陶芸教室 夢工房あすか

大分市内にある陶芸教室のブログです。
  大分市南春日町12の8
  電話 097‐545‐3581

次なる “モチベーション”

2019-06-16 00:07:56 | ブログなどの課題
↓↓ 二つのサイトの陶芸ランキングに参加してます。バナーをポチッと応援クリックしてね! 人差し指や中指でトントン。

人気ブログランキングにほんブログ村


教室の古いタンスの引き出しの中に15年間も仕舞い込んでいた宜興窯 (ぎこうよう) の土で急須を作り、それを穴窯で焼いて「つぶれ急須」 にしてしまったが、今回は不思議な出逢いをつくってくれた。前回のブログに記載したとおりです。

中国の宜興窯の土を新入会の生徒さんから何種類かもらったら、急須づくりに取り組んでみよう。宜興窯の土は、土の種類だけでも、紫泥、黄泥、白泥、紅泥、黒泥、緑泥と6種類もある。急須づくりだけでも何年もかかりそうだ。少しずつ作って、数がまとまったら焼成しよう。電気窯の焼成プログラムも最高温度を 1,150℃に下げて設定しよう。面白そうだ。

 宜興窯の土 (15年前のカタログ)


急須は、いろいろなフォルムが出来る。パーツが多く手間もかかるが面白い。また、急須は技術的にも難しい所がある。奥が深い。水切れのよさや、使いやすさとか、お茶の味わいや香りなどを考えて行けばゆくほどに深みにはまりそう。

急須づくりにあたっては 「使う人の心や体に安らぎを与える急須」 づくりをスローガンに掲げよう ・・・ まてよ、もっと具体的に 「1万円で売れる急須、買ってもらえる急須」 づくりを目標にしようか ・・・ この方が気合が入りそう ・・・ 何処で売るの? 誰が買ってくれるの?? 夢は大きくおおきく ・・・。

急須づくりについては、私が自費出版した 『生活をうるおいを与える食器づくり』 という本にも詳しく書いているのだが、さらに肉付けができるだろう。

図書館から借りてきた 『職人男子 伝統に生きる僕たち』 という本には、函館市の白岩大佑さんという若手の急須職人の記事と作品が出ていた。愛知県の常滑焼で修行して北海道で急須づくりに励んでるそうだ。タイムリーにもこの本にも刺激を受けた。

教室は15年目を迎えるが今年に入り暇な時が多くなってきた。秋には新会員の大募集も試みてみようと思っているが陶芸人気は下降ぎみだ。私の気力も体力も後退してきてるのも否めないが、次なるライフワークとして、私なりの緩いゆるいペースで急須づくりに取り組んでみよう。傑作が出来るかも知れない。行雲流水 (こううんりゅうすい) の如く、他生の縁にはのってみよう、流れには添うてみよう。

正面から向き合っていると次なるもの開けてくる。次へとつながってくる。節目、節目に次への生きがいや目標を授けてくれるような気がする。次なるモチベーションを与えてくれる。


にほんブログ村 美術ブログ 陶芸へにほんブログ村 陶芸ランキング

↑↑ クリックしてあげてね!! ワンクリックが10ポイントになります。にほんブログ村 陶芸ランキングでは1位、もう一つの陶芸ランキングでは5位にランクアップされてます。


☆ 教室案内 : https://blog.goo.ne.jp/asuka1
☆ 自費出版 : 『生活にうるおいを与える食器づくり』
   こういう本があるといい。こういう本が欲しい。残りは5,6部。
コメント

不思議な縁

2019-06-14 00:06:20 | よろずごと
↓↓ 二つのサイトの陶芸ランキングに参加してます。バナーをポチッと応援クリックしてね! 人差し指や中指でトントン。

人気ブログランキングにほんブログ村


遠い遠い知らない他人でありながら、世の中はどこかで繋がってるものだ。私は長く東京にいたが、大分で陶芸教室を開いた時に、新潟県出身の男性が入会してくれた。大分の芸術の大学で准教授をしていた。

東京の音大を出ているとのことだったので、「こういう名前の女性を知りませんか」 と尋ねた。私の結婚式の仲人をしてくれた上司の娘さんなのだが、大学で教鞭を執っているのではないかと思ったのです。それが! なんと生徒さんの大学時代の大恩師なんだそうである。作曲理論の指導してくれた先生なんだそうだ。エクリチュール(作曲文法)のオーソリティーになってるそうだ。ビックリした! あの広い東京で生徒さんとつながりが既に出来ていたのである。奇遇奇縁である。生徒さんは新潟県の出身とのこと。新潟、東京、大分とトライアングルに結ばれていたのである。驚きだ! 生徒さんは陶芸も上手になっていたが、暫らく前から休んでいる。大学での音楽理論の指導とか、県民へのオープンカレッジなどで忙しいようだ。

