萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

長月十七日、秋海棠―grow naturally

2018-09-17 13:15:13 | 創作短篇:日花物語
一滴ふりつもる、
9月17日誕生花シュウカイドウ


長月十七日、秋海棠―grow naturally

雨がふる、ふるさと秋そめる。

「すずし…」

冷やされた唇に声こぼれて、軒端やわらかに雨が鳴る。
ひそやかに静かに敲かれる、その響きゆくさき踏石の波紋。

た…んたん…たん…た、

響き滴る水ひかる、石ぱらり飛沫はじいて波光る。
ちいさな水たまり波紋ひろげて、また昨日より深くなった石の水窪み。
もう水面ほとりの花まで映す、薄紅きらめいて色また深い。

「あれまあ暁代、ずいぶん早いねえ?」

枯れて優しい声が呼んでくれる。
明けきらない縁側のほとり、皺やわらかな笑顔に笑いかけた。

「おはよう、おばあちゃん。なんだか目が覚めちゃった、」
「あるねえ、そういうの、」

皺ふわふわ祖母が笑ってくれる。
その言葉やわらかで、雨の庭はるか山あおいだ。

「おばあちゃん、山ってきれいね?」

庭むこう生垣はるか、水けぶる山あわい色。
雲をうむ稜線やわらかな湿度、染まる色を生んでゆく。
まだ目覚めきらない早暁の里、静謐のかたすみ祖母が微笑んだ。

「そうだねえ、雨の秋は特にいいねえ?」
「おばあちゃんもそう思う?」
「思うねえ、」

よっこらしょ、掛け声ゆうくり腰おろす。
広縁ふたり円座に寛いで、あわい渋い馥郁ふれた。

「雨が匂うね、」

かすかな渋い甘い、埃っぽいようで瑞々しい。
苦みふくんだ深み涼やかな微風、唇そっとひらいた。

「おばあちゃん…かっちゃんが帰ってきたね、」

名前ひとつ、一滴に鼓動ゆれる。

「そうだねえ、昨夜はお兄ちゃんと賑やかだったねえ?じいちゃんもビールうんとふるまっちゃって、」

枯れた優しい声ゆうくり応えてくれる。
その空気に雨と笑った。

「賑やかだったね、ビールでわいわい。おばあちゃんも楽しかった?」
「楽しかったよお、人が増えるのはいいねえ、」

皺やわらかに笑顔ことこと明るむ。
いつもどおり明るい、けれど言葉深くに訊いた。

「もしかしてね、おばあちゃんには、お父さんが帰ってきたみたいだった?」

父が、祖母の息子が。

“人が増えるのはいいね”

人の訪れを喜ぶ祖母、そこには逆な現実がある。
孫の自分には量れない時間の涯、つぶらな瞳ぱちぱち笑った。

「そうねえ、ちょーど今のかっちゃんくらいだったなあー想ったわねえ?」

長い睫きらきら銀色ゆれて、黒い瞳くるくる笑う。
この瞳どれだけ泣いたのだろう?自分が知らない時間に微笑んだ。

「私も想ったの、お父さん、ずいぶん若かったんだなあって…憶えてないけど、想ったの、」

父の記憶はすこしだけ。
かすかで、それでも優しい温もり重ならす。
この温度は昨夜の笑顔どこか似て、もうひとつ違う痛みと笑いかけた。

「おばあちゃん、おじいちゃんは何か言ってた?かっちゃんのこと、」
「じいちゃん?変わらないなあって笑ってたわねえ、ふふふっ」

朗らかに枯れた声ことこと笑う。
おかしくて可笑しくて、そんな口調に嬉しくなって笑った。

「変わらないなあって、おじいちゃんどういう意味で言ったの?」
「そうねえ、一本気ゴウジョウだあ言うことかねえ?」

ことこと朗らかな声に雨がふる。
やわらかな香かすかに渋い甘い、冷たい瑞々しい微風に笑った。

「一本気で強情かあ、かっちゃん確かにそういうとこある、」

あのひとは、確かにそうだ。
あらためて見つめる面影に祖母が笑った。

「ゴウジョウじゃあないとね、勉強もねえ、あーんなにできんでしょう?」
「そうだね、一人もくもくがんばってたもんね?」
「そうよお、黙々ゴウジョウたいしたもん。」

つぶらな瞳ぱちぱち明朗ほころぶ。
この眼ざしに今まで生かされてきた、いつもの想いに息ひとつ言った。

「ゴウジョウさんは気持ち、変化するってあるかな?」

一本気強情、そんなふう言われるほど意志が強いひと。
そんなひとは気持ち変えてくれることある?

