366日ショートショートの旅

毎日の記念日ショートショート集です。

ガウヤの墓

2012年05月08日 | 366日ショートショート

5月8日『ゴーヤーの日』のショートショート



此んな処にガウヤが。
民子は、はたと足を止め、母屋差し掛けに立てた竹組を覆ふガウヤを見上げた。
暑苦しく密生した葉の一枚一枚は守宮の脚裏に似た形をしてゐる。
彼方此方に真緑をした紡錘形の実がぶら下がつてゐる。
沸沸と泡立つ疣は緊密な疱瘡を思はせ、首筋にぞぞと痒みが走つたその時。
にも増して悍ましい物が民子の目に入つた。
完熟した実がオレンヂに変色し裂けて捲れてパツクリ開いてゐたのである。
オレンヂに梅干様の斑点を散らした色遣いが動物的で実に毒毒しい。食虫植物の様な胸糞悪い発酵臭を放つてゐる。民子は眉を顰めた。
先日の人生初ガウヤチヤンプルウを思ひ出した。半月切りで炒めたそれを見て一瞬、夜盗蛾の幼虫かと思つた。
砕けた豆腐、愚図愚図の卵、酷いのは見た目だけぢやない。口にした幼虫の胃薬の様な苦さと言つたら。糅てて加えて出汁に塩胡椒に醤油、仕上げに載せた鰹節が蠢く国籍不明さは一体。
二度と口にしないわ。二度と作らないでね、政夫さん。

政夫は、繁るガウヤをうつとり見上げる民子をぢつと見守つた。
民さんはきつと先日のガウヤチヤンプルウのことを思ひ出してゐるに違ひ無い。
水切りした豆腐に焼色をつけ、昆布出汁と塩胡椒で下味を付けた豚肉と合はせ、ガウヤを投入。
具材を絞つてガウヤ本来の美味さを民さんに味わつて欲しかつたのだよ。
あの時は殆ど箸を付けて呉れなかつたけれど、分かつて来たんだね、美味しさが。
さうさう、この苦みが一度食べると癖になるのさ。
恋と同じ。僕たちも大人のビタアな実を齧つて好い年頃だよ。
民さんがその気になつている今。今がチヤンスだ。

「民さん、民さんはガウヤのやうだ。僕はガウヤが大好きだ」
「わたしが・・・ガウヤですつてえ?」
政夫の言葉を苦苦しく受けとめる民子であつた。



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