goo blog サービス終了のお知らせ 

Aspies and ADHDes

AspieとADHDの特性があり、テキトーな医師が診断しました。(自分では、第4の発達障害ではないかと思っています)

Amebaへの引っ越し

2025-07-17 | 日記

Aspies&ADHDes  に移行出来ました。

こちらの従来のGooブログもサービス終了日(2025年11月18日予定)まで閲覧可能です。

コメント群を向こうに反映させる事は出来ませんでした。

またカテゴリの移行も出来ず、「福岡」カテに登録したいのですが、Gooブログの記事管理機能とは違い

キーワードで「福岡」記事を全部一覧で出す→まとめて「福岡」カテに登録  が出来ません。

1つ1つしないといけないみたい。だから出来てません。

Gooブログの方がAmebaより記事編集・管理機能は遥かに優れています。

またあっちはブログの文字が薄くて、濃く出来ませんでした。

 

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同じ気持ちのみなさまへ

2020-05-15 | 日記

いつも読んでくださり、コメントくださって、ありがとうございます。

同一人物による悪質なコメントがありましたので

スパム報告し、削除いたしました。

このブログが、同じ気持ちを持って福岡で生活することを余儀なくされている

人達にとってトリートメントの場になっていて、書き甲斐があり、嬉しいです。

それからここに書いていることが気に入らない人は、口汚く中身のない暴言や差別発言での

腹いせしか言えないことがわかり、却って私の書いていることの正当性を認識しました。

 

タイガーリリー

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欠けている要素を補うことが、実際はものを言う

2017-01-21 | 日記
パーソナルカラー診断というのがある。人を構成する要素から、春 夏 秋 冬タイプに大別し、それに似合う色を紹介し、より魅力的に見せようというものである。

私は春タイプとなった。肌はイエロー系の色白で、艶とコシのある真っ黒な髪で、目は透明がかった茶色で、異常に若く見え(AspieやADHDの特性)、やわらかいやさしい雰囲気だ(同性=女に攻撃されやすいなめられやすい)。オレンジ色の口紅がしっくり馴染む。春タイプで間違いなかろう。

春タイプに似合うとされる色…フレッシュでみずみずしい、明るく透明感のある色、パステルカラー、派手な色

「苦手な色は青みの強い色、濃く暗い色、くすんだ濁った色。顔色がくすんで不健康に見えがちなので、避けた方がよいでしょう。」だって。

店員がうざいので店で服を買うことはないが、昔店で買っていた時は、店員に上記のような色の服が似合うとよく言われた。オレンジとか明るい緑とか、水色とかサーモンピンクとか。ピュアでフレッシュな感じということだ。それも、確かに言える。だけど最近思うのは、私の場合、自分にすんなり似合うもの、要素にぴったり合うものを身につけるだけではだめで、欠けている要素を補うことが、実際にはとても重要だということだ。

これは、その人をつくる主な要素を生年月日から分類する占い師が言っていたことでもある。
その人曰く、水の要素を強くもつ人で火が欠けている人は、火の要素を補うことが大事だと。
(この分類占いの信ぴょう性はわからないが、補うことの重要性には同意だ)

落ち着きのない多動性のADHDは、落ち着く場所、祭壇のような碇のような不動の拠り所が特に必要なのだ。
常に流動する環境に置かれることは、常に内部で流動しているADHDにとっては最も不適切な状況だと思う。籠り感が必要。レストランや喫茶店も、オープンタイプの開放的なインテリアはとても苦手で、籠り感のあるインテリアが好きだ。びっくりドンキーのインテリアはとても好きだ。また、公共の席で集中して聴講したりしないといけない時は、途中まで脱いだコートを腰回りに包めて、巣のような籠り感を作り、集中する工夫をしている。

話が逸れたが、険がなくて子供っぽく見られてなめられやすい私のようなタイプだと、それを補う要素を取り入れることで、随分と当たりは変わってくる。人の弱みにつけ込んで格好の攻撃対象としてくる人たち(いがみ女)が多い民度の低い社会においては、やさしそう、ソフトな雰囲気の女性は、欠けているものを補うことが重要である。もし、そうでない民度の高い社会においては、そんなことはしなくていいのだが。

以前、バイト先で女達に陰湿なモラハラ攻撃をされていた時。ある日、母に「お守り」と言って貸してもらった、まあまあ大きいダイヤモンドのネックレス(60万で買ったそうだ)をして行った時の、モラハラ女達の反応は今でも覚えている。心の動きが浅ましく見て取れた。
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久しぶりの更新 

2016-11-03 | 日記
私のブログを楽しみに読んでくれる人がいると知った。

私は東京生活に終止符を打ち、先日地元福岡に帰って来た。福岡あるいは日本で苦しんでいる人たちと気持ちを共有したいと思う。
2回目の東京生活を15ヶ月でお終いにし、地元に戻ってきた。その理由を以下に列挙する。

