祈る、ただ君の笑顔を
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葉月十日、 留紅草―maternal affection
初嵐、なんて難しい言葉はわからないけど。
「たーだーいまーっ、」
ほら?悪戯小僧が帰ってきた。
もう高くなる陽きらめく垣根、朱い花ごし呼びこんだ。
「おかーえーりー、どーこでナーニしてたのお?おとーさん怒ってたわよおー」
本当に怒っていたな?
夫の顔つい思い出しながら、洗ったシーツぱんと叩いて息子が笑った。
「あははーそりゃーオヤジ怒っちゃうだろなあ」
「あらまあーまあったく懲りてないわねーアンタ?」
呆れ半分もひとつパタン、シーツ叩いて笑いたくなる。
こんなに呑気な息子、それでも漁師の腕がいいのは不思議だ?
―やっぱり海に愛されているのかしら?ねえ、
こんなこと息子に言えば夫は「調子に乗る」と怒るだろう?
つい可笑しくて笑ったシーツ越し、低い綺麗な声が言った。
「あの、俺のせいなんです、ごめんなさい…おばさん?」
聞きなれない声、
けれど懐かしいようで、シーツの影から日向に出た。
「なーぜ謝るのー?あらぁ…」
声そっと息をのむ、予想外で。
けれど本当は解っていたかもしれない、納得ふわり笑った。
「まあまあ、おかえりなさい、すーっかりイイ男になっちゃったわねえ?ごはん食べていきなさいよ、ね?」
ほら昔のまま言葉あふれる、この子だから。
懐かしい顔に笑いかけて、かたわらの籠を手に息子を小突いた。
「ほらほら、アンタちょっと畑で野菜とっといで、今日は魚獲ってこないんだからねえ?」
「うわーソレ反論できねえー」
日焼けほころばせ息子が笑う、健やかだ。
でも瞳深く何か抱いている、その理由は隣の青年だろう?
「しっかり働いて食べるのがイチバンでしょお、シッカリ畑やっといで。おいしーものいっぱい、こさえてあげるわよお?」
息子の腕ぽかり叩いて、隣の青年の腕そっと敲く。
パーカー透ける肌どこか儚くて、哀しさ呑みこみ笑いかけた。
「アンタたち、朝ごはんはどーしたの?こーんな時間じゃスーパーもまだ開いてなかったでしょー?」
朝9時半、今、やっと開店時間だ?
それでも朝には高い陽射しの庭、日焼け健やかな息子が言った。
「せんせーんトコでパンとコーヒー食ったよ、診療所のせんせーんち、」
「あらまあ、まあ?オジャマしちゃったの?」
呆れて相槌うって、今、さわったばかりの感覚が心臓つかむ。
今ふれたパーカーの腕は?鼓動きしんで声が出た。
「シュッとしていいけどねえ、痩せすぎじゃあない?」
腕もう前に出る、てのひら青年の腕つかむ。
パーカー越し触れる肌どこか儚い、弱い、喉せりあげ声あふれた。
「ごはんちゃんと食べてないんでしょお?ウチで食べなさいな、毎日いらっしゃい、」
おせっかいだ?それでも声あふれてしまう、放りだせない。
だって今ここで自分が放りだしたら、この青年は、この子は、おふくろの味どこで食べられる?
「毎日なんて…申し訳ないです、そんな、」
ほら遠慮する、こういう子だ。
だから今こうして息子は連れてきた、その想い自分のまま微笑んだ。
「なーにが申し訳ないのお?いいーんだから食べなさいよお、毎日いらっしゃいな?」
いつだって来て良い、ずっと居ればいい。
想いあふれだすまま儚い腕つかんで、見あげて、ただ愛しく笑った。
「遠慮なんかしないの、私にとっちゃ子どもなんだもの?」
ただ「子ども」だ、この青年も。
もう30年になる我が子の幼馴染、その瞳が長い睫ゆっくり瞬いた。
「こども…俺がですか?」
「そうよお、そこの悪ガキと同じなの。おせっかいごめんねえ?」
見あげて笑いかける真中、長い睫あわく光が燈る。
昔のまま見つめてくれる少年に、鼓動やわらかな痛みと微笑んだ。
「こーんなにイケメンになってもね、いくつになっても、私には子どもなの、ごはん食べさせたくなっちゃうのよお?ウチの子と変わんないの、」
笑いかけながら自分でも呆れる、おせっかい過ぎるだろう?
