萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

葉月十五日、蓮― calm wind

2020-08-16 23:45:00 | 創作短編:日花物語連作
なつかしい聖域で、 
8月15日誕生花ハス


葉月十五日、蓮― calm wind

草いきれ、潮風あまく熱い。

「…はあー…」

深く息吐いて、熱くすぶる。
肺ふかく深く熱くなる、こみあげる熱が息を吐く。

ああ、生きている。

「おーい、そっちどうだあ?」

のんびり低い声が呼ぶ、おおらかな空気ゆるく熱い。
この空気ただ嬉しくて、深呼吸やわらかに笑った。

「もう終わるよー、抜いた草どこにまとめるー?」
「おーう、袋もってくー」

呑気な声おおらかに近づいてくる。
緑のびやかなトウモロコシなびく、トマト青い香たつ。
瑞々しい甘さスイカの匂い、青くほろ苦いピーマン、すこし酸っぱい渋いキュウリが甘い。

「…ほんとに帰って来たんだな…」

つぶやいた唇あわく青く香る、くすぶる熱が土を匂う。
土匂いたつ青い夏の熱、ふるさとの風やわらかに幼馴染が笑った。

「だぞー、帰って来たんだぞお?」

麦わら帽子ひるがえって、頬ぱたり紐ふれる。
潮からい甘い風くすぶる熱、日焼たくましい笑顔ほころんだ。

「すげー汗かいてんなあ、おまえ。麦わらもタオルもサマになってんぞお?」
「そっちこそ似合いすぎ、」

笑い返して青空まぶしい。
白い雲はるかな光る空、ライダージャケット巻いた腰が屈んだ。

「コレ小屋に運んだらさー墓参り行くぞ?」
「え、」

声つい詰まって風なぶる。
額ひるがえす熱に雫つたって、鉢巻タオルの笑顔が覗きこんだ。

「は・か・ま・い・り、行かねえとケン兄ちゃんを嘘つきにしちまうべ?ちょーど盆なんだしさ、」

朗らかなまま答えてくれる、その眼が底抜けに明るい。
何も心配なんかないよ?そんな温もり軽やかに立ちあがった。

「あっちぃーだろお、タオル貸してみ?」

日焼あざやかな笑顔が手を伸ばしてくれる。
衿元するりタオルほどかれて、歩きだす背に歩きだした。
踏みだす一歩、コンバース染みる熱くゆる。

「…土、熱い、」

ラバーソール透かす熱、靴下も透かして肌ふれる。
懐かしい感覚やわらかな足もと、のんびり幼馴染が笑った。

「あっちいーけど気持ちイイだろー?」
「うん、」

素直に肯いて一歩、熱くるんで足裏ふれる。
くるまれる熱じわり肌ほぐれて、懐かしい感覚に呑気が笑った。

「だろー?足湯とかさー足つぼマッサージみたいな効果あるんじゃね?とか思うんだよなあ、」

呑気な声のどかに笑う、その言葉も呑気だ?
あいかわらず可笑しくて、つい笑ってしまった。

「あははっ、そこまで効果ある?」
「あるかもだろー、だから俺こーんな元気なんじゃね?」

のんびり応えてくれる背中、Tシャツ透かす汗まぶしい。
一歩ごと汗きらめいて背筋うねる、頼もしい背こぼれる歳月まばゆい。

「うん、ほんと元気だね、」

肯いて眩しい、羨ましくなる。
こんな背中に自分もなれたら?想いに木洩日きらめいた。

「だろー?でも熱中症は勝てねえーから涼むぞおー?」

低い声おおらかに笑って、ラバーソールの底ふわり涼む。
踏みこんだ木立ひそやかに風ふれて、岩を踏んだ。

「わあ…」

声こぼれて唇涼む、やわらかに口ふくんで深く香る。
かすかに渋い甘い水の空気ながれて、かきわけた緑に飛沫が響いた。

「きれいだ、」

想い声こみあげて息をする、流れる水音きらめき射る。
瞳ひろがる光、音、額に頬に風ふれて涼んで、鼓動が沁みた。

「きれいだろー?なーんも変わらんまーんまだろお、」

幼馴染の声が笑ってくれる、鼓動ふかく息をつく。
変わらない何も、そんな故郷ただ眩しくて深呼吸した。

「うんっ…」

うなずいて呼吸して、唇ふかく肺が澄む。
沁みる空気さわやかに徹りゆく、額ゆれる樹影きらめいて青い。
光きらきら緑におちて、清流はじけて砕ける銀いろ笑った。

「ほんっと、きれいだ!」

笑った唇から息が澄む、涼やかさ瑞々しい。
緑あふれる青い翳きらめく、水面ながれる翠に銀いろ透る。
光あふれる真中、ふるさとの手に腕つかまれた。

「わっ」

声に水音はじける、足さらり冷たく満ちていく。
ラバーソールの底からり石ふれて、チノパンくるむ涼が膝も浸す。

「あははっ、冷たくて気持ちーだろお?」

清流の端、日焼すこやかに弾ける。
低いくせ明朗おおらかな声、悪戯小僧な瞳が笑った。

「寝不足ちょっと覚ますぞー?」
「え?」

どういうことだろう?
首傾げた目元、飛沫はじけて首すじ凍った。

「へゃっ?!」
「あっはは!変な声でたなぁっ、」

幼馴染からから笑って、首すじ冷たく凍みる。
滴る冷水ぽたり、肩から胸もと零れて息ついた。

「タオル…びっくりするよ?」

濡れるタオル首すじ浸す、冷たい。

「びっくりするよなあ、あははっ、」

朗らかな瞳どこまでも明るい、悪びれない。
あいかわらず「悪戯すぎる予告なし」なんだ?呆れて唇つい尖った。

「こんな悪戯ホント三十歳でする?びっくりして転んだらどうするんだよ、石で頭ぶつけんだろが、」
「あ、そうだよなあ?ごめん、」

すなおに謝って、日焼あざやかな顔ちょっと傾げてくれる。
その瞳にっこり笑って、悪戯小僧の声は言った。

「ごめんなあ?もうちょい深いとこでヤルべきだよなあ、」

深いとこでやる、って何を?
問いかけ声になる前に、ざぶり水音きらめいた。

「ぷ、はあっ!?」

髪したたる冷く頬ふれる、肩きらめく清流パーカー沈む。
ラバーソールの底は硬く、光砕けて揺らす水面に黒い瞳きらめいた。

「なあなあーこのままさー沈んじまうかあ俺ら?気持ちいーかもなあ、川底ゆらゆらぁー」

銀色くだける水、幼馴染の瞳が笑う。
笑って、けれど深く哀しくて、鼓動くだけて声はじけた。

「死んじゃうだろバカっ!」

肺ふかく鼓動が咆える、水面はじいて声が響く。
これが自分の声?

