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Tesyuke‘s diary

行く川の流は絶えずして・・・
日々忘れ去っていくことどもを書き留めて思い出といたしましょう。

アメリカ入・出国 ②

2007-09-03 10:36:57 | ボストン
2007年7月24日。今年は、機内持ち込み禁止も熟知して、免税店で大量の化粧品や日本酒を買うこともなく出発。
そうそう、伊丹からのANA国内線では重いスーツケースも超過重量と言われず、開口部にはしっかりテープも貼ってくれた。
それなのに、成田での国際線チェックインで、重量オーバー・超過料金!と、なった。いつもなら傍目も気にせず物をほりだすtesyukeも、しっかりはり付いたテープをはがす気分にはなれなかった。

こうして午後4時離陸。アメリカ東海岸まで長いフライトがはじまった。
今回は、成田―ワシントンーボストン。
日付変更線を超えてアメリカ東部時間午後3時30分ワシントン着。入国審査。
指紋に顔写真か―――なんて思っていると、何故か列が進まずどんどん人があふれてくる。アメリカ人(自国民)対応窓口はスムーズに流れているのに・・・
乗り換えのボストン行きは4時45分。約1時間の猶予。急がないと。

だんだん焦りが生じてくるが、こればっかりはどうしようもない。
事情が分かってくると、これまたコンピューターの故障!!とか。
もう間に合わんとあきらめた頃に、とにかく列は動き出し・・・指紋と写真はカットと、あいなった。
こんな落とし穴もあるんだなーーと、変に感心。不審者が乗っていたらどうする?
とにかく入国はできたが、今度は航空会社の窓口に長蛇の列。

乗り継ぎ便があるのやら無いのやら・・・何時に出発できるのやら・・・
二人づれは、機械で予約してくれとの誘導に、列を離れる。
機械が言うにはこれまたなんと、明朝の飛行機です!と。航空会社のミスで無いからホテルなんかは自前か?ボストンを前に何たること!
で、これはキャンセルしてもとの列に。忍耐・忍耐。
なんとか最終便に乗れることに。別々の席に滑り込めたよう。夜の9時発。
このときいた日本人は、母娘孫の三人。中年女性。我々の6人だった。中年女性はワシントン経由にしたのは失敗だったとしきりにぼやく。

今回は、ボストンから帰国でなく、最終2日をワシントンで過ごし、8月26日にワシントンから乗機。
スーツケースも鍵はあたりまえのようにかけないし、慣れてしまって、テープ貼ってとも言わない。
ところが、ワシントンのホテルでスーツケースからほんの少し布がはみ出しているのに気づく。ぐちゃぐちゃつめたものをバスタオルや大きな布できれいに覆っておくのがtesyuke流。おかしい。オヤ・・、ダイヤルが回っている。あけてみると別に異常なし。しかし、何故か嫌な気分。ボストンーワシントン間でどうやら開けてチェックされたような・・?

そして帰国。今度はビニールの切れ端がスーツケースからはみ出している。証拠は十分。変な期待感で胸を躍らせて開けると、オーーマイゴッド! 完全にスーツケースの中は、ぐちゃぐちゃ!!かき回されている。
イヤー、こんなことってあるんですね。こっそりでなく完全に家捜し状態。これは初体験!!です。

最も、随分前に息子のGがネパールから送ってきたダンボール一箱。
テープで補修されよれよれ。こんなに傷つき哀れな状態でよう日本までたどり着いた・・状態。食品の粉状のものは、つつかれ調べられ新たにビニールで包み直されていた。疑われたねと、合点。そのとき初めて、調べはんねなーーと、妙に感心した。

しかし、いつ誰のものが調べられるか、明日はわが身。
でも入れたものって、完全におぼえてます?