それでも放りだせない願い見あげて、背の高い大きな子どもに微笑んだ。
「おばちゃん何回でも、何日でも、ごはんこさえたげるわ。食べて?」
ほら?昔のまま声あふれてしまう、放りだせない。
腹を痛めた子ではない、それでも愛しい哀しい瞳が微笑んだ。
「そんなの…甘えすぎですよ、そんなの俺、」
「甘えていいの、」
答えて笑って、見つめる視線が高い。
こんなに背が高くなった、けれど澄んだままの瞳に微笑んだ。
「甘えて頼っていいのよお、甘えること知らないとねえ、誰かをホントに甘えさせてあげられないでしょう?ほんとに優しい人になるなら必要よお?」
甘えられない、そんな家庭環境に彼は育った。
その事情どの家もこの町なら知っている、私も知っていた。
それでも差し伸べきれなかった手を今、この今どうしても掴まえたくて笑った。
「わたしはねえ、ウンと優しいひとが好きなのよ?だから甘えときなさいな、ごはん食べて?ウチにおいで?」
笑いかけて腕つかんで、こんなのお節介だと解っている。
それでも離せない放りだせない、ただ差し伸べたい願いに彼が微笑んだ。
「ありがとうございます、甘えさせてください、」
きれいな笑顔そっと、頭さげてくれる。
パーカーの背は高くなった、それでも変わらない寂しさに潮風ほろ甘い。
―ほんとに独りだったのね、ずっと…家すら消えて、
彼の家は消えた、この町から。
消える前から寂しい眼だった、今は大人びて、なおさら疲れた貌。
それでもどうか健やかに、ただ願い笑った。
「はい、ウンと甘えなさいよお?私も甘えるからねえ、野菜ちょっと採ってきてね?暑いからコレ首に巻いときなさい、」
「ありがとうございます、」
笑ってタオル手渡して、澄んだ瞳も笑ってくれる。
すこし明るんだ眼に陽が射して、息子が呼んだ。
「じゃーかあさん、俺ら草むしりもしてくんなー明日は海に出っからさあ、」
「はい、ありがとねーいってらっしゃいなー」
笑いかけ手を振って、畑へ送りだす。
いつもながら息子の横顔は日焼たくましい、ただ成長に微笑んだ。
「やるわねえ、ウチの悪ガキも?」
夜、眠る瞬間に聞こえたエンジン音。
あのときから本当は解っていた、二人こんなふう帰ってくること。
―あの子を迎えに行ったのねえ、やっぱり…
どこへ行くのだろう?とは思わなかった。
ただ予感が微笑んだ、ただ「そうなのだ」と思えてしまった。
それくらい哀しい孤独で、それでも今ここで、海の町で彼が笑う。
「あらまあまあ、いい顔してるわ?」
強い風が吹く、海から押し寄せ髪なぶる。
あの子たちの髪なぶられ梳かれ、黒に茶色にきらきら光る。
それだけ強い向い風、それだけ髪きらめいて艶めいて、けれど願ってしまう。
「もっと明日はいい風ねえ…きっと、」
どうぞ風、穏やかに吹きよせて?
あの子たちの背を押して、ただ笑顔の時へ運んで。
ただ幸せの海へ吹きよせ運んで、愛し子たちに吹く風は。
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8月10日誕生花 留紅草ルコウソウ(縷紅草)
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葉月十日、 留紅草―maternal affection
初嵐、なんて難しい言葉はわからないけど。
「たーだーいまーっ、」
ほら?悪戯小僧が帰ってきた。
もう高くなる陽きらめく垣根、朱い花ごし呼びこんだ。
「おかーえーりー、どーこでナーニしてたのお?おとーさん怒ってたわよおー」
本当に怒っていたな?
