困惑顔で、加藤は小夜子に翻意を促した。
「そうですよ、小夜子さん。宅の言う通りです、ご実家にお帰りになると言うのならまだしも。
でもまあ、決心は固いみたいですね」
奥方は口でこそ小夜子を引き留めるが、その目の中には“厄介払いが出来る”と、安堵の色が見える。
「ご心配をおかけしまして、申し訳ありません。
でも一人暮らしと言いましても、会社の寮に入りますので。
学校に通いながら時間の空いた時に、事務のお手伝いをさせてもらうことになっております。
卒業後は、その会社で通訳のお仕事をさせて頂けることになりました」
凛とした小夜子の態度に、加藤は驚いた。
上京し立てのおどおどとした態度が微塵もない。
それどころか、自信に満ちた表情を見せている。
“何があった、と言うのだ。まさかとは思うが、正三君との間に何か約束事でもあるのか?”
加藤は小夜子の顔をまじまじと見つめながら、「その、なんだ。正三君とは、連絡を取り合っているのかね?」と、問い質した。
「いえ。正三さんには、まだお話をしていません。
それでお願いなのですが、もし手紙が届きましたら、この会社宛に転送して頂きたいのです」と、武蔵に渡された名刺を、加藤の前に差し出した。
「なになに。雑貨品卸業 株式会社富士商会 代表取締役 御手洗武蔵 通訳とか言ったね? 貿易関係の仕事でもなさそうだが、どういうことかね?」
舐めるように名刺を見ながら、加藤は怪訝そうな表情を見せた。
“キャバレーの客だろうが、まさかパトロンではないだろうな”。
“正三ではなく、この御手洗某にそそのかされたのか”。
加藤の頭の中を、そんな思いが駆け巡った。
“こんな年端も行かぬ小娘を蹂躙するつもりか!”。遂には怒りの思いが昂じ始めた。
「小夜子ちゃん。もう少し考えてみては、どうかね?
その、なんだ。どうも胡散臭さをだね、おじさんは感じるんだがねえ」
小夜子は加藤の声を遮るように、武蔵に教えられた通りに淀みなく答えた。
「GHQ相手のご商売をされています。
これからは、貿易品も手掛けられるとか、仰っています。
で、通訳が必要になるとかで。
後日に、社長がご挨拶に伺いたいと申しておりました」
「まあまあ、そうなの。GHQがお相手ならば、しっかりした会社なのね。
あなた、心配するような事じゃありませんわよ。それは、良かったわ」
奥方の言葉によって、やっと小夜子は解放された。
「そうですよ、小夜子さん。宅の言う通りです、ご実家にお帰りになると言うのならまだしも。
でもまあ、決心は固いみたいですね」
奥方は口でこそ小夜子を引き留めるが、その目の中には“厄介払いが出来る”と、安堵の色が見える。
「ご心配をおかけしまして、申し訳ありません。
でも一人暮らしと言いましても、会社の寮に入りますので。
学校に通いながら時間の空いた時に、事務のお手伝いをさせてもらうことになっております。
卒業後は、その会社で通訳のお仕事をさせて頂けることになりました」
凛とした小夜子の態度に、加藤は驚いた。
上京し立てのおどおどとした態度が微塵もない。
それどころか、自信に満ちた表情を見せている。
“何があった、と言うのだ。まさかとは思うが、正三君との間に何か約束事でもあるのか?”
加藤は小夜子の顔をまじまじと見つめながら、「その、なんだ。正三君とは、連絡を取り合っているのかね?」と、問い質した。
「いえ。正三さんには、まだお話をしていません。
それでお願いなのですが、もし手紙が届きましたら、この会社宛に転送して頂きたいのです」と、武蔵に渡された名刺を、加藤の前に差し出した。
「なになに。雑貨品卸業 株式会社富士商会 代表取締役 御手洗武蔵 通訳とか言ったね? 貿易関係の仕事でもなさそうだが、どういうことかね?」
舐めるように名刺を見ながら、加藤は怪訝そうな表情を見せた。
“キャバレーの客だろうが、まさかパトロンではないだろうな”。
“正三ではなく、この御手洗某にそそのかされたのか”。
加藤の頭の中を、そんな思いが駆け巡った。
“こんな年端も行かぬ小娘を蹂躙するつもりか!”。遂には怒りの思いが昂じ始めた。
「小夜子ちゃん。もう少し考えてみては、どうかね?
その、なんだ。どうも胡散臭さをだね、おじさんは感じるんだがねえ」
小夜子は加藤の声を遮るように、武蔵に教えられた通りに淀みなく答えた。
「GHQ相手のご商売をされています。
これからは、貿易品も手掛けられるとか、仰っています。
で、通訳が必要になるとかで。
後日に、社長がご挨拶に伺いたいと申しておりました」
「まあまあ、そうなの。GHQがお相手ならば、しっかりした会社なのね。
あなた、心配するような事じゃありませんわよ。それは、良かったわ」
奥方の言葉によって、やっと小夜子は解放された。
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