「あははっ!死んじゃうだろなあっ、戻んぞ?」

幼馴染の声はじけて、掴まれたままの腕ひっぱってくれる。
曳かれて水面あざやかに下がって、膝丈の川瀬にパーカー脱がされた。

「ほら脱げよ、重てえだろ?」

ばしゃり水音はじけて、肩ふれる風に軽くなる。
肌を梳く光やわらかな風、隣もTシャツ脱いで絞った。

「うわーすげえ水出んなあ、あははっ」

飛沫はじけて笑顔こぼれる、パーカーとTシャツ絞られる。
ふたつ一緒に絞られ広げて、風はらんだ光に腕つかまれた。

「ちょっと座れよ、」

水瀬ざぶり歩いて、揺れる木洩日を踏む。
陽だまり岩に腰おろして、一息ほっと唇動いた。

「ほんとああいうのやめろよ…いたずらが過ぎるよ?川底に沈んだらどうなるか知ってるだろ、」

悪戯が過ぎる、あんな悪ふざけ。
あんなの哀しい苦しい、そして今どうしようもない安堵の陽だまりに隣が言った。

「おまえさあー死んじゃうだろバカって言ったよなあ?」
「言ったよ?」

即答して振りむいた隣、視界のまんなか見つめ返される。
黒い瞳あかるく燈らせて、真直ぐ言われた。

「それさあ、俺もおまえに言いたいから。」

低い声すらり鼓動を挿す、挿される想い眼の底くゆる。
疼きだす心臓ふかく深く、見つめるまま滲んで腕つかまれた。

「おまえさあ、俺に死んでほしくない思ってんだろ?違うか?」

捉まれる肌が熱い。
腕つかんでくれる大きな手、ふれる掌やわらかに硬い熱い。

「どうなんだよ?」

問いかけられる腕、掴んでくれる掌が熱い。
誤魔化しなんて通用しない、ただ真直ぐな眼に唇ひらいた。

「そうだよ、死んでほしくなんかない、」

死んでほしいわけがない、この瞳は。
ただ願うまま黒い瞳は自分を映し、問いかけた。

「なんで死んでほしくないんだよ?」
「笑ってるの見たいんだよ、」

声になる、何も考えないまま。
どうして?なんて理由ありすぎる、そのまま見つめて言った。

「おまえが笑ってると俺は嬉しいの、あっけらかんに笑うの見てると幸せになれんの、死なれたら嫌だ、」

想い声あふれてしまう。
ずっと想っていた、幸せだった歳月あふれて声、こぼれだす。

「おまえが笑うと幸せなのはさ、おまえも、おまえん家も幸せだからなんだよ…俺の家は幸せじゃないの知ってるだろ、だから、」

だから見ていたい、幸せの顔を。
ずっと見つめていた想いそのまま、ただ声になる。

「おまえが笑うと、幸せはほんとにあるんだなって思えんの。だから、死なれるとか嫌だ、」

こんなこと言葉にするのは恥ずかしい、気持ち悪いと言われて仕方ないだろう?
それでも本音そのまま軽くなって、ほっと息吐いて笑った。

「気持ち悪いこと言ってごめん、でも…おまえが来てくれて嬉しかった。救われたって想ったんだ、」

真夜中、この幼馴染は迎えに来てくれた。
ふるさと離れた遠い遠い街、それでも連れ帰ってくれた。

「窓を開けて、おまえがいて嬉しかった…先生にも、ケン兄ちゃんにも、おばちゃんにも会えて、笑ってくれて俺うれしくて、」

マンションの深夜、鳴ってくれた電話から開けた窓。
そうして会えた故郷、笑顔、ただ救われた今に微笑んだ。