帰国へ最終段階。フライトは午前8時25分発。ワシントン市内から空港までは遠く早朝起床。ねむい。
乗り換えのサンフランシスコでは、出発が30分ほど遅れますのアナウンス。駆け足で国内線から国際線まで飛んできたのに、オヤオヤ。
おまけに乗機して、さあ出発という時に、機体検査をするというアナウンス。結局2時間待たされて離陸。いらいら。
気の毒なhus.はタバコが吸えず禁断症状一歩手前。

家にたどりついたのは起きてから24時間後か・・・ああ・・長かった。

アメリカ入・出国①

2007-09-02 11:38:52 | ボストン
アメリカへは、約20年前・10年前、そして去年・今年と行ったことになる。
思えばあの9・11のテロ以来、アメリカ(世界も?)は変わってしまったようで・・・・・初体験のことだらけ。

まずは昨年。7月13日関空発。ボストンへは乗り継ぎ地のシカゴで入国審査。
初めて(両手人差し指の)指紋と顔写真を撮られた。指をどこに置いてよいやら分からずおたおた。もちろん手荷物検査には靴も脱いで一緒に置く。
娘のRからスーツケースには鍵はかけないで・・かけたところでどっちにしても開けられるから・・・と、聞いていた。
鍵かけないなんて不安で仕方なかったが、かけずに行った。
が、このことを知らない人が多いのか空港では、‘鍵はかけないで’とテロップを流し続けていた。
とにかく、スーツケースも開けられた痕跡は無く、無事にボストン着。やれやれ・・
そういえばhus.はポケットに忘れていたライターを没収されていた。
Rもかつて、うっかり入れていた、眉毛用シザーズを没収され悔しかったことがあると言っていた。日本からわざわざ持ってきた切れ味のよい上物だったのだとか・・

そして、8月。
帰国数日前ロンドンでアルカイダのテロ未遂事件が起こったのだ。
ボストン在のアメリカ人の友達が心配して電話をかけてきた。空港へは、3時間前に行っておく必要があると言う。検査が厳しくなっているから・・2時間前では乗れないこともあるかも、と。
(そして今では常識のようになっているが)そのときこんこんと念を押して伝えてくれたのは、水・ジュースだろうとペットボトルは持ち込めない。化粧品とか歯磨きのような、液体・ジェルおよびペースト等もだめだよ。
えっ、これは駄目?あれは?と、初めてのことに、困惑・困惑。
(今年は割りと落ち着いてきていて小さな透明の袋1つ分に100ml以下の液体・ジェルおよびペーストを、入れてあればOK。)

ともあれ、早朝6時に空港まで送ってもらう。長蛇の列。
出国は、9時10分。飲みかけの水の入ったペットボトルをチェックイン前に捨て、あたりまえのように靴を脱ぎ、一人帰国の途に着いた。

残念・松坂・レッドソックス

2007-08-16 23:50:21 | ボストン
15日・朝からいそいそ。
今日は、お待ちかねフェンウエイ球場。
レッドソックス対デビルレイズのデイゲーム。

朝から一応白い紙に松坂と大書して、応援態勢ばっちり。
地下鉄ボイルストン駅で待ち合わせてY君に連れて行ってもらう。
Rは、後で球場で合流。

球場の駅を上がると、もうレッドソックス一色。
ひいきの選手のTシャツを着た人がぞろぞろ。
ちなみにY君のは、OKAJIMA。

9月11日
日本に帰って2週間。
やっとブログを書こうかなという気分に・・・

それにしても松坂、調子悪いですね。どうしたんでしょう?
8月15日は、7月末位から負け続けて、13勝で止まったまま。
(それ以来、1勝をよれよれ拾ったものの、負け続けていますね。)

それでも、15日は松阪が投げるというので、やったーと喜んでいたのに、調子悪い!悪い!
ストライクが入らない。ポンポン点を取られて・・・
松坂と書いた応援の紙もだんだん出しにくくなって、終いに丸めてしまった。
日本人として、(思わなくてもいいのに)なんだか肩身の狭い気分になってきた。
でも、ちょっとレッドソックスファンは阪神ファンと似てて、我田引水的応援というか、悪い中でも一つストライクが入ったといっちゃ大騒ぎして喜ぶ。
ちょいちょい喜んでも、全般的に悪いので球場も退屈ムード。

