快読日記

日々の読書記録

「ポトスライムの舟」津村記久子

2013年02月23日 | 日本の小説
《2/22読了 講談社 2009年刊 【日本の小説 作品集】 つむら・きくこ(1978~)》

収録作品:ポトスライムの舟/十二月の窓辺

「ポトスライムの舟」
ベルトコンベアに乗せられてくる乳液のボトルキャップを固く閉めて戻す、という作業をしている契約社員ナガセ。
ある日、職場で世界一周クルージングのポスターを見た。
費用は163万円。
それが現在の彼女の年収とほぼ同額と気づいたとき、29歳の今から1年間、会社からの報酬をそっくり貯めよう、と決意する。

言うまでもなく、暮らしとお金を切り離すことはできません。
でも、働く人の多くが能力や労働力の対価として給料をもらっている、というのは錯覚。
実際は、時間を金に換えている、つまり“人生を売った金で人生を送っている”という、蛸が自分の足を食うような状況が“普通”になっているわけです。
そんな中で、仕事をしたり、自転車を漕いだり、家の中で積乱雲について考えたり、友達に会ったり…そういう小さな人生が観葉植物の一枚に乗っかって川を流れていく。
はかなくてちっぽけだけと、驚くほどしっかり確実にそこにある人生の舟です。
なんかこう、単純に“前向き!”なんてファンタジックなものでなく、生きていくってことのしんどさや複雑さ、しかし、そこでも人間はきらきらしたものを発見する、そんなようなことがじわじわ伝わる作品でした。


「十二月の窓辺」
表題作で芥川賞をとる前年の作品です。

思い切って断言すると、テーマは“暴力”。

まず、主人公ツガワが勤める会社で上司から受けるパワハラ。
仕事ぶりを否定され、人格を否定され、将来まで否定される。
三人称で書かれてはいますが視点がツガワから微塵もぶれずに展開するので、このVという女性係長がどんな問題を抱えているのか、安っぽい噂以外にはほとんど見えてきません。
だからこそ、ものすごく怖い。
Vの恐ろしさはその怒りの理不尽さと偏執っぷりにあって、モンスターまであと一歩という感じです。
何かにつけて彼女が罵倒する、その言葉がツガワを汚し、傷つけ、思考力や判断力を奪います。
周囲の先輩たちとの関係もそれに拍車をかける。
ツガワの周囲にはあと2つの暴力が存在し、それらが和音になって、読んでいるこちらの背筋もひんやりしてきました。

この傑作、実体験に基づいて書かれているそうです。


/「ポトスライムの舟」津村記久子