「…ありがと」
「何なの?あまり嬉しそうにしてくれないのね」
「別に」
みちるから受け取ったシンプルな包装紙に包まれた手のひらサイズの箱を、美奈子は耳元でカタカタ鳴らしてみた。
「開けたらどう?」
微笑みもしない美奈子に対して腹を立てるような子供じみたことはしない。少し遅くなってしまったけれど22日には変わらない今日、ちゃんとプレゼントを渡したのだから文句を言われる筋合いもない。欲しいものだって特にリクエストされていなかったのだから、開ける前から文句を言われる筋合いもないのだ。
「ブレスレッドかぁ。高かった?」
「値段を聞くなんて、あまりよくなくてよ?」
「じゃぁ、聞かないわ」
とりあえずつけてみて、無駄に腕を振ってみたりする。有名なブランドのものだ。
「気にいらなかったのかしら?」
ソファーでだらしなくそんなことをしている美奈子に、みちるは首をかしげて、でも微笑を絶やさずに尋ねる。
「そんなこと、一言も言っていないわ」
用のない包装紙とリボンをクシャクシャにしながら、きつい視線をみちるに注ぐその表情はどう見ても不機嫌であることに変わりはない。
その原因をみちるはよくわかっている。
けれどそれは、みちるから美奈子に確かめることが許されないこともわかっている。
「それより、誕生日に仕事入れるなんて、すごく嫌味よね?パーティで演奏って、どうせまた政治関係じゃないの?火野先生も来てたりしたの?昔から付き合いがあるんだっけ?」
たっぷりと込められた嫌味も、みちるは機転を利かせて回避するのが疲れるからそういうことはしない様にしている。実際に美奈子が口に出した人物と会っていたのだから。
「ごめんなさい。その代わりに明日をオフにしているって、この前も言ったわ」
「1日遅れて祝ってもらっても、嬉しくないって私は言ったわ」
1ヶ月も前から、ずっとこのことで揉めて。結局今日まで揉めて。どちらかが引かなければならない平行線をたどっても仕方ないから、みちるは付き合いきれないと立ち上がる。どれだけ喧嘩腰で向かってきても、みちるは同じようにならない。絶対に本当の気持ちが出てきてしまうことがわかっているから。
「美奈子、何か飲みたい?」
「いらない」
「そう」
ゆっくりとキッチンで紅茶を淹れる準備をする。美奈子にはそれが気に食わないこともわかっている。
「飲みたいならTパックでいいじゃん。どうして金持ちっていつもそうやって、きちんとするわけ?」
「飲みたいからよ」
「私みたいに一般家庭で育ってきた人間は、夜10時過ぎてわざわざそんな風にしないわ」
「そう」
それでもみちるは、きちんとした手順で紅茶を淹れる。幼い頃からそうしてもらってきた味に慣れている以上、それが一番おいしいとわかっているのだから仕方がないし、それを苦痛とも思わない。
「見ていて、イライラするわ」
「疲れているんじゃなくて?今日はみんなと遊んだのでしょう?」
美奈子がいて欲しいと思った人間のいない誕生日パーティ。どんなに楽しみたいと思っても、素直に楽しめなかったことくらい、わかっているはずなのに。
「別に楽しくもなんとも」
「そんなこと言ったら、みんな残念に思うわよ。レイも行きたそうにしていたわ」
「えぇ。みちるさんが大好きなレイちゃんは誰かと一緒にいたものね。もう寝るわ。お休み」
「…おやすみなさい」
火に掛けられていたお湯が小さな泡がダンスをはじめるのを見ていたみちるは、言い訳も否定もする術もなく。それが美奈子の癪に障ることもわかっていて、だからこそ、そうしているのかもしれないけれど。
仕方がないじゃない。
美奈子は妹のような存在。それ以上を望むことがどうしてもできない。本当に狂おしく愛しいと想う人ではなくて、そして心はあまりにも正直で、二人も入るほど広くもないのだ。
「…レイ」
自分でも愚か過ぎるとわかっている。美奈子のまっすぐな瞳に答える気持ちが持てないのだから、彼女の身体を愛でても、彼女のために何かをしてあげても、その自分に満足できることはない。
美奈子だって、わかっていてそれでも繋がりを求めたのだ。
終わりしかないリスキーゲームを。
一瞬の快楽だけを求めて。
でも、幕を引く役目は自分じゃないんだとみちるは思っている。自分の気持ちに嘘を付いて美奈子の手を取ってしまった以上、最後まで見え透いた嘘の愛を与え続けなければならない。
それが美奈子を傷つけるとわかっていても。
「レイ」
