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意思による楽観のための読書日記

シリーズ《本と日本史》① 『日本書紀』の呪縛 吉田一彦 ***

日本書紀が編纂されたのは1300年前のはるか昔だが、日本史は今でもその呪縛のもとにある、というのが本書。養老年間に編纂されたという日本書紀は、古代天皇制が開始された時期に、天皇家とそれを支える中臣氏(藤原氏)により過去、現在、未来を規定する歴史書として作成された。その内容は、その当時の政権担当者と天皇家が中心となり、政権担当者の氏素性が神話の時代から続く正当性を歴史書という形で国内外に宣言し証拠として残すことが目的だった。実際、日本書紀はそれに続く奈良時代、武家政権が始まる鎌倉時代以降においても一定の影響力を維持し、近代になると明治新政府は武家に代わり政治の頂点として規定した天皇を、ナショナリズム発揚のシンボルとして位置付ける原点として日本書紀を位置付けた。学校教育では国の始まりの歴史としてその内容を教育に組み込み、戦後はその内容は大幅に変わってはいるが、神話として教科書にも掲載され続いている。

日本書紀は歴史書ではあるが、その記述内容は客観的事実ではなく当時の政権に都合の良い内容が多く、政治的な創作物であるとする指摘が多くある。その後、編纂された続日本紀以下六国史と呼ばれる各歴史書のなかには、その内容を変更しようとする書物も現れたが、日本書紀が中心となり存在する中での反論、変更であり、あくまでも日本書紀の存在が前提となってきた。本書では権威ある歴史書としての日本書紀の古代、中世、近世、近代と続く影響力を確認したうえで、そこで語られた神話と歴史を確認した。近代になり津田左右吉は日本書紀を研究し、聖徳太子は実在が疑われると指摘、その後の研究で厩戸皇子と呼ばれるにいたる。大化の改新についても、戦後の研究の中で、乙巳の変により政権奪取した中臣氏が当時の大王家を利用する中で、蘇我氏により続けられてきた国家としての体制確立を図った活動の一環としてとらられてきた。

天皇制度の開始は天武、持統時代であり、中国の制度を採り入れる一方、政権交代がない万世一系という天皇家の神聖性を日本書紀という歴史書の中で創設した。神話時代から続く天皇家の歴史を創設することで、以降の歴史をも支配しようとしたのが日本書紀であるとする。

中臣氏に支配された日本書紀への反発は編纂当時よりあった。「古語拾遺」はそうした異論、反論を当時の政権が取りまとめたもの。忌部氏は中臣氏と並んで神事を司る役割を担っていたが、日本書紀にはその記述が薄いとして、桓武天皇の時代が終わってから平城天皇になりようやく中臣氏を訴訟で論破し、「古語拾遺」にその旨を書きこむとして成功した。その他の貴族たちにも多くの言い分があった。その歴史は各氏族の家伝として残っており、それらを証拠として提出することで、日本書紀の内容を補足、訂正しようとした。「新選姓氏録」はこうした各氏族の正当性を、氏族の歴史という形で記録するものとして編纂された。また、そのため日本書紀に続く国史書である続日本紀の編纂には20年以上も要し、797年にようやく完成された。高橋氏による「高橋氏文(うじぶみ)」もそうした意図をもって編纂された。その内容は国史に自分の氏族の正当性を組み込む加国史、反国史であったが、その証拠として提出された家伝、家蝶などはあくまで書紀の内容を逸脱するまでには至らなかった。日本書紀に続くいずれの歴史書も、持統以降の天皇を中心とする天皇家の系統を淡々と記述する内容となり、歴史書編纂は政治そのものであった。

書紀にかんしては、日本紀講書としてその注釈が行われる中で、その内容に疑義が生じ、その機会をとらえたのが物部氏であった。持統時代には力を持っていたがその後没落、書紀編纂時代には力を失い、書紀での記述に不満があった。8世紀以降下降線の中にあった物部氏の末裔たちが現わしたのが「先代旧事本紀」。聖徳太子に関する書物も、寺院同士の競合の中で、日本書紀を継承する内容と、それに反発する内容の書物が次々と編纂された。しかしそうした中でも日本書紀の内容に代わる証拠はすべて否定された。「先代旧事本紀」「古事記」についてはその真偽がその後研究され、古事記は712年の編纂が確認されたが、先代旧事本紀についてはその後作成された偽書であると結論された。「日本霊異記」については僧である景戒により編纂された、日本独自の仏教逸話集であり、その国際意識や著者の独白も含まれる当時としてはどくじの位置づけを持っていた。

近代においては明治政府の方針より、神話の時代から継承された万世一系の天皇制度が教育や軍隊の場にまで持ち込まれたが、戦後は皇国史観としてこれらは否定された。しかし現代においてもその神話部分は日本神話として命脈を保っているのが事実。日本書紀の相対化による自由な議論が今後も必要である。本書内容は以上。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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