2007年7月24日。今年は、機内持ち込み禁止も熟知して、免税店で大量の化粧品や日本酒を買うこともなく出発。
そうそう、伊丹からのANA国内線では重いスーツケースも超過重量と言われず、開口部にはしっかりテープも貼ってくれた。
それなのに、成田での国際線チェックインで、重量オーバー・超過料金!と、なった。いつもなら傍目も気にせず物をほりだすtesyukeも、しっかりはり付いたテープをはがす気分にはなれなかった。
こうして午後4時離陸。アメリカ東海岸まで長いフライトがはじまった。
今回は、成田―ワシントンーボストン。
日付変更線を超えてアメリカ東部時間午後3時30分ワシントン着。入国審査。
指紋に顔写真か―――なんて思っていると、何故か列が進まずどんどん人があふれてくる。アメリカ人(自国民)対応窓口はスムーズに流れているのに・・・
乗り換えのボストン行きは4時45分。約1時間の猶予。急がないと。
だんだん焦りが生じてくるが、こればっかりはどうしようもない。
事情が分かってくると、これまたコンピューターの故障!!とか。
もう間に合わんとあきらめた頃に、とにかく列は動き出し・・・指紋と写真はカットと、あいなった。
こんな落とし穴もあるんだなーーと、変に感心。不審者が乗っていたらどうする?
とにかく入国はできたが、今度は航空会社の窓口に長蛇の列。
乗り継ぎ便があるのやら無いのやら・・・何時に出発できるのやら・・・
二人づれは、機械で予約してくれとの誘導に、列を離れる。
機械が言うにはこれまたなんと、明朝の飛行機です!と。航空会社のミスで無いからホテルなんかは自前か?ボストンを前に何たること!
で、これはキャンセルしてもとの列に。忍耐・忍耐。
なんとか最終便に乗れることに。別々の席に滑り込めたよう。夜の9時発。
このときいた日本人は、母娘孫の三人。中年女性。我々の6人だった。中年女性はワシントン経由にしたのは失敗だったとしきりにぼやく。
今回は、ボストンから帰国でなく、最終2日をワシントンで過ごし、8月26日にワシントンから乗機。
スーツケースも鍵はあたりまえのようにかけないし、慣れてしまって、テープ貼ってとも言わない。
ところが、ワシントンのホテルでスーツケースからほんの少し布がはみ出しているのに気づく。ぐちゃぐちゃつめたものをバスタオルや大きな布できれいに覆っておくのがtesyuke流。おかしい。オヤ・・、ダイヤルが回っている。あけてみると別に異常なし。しかし、何故か嫌な気分。ボストンーワシントン間でどうやら開けてチェックされたような・・?
そして帰国。今度はビニールの切れ端がスーツケースからはみ出している。証拠は十分。変な期待感で胸を躍らせて開けると、オーーマイゴッド! 完全にスーツケースの中は、ぐちゃぐちゃ!!かき回されている。
イヤー、こんなことってあるんですね。こっそりでなく完全に家捜し状態。これは初体験!!です。
最も、随分前に息子のGがネパールから送ってきたダンボール一箱。
テープで補修されよれよれ。こんなに傷つき哀れな状態でよう日本までたどり着いた・・状態。食品の粉状のものは、つつかれ調べられ新たにビニールで包み直されていた。疑われたねと、合点。そのとき初めて、調べはんねなーーと、妙に感心した。
しかし、いつ誰のものが調べられるか、明日はわが身。
でも入れたものって、完全におぼえてます?