『中央からここに左遷される官僚なんて、何やったんだって驚かれる?』

そんな言葉シニカル笑った横顔、あの眼は何を求めるだろう?
この故郷を望んでくれるだろうか、それとも「中央」に戻りたい?

―かっちゃんは意志が強いから進学も、進路も…向上心が強いってああいうので、

向上心が強い、その分だけ意志が強いひと。
そんなひとが望む未来には、自分の居場所なんてあるだろうか?
そんなこと昔から考えて、何ひとつ言葉できない願いに明るい瞳が笑んだ。

「そうねえ?雨だれと石みたいなモンかねえ、」

ことこと眼ざし笑って縁先ながめる。
涼やかな香くゆる風、一滴はじけた石に花ゆれた。

「おばあちゃん、そこの石の窪みのこと?」
「気がついたら穴できてたのよお?ある日、アレって感じだったわねえ、」

黒い瞳ことこと眺める雨、雫はじく波紋に薄紅ゆれる。
花ふる水面ちいさな光、枯れて優しい声が言った。

「気持ちも同じなんじゃないかね?どんなに小さい気持ちでも、ちゃんと受けとめ続けてたらねえ、なんかにはなるんじゃあないの?」

小さな気持ち、

そう優しい声が言ってくれる。
そのとおり小さな自分のまま問いかけた。

「なんかにはなるって、何になるの?」
「そうねえ…相手がドウってよりねえ、自分がってコトかねえ?」

疑問形やわらかに皺の口もと笑う。
皺ひとつひとつ明るくて、そんな眼ざしが言った。

「どんな気持ちでもねえ、泣いても笑っても、誰かが一緒に泣いて笑ってくれるってね、ほっとするんじゃないかねえ?そういうの暁代はドウかね?」

朗らかな瞳ことこと笑って問いかける。
こんなふう見つめてくれた時間と肯いた。

「おばあちゃん、ずっと私にそういうのしてくれてたね?」
「うんうん、私なりしてきたツモリ、」

銀色の睫きらきら笑って、黒い瞳が見つめてくれる。
この眼ざし大好き、そうして紡いできた時間に祖母は言った。

「一緒に泣いて笑うとねえ、ちっとは暁代の気持ち受けとめられるかなあって。あんたの両親の分も、できるんなら、したくってねえ…愛おしくってねえ、」

言葉つむいでくれる声、枯れて優しい。
若さ瑞々しさなんてない声、その枯れた分だけ温かで笑った。

「私きっとね?お父さんとお母さんの分も、おばあちゃんのこと大好きだよ?照れちゃうけど、」

大好き、だから村から離れずここにいる。
そうして過ごす時間の朝、黒い瞳ことこと笑った。

「ありがとねえ暁代、なあんか気を遣わせちゃったかねえ?」
「そんなのないよ、ほんとのことだもん?」

笑い返して鼓動ゆるむ、ゆるんで温もり燈される。
こんなふう縁側いつも話してきた、そんな朝ひとつ祖母が言った。

「そうねえ…こういうのなんじゃあないかねえ、暁代?」

雨やわらかな朝、祖母の言葉おだやかに響く。
やわらかな鼓動しずかな雨、涓滴ひとつ声にした。

「一緒に笑って泣きたい…かっちゃんとも、」

想い声こぼれて一滴、薄紅色ひらく。


秋海棠:シュウカイドウ、別名・相思草、花言葉「自然を愛す、未熟、片想い、恋の悩み」

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