夫婦別姓に興味を持ったことからはじまり、少子化問題にも興味を持ちました。
毎日新聞の東京朝刊では、
「未来が見えますか:人口減時代の日本 第1部・少子化の風景」
という連載が11回シリーズで昨日の朝刊まで掲載されていました。
毎日新聞のホームページで検索できた号だけをリンクしました。
ご興味のある方はどうぞ↓
[ 第2回 第3回 第6回 第7回 第9回 第10回 第11回 ]
夫婦別姓問題は少子化にも少なからず影響を及ぼしているのではないかと考えています。
下に、なぜ少子化が進行しているのかその要因を自分なりに考え推論を立ててみました。
推論1.少子化には晩婚化、非婚化が背景にある。
推論2.晩婚化、非婚化するのは夫婦別姓にできないのも要因の一つである。
推論3.婚姻届を出さずに子を産むことに対する婚外子差別のせい。
推論4.結婚したいと思えるようないい男性がなかないないと多くの女性が思っている。
推論5.多くの男性が結婚することを重荷に思う。
推論6.結婚すると、女性は仕事と家庭を両立することができない。
推論7.結婚することで男女とも抱える負担が多すぎる。
推論8.一人っ子が多く兄弟姉妹が少ないため、どちらも跡継ぎになってしまう。
この推論に答えてくれそうな2冊の本を読みました。
鈴木りえ子著 : 超少子化-危機に立つ日本社会
この本には、少子化が進む原因は専業主婦と働く女性の税金の格差の問題、結婚による男女の役割分担の決め付けからくるお互いへの依存に対しての負担感が、結婚への魅力をなくしているのではないかと書かれていました。
これからの時代は、「男だから」「女だから」という価値観にとらわれず、お互いが自立した一人の人間として、さらによき人生のパートナーとして協力して生きていくことが結婚ということであり、また夫婦が子を持つ持たないという選択を自由にできることが大切だと述べていました。産みたい人には産みやすく、産みたくない人は産まなくても生きやすい社会を作ることが少子化を止めることではないかと書かれていました。
私はこの本にの内容にとても同感しました。
男女ともみな「男だから働け。」「女だから家事、育児をしろ。」「男は強くなければいけない。」「女はおしとやかでなければいけない。」などという決め付けに対してかなり窮屈だと感じているのだと思います。
そんな価値観をいつまでも押し付けている限り、結婚というものの魅力がますます薄れ、家族を作ることがわずらわしくなり、結婚を遠ざけている原因になっていると私も思っていますし、私も実際そう感じています。
夫の家政婦になるために、夫の家に取り込まれるために結婚するなら、そんな結婚は私は願い下げです。男性だって、稼いだお金をすべて持っていかれ、小遣いをもらうにもいちいち文句を言われ、稼ぐことが妻に当然だと思われるような結婚なら自分の趣味にお金を全部使える方がどんなにいいかと考えるのは当然だと思います。
既に結婚している男女の多くに、男は働いて当然、女は家事をして当然というお互いの依存関係や感謝の気持ちがない人がいることにとても疑問を感じています。また、そういったことに関して特に女性が疑問を感じ始めたために、熟年離婚が増えているのではないでしょうか。
やはりお互いが自立して、お互いを人生のパートナーと思うことが大切だと思います。そのためには、夫婦別姓を選択できるようにすることも必須事項です。なぜなら社会で働くためには氏名はとても重要な役割を果たすからです。
また、男女が仕事と家庭を両立できるような支援体制や施設が整っていないことも原因だと思います。働かないと食べていけませんが、だからと言って子どもを預かってくれるところがほとんどありません。そうなることで、しわ寄せがくるのはたいてい女性ということになります。男女とも仕事も育児も両立できるようにすることが先決だと思います。
私が勝手に考えた対策ですが、企業や施設を問わず、託児所を必ず設置し、学校には必ず学童保育施設を設置すればいいのではないかと思います。また、学童保育所は高齢者のデイケアセンターも兼ねてもいいのではないでしょうか。ただ、この場合、認知症(痴呆症の新しい言い方です)の方の受け入れが難しいですが、暴力を振るわない程度の方なら一緒にしても問題ないと私は思っています。
子どももお年寄りも孤独にならずにすむし、子どもたちは色んな年齢の人たちと関わりあうことができ、社会性やコミュニケーション能力が培われ、お年寄りも子どもたちに刺激され、認知症を発症する確率を低めたり、進行を緩和できたりするというような相乗効果があるのではないかと考えています。
