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昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (四百八十一)

2025-06-24 08:00:06 | 物語り

 自宅でのこと、その毎日がなくなるのかと思うと、ここで感傷的になった。
平日の朝9時、閑静な住宅街にある自宅を出る。
日々の暮らしは、もうはじまっている。学童たちのげんきな声は、もう聞こえない。
おはようございますと声をかけあう人々にあふれ、「あら、ごめんなさい」と、声をかけあいながら、ほこりっぽい道路に水をまいている。

「小夜子おくさま、おはようございます。これからご出勤ですか?」
 ななめ向かいの佐藤家のよめである道子が声をかけてくる。
「おはようございます」と返事をし、かるく会釈する。
するととなりの家からあわてて、大西家の姑であるサトが出てくる。
「もうこんな時間ですか、行ってらっしゃいませ」
 わざわざ外に出てこなくとも、と小夜子は思うのだが、女性たちは必ず声をかける。

 小夜子にあいさつをするが、じつは小夜子ではない。
御手洗家にたいしての、最大限のあいさつなのだ。
平屋建ての多いこの一角では、敷地200坪で建坪70の2階建ては御手洗家のみだ。
あと見わたせば、偶然にもすこしはなれた通りちがいに、正三の叔父である権藤家があるだけだ。

 そして町内会にたいして役員や行事参加ができないからと、多額の会費を拠出するのも御手洗家だけだ。
その羽振りのよさは武蔵であって、小夜子ではない。しかもその主である武蔵は○亡した。
ゆえにこれからも多額の会費を拠出するとはかぎらない。
しかしそれでも、「おくさま」と呼びかけられる。
 
 角の電柱を曲がってすこし行くと、商店街の入り口がある。
大きくはないがそれなりに店が集まっている。
間口3間ほどのみせが、ひしめきあっている。
まずは角のたばこ屋。ここでいつも武蔵が車を止めて、ラッキーストライク2箱を買っていく。

この銘柄は武蔵以外に買うものはいない。なので店先のケースには並んでいない。
武蔵の顔を見るとすぐに、奥の棚から大事そうに出してくる。
そして笑顔で「いつもありがとう」と、ばあさんが笑う。
「あんたの顔を見ないと、いちにちがはじまらんよ」と、タバコを受けとる。
「おつりはサービス料だ」と、すこし多めにおいていく。
大のお得意さまだ。しかし主のいなくなったいま、ただ通り過ぎる。

 武蔵との散歩のおりに2、3度立ち寄ったことがあり、面識はある。
そしてなんどか笑顔とともに声をかけられたことも。
しかしきょうは目があったおりに、かるい会釈だけだった。
しばらく顔を見せていないことで、忘れられた? と思いつつも、道すがらの人たちとおなじあいさつなことが、小夜子にはうれしかった。
とってつけたような、媚びられているような挨拶にはへきえきする。



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