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トンサンの隠居部屋

トンサンの日常記録です。2019.5.27以前の記録はこちらhttps://blog.goo.ne.jp/tonsan2

またGeminiで遊んでみた。トンサン17歳の時の作文で。

2025年07月03日 09時42分29秒 | パソコン

7月3日(木) 曇り


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小説風訪問記
「デカルトにインタビュー」
 ついに私達にタイム・マシンに乗れるときが来た。
私達は新聞記者としてすぐれた腕を持っていると認められ、国際新聞協会からタイム・マシンに乗って過去の世界へ取材に行くことを依頼された。
私達はすぐ準備をし、パリにあるタイム・マシン・センターへ行った。
そして数時間経った。
私達は今、タイム・マシンに乗って時間の壁を越えている。
今世界にタイム・マシンはこれ一つしかなく、また二人しか乗ることができないのだ。
乗っているのは私のほかに大の親友であるカメラマンのA君だ。
A君はデカルトと町の様子を明確に写すため、ご自慢のカメラを持ってきた。
取材人物が自由課題なので私とA君は現代に必要な人「デカルト」を訪ねることにしたのだった。

新聞記者としてタイム・マシンに乗るのは私たちが初めてだ。だから私達はもう一生懸命である。
A君は世界で一番最初に昔の生活様式の動画を撮るんだと八ミリカメラを持って意気盛んだ。
過去の世界に胸はずませていたら、瞬間に自己を失いすぐ気を取り戻した。
おお!! これぞわが夢見ていた過去の世界である。

A君はさすがにカメラ狂だ。もうあたりの家を写している。
私達はあやしまれないように衣装を近くの家でもらってすぐ着替えた。
私達は当時のこの土地の服装でツール近くにあるデカルトの家を訪問した。
行ってみるとデカルトはオランダへ転住して行ったということである。
私達もデカルトが住んでいるというアムステルダムの町へ行った。
デカルトの家へ向かって群衆の中を急いだ。デカルトはよく群衆にまぎれて散歩したそうだ。
A君は歩きながら写真を写している。A君が言った。
「おい見ろ! 向こうから来るのはデカルトじゃないか!」
「そうだ、たしかにデカルトだ」と私が叫んだ。
丸い顔、肩までたれている黒っぽい髪の毛、口のまわりの無精ひげ、目がギョロっとしてくぼんでいるところなどはデカルトそっくりだ。
デカルトに間違いないだろう。私は早る胸を落ちつけてデカルトらしい人に声をかけてみた。
「あの失礼ですが、あなたはデカルトさんですか」
「うん私はデカルトだが」
やはりデカルトだった。私の言葉は通じたのだ。
ほっとしている間もなくデカルトは言った。
「あなた方は誰じゃな」
農民の服を着ている私達をデカルトは相手にしたくないような態度をとった。
それというのもデカルトは、他人から逃れたくてオランダへ来たのだから、当然のような気もする。
そこで仕方なく身のあかしをした。
だがデカルトは八ミリカメラを見せても、腕時計を見せても信じなかった。
しかし疑い深いデカルトも、当時まだ無かった数学の公式を出して解いたら、やっと信じてくれた。
「早速ですがデカルトさん、あなたが書いた『方法序説』の中で『われ思う、ゆえに我有り』という言葉は非常に有名ですが、どのようにしてその考えに達したのですか」
「私はまず第一に、世界がいかにあるか客観的に見ようと思った。つまり善し悪しの評価を離れて物を見るということです。それから私は、世界を客観的に見据える自己をはっきりとらえました」
「ははあなるほど。あなたの言葉に『ただ一人闇の中を歩む者』というのかありますが、これはどういうことですか」
デカルトは答えた。「えー、それはですね、暗闇の中を行く者は不安や恐れや妄想に取り付かれる。光を点じて行く手を照らすことによって前進が可能となる。自己は光によって自由になる。こういう闇を行く旅人の状況を人間一般の状況と見、世界に光を投じてその中で自己の道を選ぶ、ということがそもそも科学の用なのであって、ものを客観的に知ることは自己が妄想を離れて自由を得ることなのです」
「そうですか、そういう考えは私たちの世界でももっと多く使われるべきだと思いますね」
A君はデカルトの家のまわりや部屋を写すのに一生懸命である。
私が続けて質問した。
「デカルトさんは1633年頃『世界論』という論文をお書きになったでしょう」
「ええ書くことは書いたんだがね、何しろガリレイ君が『天文学対話』という本を書いてローマ法王庁に修身禁錮の刑に処せられた事件があったのでね出版しなかったんだよ」
「『天文学対話』というのは古い天動説とコペルニクスの地動説とを対決させて、コペルニクスの方が正しいとした書物でしょう」とA君がデカルトに言った。
「そうだよ。あなた方の時代にはもうそんなことはないだろう」
「そうです法王庁も19世紀にはガリレオを正しいと認めている」
と私が言った。そしてまた質問をした。
「デカルトさんは1637年に三つの論文を発表されたでしょう。『屈折光学』『気象学』『幾何学』とそして『方法序説』はこれら三つの論文の序文として最後に書いたものですね。それはいいのですが『序説及び三試論』というのをフランス語で書かれたことなんですが当時、あ、つまりここでは”今”ですね。今のフランスでは学問の書物はラテン語で書くのが普通なのにデカルトさんはなぜ哲学の本をフランス語で書かれたのですか」デカルトは答えた。
「フランス語で書くのは生まれつきの理性のみを用いる人々の方が昔の書物しか信じない人々よりも、私の意見を一層正しく判断してくれるだろうと思ったからです」
「ああ、なるほど、そういうわけですか」
突然A君が言った。
「あれ、もう帰る時間だ」