そのときは何故と思ったのが・・・
ビーチボールがどこからか出てきて、次々と突いては違う場所に送っていく。
グラウンドに入ったらどうするん?と、はらはらしていたのはtesyukeだけみたい。
退屈な負け試合の時はこうして遊ぶんだと、あとで聞いた。

やっと6回松坂が負け投手で、ひっこんだ。
相手の投手も変わって、オヤオヤ音なしの構えだった打撃陣がぼんぼん打ち出した。レッドソックスの応援も勢いづいてきた。いい試合になってきたので、みんな松坂の調子の悪さを忘れてくれたみたい。
おまけに、点まで入って・・・
見ました。参加しました。
ウエーブ球場一周。
昨日の勝ちゲームでは、7周したんだとか!!

最後に追い上げて、ファンも(負けたとは言え)大満足の体。首位走っているから余裕・よゆう・・・
勝っていたら岡島もでただろうに、残念だったが。

相手の、デビル・レイズは一番・岩村がボンボン打って、思わず手をたたきそうになって、周りをきょろきょろ。
100%レッドソックスファンばかりですからね・・

デイゲームで日差しが回ってきて、後半はかんかん照り・・・・あつーい!
手持ちの、オレンジ色の大判タオル(ジャイアンツの色)で日差しを避けていたら、通りすがりのアンちゃんに、ニューヨークの色やでと、言われてしまった。
思わず引っ込めて、しっかり日焼けしてしまった!

今年もやっぱりボストニアン

2007-08-06 01:26:03 | ボストン
今夏もやっぱり、ボストンに!!
7月24日に成田を立って、はやくも2週間近く・・・・
先週は、ローカルツアーに乗って、ナイアガラ・トロント・オタワ・モントリオール周遊。
明日からは、ニューヨークへ出かけます。

8月6日ボストン発11日帰着
目いっぱいニューヨークを楽しんできた。
いっぱい書くこと有るけど、いそがしくて・・

ボストンの本屋さんのこと

2007-01-26 17:56:18 | ボストン
The COOP(生協)のbook buildingのほかにも、ハーバード大学にそったマサチューセッツ通りを歩くと、たくさん本屋さんがあって、ちょっと京都大学近辺の感じがする。(もっとも、京大近辺にあるのは小さな古本屋さんだけど・・・・)

The COOP(生協)の本屋さんはレベルが高すぎる気がして、tesyukeがウロウロしたのはもっぱら他の店。場所柄、最近オープンしましたふうの新しい店はなく、それなりに古い感じ。
驚いたのは、新刊と古本の扱い。同じ書店の一階で新刊を地階で古本を売っていたりする。店の前には大きなダンボールが置かれ古本が。1ドルとか2ドルとか書いておいてある。
本のほかにTシャツや文房具なども売っていて背表紙見るのに飽きた目には、ディスプレイされている品々が楽しい。

日本語で書かれた本もしくは日本語の教材を探したり、子供の本のコーナーで立ち読みしたり・・・・
ボストンのアヒルの話とか、何故クランベリーがマサチューセッツ州の特産品なのか?クランベリーを植えた沼地に水を入れ、ベリーを水の上に浮かせてする収穫のやり方などを読んでしまった・・・・

料理の本を買おうかと手にとったが、hus.の言、‘紙と石は買うな・・・重い’がちらちら頭を横切ったので・・・やめた。

ESL③ パークストリート教会にて(後)

2006-11-27 08:53:05 | ボストン
3時になると、スタッフが座って、始まり。はじまり。
彼女は中年だがびっくりするぐらいスリムでわかわかしい女性。フイットネスの先生もしている。夫は演劇関係の仕事だとか。

