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意思による楽観のための読書日記

展望塔のラプンツェル 宇佐美まこと ***

物語の中で取り上げられたテーマは現代社会の重い問題。家庭内暴力、育児放棄、少女売春、不良少年とヤクザ組織、在日朝鮮人、フィリピン人二世、そして不妊治療に苦悩する夫婦。こうした問題に取り組むことになるのが児童相談所、保育所・幼稚園、児童養護施設、警察、学校、教育委員会、保健所、民生委員、病院、社会福祉協議会、地方自治体など。しかし、就学前の子どもたちが虐待されている場合に、第一線で対応することになるのは、通報を受ける児童相談所の児童福祉担当者である。物語は、児童相談所の児童福祉司が虐待されている子どもたちを親から預かる場面から始まる。児童相談所が抱える問題がいくつも指摘される。人手不足、権限の限界、警察の協力体制、学校との関係など。ほとんどが担当者の個人的努力で支えられている。

タイトルの「ラプンツェル」はグリム童話に出てくる魔法使いが育てている野菜の名前。童話は次の通り。「子供を授かった夫婦、妊娠した妻がどうしても隣に住む魔法使いの庭に生えた野菜のラプンツェルが食べたくなった。そこで夫は魔法使いに食べさせてあげてほしいと頼むと、生まれた子供は頂きたい、その代わりに今は好きなだけ食べていいと。妻はラプンツェルをお腹いっぱいになるまで食べてしまう。魔法使いは、、約束どおりに子供を貰い受ける。子供名前には食べられた野菜の名前「ラプンツェル」と命名して、魔法使いはラプンツェルを出入り口のない高い塔に閉じ込めてしまう。ラプンツェルは長い長い金髪を使って、高い塔から出入りできるようになった。通りかかった王子がラプンツェルを見て好きになり、何度も逢瀬を繰り返す。しかし、魔法使いに見つかり、ラプンツェルは長い髪を切られ森に追放され、王子は目が見えなくされてしまう。数年後二人は再会、ラプンツェルの流す涙で王子の目は見えるようになる。」

「展望塔のラプンツェル」は、この童話を信じていつか助けに来てくれる人がいると逆境を生き抜いた少女那岐沙と彼女を救った児童福祉司たちのお話。物語では展望塔は近くの多摩川べりにそびえ立っていて、入場料さえ払えば上に登れる。

那岐沙の家庭は崩壊寸前、兄がいるがヤクザ一歩手前、那岐沙は兄にもてあそばれた挙げ句、父の借金のかたに売春をさせられる羽目に。そんな那岐沙を救ったのは、海(カイ)、フィリピン人の母と日本人の父の間に生まれたハーフ。海の家庭も父が蒸発して、母はスナックで働く状況。海は職人の見習いとして少しは稼げるようになってきたので、家庭から逃げてきた那岐沙を匿い、一緒に暮らそうと考えている。

二人の前に、父親からの暴力で逃げてきた5歳位の男の子が現れる。那岐沙はその子に晴れ(ハレ)と名前をつけて食事をさせたり服を着替えさせたりして可愛がるが、そのうちにまたいなくなる。ハレは口をきかないので状況は詳しくわからないが、何度も逃げて那岐沙と海が暮らす、海の母の家に現れるので、様子がわかってくる。義理の父に暴力を振るわれ、母は手出しができない環境だと。那岐沙は海とハレの三人で展望塔に登ってラプンツェルの童話の話をハレに言って聞かせる。

そんなとき、那岐沙が父と兄に再び売春を強要されたことに腹を立てた海、那岐沙を取り戻しに行き、店を取り仕切っていたヤクザに絡まれるがなんとか那岐沙を連れて逃げ出す。二人でこの街を出よう、とハレには一人で生きていくこと、現実からは逃げられないからじっと一人で生きていけるようになるまで頑張れ、と言い聞かせる。しかし、海はヤクザに捕まり殺されてしまう。

不妊治療をしていた郁美と圭吾の夫婦、多摩川べりに立つマンションに暮らしているが、近所の家庭でいつも叩かれている小さな男の子をベランダから見ている。自分たちには子供ができないのに、なんであんなことをするのかと腹を立てている。ある日、その男の子が郁美の部屋に逃げてきたので、思わず匿う。その子は那岐沙たちが面倒を見ていた少年ハレだった。

ここまで、家庭内での暴力や育児放棄、片親がいなかったり貧乏だったりで少女が売春をさせられてしまう、不良少年がヤクザ組織に取り込まれてしまう、在日朝鮮人、フィリピン人二世であるために社会から締め出されてしまうなどの様々な不幸な境遇があることが描かれる、そして同時に不妊治療に苦悩する夫婦の様子が描かれ、そうした2つの社会問題が圭吾と郁美の夫婦間に交差する。

児童福祉司や子ども支援センター職員の努力と養護施設の協力で、ハレは養護施設で育てられることになり、一人になってしまった那岐沙には子ども食堂の賄い婦の仕事が与えられる。物語は一気に飛んで、20年後、那岐沙は近所の子供達を集めて食事を提供するNPOの職員に、ハレは児童福祉施設で働く公務員として、恵まれない環境の子どもたちを助けたり支援する仕事につく。物語はここまで。

救いのない状況から逃げ出せない子どもたちはたくさんいる。グリム童話のように長い髪の毛で抜け出すことなどはできないのが現実。夫はなぜ魔法使いの言いなりになってしまったのか、妻はどうしてラプンツェルを食べてしまったのか、現実にはこんな家庭も多いのかもしれない。

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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