彼女のためなら何でもできると思う。どうしようもなく好きだと心は歌っている。そしてそれが恋として彼女に想いを受け入れてもらえなくても、痛いとも思わない。想いがその程度で傷ついてしまうほどちっぽけな存在では、もはやなくなっていることも正しく理解できている。
正反対だわ、とみちるは笑った。
美奈子は終わらせてもいいと思ってみちるに想いを伝えて。
みちるは始まりも終わりも望まずに、ただ想い続けることを選んで。
その癖に、美奈子の気持ちを受け取るだけ受け取っておいて。
優柔不断な自分が一番悪いのは当たり前だ。
でも、自分から切り捨てることがどうしても忍びない。それが一番の過ちだとわかっていても、みちるにはどうしても出来ない。
愚かだと、レイは笑うだろうか。
それとも、怒ってくれるだろうか。
丁寧に淹れたはずのお茶なのに、なぜだかおいしく感じなかった。
こんな風に、何もかもが不味くなってゆくのをじっと耐えるしかない。
「美奈」
みちるさんから貰ったブレスレッドは、むかつくほど美奈子の興味を注がれるようなデザインだった。意識していないのに気がついたらそれを眺めている自分がいる。
「…あぁ、レイちゃん」
喧嘩したまま一日デートするのも嫌だったから、結局、次の日はあまり会話の必要がないデートをした。映画を見て、ショッピングして、みちるさんの興味ないゲーセンをハシゴして。
「何?みちるからのプレゼント?」
楽しいとは思わなかったけれど、好きだから傍にいてくれたら嬉しいのに、でも全部が自分のものにならないってわかっていることが余計に苛立ちを募らせてくれる。
「…ま、ね」
放課後自然と集まるいつもの場所にいたレイちゃんに、美奈子は明らかに嫌な顔をして見せた。一番会いたくない相手。罪もないけれど、できることなら全部この人のせいにしたいと思う相手。
「何?気に入らないの?」
気に入らないことならたくさんある。自分の大好きな人を当たり前のように呼び捨てにしていることとか。
「ううん、そうじゃないわよ」
「じゃ、気に入ってマジマジと見せ付けているのね」
「そうよ」
彼女が想われていることにまったく気がついていないこととか。
「ふぅーん。みちるって愛されちゃっているのね」
ブレスレッドに興味なんてほとんどなさそうにして。でも、何でも知っているような振りしているところとか。
美奈子はわかってる。本当にレイちゃんは自分以上にみちるさんのことを良く知っている。悔しいけれど、絶対に敵わないってわかっている。
だから、少しでもレイちゃんの知らないみちるさんを自慢したくて。
「そうよ。昨日の夜だって可愛かったんだから。みちるさんはね、結構H好きなのよ。お風呂の中でもずっとしていて、のぼせたりして」
「はいはい」
「私のこと、凄く好きなの」
「美奈、そんなこと私に自慢しても何にも出てこないわよ」
自己満足のつもりで声に出せば出すほど、ひどく空しさを感じてしまう。むしろ声に出して確かめなければいけない自分が寂しくて、情けなくて。
「みちるさんがどれほど私のことを…あ、愛しているかレイちゃんにも教えてあげないとって思っているのよ」
上ずった声は自分のものじゃないみたいで。
「はいはい。ご馳走様―。みちるをよろしくねって、まぁ…毎度言っているけれど、とりあえず、よろしく。これで満足?」
満足じゃない。
全然満足じゃない。
本当に欲しいものを絶対にくれないみちるさんにも、みちるさんに想われていることなんて気が付かないで、それでいて当たり前のようにみちるさんの傍にいるレイちゃんにも。
どんなにがんばっても、愛なんてもらえないとわかっているのに悪あがきをして、愛されている振りをする自分にも。
「…満足じゃない。嫌いよ、レイちゃんなんて」
それなのに、センチメンタルを捨てられない自分が愚かで。まだ、まだ大丈夫だって。自分から言い出さない限り、終わりはまだ来ないんだって。
本当は始まりさえなかったなんて、絶対認められない。認めたりしない。
どんなに重たくても、絶対にこのセンチメンタルを捨てたりしない。捨ててしまえば負けだから。
彼女の方から終わりを告げてこないってわかっている。だから自分から言って終わらせたりだなんて、絶対にしない。駄々をこねて、しがみついて、大声で怒鳴って、泣いて。でも絶対に終わらせたくない。
愛していると言われるまでは。
『“彼女”を愛しているから』と言われるまでは。
