昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (百八十九)

2022-01-26 08:00:53 | 物語り

 助役室、というプレートのついた部屋――幅4尺ほどの片袖机が一つと、かべ際には書棚があり、部屋の中央にはソファとテーブルが置いてある。
その部屋に「助役、助役」と若い男が駆け込んだ。
「騒々しいぞ、守」。書類から目を上げて助役がたしなめた。
「話は聞けたのか?」。机の前に立たせたまま、つづけて声をかけた。
「それがですねえ」と、守が身振り手振りで報告した。
「すごい人だかりでして、茂作さんに声をかけるのにもひと苦労しました」

 ソファに座ろうとする守に対して、
「こら、ここは役場だ。甥だからと思うな」と、再度たしなめた。
「それにしても茂作さん、けんもほろろでして。話を聞けませんでした。
顔色がわるかったところを見ると、どうも借金とりではないかと」
「馬鹿を言っちゃいかん。借金とりが、なんで寄付を申し出るんだ。
茂作と竹田本家の名前で、こんな大金をだ。縁戚かなにかなら分かるけれども。
待った。ひょっとして、娘の小夜子の? そうか、そうか、そういうことか」

 合点した助役が、すぐさま村長の部屋にかけこんだ。
となりの部屋で、幅が一間ほどある両袖机が窓を背にしておいてある。
かべ際には書棚が二つならべてあり、すき間なく書籍やら書類のたぐいが入れてある。
反対側のかべには、歴代村長の写真がかざられている。
苦虫をかみつぶしたような表情ばかりなのは、尊厳を示したいという気持ちの表れなのだが、現村長である猪狩は少し口角を上げた表情で撮らせた。
「もう威張る時代ではない」。「村役場は、村民の僕であるべきだ」。
それが村長の選挙演説だった。

「だめです、村長。事情を聞けなかったようですわ。夜にでも、わたしが行ってきます」
「そうか、話を聞くことはできなんだか。これだけの大金だ、どうしたものか。
素性のはっきりするまでは、このままにしておかなきゃの。
まさかの時にはこのまま返すでの」」
 思案顔を見せる村長に、助役が勝ち誇ったように告げた。
「村長も聞き及びでしょう。茂作が、佐伯のご本家に対して大そうな口をきいたという話。
決まっておったんでしょう、もう。だから佐伯のご本家にあのような口を」

 まだ分かりませんかとばかりに話をつづけた。
「問題ありませんわ、村長。小夜子ですよ、小夜子」
「小夜子? 小夜子がどうした。あの娘は東京へ出て行って、あゝそうか! そういうことか」
 ぽんと手のひらを打って、やっと得心がおを見せた。
「うんうん、正三坊ちゃんが入れあげとった小夜子じや。どこかのお大尽を捕まえたということか」
 二人して頷きあう。そして部屋から高笑いが響いてきた。
 ほんの数時間前、テーブルに置かれた札束をにらみつけていた二人が、大笑いをした。
 
「村長さんにお会いしたい、取り次いで頂きたい」
 山高帽に蝶ネクタイの男が、役場の受付で申し出た。
胸を反らせるその男、慇懃無礼な態度をあからさまにとった。
「あのお、どちらさまで?」。恐る恐る尋ねる受付嬢に、「加藤と申す者ですが」と、答える。
“さっさと取り次げはいいんだ!”とばかりに、身を乗り出してにらみつける。
「お、お待ちください」。その気迫に気圧されて、慌てて席を立ち奥へと向かった。
何事かと、一斉に五平に視線が集まる。五平がさらに胸を反らせた。
そこかしこで、ひそひそ話が始まった。
“ちっ! 田舎は、これだから”



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