陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その112・個性

2010-04-20 10:56:50 | 日記
 レンタル窯に予約を入れた土曜日。各自に作品を持ち寄ると、それぞれに顕著な個性があるのがわかって面白かった。学校ではだれもが創造性をおさえて制作しているので、個別の作風を見る機会がない。おたがいの指向を開陳し合うのは、秘密の交わし合いをするようなものだった。
 ヤジヤジはいろんな経験を積んで、粉引き作家を目指そうと心に決めたようだった。粉引きとは、色みのある土に白泥の化粧がけをし、透明釉をほどこした器で、粉を吹いたように見えるためにこう呼ばれる。粉引き作品は、白の色味が命だ。そこでヤジヤジは、家で何種類もの白化粧土を調合し、作品より多いほどのテストピース(各種化粧土と釉薬をぬりつけた、色味実験用のピース)を用意していた。
「なんだかすいませんね、つまんないものばかりで」
 確かにテストピースはつまらない。しかしそこにこそ彼の凄みがつまっていた。今日ここで焼く器作品は、デモンストレーションと割りきっている。本命は、テストピースなのだ。ヤジヤジはその色味の中に世界観を見据えている。楽しいことは後まわし。この着ぐるみのようなおっちゃんが、深夜に目を血走らせて乳鉢で土の微粉末を摺る姿を思い、ちょっとした畏怖を感じた。このひとは来る日も来る日もそんな作業をしつづけられるのだ。だがその執念は、言いかえれば夢でもある。テストピースの膨大な量は、そのままヤジヤジの夢の大きさだった。
 一方、天真爛漫おじさん・イーダさんは、
「娘たちに使わせるんだ、てへへ」
とのんき顔。想像に頬をゆるませつつ、織部(緑釉を部分的にかけて、余白に鉄絵を描いた器)のコーヒーカップを大量に運びこむ。作風は彼の自然体とよくマッチして、奔放だ。なにより「つくりたくてしょうがないんですぼく」という楽しさが反映されているのが魅力的で、見習いたくなる。
 一児のママ・あっこやんは、とにかくいろんな技法を食い散らかしたような不思議な作品群を持ってきた。彼女は、表現に対する好奇心をあふれ出させるひとだ。彼女の行動力は、自分の中に芽生えた興味を決して見過ごさない。文献やギャラリーで知った方法論を咀嚼して自分の表現に取りこみ開花させる、才能というよりは冒険心を持っている。その眼力と引き出しの多彩さには舌を巻いた。
 オレは窯焚きを通して、この三人から影響を受けつづけた。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園