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「 調子に乗るといいことない 」 これが我が家の家訓です。

はなちゃん誕生記 出産後~退院

2009-07-18 03:36:38 | あかちん ( はな )
出産後、下半身麻酔のエピデュラルが効いていて、しばらく車椅子で過ごしていました。
トイレに行くのも やっとで、 立ったり 歩いたりが一人ではできない状態。
車椅子から立ち上がろうとした瞬間に崩れ落ちそうになった時は『 すご~い 』 って思っちゃった。

それにしても、『 苦痛のトイレ 』
これが本当に苦痛でねぇ。 今はだいぶ良くなりましたが、それでもね。
これが一番辛かったかな?
無痛分娩とか盛んなくせに、なんで切開してくれないんだよ~。選択肢くらいくれよ~。
と恨んでいました。

13:20には初授乳。
左のおっぱいから指導を受けながらあげてみました。
ちゃんとおちちも出て、はなちゃんもくいくいと上手に飲んでてかわいかったなぁ。 
15分くらい飲ませてから、つぎは右のおっぱい。 
こっちは5分くらいしか飲まなかったけど、初めてにしてはけっこうな飲みっぷりだったんじゃないかな?

そして、車椅子での移動も自由にできるようになった頃、私を襲ったのが強烈な空腹感
病院からもらったマフィン、ローストビーフのサンドイッチ(まずい)、ピーナッツバタートースト、
セカンドカップで買ったスティッキーバン3/4、うちから持ってきたおにぎり1個 をまたたく間に完食。
自分でも笑っちゃうくらいの食べっぷりだったなぁ。 
なんでこんなにお腹空いてるんだろ~って不思議なくらいでした。 ははは。
炭水化物ばっかりですが、手元にそれしかなかったからしょうがありません。

そして、17:30に2度目の授乳。
この時は両方ともなめただけだったみたい。

予定ではもうそろそろ分娩の部屋から、今晩泊まる部屋(個室)に移動するのですが
部屋がまだ用意できていない。とのことでしばらく待っていました。
個室にするとお金が$40だったかな?かかるけど、父ちゃんも一緒に泊まれるんです。
その間は特にすることは無いので、うーちゃん(夫)は一旦うちに帰って用事を済ませ、
会社にもちらっと行って、さくっと仕事をしていました。
その帰りにはリクエストしておいたバナナとフルーツを買ってきてくれました。

うーちゃん(夫)が帰ってきてからも、まだ部屋を移動できずにいて
出生届みたいな書類に記入をしていました。
そこで、はなちゃんのスペルを 『 Hannah 』 にするか 『 Hanna 』 にするか再検討。
私は 『 Hanna 』 の方が好きだったんだけど、『 Hannah 』 の方がオリジナルらしく
サインとか書く時には最後が『h』の方が格好が付くってことになって 『 Hannah 』にしたのです。
あ、あと画数も考えたっけ。
って、アルファベットだし 画数の15画とか18画とかの意味もわからずだったけど。。

で、20:40に3度目の授乳。
この時は両方とも10分ずつくらい飲んでくれたようです。
そして、まだ部屋の移動ができていない私たちに衝撃の事実&お願いが。
その日(6月30日)はなんとそこの病院で7人の赤ちゃんが産まれた(産まれる)ため、部屋が足りない。
なので、違う病院に移動してそこで泊まってくれないか? とのこと。
「 まじ~ 」 と思ったけど、しょうがないので移動することに。
私とはなちゃんは救急じゃない救急車で。 うーちゃん(夫)は車で連いてきてくれました。

病院に着いたのはたぶんもう、22:30とかじゃなかったかな?
部屋に通されたら、なんとベッドは2つ。 
個室じゃないやーん!と思ったけど、いまから何を言う気力もなく。。
部屋は壁一面が窓で、カルガリーの南西かな?その辺りが一望できました。
ナースは 「 ナイスビューの部屋にしておいたわよっ 」 って言っていたっけ。

少ししてから 途中でマックに寄ったうーちゃん(夫)が、夜ご飯を買って持ってきてくれました。
ちなみに私はもうお腹は空いていなかったので、ポテトとナゲットをちょっともらっただけです。
で、この部屋泊まれないらしいよ。と言ったら、なんだよ~とがっかり&いかっていました。
でも、今から個室に移動したいと交渉するのもめんどくさいしね。ってことで
帰れと言われるまでいる。 ってことにしました。 結局2:30くらいに帰ったのかな?