「俺さ…ほんと昨夜はだめで、すごい墜ちてて…おまえが来てくれて救われたんだ、」

真っ暗な部屋、暗い空、星もない。
そんな世界から今、光あふれる水と緑のほとりにいる。
そうして息つける風のはざま、見つめてくれる瞳に笑った。

「変わらないまま笑ってくれて、俺すごく嬉しかったんだ。しあわせって、こういうのかな?とか…ごめん気持ち悪いよね、」

変わらないでくれた、この幼馴染は。
変わらない笑顔ただ嬉しかった、嬉しくて幸せで、そうして今ここにいる。
だからショックだった一瞬に唇そっと震えた。

「だから怖かったんだよさっき…おまえ川に沈みそうで、なんであんなことするんだよ?」

水砕ける渦、黒い瞳まっすぐ深く笑っていた。
あの深淵ふかく沈みこむ、穿たれる哀しみ声こぼれた。

「気持ち悪いかもだけどっ…大事なんだよっ笑っててよっ、死んじゃうとか冗談でも言うなよっ!」

嫌だ、この瞳が消えるなんて。
この眼が笑ってくれないなんて嫌だ、そんな絶望なんかいらない。
どうか笑っていてほしい、ただ願いたい幸せに黒い瞳きれいに笑った。

「それさあ、俺もおまえに言いたいから。わかるだろ?」

大きな手しっかり腕つかんでくれる、掌ふれてくる肌が熱い。
熱の肌そのまま肌ふれる、ただ熱くなる肌しずかに声が徹った。

「だから生きろ、」

捉まれる肌が熱い、見つめられる瞳に燈される。
瞳の底ふかく熱やわらかに湧いて、零れそうな想い瞬いた。

「…、」

声にならない、熱く温かく浸される。
浸るまま鼓動あふれて熱い、熱く篤く喉せりあげて灼く。

『それさあ、俺もおまえに言いたいから。わかるだろ?』

幼馴染が言ってくれた「それさあ」は自分が言ったこと。
だから解ってしまう、どんな想いさせてしまったのか?

大事なんだよ、
笑っててよ、死んじゃうとか冗談でも言うなよ、
そしてその前に言ったこと「だから怖かったんだよ」そのまま「言いたい」のなら?

「ぁ…」

声にならない、あふれているのに?
あふれる想い、伝えたい言葉、あふれて溢れて熱い。
ただ熱すくんだ陽だまり岩の上、木洩陽ふれる額ぱちり、幼馴染の指が笑った。

「いたっ、」

弾かれた額じわり痛んで、ふれる風するり和らぐ。
驚いて瞬いた視界の真中、黒い瞳きらり笑ってくれた。

「さて、墓参り行こっか?ご先祖様にきっちりアイサツすんぞー生きてるモンの礼儀だかんな、」

腕つかんで引っ張って、絞ったパーカー羽織らせてくれる。
まだ濡れて、けれど風はらんだ涼感に微笑んだ。

「うん…ありがとう、行こう?」
「おう、足もと気ぃつけろよー濡れた靴は滑んぞお、」

笑って腕つかんで支えてくれる、その手が大きい。
大らかな掌やわらかに勁くて、清々しい熱くるまれるまま救われる。

この掌が自分の楽園かもしれない?

こんなこと想うなんて可笑しいだろう、でも自分はここにいる。
ただ生きてここに歩く、ただ微笑んで歩く青い森、潮あわい甘い風おだやかに息をつく。


蓮:ハス、花言葉「清らかな心、神聖、雄弁、休養、沈着、救ってください」「estranged love 離れゆく愛」

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