岩月謙司著 : なぜ母親は息子を「ダメ男」にしてしまうのか
なぜこの本を手にしたかというと、以前関わった男性がまさにこの本に書かれているような人間だったからです。そして、世間で言う「いい男がいない。」という原因はここにあるのではないかという推論から、読んでみようと思いました。
この本によると、母親が息子をダメ男にしてしまうのは、息子に対してドメスティック・マインド・コントロール(略してDMC)をしているせいだと書かれています。それでは、そのドメスティック・マインド・コントロールとは何かというと、「おまえは幸せになるな。私(母親)を幸せにしろ。」というものです。
その母親はどうして、自分の息子にそんなことをしてしまうかというと、自分自身の不幸を認めようとしないところから始まるのだそうです。
「母親を悲しませるオマエは悪い子だよ。母親を悦ばせる子がいい子なのだ。」というサインを送り、無言の圧力をかけます。すると子どもはそのDMCを受け、母親のいいなりになっていきます。
本来、母親は子どもの感情に共感してあげるべきなのに、DMCをする母親は共感などできないので、子どもは「見捨てられ不安」を覚え、常に不安でたまらなくなってしまうのだと書かれています。
そんな風に、本当の愛情を与えることができない母親に育てられた息子はダメ男に、娘はダメ女になるでしょう。日本社会にはそういう男女がたぶんたくさんいると思います。そして、そのことで苦しんでいる人はかなり多いと思います。DMCは目に見えない児童虐待だと私は思います。その後のその子の人生を狂わせてしまうのですから。
昔、関わったその男性は、母親からかなりDMCされていたように思います。私と一緒にいるときは私の意見に従い、母親に言われると母親の意見にすぐ従うような人で、自分がどうしたいのかがまったくない人でした。母親がどんなにおかしくとも反抗などしないのです。いえ、DMCされているがために恐ろしくてできなかったのでしょう。その母親は息子が稼いだ給料を勝手に引き出して、家のローンに使ってしまったりするような人でした。それが当然というような顔をしていたようです。あなたのお金は私のお金でしょと言わんばかりの感じですよね。その男性はいつも喪失感で苦しんで、どんなに私が愛情をかけてもそれを受け取ることができず、いつも誰かともめ事を起こし、さらに理解されず孤独を深めるようなとても可哀想な人でした。
そんなことを言っている私も多少、母親にDMCされている気がしています。本を読んでいて私自身にも当てはまるところがありました。けれど仕方ありません。私の母は、その母親である私の祖母や母の姉である私の伯母に、DMCされていたのですから。それなのにその虐待の連鎖を少し軽くしてくれただけでも感謝しています。もし私が子どもを産むことができるのなら、私の次の代には連鎖しないよう、私でDMCは完全に断ち切りたいと思っています。
本を読んでいて、女性差別撤廃のための障壁は、実は男性ではなく同じ女性だったりするのかなぁと思いました。自分さえよければいいと考え、人に気配りが出来ない女性が多いことがとても気になります。その女性の多くは夫婦別姓とは無縁の方々です。
例えば、自動車。駐車場などの渋滞で並んでいる時、女性は入れてくれない人が多いです。男性の方が譲ってくれます。こちらが譲った場合、男性はお礼をしていく人が多いですが、女性は無礼者が多いです。そして、車間距離は女性はやたらに狭いです。止まれないくせにその狭さはハッキリ言って怖いです。その狭さで相手を不快にさせるかもしれないという気遣いが全くできていません。男性の方がよっぽど気遣いができているようにも感じます。それでいて「私は女だしぃ~。」と女を振りかざされた日には「コイツ、いてこましたろか?!」とキレそうになります。
そんな風に夫婦別姓の実現に立ちはだかる本当の壁は、長男が跡を継ぎ、長男の嫁は自分たちの面倒をみるものだ、お墓を守るものだという家制度を信じて(信じるのは勝手だか)それを人にも押し付け、子離れせず、家事もせず、夫が働いて稼いでくるのを当然だと言う顔をして、そのことに感謝もせず、自分のお金のように夫の給料を平然とたくさん使っているような完全に依存しきった女性たちなのかもしれません。その利己主義な女性たちがこの社会に男尊女卑思想、自分勝手をするような男性や子どもをたくさん作り出しているように思えてきました。
男女平等の壁は、実は女性自身?