実は、今回も同じような奇遇に出逢った。つい先日のことだが、単身赴任で教室に来ていたレギュラーの男生徒さんが転勤になり退会されたのだが、入れ替わるように、LPGの施工の仕事で単身で赴任してきた男性が新たに入会してくれた。

その生徒さんに 「中国の宜興窯(ぎこうよう)の土って知ってますか?」 と聞かれた。知ってますかと言われるまでもない。ほんの1年ほど前にその土で急須を作り、穴窯で焼いて、焼きつぶしてしまったのである。薪窯の高温に耐えきれずに潰れてしまったのが、1年半前のことだった。

私が大分に来る直前に、新宿の陶芸教室の先生から 「珍しい土がある。中国の宜興窯の土なんだが、この土で急須を作ると世界一美味しいお茶が飲めるんだよ」 「買わないか」 と勧められて 3 kgほど買ったのである。ただ、この土は焼成温度が1,150℃と極めて低かったので、使う機会がないままに、15年間ほどタンスの中に仕舞い込んでいたのです。

一昨年の穴窯焼成では、出品する生徒さんが少なかったので、一、二点でも作品を増やそうかと思って、この土で急須と湯呑みを作ってみることにした。薪窯の焼成温度に耐えられないのは分かっていたのだが、残しておいても無駄になるので、一か八かで穴窯の低い温度の所で焼いてもらおうと思ったのである。潰れなければ面白い焼き上がりの名品が得られるかも知れないという淡い期待も抱いて2個作って出したのである。その甘い淡い期待感もむなしく2個とも見事につぶれてしまった。つぶれ急須として教室に飾ってある。これはこれで二つと無い名品? となった。

 素焼き後


 穴窯で焼成後


 一つは使えないこともない。上部と蓋がゆがんでる。
 湯呑みは潰れることもなく焼き上がっていた。


新入会の生徒さんが言うには、「宜興窯の土を少しですが持ってるんです」 とのことである。珍しい土なので、ひょっとすると私が以前に買ったあの宜興窯の土と同じものかもしれないとの予感がした。その時にもらったカタログを見せた。「あ! これで~す」 とご本人も飛び上がらんばかりにビックリしていた。お互いに驚いた。不思議な奇縁だ。

何と、この新入会の生徒さんがこの土の輸入業務にタッチしていたそうである。こんなことってあるんだろうか。それも東京での話だ。しかも15年以上も前の話だ、そして大分でである。広い世の中が何と狭いのだろう。不思議な奇縁にビックリした。この生徒さんが新潟県出身というのにも驚いた。「次に帰郷した時に宜興窯の土を持ってきます」 とのことである。



不思議なことであるが、歳を重ねるごとにこういう奇縁に出会うことがたまにある。まったく縁もないような所で、全く縁もゆかりもない知らない他人でありながら何処かで、みんなつながっているんです。関係ないようなあらぬ噂も身近な所で漏れ聞こえたりする。世の中は広いようだが狭い。何処でつながりが出来るか分からない。いつの時代も真摯に生きて行かねばならないということだろう。

にほんブログ村 美術ブログ 陶芸へにほんブログ村 陶芸ランキング
↑↑ クリックしてあげてね!! ワンクリックが10ポイントになります。


☆ 教室案内 : https://blog.goo.ne.jp/asuka1
☆ 自費出版 : 『生活にうるおいを与える食器づくり』
   こういう本があるといい。こういう本が欲しい。残りは5,6部。
コメント

日日是好日/連載23

2019-06-12 00:05:05 | 日日是好日/連載
↓↓ 二つのサイトの陶芸ランキングに参加してます。ポチッとバナーを応援クリックしてね! 人差し指や中指でトントン。

人気ブログランキングにほんブログ村


 ー 「陶芸」 が教えてくれる 15 のしあわせ ー

 第八章 : たくさんの「本物」をみること/その6



順序が逆になったが、陶芸家の河井寛次郎が、版画家の棟方志功へ宛てた手紙を転記しよう。二人は文才も秀でている。お二人の手紙を写しているだけで熱くなる。

 棟方君

君の近業「華厳譜」の挿絵になる十枚が届いた。久しく逢わない君に今まざまざ逢っているような思いがする。君が身体をあげて話す話を今聞いているような思いがする。この半年君がどうしておられたかというようなことも鮮やかに聞けるような思いがする。

今君の曇りなき叡智とさらけ出された本能との前に立って思う。君は畏るべきものを有つ人だ。君のものを見ていると、人が嘗て山野を駆け廻っていた時の荒魂が頭をもたげる。君は確かに人々の中に隠れている荒魂を呼び返す人だ。

君は美については人一倍恥ずかしさを有つやさしき人であるが、同時に全く畏れを知らない荒男だ。君が汗を流し、唾を飛ばし、時には躍り上がったりして話すように、現されたのも汗と流し、唾を飛ばし、躍り上がるかのようだ。

