自分の経験から、私なりに解釈した、いじめのターゲットにされやすい人の状態を、仲間のために発信したいと思う。
これは、「いじめられる人に原因があるとして、その人に責任を帰する」ものではない。いじめは教養のない、動物的で野蛮な行為であり、する人がその責任を負うものである。いじめられる人にその責任を着せるのは明確に誤りである。行動の責任は、それをやっている人にしかとれない。
ヒトが動物的に、いじめのターゲットにする 人の状態というのがあり、私なりに見えたことを紹介したい。動物的な猿人によるいじめを誘発する 人の状態 というのを書くのであり、その人に原因があるからその人に責任がある というものではないことを特記したい。それを混同する分別なき人達が多いからである。いじめやすい人をいじめる人が野蛮な猿というだけの話である。
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罪悪感をもちやすい
真面目で、自分の欲望や感情に堅牢に蓋をして理性的に行動する人
誰かのメッセージ(支配側にとって都合のいいもの 洗脳)を無意識に自分に内面化している(洗脳にはまっている)人 その尺度の中で一生懸命がんばる真面目な人
ダブルバインドに無防備で、それを許してしまう人
境界を侵されることに無防備な人
真面目すぎて、嫌がらせ・足の引っ張りをされていることに無防備な人
自分の幸福を追い求めることに罪悪感、ためらいがある人 抑圧している人
自分の感覚よりも、「もっと大きな」意義を大事にする人
重複が多く、とりとめなくなったが、これらが、当事者だった私が経験から学びとった、いじめの対象にされやすい要素である。これらの状態の原因は、親子関係などの生育環境がほとんどである。
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だから、私は言いたい。
自分の幸福な瞬間を迷いなく、ためらいなく、追い求めるべきだ って。
大きな意義よりも、あなたが今ここでどう感じているか その方が大事だって。
いじめる人達が、あなたが真面目に操を立てている品位のある考えを、浅ましく利用してそれをあなたに徹底するように強いてくる。自分たちは、そんな品位のかけらも備えてないくせに。あなたには、どんな時だって完璧な品位・論理・良識を求めてくる。少しの揺るぎも許さず、完璧な徹底を強いてくる。自分たちは、それらのかけらも持っていないくせに。これは、モラハラ研究のマリー・イルゴイエンヌもその著に書いている。いじめる人達は、相手の誠実さ、品位 これらを猛烈に利用して、悪意の渦にさらしながら、強要し続けるのである。そして、ちょっとしたことを激しくつついて揚げ足取りしてくるのである。これは、裁判などの場でも起こる倒錯した悲劇である。被害者の方に、よってたかって、完璧を求めるのである。いじめた人達の、いじめられた人の何千倍の責められるべき行為、散りばめられた悪意を棚に上げてである。
あなたは、神様じゃないし 釈迦じゃないし 聖人じゃないし 仙人じゃない
自分に無理強いをしてはだめ
生育過程で無茶な要求をされ続けたこと、自分のできることを超えたことを常に要求されたことを、内面化して自分に対してそれをやり続けてはだめ 自分で自分を、牢屋に入れてはだめ
あなたは、自分の欲求 感覚 感情 好き嫌い をもった、普通の人間
それを、当然のこととして受け容れて 自分に無茶なことを強いるのはやめて
あっけらかんと認めて欲しい
今までそれを禁じられてきたのだから、今度は反動で激しくそれが出るのかもしれない。よく聞く現象だ。無理をして頑張ってきて、そのせいで報われるどころか更に自分を苦しめて 不遇にし その理不尽な矛盾に対して爆発する 怒りが溢れだす
その激しい反動は避けられず通過するのかもしれない。でも、その後で、調和がやってくる。
繰り返す苦しみをくぐり抜けた人たちこそ、その調和がどんなに素晴らしいものかを知って、楽しめるだろう。
Happiness is when what you think, what you say, and what you do are in harmony.
Mohandas Karamchand Gandhi