366日ショートショートの旅

毎日の記念日ショートショート集です。

怪談黒毛和牛

2012年09月06日 | 366日ショートショート

9月6日『鹿児島黒牛黒豚の日』のショートショート



三度目に越したアパートは、駅の裏路地に面した西日の疎ましい部屋だった。

モルタル二階建てのそのアパート一階には、スナックが数軒入っていた。
脇の階段をカンカン上がると五つの部屋が並び、その一番奥がボクの部屋。
駅から近いのは便利だったが、夜遅くまで酔客が騒いでうるさかった。
寝苦しいある夜中、ふと目が覚めた。
ジュ~ジュ~・・・
肉の脂が爆ぜる音がする。
一階の店で焼肉でもしているのか?こんな深夜に。
いや。
その音はあまりにも近い。
ジュ~ジュ~・・・
そういえば最近、焼肉食ってない。ああ、腹へった~。
しかしこんな真夜中食いに出る訳にもいかず、タオルケットを被って目を閉じた。
翌朝目を覚ますと、畳の上に無数の黒い毛が落ちていた。
数センチのその毛は、毛髪よりも短く柔らかかった。
そして真夜中、またしても、
ジュ~ジュ~・・・
昨晩同様、目を閉じていると、その音は枕元まで近づいてきたではないか。
気力をふりしぼって目を開くと、目の前に七輪があった。
網の上で上カルビが程よく炭火に炙られている。
ジュジュジュジュジュ~(うらめしや~)
そのとき、はっきりと焼肉の音が声になって聞こえた。
「おまえ、幽霊なのか?」
ジュ~(はい~)
「で、なんで焼肉?」
ジュジュジュジュ、ジュジュジュジュジュ~(いろいろ、ありまして~)
「そのいろいろ、聞いてやろうじゃんか」
そんなわけで話を聞いてやった。こいつはやっぱり幽霊らしい。牛の霊だから牛霊。生前の姿で現れたいところだが、牛のまんまで現れてもどこでどう食べられた怨みやらわかってもらえない。
そこで焼肉やらステーキやらハンバーグやらの姿で現れてみたが、今度は怖がってもらえない。
「いろいろ大変だろうけど、がんばって」
適当に励ましておいた。
翌朝、また黒毛が落ちている。おいおい、いい加減にしろよな。掃除、誰がすると思ってんだ。
それからというもの、毎晩丑三つ時になると牛霊は現れた。
牛丼、ビーフシチュー、すき焼き、ローストビーフ・・・
できたての品々に魅了されて、お腹がグウグウ鳴った。
仕方なく夜な夜なポテチなど食って小腹を満たした。
そんなわけでほら、ボクが牛みたいになっちゃった訳だが、これってやっぱり牛霊の仕業?
もしかして和牛一族の陰謀? そして、あの毛は和牛一族の陰毛?