遺憾なことに、真当(ほんとう)のものは大抵は痛ましい中から生まれるものだ。君もそういう籤をひいた一人なのだ。君は大抵の人がへこたれる処をいつも立ち上がってしまう。それでいて君はやさしい清い人だ。そういう君を思うと身体中があつくなって来る。

君の仕事に対する喜びの深さが思いやられる。何事も克服しないではおかない君の強い喜びに今吾々は信頼する。君が火に水をかけるように振りかかって来る困難をじゅくじゅく消している姿を想像する。それから明るくて元気がよくてぱちぱちしている君が浮かび出す。君が物に触れ事に当たってとり出す 「驚き」 に思い至る。君が仕事を育てて行く夢に思い至る。
                           河井寛次郎

という手紙を棟方へ送っている。また、棟方が河井に宛てた葉書には
「お会い申したくたまりませね。お話し致してお手を握りたくなりました。」
と想いが綴られている。





にほんブログ村 美術ブログ 陶芸へにほんブログ村 陶芸ランキング
↑↑ 今日もワンクリック!! ワンクリックが10ポイントになります。


☆ 教室案内 : https://blog.goo.ne.jp/asuka1
☆ 自費出版 : 『生活にうるおいを与える食器づくり』
   こういう本があるといい。こういう本が欲しい。残りは5,6部。
コメント

日日是好日/連載22

2019-06-10 00:22:45 | 日日是好日/連載
↓↓ 二つのサイトの陶芸ランキングに参加してます。ポチッとバナーを応援クリックしてね! 人差し指や中指でトントン。

人気ブログランキングにほんブログ村


 ー 「陶芸」 が教えてくれる 15 のしあわせ ー

 第八章 : たくさんの「本物」をみること/その5



前回のブログで京都の「河井寛次郎記念館」を訪ねたことを書いた。河井寛次郎さんのことも少し触れておこう。敬称は省略する。陶芸家の河井寛次郎といえば、あの版画家の棟方志功を育てた人である。濱田庄司が棟方志功を見出したのだが、「僕は、君を教えたり導いたりするような柄ではないから、河井に君をあずけよう」といって東京工業大の窯業科の先輩でもあり、教養のある河井に棟方をあずけたのである。河井は、京都からわざわざ東京に出向き、棟方をこの旧宅に連れて帰っている。妻子には今から 「熊の仔を連れて帰るから」 と知らせていた。

不遇にあえいでいた棟方は、河井家に入るやいなや意気軒昂として、「すごいぞ青年、凄いぞ青年、・・・」 と両手のこぶしを振り上げながら部屋に上がってきたのである。棟方が33歳の時である。当時、小学4年の河井の娘さんが思い出として語っている。映画化にもドラマ化もされた有名なシーンである。河井は、棟方を自宅に住まわせて、禅や仏典などを教えたのである。それが棟方志功の版画へと結実されて行くのである。棟方が描いている菩薩のような女性は、河井の娘のこの須也子の顔なのだ。

河井寛次郎に対する棟方の敬愛の深さは、手紙にも記されている。

  河井寛次郎先生
 真直ぐな事をいえば、先生は泣いてくださいました。
 こんなことは此の三十年の間に、嘗て廻り逢わなかった境涯でした。
  ・・・
 物は皆美しいもの、人は皆善い(よい)人。
 こんな素晴らしい言葉をわたくしに教えて下さった人は、
 今までありませんでした。
 与えられた美しさ、与えられたからこそ生まれた美しさ。
 自分なぞ何処にあろうか。
  ・・・
 立派なお手本を、だまって繰り拡げて止まなかった情深いお心持、
 絵描きを心掛けて十余年、わたしくは初めて本当の師匠に廻り逢いました。
 待った師匠は絵描きではなく、工藝の道に携わる人でした。
                            棟方志功



河井寛次郎の教えは、河井に讃迎しておくった版画 「鐘渓頌 (24画面)」 へとつながっている。鐘渓窯は河井が使っていた登り窯なのである。記念館に残されている。



師弟愛は終生続いた。河井が逝ったときの深い悲しみが棟方の書簡に残されている。

  河井寛次郎先醒
  河井寛次郎先醒
 先生が逝くなったということを京都からの電話で聞いた時、
 この瞬間空気がなくなって、わたしが吸いとられて仕舞ったようでした。
  ・・・
 わたしは部屋中に、「先生、先生」と先生の壷、鉢、
 大皿、茶碗から、あらゆる御作品をただならべていました。
  ・・・
 それでも淋しく哀しく、茫然となるばかりでした。
  ・・・
 智積院の境内に眠っている先醒は、いつともなく風となられて、
 わたくしのそばを吹いては流れ、めぐっては吹いて、
 拈華微笑を表してくださっているようです。
 拈華微笑を示してくださっているようです。
  河井寛次郎先醒
  河井寛次郎先醒
                            棟方志功