オバタリアンの増殖が日本を滅亡させるかもしれない…。
毎日新聞の東京朝刊では、
「未来が見えますか:人口減時代の日本 第1部・少子化の風景」
という連載が11回シリーズで昨日の朝刊まで掲載されていました。
毎日新聞のホームページで検索できた号だけをリンクしました。
ご興味のある方はどうぞ↓
[ 第2回 第3回 第6回 第7回 第9回 第10回 第11回 ]
夫婦別姓問題は少子化にも少なからず影響を及ぼしているのではないかと考えています。
下に、なぜ少子化が進行しているのかその要因を自分なりに考え推論を立ててみました。
推論1.少子化には晩婚化、非婚化が背景にある。
推論2.晩婚化、非婚化するのは夫婦別姓にできないのも要因の一つである。
推論3.婚姻届を出さずに子を産むことに対する婚外子差別のせい。
推論4.結婚したいと思えるようないい男性がなかないないと多くの女性が思っている。
推論5.多くの男性が結婚することを重荷に思う。
推論6.結婚すると、女性は仕事と家庭を両立することができない。
推論7.結婚することで男女とも抱える負担が多すぎる。
推論8.一人っ子が多く兄弟姉妹が少ないため、どちらも跡継ぎになってしまう。
この推論に答えてくれそうな2冊の本を読みました。

この本には、少子化が進む原因は専業主婦と働く女性の税金の格差の問題、結婚による男女の役割分担の決め付けからくるお互いへの依存に対しての負担感が、結婚への魅力をなくしているのではないかと書かれていました。
これからの時代は、「男だから」「女だから」という価値観にとらわれず、お互いが自立した一人の人間として、さらによき人生のパートナーとして協力して生きていくことが結婚ということであり、また夫婦が子を持つ持たないという選択を自由にできることが大切だと述べていました。産みたい人には産みやすく、産みたくない人は産まなくても生きやすい社会を作ることが少子化を止めることではないかと書かれていました。
私はこの本にの内容にとても同感しました。
男女ともみな「男だから働け。」「女だから家事、育児をしろ。」「男は強くなければいけない。」「女はおしとやかでなければいけない。」などという決め付けに対してかなり窮屈だと感じているのだと思います。
そんな価値観をいつまでも押し付けている限り、結婚というものの魅力がますます薄れ、家族を作ることがわずらわしくなり、結婚を遠ざけている原因になっていると私も思っていますし、私も実際そう感じています。
夫の家政婦になるために、夫の家に取り込まれるために結婚するなら、そんな結婚は私は願い下げです。男性だって、稼いだお金をすべて持っていかれ、小遣いをもらうにもいちいち文句を言われ、稼ぐことが妻に当然だと思われるような結婚なら自分の趣味にお金を全部使える方がどんなにいいかと考えるのは当然だと思います。
既に結婚している男女の多くに、男は働いて当然、女は家事をして当然というお互いの依存関係や感謝の気持ちがない人がいることにとても疑問を感じています。また、そういったことに関して特に女性が疑問を感じ始めたために、熟年離婚が増えているのではないでしょうか。
やはりお互いが自立して、お互いを人生のパートナーと思うことが大切だと思います。そのためには、夫婦別姓を選択できるようにすることも必須事項です。なぜなら社会で働くためには氏名はとても重要な役割を果たすからです。
また、男女が仕事と家庭を両立できるような支援体制や施設が整っていないことも原因だと思います。働かないと食べていけませんが、だからと言って子どもを預かってくれるところがほとんどありません。そうなることで、しわ寄せがくるのはたいてい女性ということになります。男女とも仕事も育児も両立できるようにすることが先決だと思います。
私が勝手に考えた対策ですが、企業や施設を問わず、託児所を必ず設置し、学校には必ず学童保育施設を設置すればいいのではないかと思います。また、学童保育所は高齢者のデイケアセンターも兼ねてもいいのではないでしょうか。ただ、この場合、認知症(痴呆症の新しい言い方です)の方の受け入れが難しいですが、暴力を振るわない程度の方なら一緒にしても問題ないと私は思っています。
子どももお年寄りも孤独にならずにすむし、子どもたちは色んな年齢の人たちと関わりあうことができ、社会性やコミュニケーション能力が培われ、お年寄りも子どもたちに刺激され、認知症を発症する確率を低めたり、進行を緩和できたりするというような相乗効果があるのではないかと考えています。

なぜこの本を手にしたかというと、以前関わった男性がまさにこの本に書かれているような人間だったからです。そして、世間で言う「いい男がいない。」という原因はここにあるのではないかという推論から、読んでみようと思いました。
この本によると、母親が息子をダメ男にしてしまうのは、息子に対してドメスティック・マインド・コントロール(略してDMC)をしているせいだと書かれています。それでは、そのドメスティック・マインド・コントロールとは何かというと、「おまえは幸せになるな。私(母親)を幸せにしろ。」というものです。
その母親はどうして、自分の息子にそんなことをしてしまうかというと、自分自身の不幸を認めようとしないところから始まるのだそうです。
「母親を悲しませるオマエは悪い子だよ。母親を悦ばせる子がいい子なのだ。」というサインを送り、無言の圧力をかけます。すると子どもはそのDMCを受け、母親のいいなりになっていきます。