今思うと、ここでの滞在もすっごく辛かったな。
ナースが本当に2時間おきに来て、赤ちゃんにおっぱいあげるように指導していくんだけど
私もねむいし、寝ている赤ちゃんを起こすのもかわいそうだしでね。
それでも23:30はちょっと飲んで
翌日、2:30は眠って飲まず。 4:30はけっこう飲んでくれて、6:10もちょっとは飲んだのかな?
ほんとに、ナースが「じゃあ次は4:30頃に来るからね。」って言う度に
『 もう、いーよぅ 』 って思っていました。

そして6:30。沐浴タイムです。
ナーシングルームだったかな? そこに行って、
ナースのおばちゃんがはなちゃんをお風呂に入れてくれるのを見て勉強しました。
            
その部屋には白人の女の子&男の子、インド系の男の子の3人の赤ちゃんがすやすや眠っていたのですが
いやぁ。。 哀しくなりました。
うちの子だけ鼻がないんだもん。 ってか、その3人の赤ちゃん達はみんな鼻がしっかりしててねぇ。
そういえば、その時の着替え用に 日本タイプのひもで結ぶ肌着を持っていったのですが、
ナースのおばちゃんがそれを見て、「 これ、いいわねぇ。どこで買ったの? 」 と言っていました。
ちなみに、レシービングブランケットを見ても 「 これ、かわいいねぇ。どこで買ったの? 」 って言っていたな。

この頃にはすっかり太陽も昇っていて、部屋がまぶしかったっけ。
病院からの角度からカルガリーを見渡すのは初めてだったけど、あらためて だだっ広い街だなぁと。
なんて思っていると、朝ごはんが。
こんな感じです。  

そして、たしか10:00だったかな? その頃に母乳クラスがあったので参加してきました。
わからなくて あかちゃんをだっこして行ったら、あかちゃんの台ごと持ってきて
と言われて、あわてて戻ったっけな。
乳首の含ませ方とか、授乳のポジションとか、どのくらい飲ませる?とかそんなことをお勉強してきました。

そして、お部屋に戻ってしばらくしたところで うーちゃん(夫)が来てくれました。
こっちの病院はうちから一番遠い所なんですよね。 うーちゃん(夫)、ごくろーさま。
ちなみに今回、病院の駐車場代で$40払った私たち。。 なんで病院で駐車場代取るんだよぉぉ!

そして、お昼ごはん。
          
ツナサンドに、レモンポピーシードのパウンドケーキ。。 量、多いっすから!

そして、それまでの間も約2時間ごとに授乳と体温チェック。血圧も測ってたっけ。
で、もうそろそろ帰っていいのかなぁ? と思っていたらナースやドクターが立て続けに何人か来て様子見。
問題はなさそうだけど、よかったらもう1泊して行っていいよ。と言われたけど
ここにいてもねぇ。ってことで帰ることにしました。

そして、赤ちゃんにビタミンKを始めとする注射を何本か。
あとかかとから血液を採取したのですが、担当してくれたパンク少年が思い切りぶっ刺したのか
その後ずーっと傷がふさがらなくって、ちょっと参りました。
あとは、黄疸チェックね。
一応、ノーマルの範囲内だけど上限ギリギリらしくって、念のため再検査してもらってね。とのこと。
この時は軽く考えていたけど、その後数日間めんどくさい日々が続くことになりました



で、結局帰ったのは15:00頃だったのかな?
家に帰ったら、出掛ける前にごはんを食べた後の食器がキッチンに積まれたままになっていて
『 そういえば、たまごかけごはん食べたっけ。。 』 って思ったっけ。
その時はまだ、うーちゃん(夫)と私の2人だけの生活だったのに、帰ってきてからは
いままでお腹の中にいた赤ちゃんも加わって、3人の生活になるんだなっても思ったな。

そうそう。 産まれるなんて思っていなかったから発芽玄米作りに挑戦していたんだよな。
ほったらかしにしすぎていたけど、ちゃんと発芽していました! やったー!!
うーちゃん(夫)にはなんとなく任せられなかったので、自分でジップロックに小分けして冷凍したなぁ。

そして、わたしは赤ちゃんと寝室でしばらくお休み。
夜はお義姉さんが来てくれて、わかめスープをたっぷり作ってくれました。


今回、出産をした病院はNEの ピーターローフィード。
本当は高評価の ロッキービュー or フットヒルズ にしたかったのですが、
やっぱり家から近い方がいいんじゃない?ってことでピーターローフィードにしました。
この病院ってインターンが多いって噂もあったし、なんとなく土地柄もなぁって感じだったのですが、
実際はこの病院にして良かったね。ってことになりました。
担当ナースのあたりだったっていうのが大きいんだとは思うのですが、
その他のナースやドクターの感じも2軒目に行った病院よりは印象が良かったです。
次回もたぶん迷わずピーターローフィードにするだろうな。 いつになるかな。。







 


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