河井寛次郎作品は、「開運! なんでも鑑定団」 にもよく出品されている。
又、冒頭の写真の右下に写っている3人は、「民藝運動」 を推進した人たちである。左から、濱田庄司、柳宗悦、河井寛次郎である。

 ・・・ つづく ・・・


にほんブログ村 美術ブログ 陶芸へにほんブログ村 陶芸ランキング
↑↑ 今日もワンクリック!! ワンクリックが10ポイントになります。


☆ 教室案内 : https://blog.goo.ne.jp/asuka1
☆ 自費出版 : 『生活にうるおいを与える食器づくり』
   こういう本があるといい。こういう本が欲しい。残りは5,6部。
コメント

日日是好日/連載21

2019-06-08 00:03:55 | 日日是好日/連載
↓↓ 二つのサイトの陶芸ランキングに参加してます。ポチッとバナーを応援クリックしてね! 人差し指や中指でトントン。

人気ブログランキングにほんブログ村

 ー 「陶芸」 が教えてくれる 15 のしあわせ ー

 第八章 : たくさんの「本物」をみること/その3
翌年は、京都の 「清水焼」 や、奈良の 「赤膚焼」 を見学した。この時は長男の会社の京都の保養施設に泊まった。保養所が清水焼団地の一角にあったので、朝食後は陶器店をいくつか観てまわった。一軒では小碗のろくろ挽きを実演して見せてくれた。お皿のように開いてから、すぼめて器にするバイ挽きという挽き方で年季が感じられた。

午後は、京都市内に戻り清水寺へ行った。修復中で入れなかったので清水坂を散策してから、坂を下って 「河井寛次郎記念館」 を訪ねた。格子戸に囲まれた趣きある佇まいだった。その後は、京都御所の近くにある抹茶茶碗の窯元の 「樂美術館」 を訪ねた。この美術館は気に入ったので、その後も何度か訪ねている。初代の長次郎の抹茶茶碗は有名だが、私は、現在の第15代 樂吉左衛門さんの斬新な造形や景色の抹茶茶碗に惹かれる。

翌日は、奈良へ行って 「赤膚焼(あかはだ)」 の窯元を2軒ほど見学した。奈良絵の色絵付けが施された器である。上下2本の線の中に古都を偲ばす人物や鳥居、木、鹿などが童画風に軽いタッチで描かれている。愛らしく可愛かった。その後、色絵磁器の陶芸家の 「富本憲吉記念館」 や 「東大寺」 などを見学した。

民芸風な絵と言えば、東京・駒場の 「伝統工藝館」 で見た、皆川マスさんが描いた素朴な絵も心を打つものがあった。益子焼の土瓶に絵を描く最後の絵付師と言われた明治時代の女性である。80歳まで描いている。益子焼が全国区になる前である。その器の絵をアップしよう。マスさんは益子焼の再興の父と言わる人間国宝の濱田庄司さんに見出されている。濱田さんのお弟子さんの島岡達三さんも人間国宝になっている。

 雑誌 『民藝 535』 の掲載写真。





数日前に図書舘から 『伝統工芸を継ぐ男たち』 と 『伝統工芸を継ぐ女たち』 という本を借りてきて読んでいるが、東京・青山 (赤坂) に、経済産業省が指定した各地のさまざまな伝統的工芸品を紹介する 「伝統工芸 青山スクエア」 というギャラリーがあるようだ。この本の末尾に細い字で遠慮がちに注書きとして補足されていた。次回上京した時に訪ねてみよう。各地の伝統工芸品が展示され販売されているようだ。

この二冊の本は、さまざまな伝統工芸を継いでいる工芸家たちを特集している。男性編では精悍なりりしい顔立ちの若手工芸家たちが登場する。女性編では優しい顔立ちの才色兼備の若い女性たちが特集されている。

先々週に借りた 『伝統工芸、女性の匠たち』 という 「織る、染める、焼く ・・・ 至宝12人の技と生き方」 という本では、マスさんのような熟練の女性伝統工芸士が伝統の技を守り続けていた。また、『職人男子 伝統に生きる僕たち』 という本では男優のようなイケメンの若い職人さんたちが伝統工芸を継承するために励んでいた。

・・・ 次回へつづきます ・・・


にほんブログ村 美術ブログ 陶芸へにほんブログ村 陶芸ランキング
↑↑ 今日もワンクリック!! ワンクリックが10ポイントになります。


☆ 教室案内 : https://blog.goo.ne.jp/asuka1
☆ 自費出版 : 『生活にうるおいを与える食器づくり』
   こういう本があるといい。こういう本が欲しい。残りは5,6部。
コメント