本来、母親は子どもの感情に共感してあげるべきなのに、DMCをする母親は共感などできないので、子どもは「見捨てられ不安」を覚え、常に不安でたまらなくなってしまうのだと書かれています。
そんな風に、本当の愛情を与えることができない母親に育てられた息子はダメ男に、娘はダメ女になるでしょう。日本社会にはそういう男女がたぶんたくさんいると思います。そして、そのことで苦しんでいる人はかなり多いと思います。DMCは目に見えない児童虐待だと私は思います。その後のその子の人生を狂わせてしまうのですから。
昔、関わったその男性は、母親からかなりDMCされていたように思います。私と一緒にいるときは私の意見に従い、母親に言われると母親の意見にすぐ従うような人で、自分がどうしたいのかがまったくない人でした。母親がどんなにおかしくとも反抗などしないのです。いえ、DMCされているがために恐ろしくてできなかったのでしょう。その母親は息子が稼いだ給料を勝手に引き出して、家のローンに使ってしまったりするような人でした。それが当然というような顔をしていたようです。あなたのお金は私のお金でしょと言わんばかりの感じですよね。その男性はいつも喪失感で苦しんで、どんなに私が愛情をかけてもそれを受け取ることができず、いつも誰かともめ事を起こし、さらに理解されず孤独を深めるようなとても可哀想な人でした。
そんなことを言っている私も多少、母親にDMCされている気がしています。本を読んでいて私自身にも当てはまるところがありました。けれど仕方ありません。私の母は、その母親である私の祖母や母の姉である私の伯母に、DMCされていたのですから。それなのにその虐待の連鎖を少し軽くしてくれただけでも感謝しています。もし私が子どもを産むことができるのなら、私の次の代には連鎖しないよう、私でDMCは完全に断ち切りたいと思っています。
本を読んでいて、女性差別撤廃のための障壁は、実は男性ではなく同じ女性だったりするのかなぁと思いました。自分さえよければいいと考え、人に気配りが出来ない女性が多いことがとても気になります。その女性の多くは夫婦別姓とは無縁の方々です。
例えば、自動車。駐車場などの渋滞で並んでいる時、女性は入れてくれない人が多いです。男性の方が譲ってくれます。こちらが譲った場合、男性はお礼をしていく人が多いですが、女性は無礼者が多いです。そして、車間距離は女性はやたらに狭いです。止まれないくせにその狭さはハッキリ言って怖いです。その狭さで相手を不快にさせるかもしれないという気遣いが全くできていません。男性の方がよっぽど気遣いができているようにも感じます。それでいて「私は女だしぃ~。」と女を振りかざされた日には「コイツ、いてこましたろか?!」とキレそうになります。
そんな風に夫婦別姓の実現に立ちはだかる本当の壁は、長男が跡を継ぎ、長男の嫁は自分たちの面倒をみるものだ、お墓を守るものだという家制度を信じて(信じるのは勝手だか)それを人にも押し付け、子離れせず、家事もせず、夫が働いて稼いでくるのを当然だと言う顔をして、そのことに感謝もせず、自分のお金のように夫の給料を平然とたくさん使っているような完全に依存しきった女性たちなのかもしれません。その利己主義な女性たちがこの社会に男尊女卑思想、自分勝手をするような男性や子どもをたくさん作り出しているように思えてきました。
男女平等の壁は、実は女性自身?
オバタリアンの増殖が日本を滅亡させるかもしれない…。
トラックバックさせてもらいます。
でも、こちらの方は結婚後どう有るべきか?ということを
メインで書いてあるんで、こっちの方にはたっちーさんの
文章をヒントに、結婚そのものについて書いてみます。
まず、以前に比較して、結婚する人が少なくなる理由、
及び遅くなる理由として、
○結婚しなければならない、または、したい理由が薄れている
○結婚したくない理由が増えている
この二つに分けられると思います。要は結婚へと
引っ張る力が弱まり、結婚しないことへと引っ張る力が
強くなってきている、と。
では、それぞれを分解して考えてみます。
結婚しなければならない理由、したい理由としては、
①親・親戚などからのプレッシャー(人は結婚しないと
いけないという価値観の押し付け)
②周りとの比較による焦り(自分だけが結婚してない)
③子孫(家)を残さなければいけないというプレッシャー
④好きな人とずっと一緒にいたい
⑤子供を作りたい
⑥経済的・精神的に安定したい
一方、したくない理由としては
⑦自由が無くなる
⑧経済的に苦しくなる
⑨子供が出来ると面倒
⑩名前が変わる
⑪仕事がしにくくなる
⑫自分の家が途絶えてしまう
こんなところかなぁ。
そこで、個別に対策を考えてみます。
なお対策としては、①~⑥については増やす方向、
⑦~⑫については、減らす方向で考えてみます。
①これは残念ながら、増やす必要は無いし、また、
他の誰かが策を考えるものでも無いと思います。
従って割愛。
②これも個人主義の浸透によって、焦りは減ってきましたが、
とはいっても日本人の性格上、右へならえ的な部分も
有ると思いますんで、結婚の絶対数が増加すれば
増えていくんじゃないでしょうか。
でも、そうするためには、他の部分を考える必要が・・・。
というわけで、他に移ります。
③これは、ほぼ①と同じだと思います。これも割愛。
④これは、⑦~⑫の程度を低くすれば、人を想う気持ち、
そして、それを行動に移すことは、以前よりは増えていると
思いますんで、さほど難しくないでしょう。
敢えて出来ることといえば、「結婚って素晴らしい」
みたいなドラマを多く作ることくらいですかね。
馬鹿馬鹿しいかもしれませんが、日本人って、
