「山本さんは、糖尿病もわずらってみえますね。
糖尿病ののことは、ご存じですね? 合併症がこわいですからね。
はいそれでは、眼底検査をさせてもらいますよ。
だいじょうぶですよ、なにもこわいことはありませんからね。
光を当てて、なかの様子を見させてもらいます。
まぶしいでしょうけれど、辛抱してください。
まばたきしたくなっても、できるだけ我慢してくださいよ」
じつに優しく低い声でささやききかけられると、目のなかをのぞき込まれるという恐怖感も薄らいでくる。
いっそわたしのこころのなかも覗いてみてください。
家族に見放されたあわれな、この老人です。
ひとり住まいがこころ細い、独居老人です。
どうぞ気にかけてやってくださいな、女神さま。
あなたさまならば、多少の苦行にもたえられます。
しかし実際は、そんな生易しいものではなかった。
まぶしさを通りこして、痛みすら走った。
まばたきをしようとすると、かならず「がまんして、ガマン、我慢!」と、声が飛ぶ。
〝できるだけじゃなかったの? 先生。辛抱できないときは……〟
はからずも涙がでると、こんどは「男でしょ! 泣かないの!」と、またもや叱咤のことばが飛んできた。
泣いてるのじゃないんです、先生。
目がかわくから出てくる生理現象だと思うのですが。
「ああ、白内障ですね。これは、手術しかありません。
とりあえずお薬で進行をおさえますが、それで治ることはありませんから」
いとも簡単に手術だとおっしゃる。
なおらないと、冷たく言いはなつ楊貴妃の再来。
〝わたしの都合など、いっさい聞かないのですか、先生〟
〝分かったぞ、そうだった。医者という人種は、総じてサドなのだ〟
〝分かっていたはずなのに、歯科医で思い知らされていたはずなのに〟
〝見目麗しい女医先生のお姿に、見事に……〟
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