・人口過密な東京での生活(特に電車、駅、エスカレーター、改札が辛い)が苦痛で、神経がすり減ってきた。

・カクテルパーティー効果が弱いAspieの私にとって、東京は最も不適切な住環境であると考えた。私は地元の土地柄はどうしても好きじゃないが、住環境は好きだった。自然(川、山、田んぼ、濃い緑)広大な敷地、広い通路、少ない通行人。

・インターネットが発達した現在、人口過密な東京にひしめき合って住むメリットが感じられない。どんなコアな書物だって、ピンポイントですぐ帰る。インターネットによって田舎の住民が受ける恩恵は大きい。

・1回目の東京生活で非常に幸運な出会いや経験をしたせいで、認知バイアスがかかっていた。つまり東京=居心地いい所 福岡=修羅の国って。東京の中でも、Aspieの私に奇跡的に適した特殊な環境にいたのであり(そこに隠れAspie仲間が利用者としてたくさん来るのは、肌でわかった!だって私ととても波長が合うんだもの。通じるものがある。)、そこ以外の東京には用がなかった。その特殊な場所の中にまた入って喜んでいたのもつかの間、私が入った組織は(特殊な場所そのものの組織とは違う、全く別の物)もはや腐敗しており、かつてのようなものではなかった。ただ、その特殊な場所に全国から集まってくる人達は今でも大好きである。Aspie仲間がたくさんいたし、Aspieでなくても、彼らは地元やほとんどの共同体において絶対的少数派となるので、孤独な生き方をしてきて私と共通点があり、互いに波長が合い、好きという基本姿勢があったので色々な献身が自然な原動力でできた。またこれができない同僚たちからは僻みによる足の引っ張りがすごかった。彼女たちは上辺で必死に有能、絆アピールをしているだけで、私のような動機がないのだから、その必死の努力は空しく宙をかすめていく。そのことが更に彼女たちの僻みに火をつけ強烈な嫌がらせを受け続けた。

また、1回目の東京生活では、自分の特性とニッチにはまった幸運なスポットで働いていたことやそこで互いに理解し合える友達に恵まれたことにより、当時だって今回となんら変わりないその他の東京の状況が自分に侵入してこない=問題にならない程、選択的注意 (selective attention) が機能して保たれていたということだろう。本来私はこの機能が非常に弱いのだから、それほど幸運が強力だったということだ。また前回は京王線沿線に住み、今回は中央線沿線に住んだことが、神経をすり減らした大きな要因でもある。

・私は、その特殊な場所に集まってきた利用者たちが好きなのであって、東京が好きなんじゃない。東京は福岡よりも民度が高い とは誤りであった。
そりゃー福岡は修羅の国というのは間違っていない。でも、東京だって、格好つけるのがうまいけど、だいたい同じ。日本の同じ構造の中にいるのだから。私の慕う仲間たちは、みんなそう言って私に釘を挿したものだ。また、前にも書いたが、福岡ではお目にかからないタイプの、薄らセコイ考え(次元が低く、バレバレ)やいい歳してメディアに踊らされて浮ついた、含蓄のかけらもない人たち(ペラペラ)、狭い思考の中で勘違いして有能ぶっている人たち(頭痛がする)が多い。

そして、私は日本が好きじゃないんだという考えに達した。(←笑わないで、聞いて欲しいのだけど)ミクロ的に見ると福岡と東京では違うが、マクロ的に見るとだいたい同じ。それなら、東京で高い家賃を払ってミクロ的な差異の中で生きるより、もっと大きな変化を求めてその家賃分のお金を地元で貯める方がいいと考えた。


福岡の県民性が合わない私であるが、そのミクロ的な差異において、福岡の方が次元が低いとも限らない。全国の地方から来た人たちがしのぎを削って狭い思考の中で有能アピール合戦をしている東京。福岡よりも知性や教養、品位において上かというと、衆愚という意味では大して変わらない。東京では、たまたまその場に居合わせた人達によってつくられる、「場の空気」による攻撃・排除というのを感じる場面があった。例えば電車の中で、子連れママに対してとか。いじめの空気である。とてもびっくりして、うわぁって思った。そのママは、何も悪くないのだがやはり周りに気を遣う、すると周りは調子に乗ってその罪悪感みたいなのに漬け込んで弱い者いじめの空気をつくる。なんて野蛮な首都なんだろうと思った。東京が福岡よりも知性において上かというと決してそうではないと思った。


・また、私が好きな人たちはその特殊な場所に全国から集まってきたが、そこに集まってこない人達が全国に、福岡にも、点在している。だから、インターネットという恩恵を使って、その人たちと出会うことはできる。

・東京の部屋が気に入らない。私は自分が育った田舎の家を、とても気に入っている。玄関は快適に広く、居室空間とは独立した空間となっている、バスとトイレには窓がある、廊下がある、立地がいい、日当たりがいい、眺めがひらけていていい、静かetc)
東京の部屋は、2回も物件旅行をして選んだものだが、やはり気に入らない部分が多々あった。(2Kの間取りが玄関から筒抜けのような長方形なのがいやだった。またバス・トイレは別という絶対条件はクリアしているが、料理をする空間とバスとトイレが同じ空間というのがどうしてもいやであった。)田舎の家で快適に育った私は、この部屋が気に入っていなかった。それですごく探した結果、今の部屋って東京では、家賃の割にすごくいいんだっていう結論に至るだけで、私の出せる賃料の範囲内では、東京で私の好きな賃貸物件には巡り合えないと思った。