帰国へ最終段階。フライトは午前8時25分発。ワシントン市内から空港までは遠く早朝起床。ねむい。
乗り換えのサンフランシスコでは、出発が30分ほど遅れますのアナウンス。駆け足で国内線から国際線まで飛んできたのに、オヤオヤ。
おまけに乗機して、さあ出発という時に、機体検査をするというアナウンス。結局2時間待たされて離陸。いらいら。
気の毒なhus.はタバコが吸えず禁断症状一歩手前。
家にたどりついたのは起きてから24時間後か・・・ああ・・長かった。
そうそう、伊丹からのANA国内線では重いスーツケースも超過重量と言われず、開口部にはしっかりテープも貼ってくれた。
それなのに、成田での国際線チェックインで、重量オーバー・超過料金!と、なった。いつもなら傍目も気にせず物をほりだすtesyukeも、しっかりはり付いたテープをはがす気分にはなれなかった。
こうして午後4時離陸。アメリカ東海岸まで長いフライトがはじまった。
今回は、成田―ワシントンーボストン。
日付変更線を超えてアメリカ東部時間午後3時30分ワシントン着。入国審査。
指紋に顔写真か―――なんて思っていると、何故か列が進まずどんどん人があふれてくる。アメリカ人(自国民)対応窓口はスムーズに流れているのに・・・
乗り換えのボストン行きは4時45分。約1時間の猶予。急がないと。
だんだん焦りが生じてくるが、こればっかりはどうしようもない。
事情が分かってくると、これまたコンピューターの故障!!とか。
もう間に合わんとあきらめた頃に、とにかく列は動き出し・・・指紋と写真はカットと、あいなった。
こんな落とし穴もあるんだなーーと、変に感心。不審者が乗っていたらどうする?
とにかく入国はできたが、今度は航空会社の窓口に長蛇の列。
乗り継ぎ便があるのやら無いのやら・・・何時に出発できるのやら・・・
二人づれは、機械で予約してくれとの誘導に、列を離れる。
機械が言うにはこれまたなんと、明朝の飛行機です!と。航空会社のミスで無いからホテルなんかは自前か?ボストンを前に何たること!
で、これはキャンセルしてもとの列に。忍耐・忍耐。
なんとか最終便に乗れることに。別々の席に滑り込めたよう。夜の9時発。
このときいた日本人は、母娘孫の三人。中年女性。我々の6人だった。中年女性はワシントン経由にしたのは失敗だったとしきりにぼやく。
今回は、ボストンから帰国でなく、最終2日をワシントンで過ごし、8月26日にワシントンから乗機。
スーツケースも鍵はあたりまえのようにかけないし、慣れてしまって、テープ貼ってとも言わない。
ところが、ワシントンのホテルでスーツケースからほんの少し布がはみ出しているのに気づく。ぐちゃぐちゃつめたものをバスタオルや大きな布できれいに覆っておくのがtesyuke流。おかしい。オヤ・・、ダイヤルが回っている。あけてみると別に異常なし。しかし、何故か嫌な気分。ボストンーワシントン間でどうやら開けてチェックされたような・・?
そして帰国。今度はビニールの切れ端がスーツケースからはみ出している。証拠は十分。変な期待感で胸を躍らせて開けると、オーーマイゴッド! 完全にスーツケースの中は、ぐちゃぐちゃ!!かき回されている。
イヤー、こんなことってあるんですね。こっそりでなく完全に家捜し状態。これは初体験!!です。
最も、随分前に息子のGがネパールから送ってきたダンボール一箱。
テープで補修されよれよれ。こんなに傷つき哀れな状態でよう日本までたどり着いた・・状態。食品の粉状のものは、つつかれ調べられ新たにビニールで包み直されていた。疑われたねと、合点。そのとき初めて、調べはんねなーーと、妙に感心した。
しかし、いつ誰のものが調べられるか、明日はわが身。
でも入れたものって、完全におぼえてます?
帰国へ最終段階。フライトは午前8時25分発。ワシントン市内から空港までは遠く早朝起床。ねむい。
乗り換えのサンフランシスコでは、出発が30分ほど遅れますのアナウンス。駆け足で国内線から国際線まで飛んできたのに、オヤオヤ。
おまけに乗機して、さあ出発という時に、機体検査をするというアナウンス。結局2時間待たされて離陸。いらいら。
気の毒なhus.はタバコが吸えず禁断症状一歩手前。
家にたどりついたのは起きてから24時間後か・・・ああ・・長かった。