こんなことに影響されやすい人種ですし・・・。
でも、その他は⑦~⑫の低下に依存しますので割愛。
⑤これは、一番政策によって変動させる事が出来る
部分じゃないでしょうか?それについては、トラックバック先で
説明しているので割愛。
⑥これは、主に女性が一人でも経済的に安定できるように
なってきたので、結婚に依存する必要が無くなってきたから
この部分はどうしようもないですし、逆戻りする必要は
無いと思います。
精神的な面については、他者がどうこうできる問題では
無いので割愛。
⑦これも、個人の問題だから、他者がどうこうできる問題では
無いと思います。理想を言えば、結婚しても個人を
尊重し、一緒にいる時間、互いに思い思いの行動を
とる時間を作るのがいいのですが、それを他人が
考えてなんともしがたいですしね。
⑧これは結婚したから苦しくなる、という場合と、
結婚して様々な資産を購入するから結果的に苦しくなる、
という場合と、2種類有ると思います。
前者は、独身時代には、自由に自分で稼いだ金を
使えていたのに、結婚すると使えなくなる、という事象で、
後者は、一人では大した資産が必要なくても、結婚して
家族がどんどん増えていくと、それなりの資産が必要に
なるから、という事象です。
これは一見どうしようもないように見えますが、
答えは単純で、夫婦それぞれが働き続ける事が出来れば
特に問題ありません。
むしろ、そうしないと、貨幣の循環=経済の活性化が
鈍ってきます。
つまり、これを解決するには、夫婦が結婚しても働き続けられる
環境を整備すること、敢えて言えば、女性が結婚しても
働き続けられる環境を作る事が必要となります。
⑨これは、⑤の裏返しにもなりますので、割愛。
⑩これは、夫婦別姓を取れる制度=選択制夫婦別姓を
推進するしかないのでしょうね。
ただ、名前は残っても「家」制度の観点からは、
不十分であります。それについては、⑫にて。
⑪これは、主に「女性は結婚したら仕事を辞めるもの」
という考え方があるからですが、それについては
⑧のやり方においてほぼカバーできると思います。
あとは、考え方そのものを変えていくしかないですが、
それについては、強制できるものではないので、
割愛します。
⑫「家」という考え方には、
名前を継続させる
土地を持ち続ける
墓を守る
という、大きく3つの考え方が有ると思います。
1つ目については、⑩のとおり。
2つ目については、そもそもこの現代の日本では
さらに都心部においては土台無理なことです。
従って、この拘りは大多数の日本人は、もうあまり
持っていないのではないでしょうか?従って、
これは割愛します。
3つ目については、少子化が加速すれば難しいですが、
そうでなければ特に問題ありません。
また、加速していても、旧来の考え方を捨て、
コインロッカーのような形式にすれば、子孫の負担も
少なくなると思われます。
もちろん、旧来の形式から大きく外れるので、
大きな抵抗は有ると思いますが、それを理由に子孫が減少し、
結果、墓を守れなくなるのであれば本末転倒に
なってしまいますんで、已むを得ないと思います。
以上、①~⑫を総合すると、
○結婚はいいものだと思わせる雰囲気を作る
○育児環境を整える(詳細は、トラックバック先を)
○女性が結婚しても働けるようにする
○結婚しても同姓を強制させる制度を変える
この4点に帰結するのではないでしょうか。
女性が社会進出した事を少子化のせいにする人が
まだまだ多くいますが、一旦甘い果実を味わった人間が、
それを手放そうと思えますかね?
そんな訳は無いでしょう。
であれば、それ(女性の社会進出)を前提に考えていくしか
無いんです。
他人のせいにしていれば、
少子化
↓
高齢化社会
↓
納税者の減少
↓
国力衰退
↓
暮らしの悪化
と転落していくしかありません。
でも、それを食い止めるためには、政治に積極的に
参加していくしかないと思います。
でも、男性が主体では、今の現状をあまり変えられるとは
思えません。
ゆえに、女性の政治への積極参加が必要となると思います。
文句を言うなら行動をしろ、行動しないなら文句を言うな、です。
というわけで、次へと繋がる部分を残して、ここは一旦終わりにします。
たっちーさんと同じになるのですが、女性の足を
引っ張っているのは結局女性、ということだと思います。
それについて、二つの観点からアプローチしてみます。
1.男はダメになってきたのか?
これは、ある意味では肯定、ある意味では反対します。
まず、肯定の理由。
女性が社会進出し、「男らしさ・働いていること」
だけで男性を判断していた時代は終わり、
「働いていること・家事育児への参加度・優しさ」を
判断基準とするように移行してきました。
そこへの移行において、男性の「男らしさ」は
評価のポイントから外れていくようになりました。
でも、女性は働く人は大勢おり、家事育児をやる人も
当然多くおり、優しい人も大勢います。
従って、女性が頼りたいと思う点(自分には無いものを
相手が持っている点)が男性には余り見受けられなくなりました。
故に、「ダメ男」が増えているように見えてしまいます。
これは、「男らしさの欠如」を女性が陰に陽に
求めてきたことから起こるものだと思います。
次に、反対する理由。
前の文章とも重なりますが、女性が社会進出をし、
男性を比較する機会が増え、かつ、もう一つの判断基準である
女性自身の能力が向上した為、相対的に男があまりよく
見えなくなってきました。
では、この点において女性に全く落ち度は無いのでしょうか?