「何なの?あまり嬉しそうにしてくれないのね」
「別に」
みちるから受け取ったシンプルな包装紙に包まれた手のひらサイズの箱を、美奈子は耳元でカタカタ鳴らしてみた。
「開けたらどう?」
微笑みもしない美奈子に対して腹を立てるような子供じみたことはしない。少し遅くなってしまったけれど22日には変わらない今日、ちゃんとプレゼントを渡したのだから文句を言われる筋合いもない。欲しいものだって特にリクエストされていなかったのだから、開ける前から文句を言われる筋合いもないのだ。
「ブレスレッドかぁ。高かった?」
「値段を聞くなんて、あまりよくなくてよ?」
「じゃぁ、聞かないわ」
とりあえずつけてみて、無駄に腕を振ってみたりする。有名なブランドのものだ。
「気にいらなかったのかしら?」
ソファーでだらしなくそんなことをしている美奈子に、みちるは首をかしげて、でも微笑を絶やさずに尋ねる。
「そんなこと、一言も言っていないわ」
用のない包装紙とリボンをクシャクシャにしながら、きつい視線をみちるに注ぐその表情はどう見ても不機嫌であることに変わりはない。
その原因をみちるはよくわかっている。
けれどそれは、みちるから美奈子に確かめることが許されないこともわかっている。
「それより、誕生日に仕事入れるなんて、すごく嫌味よね?パーティで演奏って、どうせまた政治関係じゃないの?火野先生も来てたりしたの?昔から付き合いがあるんだっけ?」
たっぷりと込められた嫌味も、みちるは機転を利かせて回避するのが疲れるからそういうことはしない様にしている。実際に美奈子が口に出した人物と会っていたのだから。
「ごめんなさい。その代わりに明日をオフにしているって、この前も言ったわ」
「1日遅れて祝ってもらっても、嬉しくないって私は言ったわ」
1ヶ月も前から、ずっとこのことで揉めて。結局今日まで揉めて。どちらかが引かなければならない平行線をたどっても仕方ないから、みちるは付き合いきれないと立ち上がる。どれだけ喧嘩腰で向かってきても、みちるは同じようにならない。絶対に本当の気持ちが出てきてしまうことがわかっているから。
「美奈子、何か飲みたい?」
「いらない」
「そう」
ゆっくりとキッチンで紅茶を淹れる準備をする。美奈子にはそれが気に食わないこともわかっている。
「飲みたいならTパックでいいじゃん。どうして金持ちっていつもそうやって、きちんとするわけ?」
「飲みたいからよ」
「私みたいに一般家庭で育ってきた人間は、夜10時過ぎてわざわざそんな風にしないわ」
「そう」
それでもみちるは、きちんとした手順で紅茶を淹れる。幼い頃からそうしてもらってきた味に慣れている以上、それが一番おいしいとわかっているのだから仕方がないし、それを苦痛とも思わない。
「見ていて、イライラするわ」
「疲れているんじゃなくて?今日はみんなと遊んだのでしょう?」
美奈子がいて欲しいと思った人間のいない誕生日パーティ。どんなに楽しみたいと思っても、素直に楽しめなかったことくらい、わかっているはずなのに。
「別に楽しくもなんとも」
「そんなこと言ったら、みんな残念に思うわよ。レイも行きたそうにしていたわ」
「えぇ。みちるさんが大好きなレイちゃんは誰かと一緒にいたものね。もう寝るわ。お休み」
「…おやすみなさい」
火に掛けられていたお湯が小さな泡がダンスをはじめるのを見ていたみちるは、言い訳も否定もする術もなく。それが美奈子の癪に障ることもわかっていて、だからこそ、そうしているのかもしれないけれど。
仕方がないじゃない。
美奈子は妹のような存在。それ以上を望むことがどうしてもできない。本当に狂おしく愛しいと想う人ではなくて、そして心はあまりにも正直で、二人も入るほど広くもないのだ。
「…レイ」
自分でも愚か過ぎるとわかっている。美奈子のまっすぐな瞳に答える気持ちが持てないのだから、彼女の身体を愛でても、彼女のために何かをしてあげても、その自分に満足できることはない。
美奈子だって、わかっていてそれでも繋がりを求めたのだ。
終わりしかないリスキーゲームを。
一瞬の快楽だけを求めて。
でも、幕を引く役目は自分じゃないんだとみちるは思っている。自分の気持ちに嘘を付いて美奈子の手を取ってしまった以上、最後まで見え透いた嘘の愛を与え続けなければならない。
それが美奈子を傷つけるとわかっていても。
「レイ」
