366日ショートショートの旅

毎日の記念日ショートショート集です。

コスモス

2012年09月14日 | 366日ショートショート

9月14日『コスモスの日』のショートショート

小春日和の日溜まりで、薄紅のコスモスの花が自ら光を放ち風に揺れている。
縁側には私の幼い日々のアルバムが広げたまま置かれている。先程まで母がながめていたのだ。
母が庭先でひとつ咳をした。
明日嫁いでいく私は、母親への感謝の手紙を書く筆を止めた。

「母さん、大丈夫?」
「ああ。ミチコ、今、話をしてもいいかい?」
「ええ」
母があらたまって話があるだなんて。しかも結婚式前日に。私は便箋を閉じ、縁側の母の隣に座った。
「とうとう今日まで言えなかった。でも今日言わない訳にはいかないから」
何の話?
どんなに苦労をしても時が笑い話に変えてくれる・・・そんな人生教訓だろうか。
「あなたの父さんはね、あなたの貯金を使い込んでいたの。あなたの預金通帳は残高ゼロ」
え?
「チリの落盤事故があったでしょう?生存者のために、あなたの貯金を全部使ってプチプチを寄贈したのよ」
なぜ私の預金で?父は全員救出のニュースに感動のあまり心臓発作を起こして帰らぬ人となった。あの事故の唯一の犠牲者は父だ。
有り金はたいてプチプチを買うなんて父らしいじゃないか。でもなんで私の預金?
「ミチコ、ごめんなさい。父さんは実はあなたの本当の父さんじゃないの」
え?
「そして、母さんもあなたの本当の母さんじゃないの」
は?
「しかも、あなたはフィアンセのシンイチさんと血を分けた兄妹なのよ」
え~!シンイチ兄さんですって?
「かててくわえて、シンイチさん、実は女なの。結婚まで純潔を守ったあなたには気の毒だけど。あなたたちは姉妹なのよ」
そんな。
「あなたたちは結婚できないのよ、ミチコ」
「かまわない。わたし、シンイチさんと結婚します」
母が溜息をついた。
「黙っていようと思ったけれど無理なようね。ミチコ、シンイチさんとあなたは地球人ではないの。ヤチマタラッカ星から来たのよ」
ヤチマタラッカ星人?
「違います。あなたの母さんはヤチマタラッカ星人の家畜、コスモ牛なの」
え?じゃあわたしとシンイチさんはコスモ牛?
「違います。あなたの本当の父さんは宇宙蛾怪獣コスモスラなの。あなたたちは牛と蛾の道ならぬ恋で生まれたのよ」
牛にも蛾にも似ていないのに?
「なにがどうしたのか、地球人そっくりの赤ちゃんが生まれたの。それであなたの両親は、二人を別々の地球人夫婦に託したの」
それが父さんと母さんだったわけ?
「ええ。そして、なんという運命のいたずらでしょう、あなたはシンイチさんと出会ってしまった」
シンイチさんが姉でも宇宙生物でもかまわない。結婚します。
「家畜と怪獣から生まれた未知の新種が繁殖するのを宇宙環境保護団体は許さないの。あなたたちの結婚を阻止するために宇宙の彼方から地球に艦隊が向かっています」
逃げるわ、わたしたち。地の果てまで。
「残念。宇宙艦隊は太陽系ごと爆撃、消滅させる計画です。あなたの結婚には地球の命運が、いえ太陽系の命運がかかっているのよ!」
そんな。嘘でしょう?母さん、嘘だと言って!
「ウッッッソピョ~ン」
はい?
母がケタケタ笑った。
「嘘に決まってるじゃないのぉ、ミチコ」
もう母さんったら!こんな嘘八百並べて。
でも、これって明るくてサバサバしている母らしい。娘を嫁に出す前日、湿っぽくなるのが嫌で笑い話にしようなんて。
冗談にしないときっと泣いちゃうもんね。そう思ったら泣けてきた。
母に子どものときみたいに抱きついた。母も子どものときみたいにそっとわたしの頭を抱いた。
「母さん、今までありがとう」
わたしは泣きじゃくった。
母さんが耳元で優しく言った。
「それで?ミチコ、さっきの話、どこからが嘘だかわかった?」
全部じゃねぇのかよ!!