萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

葉月十六日、女郎花― firm promise

2020-08-17 23:59:24 | 創作短編:日花物語連作
儚くとも、勁く 
8月16日誕生花オミナエシ


葉月十六日、女郎花― firm promise

ひさしぶりに見た、それは初恋の面影。

「おや…」

古木ふる緑影、海風きらめく墓石に青年ふたり。
日焼たくましい背と並んだ長身、その白皙に黄金ゆらす花あわい。
どこか儚い、こんな漁師町にめずらしい貌は、その追憶ゆらせて花に透かす。

「…何年ぶりかのう?」

ひさかたぶり帰ってきた、もし現実ならば。
こんな疑いもつほど見なかった貌、それでも忘れえぬ面影はどこか幻のようだ?

「ふん…わたしも修行が足らんなあ、」

ひとりごと佇む玉砂利の道、草履かすかに熱けぶる。
蒼い煙やわらかに線香くゆる、潮からい甘い風おだやかに駆けてゆく。
こんなふう暑い熱い盆の季、遠く遠く、けれど慕わしい追憶そっと寄りそわれる。

「四十年…と、七年…」

追憶たどる年月ふわり、潮風あまく渋く線香くゆる。
もう陽が高い樹影こまやかな蒼、明朗あざやかな声ふりむいた。

「あー和尚さあーん!おはよーございまーす!」

低い声、そのくせ伸びやかな声が手を振ってくれる。
あいかわらず日焼すこやかな笑顔に、ただ微笑ましく笑いかけた。

「おはようさん、今日は漁に出んのか?」
「はい、こいつの迎えにいったんで、」

からり底抜けに明るい眼が笑って、隣の青年をふりかえる。
長身さわやかなパーカー姿、その切長い瞳は面影ゆらせ微笑んだ。

「おひさしぶりです…ご無沙汰を申し訳ありません、」

どうも幻ではないらしい?
歳月隔てた忘れ形見に、ただ懐かしく笑いかけた。

「そうさなあ、暑い中よう来た、よう来た、」

うなずきながら眺めて、白皙の笑顔かすかに薄紅そまる。
あいかわらずの恥ずかしがりらしい、何年も見ていない貌に微笑んだ。

「本当によう来たなあ、無縁仏にせにゃならんかと思っとったぞ?」

こんな言葉、ひさしぶりの相手には厳しいだろう?
それでも青年は瞳ゆっくり瞬いて、真摯な眼ざし肯いた。

「本当に申し訳ありませんでした、溜まっている管理費お支払いさせてください、」

やはり大人になったな?
それでも意地悪だった自覚つい可笑しくて、生真面目な青年に笑った。

「はっはあ、あいかわらずマジメだのう?意地悪してすまんかったなあ、」

苦労しても、きれいな子だ。

―母親とはずいぶん違うな、アレはあの男そっくりだが…この子も苦労しているだろうに、

彼のひとの娘は似なかった、けれど青年は面影あざやかに映す。
こんなふう彼のひとの血は遺っている、想い見つめる真中で青年が頭下げた。

「意地悪なんて、こちらこそ申し訳ないです。ご迷惑たくさんおかけして、本当に申し訳ありません。」

白皙の顔かたむけ謝ってくれる、その仕草なつかしい。
こんなふう彼のひとも謝ってくれた、追憶の木蔭に明るい声が笑った。

「こいつは墓参りに来て具合悪くなったんです、それでイイですよね?和尚さん、」
「ほう…?」

どうにも「訳あり」だな?
そんな貌した青年二人に、ふたり幼い日のまま笑いかけた。

「まあ茶を飲んでいきなさい、うまい菓子があるぞ?」

笑いかけ庵へと歩きだす、その背に足音ふたつ付いてくる。
ひとりは元気いっぱい、もう一人は軽やかなくせ遠慮がち。
遠い昔あのひとも同じだった、そのままに忘れ形見が映す。

―この子は隔世遺伝だな…幸せになってほしいものだ、

美しさは時に、人を怠惰に誘惑する。
その涯に哀しい瞳は今もまた、この目の前に自分を映す。
彼のひとに似た美しい眼、だからどうか今度こそ、今こそ幸せな約束を。


女郎花:オミナエシ、花言葉「親切・心尽くし、美しさ、美人・佳人、はかない恋、永久、忍耐、約束を守る」

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