以前は、男性は経済的な強さを、女性は家事育児の関与度が
結婚における判断基準となっていましたが、今は
女性の家事育児の関与度を判断基準とすることを
女性側が拒み始めています。
にも関わらず、男性には相変わらず経済的な強さを
求めています。
これっておかしくないですかね?
男性に経済的な強さを求めるのであれば、
女性はそれに呼応する家事育児部分を担当しなければ
いけないですし、家事育児を低く見るのであれば、
男性への経済依存度を下げなければなりません。
つまり、ダメ男を仕立て上げているのは、絶対的にも、
相対的にも女性であるのに、それに気付かず、
自分に跳ね返ってくる(もっとも、結婚を最初から
する気が無ければ、全く関係の無い話ですが)。
即ち、女性によってダメ男を作り、それが女性の
足を引っ張っているということです。
2.ダメ男を育てたのは誰か?
そう、これはたっちーさんが既に書かれていますが、
成人になる前は、知識的な面はともかくも、
精神的な面では、現在のダメ男たち(成人男性)は、
母親が形成に大きな影響を与えていることは、
否めないでしょう。
ということは、結局女性がダメ男を育てているのです。
母親が男尊女卑では無く、両性平等を教えれば
男尊女卑思想の男性が再生産され続けていくわけがありません。
ここでも、女性が女性の足を結果的に引っ張っているのです。
もちろん、男性が両性平等の社会を作っていけば
女性だけが頑張るより早いでしょう。
でも、わざわざ自分の立場を危うくするような事を
男性が積極的にするでしょうか?
いや、それ以前に、男性にそれを願う女性が平等を
享受する資格があるのでしょうか?
自分は、無いと思います。
結局は、自分の立場を改善するには、女性自身が
頑張るしかないと思います。
女性が、日本人の中で3割だとか、2割とかしかいないのであれば
これは難しいでしょう。
でも、実際半分は女性なんです。
半分いる立場の人間が同じように行動を起こせば、
絶対に状況は変わります。
男だって、所詮女性がいなければ社会を維持していくことは
絶対出来ないわけですし、最終的には協力せざるを
得ないわけですから。
そういう訳で、女性は女性の足を引っ張らずに
自分自身の立場を向上する為に、積極的に
世の中を変えていきましょう。
その為には、「自分には関係ない」と思わずに
政治に積極的に参加していきましょう。
男性社会を維持していきたい政党が未だにのさばり続けているのは
他ならぬ政治に参加していない女性の責任が大です。
ふぅ、以上です。
しかし、途中からアルコール入った頭で書いてますんで、
かなり支離滅裂になってしまいました・・・。
というか、別に「女性があかん」というつもりは無いですし、
男性側にも多々原因はあるのは重々承知ですが、
女性が頑張らなければ女性の立場向上は無い、
というのをいいたくて、ものすごい乱文を書いてしまいました。
ツッコミどころは多々有ると思いますが、ある程度は
ご容赦願います・・・。
母親がダメ男を作ってるのは確かですね~、でもそれは夫が妻を顧みず妻の愛情の行き場が子供にしか行かななかった結果かな、と。
私は、現在の非婚化・晩婚化・少子化は親世代の幸せに見えない結婚を見てきた子供たち(特に女の子)の素直な気持ちの表れではないかと思ってます。
ごうさん、コメント長いっす
読んでるうちに前書いてあること忘れちゃったよ(笑)
ちょっと気になったので伺いたくコメントします。
駄目男は母親が作る。20年位前のベストセラー母原病というのを思い出しました。
その時の感想は結局日本には子供に責任を持てる父親は存在せず。
母子家庭なんだなということです。父親は息子を駄目男にする母親にも(妻)にも子供にもなんらの影響もない存在なのでしょうか?
何があっても常に母親が責められる。それなら子供も産まず結婚もしない方がいいと思ったものです。
父親は、どこにいるのでしょうか?
尼さんへ
>父親は息子を駄目男にする母親にも(妻)にも子供にも
>なんらの影響もない存在なのでしょうか?