では、順番に自己紹介を・・・
まず中国人2人。友達同士みたいで、エクスチェンジ・プロフェッサーの夫についてボストンに来たばっかりの人を、よくしゃべる人が助けている。香港・1人。ペルー・1人。韓国・1人。この人は、大学で研究する夫についてきたとか。ブラジル・1人。tesyukeがスタッフと間違えた人で、底抜けに明るくて、サンバが大好きという学生さん。日本人3人。tesyukeを除いた後の二人は、30代。夫は、大学関係でなく企業の人。子供あり。日本では二人とも仕事をしていて、一人は建築関係だったとか。他の英語プログラムで、勉強しているが、今日初めて、どんなものか見に来たのだとか。そしてだいぶ遅れて、目のさめるような美人が・・・。20代のトルコ人。

前半は、スタッフがリードする形で、一つのテーマについて、順番に話していく形。ここ数日ボストンがとっても暑かったので、暑い時どうしのいでいる?なーーんてのが話題となった。中国人の一人とブラジル人が活発。暑い日本から来たので、そんなに暑いとは思いません。それより、華氏表示に戸惑うなんてことを言ってみる・・・

後半は自由にしゃべってと、スタッフは話をコントロールするのをやめる。がぜん韓国人がリードし始める。話題が自由になった途端に中国人が何故か静かになる。日本人は自分から場を盛り上げようとはしませんね・・おとなしい。
トルコ大好きのtesyukeは、トルコ人のところへ移動。

突然韓国人がテーブルペーパー(?)に自分の名前を漢字で書き出した。自分の名前の意味を説明しようという訳。漢字ときたら日本人もじっとしていられないので、我々3人も自分の名前を書いて、説明することに・・・

ブラジル人が、私の名前に漢字を当てはめて意味を教えてという。名前は、タイアニ。タイねーー。太った人に太というのもね・・と、大の字を。アニはもちろん兄。大兄で、ビッグ・ブラザーという意味です。はい。ついでに付け加えて、タイアネだったら大姉でビッグ・シスターなのにネ。というと、ほんとに陽気なブラジル人は、タイアネに名前をかえることにするという。タイアネ・タイアネと、大喜びしてくれた。

5時になりました。スタッフがテーブルペーパーにごみをみんな包み込んで、ポイと捨てて、おわり。皆さんさようなら。

ESL③ パークストリート教会にて(前)

2006-11-26 10:46:12 | ボストン
ハーイお土産と、娘のRが一枚の紙を渡してくれた。
ボストンでのESLプログラムをインターネットで調べてきてくれたのだ。
やはり、夏休みの後、9月か始まるというのすべてだった。レベルチェックして、会費を払って・・・・長期滞在者には良いのだが・・・・・tesyukeはまもなく帰る身。

中に一つ、パークストリート教会の、ボランティアプログラムのようなのが目についた。
     “Time for Tea” 3―5P.M.  
毎週金曜日の午後、ティーパーティーしますから、しゃべりにいらっしゃい。お友達ができますよ。対象は英語が第一言語でない人たち。無料です。と、いったもの。

他に、系統だった英語教室も運営している。が、教会だけあって、英語の海に飛び込んできた、外国人が、この地に溶け込むのをサポートするのがねらいのようだ。
どうやらこれには参加できそう。8月4日・11日と2回いけそうだが、ちょっとどきどき。なかなか、勇気がいるんですよ・・

ちなみにパークストリート教会は、ボストンの中心部にあるボストン・コモンという緑地に隣接している古い教会。地下鉄パーク・ストリート駅を出てすぐ目にする建物。19世紀初めに建てられている。今まで何度も前を通っているので、場所に不足は無い。

8月4日。3時前に教会へ。横手の通用口から入る。受付は9月からです、なんて言われて、英語教室の申込者と間違えられる。いえいえ、そうではありませぬ。場所を教えてもらって部屋に・・・・