彼女のためなら何でもできると思う。どうしようもなく好きだと心は歌っている。そしてそれが恋として彼女に想いを受け入れてもらえなくても、痛いとも思わない。想いがその程度で傷ついてしまうほどちっぽけな存在では、もはやなくなっていることも正しく理解できている。
正反対だわ、とみちるは笑った。
美奈子は終わらせてもいいと思ってみちるに想いを伝えて。
みちるは始まりも終わりも望まずに、ただ想い続けることを選んで。
その癖に、美奈子の気持ちを受け取るだけ受け取っておいて。
優柔不断な自分が一番悪いのは当たり前だ。
でも、自分から切り捨てることがどうしても忍びない。それが一番の過ちだとわかっていても、みちるにはどうしても出来ない。
愚かだと、レイは笑うだろうか。
それとも、怒ってくれるだろうか。
丁寧に淹れたはずのお茶なのに、なぜだかおいしく感じなかった。
こんな風に、何もかもが不味くなってゆくのをじっと耐えるしかない。
「美奈」
みちるさんから貰ったブレスレッドは、むかつくほど美奈子の興味を注がれるようなデザインだった。意識していないのに気がついたらそれを眺めている自分がいる。
「…あぁ、レイちゃん」
喧嘩したまま一日デートするのも嫌だったから、結局、次の日はあまり会話の必要がないデートをした。映画を見て、ショッピングして、みちるさんの興味ないゲーセンをハシゴして。
「何?みちるからのプレゼント?」
楽しいとは思わなかったけれど、好きだから傍にいてくれたら嬉しいのに、でも全部が自分のものにならないってわかっていることが余計に苛立ちを募らせてくれる。
「…ま、ね」
放課後自然と集まるいつもの場所にいたレイちゃんに、美奈子は明らかに嫌な顔をして見せた。一番会いたくない相手。罪もないけれど、できることなら全部この人のせいにしたいと思う相手。
「何?気に入らないの?」
気に入らないことならたくさんある。自分の大好きな人を当たり前のように呼び捨てにしていることとか。
「ううん、そうじゃないわよ」
「じゃ、気に入ってマジマジと見せ付けているのね」
「そうよ」
彼女が想われていることにまったく気がついていないこととか。
「ふぅーん。みちるって愛されちゃっているのね」
ブレスレッドに興味なんてほとんどなさそうにして。でも、何でも知っているような振りしているところとか。
美奈子はわかってる。本当にレイちゃんは自分以上にみちるさんのことを良く知っている。悔しいけれど、絶対に敵わないってわかっている。
だから、少しでもレイちゃんの知らないみちるさんを自慢したくて。
「そうよ。昨日の夜だって可愛かったんだから。みちるさんはね、結構H好きなのよ。お風呂の中でもずっとしていて、のぼせたりして」
「はいはい」
「私のこと、凄く好きなの」
「美奈、そんなこと私に自慢しても何にも出てこないわよ」
自己満足のつもりで声に出せば出すほど、ひどく空しさを感じてしまう。むしろ声に出して確かめなければいけない自分が寂しくて、情けなくて。
「みちるさんがどれほど私のことを…あ、愛しているかレイちゃんにも教えてあげないとって思っているのよ」
上ずった声は自分のものじゃないみたいで。
「はいはい。ご馳走様―。みちるをよろしくねって、まぁ…毎度言っているけれど、とりあえず、よろしく。これで満足?」
満足じゃない。
全然満足じゃない。
本当に欲しいものを絶対にくれないみちるさんにも、みちるさんに想われていることなんて気が付かないで、それでいて当たり前のようにみちるさんの傍にいるレイちゃんにも。
どんなにがんばっても、愛なんてもらえないとわかっているのに悪あがきをして、愛されている振りをする自分にも。
「…満足じゃない。嫌いよ、レイちゃんなんて」
それなのに、センチメンタルを捨てられない自分が愚かで。まだ、まだ大丈夫だって。自分から言い出さない限り、終わりはまだ来ないんだって。
本当は始まりさえなかったなんて、絶対認められない。認めたりしない。
どんなに重たくても、絶対にこのセンチメンタルを捨てたりしない。捨ててしまえば負けだから。
彼女の方から終わりを告げてこないってわかっている。だから自分から言って終わらせたりだなんて、絶対にしない。駄々をこねて、しがみついて、大声で怒鳴って、泣いて。でも絶対に終わらせたくない。
愛していると言われるまでは。
『“彼女”を愛しているから』と言われるまでは。