もちろん、父親がしっかりしてれば、子供は
簡単に駄目男にはならないでしょう。
ですが、今回の話は、母親が駄目男を育てなければ、
子育てに関与しない父親が減少する。
そうなると駄目男がより一層減少する。
という循環になるので、母親がまず自覚しないと、
というところだと思います。
そもそも、駄目男(≒駄目父親)が多いという前提から
始まっているんで、何が有っても常に母親が責められる、
というのとはちょっと違うと思います。
駄目男に困らされるのは、男ではなく女性なので、
まずは女性から変わっていけば、駄目男も
減っていくんじゃないでしょうか。
いつも記事をお読み下さり、ありがとうございます。
そして、たくさんのコメントありがとうございます(^-^)
「敢えて出来ることといえば、「結婚って素晴らしい」
みたいなドラマを多く作ることくらいですかね。
馬鹿馬鹿しいかもしれませんが、日本人って、
こんなことに影響されやすい人種ですし・・・。」
私もそう思います。
最近のドラマに出てくる夫婦って、
夫が浮気して、とか、
子育てが大変、とか、
夫が話をきいてくれない、とか。
ダブル不倫した、とか。
そんなドロドロした結婚のドラマばっかりですよね。
現実はもっといい夫婦はたくさんいると思うのですが
悪い話の方が多く聞こえてきてしまいますし、
インパクトがあるから印象が強く残ってしまうんでしょうね。
ここら辺でドラマの製作も方向転換して、
理想の夫婦純愛物語みたいなものを描いたドラマを
つくってみるのもいいのではないでしょうかね?
ちょうど韓流ブームで、純愛ものに火がついていることですし。
おお?!
これはストーリー漫画のネタになるな~(笑)
そういうストーリー考えてみようかな。
それから、ごうさんのお墓についてのコメントで
「コインロッカーのような形式にすれば、子孫の負担も
少なくなると思われます。」
ということですが、私もそう思います。
または、共同墓みたいなものがあって、
そこに他人だろうがなんだろうが、
全部まとめて入れてしまうって言うのはどうでしょうか?(笑)
共同墓なら、色んな人がお参りに来るし、
一人で入っているわけではないので、寂しくないでしょう(笑)
私はそういう墓でいいです。
それに私はべつに子孫にお墓参りに来て欲しいと思いません。
死んだら、どうせ何も感じないですから(笑)
骨をゴミ箱に捨てられても、痛くもかゆくもないだろうし。
死んだあとの私の身体なんて、どうでもいいです。
子孫にとって負担が少なく、幸せに暮らせるのなら、
それでいいと思っています。
先祖としては、子孫が生きているということ自体が
自分が生きていたという証になると思います。
私がいなければ、子も孫も存在しない。
逆に先祖がいなければ、私もここに存在しない。
だから、自分がいまここに生きていられることに感謝することが
先祖に対しての感謝にもなるのではないかと思います。
もし、子孫が女の子なら、
私と同じミトコンドリアの遺伝子を
ずっと引き継いでいくんだろうなぁなんて思ったりします(笑)
ごうさんに提案した「夫婦別姓の子どもの姓」で
女の子を女系の姓でずっと改姓せず引き継いでいけば
その同じ苗字の女の子の子孫たちは
私と同じミトコンドリアを持っているいるってことがわかるんだなぁと
気がついて、なんか面白いなぁなどと思ったりしました(笑)
次にダメ男についてですが、
「以前は、男性は経済的な強さを、女性は家事育児の関与度が
結婚における判断基準となっていましたが、今は
女性の家事育児の関与度を判断基準とすることを
女性側が拒み始めています。
にも関わらず、男性には相変わらず経済的な強さを
求めています。これっておかしくないですかね?」
私もこれは確かにおかしいと思います。同感です。
男性に家事育児をお願いするのであれば、
女性もそれ相応の経済的強さをもたないといけないと思います。
男性に経済的強さを求めるのであれば、
仕事バリバリでいいわけですよね。それなのに??