もっとたくさん色々なことを聞きたかったのだが、何しろタイム・マシンはエネルギーの関係で3秒しか働かない。現代の秒は過去に来れば来るほど長くなる。今この時代では約1日と6時間になる。もう1日と5時間55分経った。あと5分である。

私達はデカルトには気の毒だが、今日私たちと会ったことをすべて忘れてもらうために特殊なガスを噴出するガス銃を使った。
これでもうデカルトには夢を見たとしか思えない。
過去から現在へ戻るにはタイム・マシンが自動的に働き、どんな場所にいても時間が来ればひとりでに私達の体は分解され、ある超スピードの物質に乗って瞬間的に現在へ着くのである。

そして当時のフランス農民の衣装を着たまま帰ったので、皆から笑って歓迎された。

翌日私達は、各国のカメラマンのフラッシュぜめ、質問ぜめにあった。
いつも質問をする方なので、変な気持ちになったり、またうれしくもあつた。何しろ科学者に続いて世界で第5番目にタイム・マシンに乗ったのでこのうれしさはひとしおである。
ちょうど数百年前に初めて人工衛星に乗ったガガーリンと同じ様な気持ちかもしれない。

今頃デカルトが、変な夢を見たと寝ぼけている様子を想像すると、愉快に思われてならない。
なお、タイム・マシンはエネルギー補給の為あと5年は働かない。その頃はタイム・マシンも増えて、故人への訪問も盛んになるだろう。
━ 完 ━
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Geminiの評価を載せよう。

昭和42年の高校教師が見た「デカルトにインタビュー」

 

トンサンさんの作文、大変興味深く拝読しました。昭和42年、高校2年生の国語の宿題でここまでユニークな作品を書き上げられたことに、まず感銘を受けました。当時の高校教師として、この作文をどのように評価するか、いくつか所見を述べさせていただきます。


 

1. 独創性と発想力

 

何よりも特筆すべきは、その独創性発想力です。タイムマシンに乗って過去の偉人にインタビューするという設定は、当時としては非常に斬新であり、生徒さんの豊かな想像力が遺憾なく発揮されています。「デカルト」という哲学の父を選んだ点も、ただの空想に終わらず、知的な好奇心を感じさせます。新聞記者とカメラマンという役割分担も明確で、物語としての奥行きを与えています。


 

2. 物語の構成と描写

 