夫の顔つい思い出しながら、洗ったシーツぱんと叩いて息子が笑った。
「あははーそりゃーオヤジ怒っちゃうだろなあ」
「あらまあーまあったく懲りてないわねーアンタ?」
呆れ半分もひとつパタン、シーツ叩いて笑いたくなる。
こんなに呑気な息子、それでも漁師の腕がいいのは不思議だ?
―やっぱり海に愛されているのかしら?ねえ、
こんなこと息子に言えば夫は「調子に乗る」と怒るだろう?
つい可笑しくて笑ったシーツ越し、低い綺麗な声が言った。
「あの、俺のせいなんです、ごめんなさい…おばさん?」
聞きなれない声、
けれど懐かしいようで、シーツの影から日向に出た。
「なーぜ謝るのー?あらぁ…」
声そっと息をのむ、予想外で。
けれど本当は解っていたかもしれない、納得ふわり笑った。
「まあまあ、おかえりなさい、すーっかりイイ男になっちゃったわねえ?ごはん食べていきなさいよ、ね?」
ほら昔のまま言葉あふれる、この子だから。
懐かしい顔に笑いかけて、かたわらの籠を手に息子を小突いた。
「ほらほら、アンタちょっと畑で野菜とっといで、今日は魚獲ってこないんだからねえ?」
「うわーソレ反論できねえー」
日焼けほころばせ息子が笑う、健やかだ。
でも瞳深く何か抱いている、その理由は隣の青年だろう?
「しっかり働いて食べるのがイチバンでしょお、シッカリ畑やっといで。おいしーものいっぱい、こさえてあげるわよお?」
息子の腕ぽかり叩いて、隣の青年の腕そっと敲く。
パーカー透ける肌どこか儚くて、哀しさ呑みこみ笑いかけた。
「アンタたち、朝ごはんはどーしたの?こーんな時間じゃスーパーもまだ開いてなかったでしょー?」
朝9時半、今、やっと開店時間だ?
それでも朝には高い陽射しの庭、日焼け健やかな息子が言った。
「せんせーんトコでパンとコーヒー食ったよ、診療所のせんせーんち、」
「あらまあ、まあ?オジャマしちゃったの?」
呆れて相槌うって、今、さわったばかりの感覚が心臓つかむ。
今ふれたパーカーの腕は?鼓動きしんで声が出た。
「シュッとしていいけどねえ、痩せすぎじゃあない?」
腕もう前に出る、てのひら青年の腕つかむ。
パーカー越し触れる肌どこか儚い、弱い、喉せりあげ声あふれた。
「ごはんちゃんと食べてないんでしょお?ウチで食べなさいな、毎日いらっしゃい、」
おせっかいだ?それでも声あふれてしまう、放りだせない。
だって今ここで自分が放りだしたら、この青年は、この子は、おふくろの味どこで食べられる?
「毎日なんて…申し訳ないです、そんな、」
ほら遠慮する、こういう子だ。
だから今こうして息子は連れてきた、その想い自分のまま微笑んだ。
「なーにが申し訳ないのお?いいーんだから食べなさいよお、毎日いらっしゃいな?」
いつだって来て良い、ずっと居ればいい。
想いあふれだすまま儚い腕つかんで、見あげて、ただ愛しく笑った。
「遠慮なんかしないの、私にとっちゃ子どもなんだもの?」
ただ「子ども」だ、この青年も。
もう30年になる我が子の幼馴染、その瞳が長い睫ゆっくり瞬いた。
「こども…俺がですか?」
「そうよお、そこの悪ガキと同じなの。おせっかいごめんねえ?」
見あげて笑いかける真中、長い睫あわく光が燈る。
昔のまま見つめてくれる少年に、鼓動やわらかな痛みと微笑んだ。
「こーんなにイケメンになってもね、いくつになっても、私には子どもなの、ごはん食べさせたくなっちゃうのよお?ウチの子と変わんないの、」
笑いかけながら自分でも呆れる、おせっかい過ぎるだろう?
