りを水田にかこまれたこの町で、「ちかちゃん」は数少ない憩いの場所なのだ。そしてここはオレにとって、一日でほとんど唯一気を抜くことができるオアシスだった。山の端に沈む夕陽と、稲田を渡る涼風、何人かのガールフレンド。悪くない。
ところが悪辣なことに、こんな場所にも宿敵・ツカチンは、小ジャレた軽で乗りつけてきた。そして、
「杉山さんにだけいい思いはさせない」
などとほざきつつ、ガールフレンドたちの視線を根こそぎかっさらっていく。両手の花を奪われたオレは、殺意に身悶えした。
さらにヤツは、キューちゃんのカゴに向かってタバコの煙を浴びせ、
「『げほげほ』と言え、言うのだ。さあ」
と、新しい芸を覚えさせようとする。なんとひどいやつだろう。まるで悪徳サーカス団の団長だ。かっこよくて人気があって力持ちでろくろがうまければ、なにをやっても許されると思っているのだ。そんなときオレは、いつか絶対にヤツを超えてやる、と心に誓わずにはいられなかった。
ー今のうちにわが世の春を楽しむがいい。きさまがうつつを抜かしてる間に、どーんと抜き去ってやるからな。オレには生涯「ろっくん」という、つえー味方がいるのだから・・・ー
ところが、ヤツはこんなことを言いだした。
「実は、ある製陶所のオーナーと懇意になって、ろくろ付きのアトリエを貸してもらえることになったんだ。みんな、いつでも遊びにおいでよ」
なんとオレがろくろを購入するのと時を同じくして、ヤツはそんな大金持ちの人物に取り入っていたのだ。女だ。女社長にきまっている。きっとその流し目で、相手をメロメロにしたのだ。しかも密かにろくろまで手に入れていたとは・・・。今以上にさらにうまくなろうというのか?なんとこすっからい男なのか。はるか前方を独走しながら、宿敵の影におびえ、さらに引き離そうというわけだ。それほど背後に迫るオレの絶大な才能を意識しているのだ。
ー面白い、きさまがそういうつもりなら・・・ー
オレは一計を案じた。女子にとり囲まれてモテモテ状態のヤツを横目に、かき氷を静かにかきこむ。そしてスキを見てそっとさじを置き、足音を忍ばせてその場を抜け出した。そのままアパートまで猛ダッシュだ。一刻も早くろっくんの元に帰り着くのだ。練習、練習、練習あるのみだ。気配を消したまま忽然といなくなったオレに気づくまで、しばらくはかかるだろう。そのぶん、あのマヌケ野郎は時間をロスすることになる。
ーお先に失礼だ、ざまあみろー
職人の世界は出し抜き合いだ。ヤツには気の毒だが、かしこい人間が勝利するのが世の常なのだ。
ーいつまでも浮かれてろ、バカめ・・・ー
パラソルの下で熱烈的にモテているツカチンの姿を背後に見ると、その勝利に疑念がわかないでもないが、とにかくオレは、一日の中で最も重要な時間のために帰路を急ぐのだった。
東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
ところが悪辣なことに、こんな場所にも宿敵・ツカチンは、小ジャレた軽で乗りつけてきた。そして、
「杉山さんにだけいい思いはさせない」
などとほざきつつ、ガールフレンドたちの視線を根こそぎかっさらっていく。両手の花を奪われたオレは、殺意に身悶えした。
さらにヤツは、キューちゃんのカゴに向かってタバコの煙を浴びせ、
「『げほげほ』と言え、言うのだ。さあ」
と、新しい芸を覚えさせようとする。なんとひどいやつだろう。まるで悪徳サーカス団の団長だ。かっこよくて人気があって力持ちでろくろがうまければ、なにをやっても許されると思っているのだ。そんなときオレは、いつか絶対にヤツを超えてやる、と心に誓わずにはいられなかった。
ー今のうちにわが世の春を楽しむがいい。きさまがうつつを抜かしてる間に、どーんと抜き去ってやるからな。オレには生涯「ろっくん」という、つえー味方がいるのだから・・・ー
ところが、ヤツはこんなことを言いだした。
「実は、ある製陶所のオーナーと懇意になって、ろくろ付きのアトリエを貸してもらえることになったんだ。みんな、いつでも遊びにおいでよ」
なんとオレがろくろを購入するのと時を同じくして、ヤツはそんな大金持ちの人物に取り入っていたのだ。女だ。女社長にきまっている。きっとその流し目で、相手をメロメロにしたのだ。しかも密かにろくろまで手に入れていたとは・・・。今以上にさらにうまくなろうというのか?なんとこすっからい男なのか。はるか前方を独走しながら、宿敵の影におびえ、さらに引き離そうというわけだ。それほど背後に迫るオレの絶大な才能を意識しているのだ。
ー面白い、きさまがそういうつもりなら・・・ー
オレは一計を案じた。女子にとり囲まれてモテモテ状態のヤツを横目に、かき氷を静かにかきこむ。そしてスキを見てそっとさじを置き、足音を忍ばせてその場を抜け出した。そのままアパートまで猛ダッシュだ。一刻も早くろっくんの元に帰り着くのだ。練習、練習、練習あるのみだ。気配を消したまま忽然といなくなったオレに気づくまで、しばらくはかかるだろう。そのぶん、あのマヌケ野郎は時間をロスすることになる。
ーお先に失礼だ、ざまあみろー
職人の世界は出し抜き合いだ。ヤツには気の毒だが、かしこい人間が勝利するのが世の常なのだ。
ーいつまでも浮かれてろ、バカめ・・・ー
パラソルの下で熱烈的にモテているツカチンの姿を背後に見ると、その勝利に疑念がわかないでもないが、とにかくオレは、一日の中で最も重要な時間のために帰路を急ぐのだった。
東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園