住空間を自分好みに創っていくのが大好きで、地元に帰れば空き家などがただ同然で手に入ることがあるかもしれない。そこを自分の好きに作り変えていくことを想像したらワクワクした。ベニシアさんみたいに。そういう幸運な可能性は、田舎では十分考えられることだが、東京では郡部とかじゃないと、まずないだろう。なんでも金、ビジネスに換算しないと話にならないのが東京である。

もし、1回目の東京生活のような、幸運が重なった状況にあれば、住む部屋や、東京の臭くてゴミゴミひしめき合った街や殺伐とした電車のことなど問題じゃなかったのかもしれない。私の注意はそんな所には向かわず、毎日歓びの中にいたと思う。電車の中ですごく嫌なことがあっても全然気にならない程。でも、今回は幸運な状況になかったので、そういうことが激しく問題となった。また幸運な出会いを待つ気力もなくなった。

・友達は少ないが、私の友達は本当の友達だけだ。うわべだけの付き合いなど、できないから。福岡にいる友達が東京にいる私に度々電話をかけてきて、泣いて「帰って来て」と言った。私が田舎に帰った時は、必ず会いに来て「帰って来て欲しい」と言う。私たちは同じ気持ちを共有している。東京で仲間を探さなくても、地元に仲間がいるからこの人達を大切に関係を続けて行こうと思った。

このような気持ちで、私は2度目の東京生活を終わりにして田舎に帰った。
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本について

2014-04-04 | 日記
本が、世界を味方につけてくれた。


今私は電車の中や休日に、頻繁に読書をしている。
大学生の途中まで、読書するのが困難であった。これは誰にも気づかれなかった。
学校の成績が昔から優秀な方であったため、読書困難や、ワーキングメモリーの弱さによる困難(繰り上がり・繰り下がりのある暗算できない。左上が消えてしまう。左上をなんとか記憶の中に留めると下が消えてしまう)を気づかれないままきた。自分だけは気づいていたが、成績もよくそのような扱いを受ける状況の中で、戸惑っていた。勉強したからこそ今分かったことだが、私は脳の中で超短期的に記憶を留めおく機能が低かったのだ。
読書をする時、文字からその内容を読み取るのではなく、文字自体をたどる行為に悪戦苦闘していた。次の行にスムーズに行けずに同じ行をまた読んでしまったり。たくさん並んだ文字との格闘であった。学力の乏しい友人が本が読めるのを、とても不思議に思っていた。

しかし大学の図書館で、興味を惹かれざるを得ない本を見つけ、それを機に読書が徐々にできるようになり、今では読書が大好きである。

本が読めるようになって、教養を深めることで、混沌とした世界が味方についた。本がなかったら私は混乱と閉塞感と絶望の中でどうすることもできずに今でもいたかも知れない。
ただ、教養を身につけるにあたり、それをもって生きていく中でコツが要った。大学ではそれを教えてくれなかった。同期の卒業生たちの多くは、国連や国際NGOや大手外資系企業など、優秀な人が集まる組織に入って行った。だから私の経験した苦痛の連続はなかったかもしれない。教養をもって生きていくにあたり、自分と同等のそれをもつ人たちの中で主に時間を過ごす理想的な場合を除いて、他の人たちがそれを備えていないということを常に念頭に入れておく必要があった、と随分後に学んだ。大学や、その他教育や家庭で身につけた教養は、外に出た時に、コツなしでは人生に(殊に日本での)大変困難をもたらすものでもあると私は学んだ。


しかし、本は私に生きる希望を与えてくれるものである。 良書か粗悪書かに関する感性は身についていてそのような本を選んでいる。
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ブログ紹介文

2014-04-04 | 日記
私は昨年、医師にADHDとアスぺの兆候がある、が診断はまだできないと言われた者である。その医院には4回ぐらい行ったきり行ってない。

私はずっと思っていた。この社会になじめない、生きにくいこの気持ちを共有する人たちと接したいと。その最初の一歩としてこのブログを始めた。同じような気持ちをもって生きている人にこのブログを見て欲しい。

そしてできれば、 コミュニティみたいなものを作りたい。
発達障害者の悩みはその色濃さによってそれぞれ違う。私のように見た目はふつうで学歴は高い方だと重度の人や知的障害の入った人の抱えるものと違う困難がある。より複雑な悩みというのもある。できれば、自分と同じような状況の仲間と集いたいと思っている。


自己紹介

女性    


好きな物 南の島、海、椰子の木、レゲエやブルースやロックなど自由な感じのするもの

趣味    読書、映画、音楽、温泉、喫茶店

関心事  発達障害について、社会科学、ジェンダー論(最近。生きている中でどうしても避けられない事となった)   

出生時の状況  予定日をかなり過ぎても生まれる気配がなく、陣痛誘発剤により分娩

現在の居住地  福岡県 (だいきらい。合わない)
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