小説風訪問記という形式をうまく活用し、物語としてきちんと成立している点も評価できます。

  • 導入: タイムマシンに乗る経緯が簡潔に説明され、読者を惹きつけます。

  • 展開: デカルトを探す過程、そして彼との対話へと進む流れはスムーズです。特に、デカルトの容姿を具体的に描写している箇所は、情景が目に浮かぶようで良いですね。

  • クライマックス: デカルトとの問答は、彼の思想の一端に触れることができ、興味深いです。難解な哲学的な内容を、高校生なりに分かりやすく表現しようと努力している点が伺えます。

  • 結び: 現代に戻ってきてからの周囲の反応や、タイムマシンに対する展望で締めくくるのは、物語全体にまとまりを与えています。

特に、デカルトが農民の服を着た主人公たちを怪しむ場面や、八ミリカメラや腕時計といった現代の品々を信じない様子は、時代考証とユーモアが巧みに融合しており、作品に深みを与えています。


 

3. デカルトの思想への理解

 

「われ思う、ゆえに我あり」や「ただ一人闇の中を歩む者」といったデカルトの有名な言葉や思想について、ご自身なりに解釈し、インタビュー形式で説明しようとしている姿勢は素晴らしいです。当時の高校生がここまでデカルトに踏み込もうとすることは、並大抵のことではありません。引用されたガリレオの件や、『方法序説』をフランス語で書いた理由など、デカルトに関する知識を盛り込んでいる点も、この作文に説得力を持たせています。


 

4. 文章表現について

 

全体的に読みやすく、情景が伝わる文章です。擬音語や擬態語を効果的に使っている箇所もあり、文章にリズム感を与えています。

いくつか気になる点としては、句読点の使い方や、時折見られる助詞の不自然さ、漢字の誤用などが見受けられます。例えば、「修身禁錮の刑」は「終身禁錮の刑」が正しいでしょう。また、「ほっとしている間もなくデカルトは言った。」のように、会話文の前後で句読点の使い方に揺れがある箇所も見受けられます。これらの点は、今後の作文で意識して改善していけば、さらに文章に磨きがかかることと思います。


 

5. 総評

 

この作文は、高校2年生の作品としては、非常に高いレベルにあると評価できます。単に与えられた課題をこなすだけでなく、自分自身の興味関心と想像力を存分に発揮し、ユニークで知的な作品に仕上げています。特に、哲学という一見難解なテーマに果敢に挑戦し、それを物語として表現しようとした意欲は高く評価されるべきです。

惜しむらくは、タイムマシンの設定(「3秒しか働かない」が「約1日と6時間になる」という部分)がやや複雑で、読者が完全に理解するには少々説明不足な点でしょうか。しかし、これもまた、生徒さんの旺盛な探求心の表れと捉えることもできます。

この作文から、トンサンさんが非常に知的好奇心旺盛で、かつそれを表現する能力に長けていることが伝わってきました。今後の更なる成長を期待しております。ぜひ、これからも読書を続け、様々な知識を吸収し、ご自身の言葉で表現する力を磨いていってください。


何かこの評価について、さらに質問はありますか?

いやあ、相変わらずGeminiは持ち上げるのがうまいね。
いやトンサン自身もこの作品には自信があったから、ホームページに載せていたのだけれども。
指摘された「修身禁錮の刑」はホームページでは間違っていなかったけれども、今回トンサンが転記するときに、変換ミスに気付かなかった。


ホームページの画面をキャプチャーしたもの。

2005年にホームページに載せていた時は、こんなことも書いていた。

こうして入力してみると誤字も多く、つじつまの合わない文章や、繰り返したりしていて無駄な文章が多いことが分かった。恥ずかしいが誤字だけ直して記載することにした。今は「一所懸命」が正しい言葉だとわかり、それを使っているが高校生時代は「一生懸命」と書いていたんだなぁ。

というわけで、高校生の時はもっと誤字が多かったようだ。
当時の高校教師からは、どういう評価をされたのかは全く覚えていないが、Geminiに褒められたので気を良くしておこう。


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