萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

soliloquy 建申月act.1 Serment―another,side story「陽はまた昇る」

2012-11-30 05:30:05 | 陽はまた昇るside story
第58話「双璧2」幕間です

約束の場所で、



soliloquy 建申月act.1 Serment―another,side story「陽はまた昇る」

木洩陽ふる光は、昨日より眩しい。
ずいぶんと太陽が強くなった、もう梅雨も明け夏は暑さを増していく。
それでも木蔭ふく風は涼やかで心地いい、気持良さに目を細め、また膝の本へと視線をおとす。
英語で綴られた文章は遠い国の森を描いていく、その深い水の森を心に描きながら読んでいく肩に、綺麗な低い声が微笑んだ。

「周太、これは新しい本?書斎のにしては紙が新しいな、」
「ん、自分で買ったんだ…青木先生が奨めてくれて、」

答えと笑いかけた隣、切長い目が興味深そうにアルファベットを追いかける。
その視線の動きに気がついて見つめたとき、華やかな睫はあげられ笑ってくれた。

「これ、スイスの森のことだよな?俺が行く時に奨められたなんて、面白いな、」
「ん、でしょ?」

素直に頷いて微笑みかける、その心が少し切ない。
あと数日で英二は、スイスに岩壁登攀の遠征訓練に出掛けてしまう。
その危険な世界を自分は知っている、その心配と不安も当然あって哀しくなる。
それ以上に、単なる「距離が離れる」事への寂しさがどうしてもある。

…いつもだって奥多摩と新宿とで離れて、逢えないのに

離れているのは何時ものこと、それでも寂しい。
大切な人が海を隔て遠くへ行くこと、この海を超える感覚が自分にとって無い。
だから余計に不安にもなるのだろうな?ほっと小さなため息吐いた隣から、こつんと肩に頭を載せてくれた。

「周太、膝枕して?」
「え?」

言われたことに訊き返す、だってちょっと気恥ずかしい。
いま何て言ったの?そんなふう肩口を見ると、綺麗な笑顔ほころんだ。

「周太の膝で、ちょっと昼寝させてよ?木洩陽が気持いいし、ね、周太?」

綺麗な笑顔で笑いかけながら、周太の膝から文庫本を長い指が取り上げた。
ふわり、ダークブラウン艶やかな髪がキャメルブラウンのパンツの膝に広がらす。
そして膝の上、切長い目は周太を見上げ、白皙の貌は幸せに笑ってくれた。

「うん、いいな、こういうの。周太と木と空が、同時に見えるよ?」

嬉しそうに綺麗な笑顔ほころんで、長い指の手が文庫本を広げてくれる。
その文章を見ようとした頬に長い指がふれ、そっと引寄せられ唇にキスがふれた。

…あ、

温もりに唇あまく、ほろ苦い。
すぐに離れて見つめ合うままに、綺麗な低い声が微笑んだ。

「周太、また膝枕してね?家のベンチでもしてほしいな、」

実家の庭には、大きな山茶花の下にベンチがある。
頑丈で美しい木製のベンチは父が作ってくれた、その山茶花も父が植えてくれた。
あの白い花を想い、花木を植えた父の愛情へと周太は綺麗に微笑んだ。

「ん、してあげたい…あの花が真白に咲いた時とか、きっと気持いいよ?」

山茶花の名前は「雪山」11月の誕生日には咲き始める。
あの常緑樹を父が植えたのは、息子である自分の誕生花として。
あの木を植えながら、花言葉に息子への想いを父は籠めてくれている。
そんな想い佇んだ膝の上、大切な婚約者は幸せに笑って提案してくれた。

「周太、この本、俺が朗読しようか?」
「ん、いいね…お願い、」

素直に笑いかけた膝の上、微笑んで英二は文庫本を読み始めた。
綺麗な低い声が綴る英文は、明瞭な発音の美しい言葉で読まれていく。
静かな公園の午後、誰もいない森でふたりベンチに寛ぐ時間は優しい。
安らかな静謐の時、ふと誕生花の言葉が心に映りこんだ。

…山茶花の言葉は、運命に克つだったね?

父の祈りを想いながら今、夏の光のなか常緑の梢の下、幸せの瞬間は紡がれる。






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