萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk27 復讐の色―dead of night

2017-02-06 02:11:00 | dead of night 陽はまた昇る
prelude of Tisiphone
英二side story予告編@第85話+XX日



secret talk27 復讐の色―dead of night

赤いパンジーは、繰りかえさない過ちと初心。

「…The Pansy at my feet」

赤いパンジー、その一輪に祖父は言っていた。
一編の詩なぞらえ謳い、だから憶えてしまった。
そんな幸福の記憶が唇なぞる、今、この一輪に。

「…Both of them speak of something that is gone、」

Both of them speak of something that is gone: 
The Pansy at my feet
Doth the same tale repeat: 
Wither is fled the visionary gleam?
Where is it now, the glory and the dream? 

僕の足もとで三色菫が
繰りかえすのも古い同じ物語
幻の儚い光はいろあせ去りゆくのか?
今はどこにあるのだろう、あの栄光はあの夢は?

「Where is it now…the glory and the dream?」

今どこにあるのだろう、祖父の言葉は?
あの言葉に想いに憧れて追いかけて、そうして選びたかった道がある。
けれど阻まれて果たせなくて、それでも赤い花を選んで、そして自分の赤は黒へ沈む。

「だって…君のせいだ、」

微笑んで呼びかけて、でも名前を呼べない。
二年前は呼んでいた、毎日いつも呼んで、呼んで、厭きるなんて知らない名前。
それなのに今は逢うこともできない、そうして独り書斎に一冊を探す。

「…あった、」

そっと笑って手を伸ばす。
そっと一冊、引きだして重み掌うつす。
この一冊どうか最期に開きたかった、願い指先アルファベットなぞる。

Oh make thyself with holy mourning black, 
And red with blushing, as thou art with sin; 
Or wash thee in Christ’s blood, which hath this might 
That being red, it dyes red souls to white.

“make thyself with holy mourning black”

そんなふうに今、赤い花は黒くしずむ。
夜のかたすみ書斎の机、一輪しずかに黒く咲く。
この花みたいに自分も染まるだろう、想いページを閉じて鞄を開く。

かちり、ちいさな金属音。

「…お祖父さん、俺を見限りますか?」

微笑んで赤い花、ちいさな小瓶から見あげてくれる。
書斎机にガラスきらめく、それでも赤い花は黒に沈む。

「…見限りますか、あなたは…理由を聴いても?」

花に囁いてケースを開く、ならんだ金属もプラスチックも救命用。
その容器たち蓋ひらいて、かたん、金属部品たち並べて机きらめく。
黒檀ふかい机上に鉄が黒い、ひとつ取り、組みあげ、口ずさむ。

「Both of them speak of something that is gone…The Pansy at my feet」

なつかしい言葉、なつかしい声なぞる。
温厚で深い祖父の瞳、声、それから幼い自分の問いかけ。

どうして赤いパンジー、机に飾るの?

―…この花は英二、繰りかえさない過ちと初心の意味なんだ。私が検事である本分なんだよ?

過ち、初心、本分。

そんな言葉たち意味が解らなかった、でも今は解る。
解るから組みあげる金属パーツに指先そっと冷えてゆく。
真夜中の冷気が鉄を滲みる、沁みて指から凍えて鼓動が燈る。

冷たい、そしてパーツ全て填まる。

「お祖父さん、俺はね…こうすることが本分なんだ、」

微笑んで花は黒い、この掌の拳銃に。



Oh make thyself with holy mourning black, 
And red with blushing, as thou art with sin; 
Or wash thee in Christ’s blood, which hath this might 
That being red, it dyes red souls to white.

聖なる哀しみの黒にあなたを装わせ、
恥じらいの紅潮に赤くなれ、罪に美をつくるあなたらしく。
または神の子の血にあなたを洗い、この力で
赤くありながらも、罪赤き魂を潔白に染める。

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」/John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】



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