萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

soliloquy 睦月元旦―another,side story

2014-01-01 20:39:26 | soliloquy 陽はまた昇る
夢、小春日和の夏へ
周太9歳元旦




soliloquy 睦月元旦―another,side story

ふわり、陽だまりの風に前髪ゆれて額に光射す。

庭木立を仰いだ視界に梢がゆれる、その木洩陽まぶしくて瞳細まらす。
いま葉を落した木々は枝模様が綺麗で、それでも見える新しい息吹に周太は笑った。

「ね、お父さん…見て、梅の木にもう蕾ついてる、」

笑いかけ指さして、白い吐息あわく青空へ昇る。
麗らかな光ちいさな紅色の蕾を照らす、そんな梢に父は微笑んだ。

「ほんとだね、もう花芽がついてる…梅も迎春なんだね、」
「げいしゅん?」

新しい言葉に見上げた先、ウールのお対姿が陽だまり笑ってくれる。
午後の陽やわらかに黒髪ゆらせて穏やかな声は教えてくれた。

「昔は一月を春の初めの月にしていたんだよ?お元日は春を迎える日だから迎春とも謂ってね、だから年賀状も迎春って書いたりするんだ、」

そういえば今朝も「迎春」をいくつか見たな?
そんな記憶の漢字から周太は訊いてみた。

「お父さん、秋や冬のあったかい日を小春日和なんて謂うよね?あれと迎春はすこし似てるね?」
「そうだね、同じ春って書くから…でもすこし違うところもあるかな、」

笑いかけてくれながら思案するよう切長い瞳が見つめてくれる。
こんな貌のとき父は新しいことを話す、その楽しみに見あげた向こう穏やかな声が微笑んだ。

「小春日和の小春は春と似てるって意味で、元日の迎春は新しい春って感じなんだ…春のソックリさんと初めましての春って感じ、かな」

そっくりさんと初めまして。
そんな言い方が楽しくて周太は父の袂に抱きつき笑った。

「お父さん、そっくりさんと初めましてって楽しいね?ね、だったら今、僕は春と初めましてしてるんだね、」
「うん、そうだね?そうだ、」

笑って切長い目がふわり明るく燈る。
なにか愉しいことを思いつく、そんな笑顔が木洩陽のなか提案してくれた。

「周、来年は山のお正月しようか?お母さんも一緒に、家族三人で、」

山のお正月、ってなんだろう?

聴いた言葉に鼓動ひとつ弾んで楽しくなる。
父の提案なら楽しいはず、この信頼に笑いかけた。

「山のお正月って楽しそうだね?どんなことするの?」
「大晦日に山へ登って泊るんだよ、それで山の頂上からご来光を見るんだ。元旦の山は空気が澄んでね、本当に綺麗だよ?」

話してくれる笑顔は嬉しそうに明るくなる。
こんなふう父が笑う時はきっとそう、愉しい確信に周太は訊いてみた。

「ね、お父さん…山のお正月をね、ソネット18のひとも一緒にしたんでしょ?」

But thy eternal summer shall not fade, Nor lose possession of that fair thou ow'st,
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、清らかな貴方の美を奪えない、

英国詩になぞらす「貴方」は「友達よりも近くて大切」だと父は教えてくれた。
そんな大切な人が自分や母の他にも父にいる、けれど今は逢えずにいるらしい。
逢えなくて、けれど「貴方」の記憶を語る笑顔はまばゆい夏の陽を見つめさす。
だから今も語る記憶は「貴方」だろう?そんな確信へ父は綺麗に笑ってくれた。

「うん、そうだよ?大学生の時、一緒に山のお正月をしたんだ…あのとき楽しくて幸せだったから、周とお母さんと一緒にしたいんだ、」

きっと、父のいちばん輝いた元朝は「貴方」だった。

そう頷けてしまうほど今も切長い瞳は幸せに笑ってくれる。
こんなふう父を笑顔にしてしまう「貴方」はどんな人なのだろう?
そんな思案と見あげる父の笑顔は今、正月の朝の庭にも夏のよう温かくてまばゆい。




Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
 So long as men can breathe or eyes can see,
 So long lives this, and this gives life to thee.

 貴方を夏の日と比べてみようか?
 貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
 荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、 
 夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
 天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
 時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
 清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
 偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
 けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
 清らかな貴方の美を奪えない、
 貴方が滅びの翳に迷うとは死の神も驕れない、
 永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
 人々が息づき瞳が見える限り、
 この詞が生きる限り、詞は貴方に命を贈り続ける。






【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】

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