女性が自ら専業主婦という女の役割分担を引き受けて、
男は仕事、女は家庭でいいと思ったのであれば、
そこまで男性に色々求めるのはどうなのかと
私も少しばかり疑問に思います。
らくさんのご意見にそのことが書いてあったので
続けて下でコメントします。
☆らくさん☆
コメントありがとうございます。
「母親がダメ男を作ってるのは確かですね~、
でもそれは夫が妻を顧みず妻の愛情の行き場が
子供にしか行かななかった結果かな、と。」
確かにこれは一理あると思います。
釣った魚にえさをやらないと思うような男性と
結婚してしまったらまさにそうなってしまうでしょうね。
私もそんな男は嫌いです。
ただ、専業主婦の妻が男性に夫や父親としてより、
経済的強さを夫に求めて結婚したらどうでしょうか。
そうではない方もいるとは思いますが。
経済的強さは、結婚するとき
かなり重要度が高いと思う女性が多いですよね。
ごうさんへのお返事に書いたとおり、
「妻を顧みず、仕事に没頭している」ということは
妻が夫に経済的強さを求めているから、
夫は妻のその要望に応えて仕事を頑張っているのでは
ないかと思いました。
男性は、それが夫として父親としての勤めや
愛情だと思っていたら、突然、妻に
「私を構ってくれない。父親らしいことをしない。」
となってしまうのはあれ?と思ってしまうのではないでしょうか。
そこで夫と妻でのズレが生じてる気がしています。
だったら、やはり結婚するときに
そのこともちゃんと男性に伝えるか、
そういう男性を選ぶべきではなかったのでしょうか。
それから、男性は女性にどう愛情を注げばいいのか
どう父親になればいいのかを教わっていないことも
いい夫や父親になれない原因があるのではないかと思います。
それを作り出してしまったのは今まで、
育児をしてきた昔の母親たちかなぁというわけです。
女である私自身が、どうしてここまで女をさんざん攻めるのか、
男はまったく悪くないのか?と言われそうですが、
男性を責める前にまず女である我が身を
考えなければならないのではないかと思ったからです。
もちろん現在の男性たちが全く悪くないとは思っていません。
仕事に没頭ばかりはよくないと思います。
女性に愛情をあげられない人、
父親としての責任を負えない人もどうかと思います。
私もそんな男を、彼氏にも夫にも、ましてや友達にもしたくありません。
私は人や人の気持ちを大切にできる人が好きなので、
そもそも家庭を顧みない男は好きではありません。
仕事と家庭の両方のバランスがとれている男性がいいです。
仕事ばかりの男性は、仕事と結婚することを私はオススメします(笑)
しかし、今の日本に存在する仕事没頭型や
妻に愛情を注げない、父親になれないの男性たちは
どうしてそうなったかを私なりに考察してみました。
そこで、今度は尼さんに対するお返事へ続きます。
☆尼さん☆
初めまして。コメントありがとうございます。
尼さんの「父親はどこにいるのでしょうか?」との問いですが、
私の歴史知識が少ない脳みそでざっと考えてみましたが、
日本には「育児をする父親」は
今まで存在していなかったように思います。
日本は、「男は仕事、女は家事育児」
という役割分担が当然という慣習でしたから。
だから、遺伝上の父親はいるけれど、
育児上の父親はこの日本という国にはほとんど存在しない気がしました。
日本で、男性に育児への関与を求めるようになったのは
ここ20年くらいのことのではないでしょうか。
日本という国はまだ
「父親不在の国」だと私は思います。
育児に関与しない父親に育てられた息子は
育児に関与しない父親になると思います。
またその息子も、そのまた息子も永遠に連鎖していく…。
この連鎖を断ち切れるのは、
ごうさんが横レスで書いてくださっていますが、
今、育児に一番関与している母親自身、女性自身だと
私は思っています。
だから、もし私が男の子を育てるときは、
家事、育児、仕事、そして他人を尊重し、
自分も尊重できる人に育てたいなぁと思っています。
もちろん女の子もですけどね。
今はちょうど移り変わりの時期なので、
残念ながら、自ら考えて育児をしてくれる男性というのは
あまりいないでしょう。
男性に少しでも育児に関与して欲しいなら、
女性が男性に対して何かできることをお願いしたり、
働きかけたりすることだと思います。
そして、親になるということは、
子の育て方が悪ければ世間からもですが、
子ども自身からも責められると思います。
親になると言うことはさらに
その重たい責任を負うということ、
その育て方を責められるのも覚悟するということだと私は思います。
その子の半分くらいの人生を決めてしまう人間が
親だと私は思っています。
その責任を負えない両親に育てられたら、
子どもが、それこそ可哀想だと私は思います。
姓が違うこと以上に…。
そういう愛も与えられず、責任も持ってくれない親に
育てられた子どもたちが、夜回り先生のいる夜の世界に
薬漬け、暴力漬けになって落ちて行ってしまっているのではないでしょうか…。
そして、その、人間として愛されないことの恨みが社会に向けば、
殺人者にまでなってしまうのではないかと私は思っています。
今度、父親不在の日本国と
青少年の凶悪犯罪についての記事を
書いてみようと思います。
私も読んだ後かなり、DMCされてたんだなぁと気付きました。彼に酷いことをしても自分では正しいことをしてる気分でいるんですよね。
今DMC治そうと奮闘中です。
目に見えない児童虐待…きっとそうなんでしょうね。私もまだ子供いませんが、これからいつか会う子供の為に完全に治したいです。
しかも、こんな昔の記事で長い文章を読んでくださってありがとうございます。
5年も前にこんな文章を書いていたのですね。
実際、自分が母親になってみて、自分も実は息子にDMCしてしまっています。
理想と現実はなかなか難しいものです。
つい、感情で息子を叱ってしまいます。
自分自身の心に余裕がないために息子の気持ちを受け止めることができないでいます。
児童虐待は、本当に他人事ではありません。
誰にでも起こりうることだと感じています。
自分でこんな立派なこと書いていましたが、考えるのと実際行うのとではわけが違うことを痛感しています。
もう少し自分の心を穏やかにできる方法を編み出さないといけないなと思います。
ジュンコさんは偉いですね。
DMCを治そうとなさっているんですね。
私も見習わなければいけません。