それでも放りだせない願い見あげて、背の高い大きな子どもに微笑んだ。
「おばちゃん何回でも、何日でも、ごはんこさえたげるわ。食べて?」
ほら?昔のまま声あふれてしまう、放りだせない。
腹を痛めた子ではない、それでも愛しい哀しい瞳が微笑んだ。
「そんなの…甘えすぎですよ、そんなの俺、」
「甘えていいの、」
答えて笑って、見つめる視線が高い。
こんなに背が高くなった、けれど澄んだままの瞳に微笑んだ。
「甘えて頼っていいのよお、甘えること知らないとねえ、誰かをホントに甘えさせてあげられないでしょう?ほんとに優しい人になるなら必要よお?」
甘えられない、そんな家庭環境に彼は育った。
その事情どの家もこの町なら知っている、私も知っていた。
それでも差し伸べきれなかった手を今、この今どうしても掴まえたくて笑った。
「わたしはねえ、ウンと優しいひとが好きなのよ?だから甘えときなさいな、ごはん食べて?ウチにおいで?」
笑いかけて腕つかんで、こんなのお節介だと解っている。
それでも離せない放りだせない、ただ差し伸べたい願いに彼が微笑んだ。
「ありがとうございます、甘えさせてください、」
きれいな笑顔そっと、頭さげてくれる。
パーカーの背は高くなった、それでも変わらない寂しさに潮風ほろ甘い。
―ほんとに独りだったのね、ずっと…家すら消えて、
彼の家は消えた、この町から。
消える前から寂しい眼だった、今は大人びて、なおさら疲れた貌。
それでもどうか健やかに、ただ願い笑った。
「はい、ウンと甘えなさいよお?私も甘えるからねえ、野菜ちょっと採ってきてね?暑いからコレ首に巻いときなさい、」
「ありがとうございます、」
笑ってタオル手渡して、澄んだ瞳も笑ってくれる。
すこし明るんだ眼に陽が射して、息子が呼んだ。
「じゃーかあさん、俺ら草むしりもしてくんなー明日は海に出っからさあ、」
「はい、ありがとねーいってらっしゃいなー」
笑いかけ手を振って、畑へ送りだす。
いつもながら息子の横顔は日焼たくましい、ただ成長に微笑んだ。
「やるわねえ、ウチの悪ガキも?」
夜、眠る瞬間に聞こえたエンジン音。
あのときから本当は解っていた、二人こんなふう帰ってくること。
―あの子を迎えに行ったのねえ、やっぱり…
どこへ行くのだろう?とは思わなかった。
ただ予感が微笑んだ、ただ「そうなのだ」と思えてしまった。
それくらい哀しい孤独で、それでも今ここで、海の町で彼が笑う。
「あらまあまあ、いい顔してるわ?」
強い風が吹く、海から押し寄せ髪なぶる。
あの子たちの髪なぶられ梳かれ、黒に茶色にきらきら光る。
それだけ強い向い風、それだけ髪きらめいて艶めいて、けれど願ってしまう。
「もっと明日はいい風ねえ…きっと、」
どうぞ風、穏やかに吹きよせて?
あの子たちの背を押して、ただ笑顔の時へ運んで。
ただ幸せの海へ吹きよせ運んで、愛し子たちに吹く風は。
初嵐:秋のはじめの強い風、陰暦七月末~八月中旬ごろまでに吹く風
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/32/1c9b3b6f27f0b45fef54ef66bc41caea.jpg)
留紅草:ルコウソウ、別表記「縷紅草」花言葉「世話好き、おせっかい、元気、常に愛らしい、繊細な愛」
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