大きなテーブルに、テーブルクロスならぬ白い紙が敷いてあり、クッキーなどを乗せた紙皿が3・4個置いてある。隣の部屋に(いろんな種類の)ティーバッグと・紙コップ。ポットにお湯が入っているから、お茶は自分で入れてね、とのこと。

静かに中国人らしい女性が2人座っている。太った若い女性がスタッフと話している。数日後に国に帰るので、今日が最後だと、名残を惜しんでいる様子。最初、この人もスタッフかと思ったぐらい、流暢・りゅうちょう。(と、tesyukeには見える。わー・大変なところへ来たのかも!!)

時間とともに、三々五々人が集まってきて、最終的に10人。みんな女性。
これから、どんな展開になっていくのやら・・

ESL③ 実践編

2006-11-25 09:22:34 | ボストン
図書館の事務室で。今は夏休み中なので、あまりESLのクラスはありませんね、とのことだった。詳しくはこれをと、コミュニティー便りのようなものをもらう。
起点の大きな図書館以外に、ミニ図書館のようないわゆるコミュニティセンターが学校に近接してある。その便りには、それぞれが提供しているいろんなプログラムが乗っていた。
ESLはと思って見てみるが、なるほど開催しているところは少ない。場所と時間をチェックすると、一回だけだが、一ヶ所行けそうなところがあった。予約は要りません。ふらりと立ち寄る人歓迎。と、書いてあったので、行こうかなと思う。しかし、夕方からで、場所的にも近くはない。

夕暮れ時がどんな状態になるか、歩いて無事にいけるところか。安全第一。
ともかく、昼間に一度散歩がてらそのセンターに行ってみる。歩いて25分ぐらいはかかった。心細い夕暮れに探しながら行くのは無理。下見に来て良かった・・・
シニアの人たちがのんびり椅子に座って本を読んでいる。近くにあればよかったのに・・毎日利用したい、そんな感じのところだった。
で、一つびっくりしたことは、トイレに鍵がかかっていること。職員に鍵を借り利用するのだ。(飲食店などで結構経験したが、公共施設でははじめて)

で、数日後。ESLクラス当日。ウロウロほっつき歩いて帰ってきたので、急いで行っても遅刻しそうな時間。急に弱気になって、行くのやめようかなと思う。しかし、何事も、け・い・け・ん。
行こう!!

20分近く遅刻。先生は、やさしそうな中年の白人女性。ほっそりしていて綺麗な人だった。去年、日本人が二人来てましたよ、とのこと。
で、生徒はと見ると、年齢・性別・肌の色ほんとにいろいろで、移民の人たちといった感じ。tesyukeを入れて10人。時計回りに、年配の中国人男性。黒人の男の子とその父親。太っていてやさしげな黒人女性。メガネをかけた女の子と多分母親、どちらもスカーフをかぶっている。キャップのつばを後ろに回した若い黒人と、その友達。そして内気そうな女性。(一まとめに黒人と書いたが、見たところも違うし中南米・カリブ海・その他と、出自は違うんだろうと思う。)

tesyukeは、思わず出稼ぎに来ている人たちのための日本語教室を思い出した。状況は一緒。言葉即ち生活。頭で勉強しているんではない・・・体でぶつかっているという感じ。
配られたプリントに沿って、先生の質問に生徒が答えていくのだが、なんと積極的なんだろう! 特に、キャップをかぶった青年の間髪を入れず叫ぶように答える様にはびっくり。オー・なんてすごい訛り!そんなこと気にしちゃおれませんぜ!熱気に圧倒される思いだった。

知識は確かにtesyukeの方が持ち合わせいるだろう。しかし彼らの反応の早さにはついていけない。
観察した所、子供・若い男性が特に積極的。必要に迫られているのでは?女性はまあまあかな。自分達のテリトリーでそれなりに言葉を必要とせず暮らしていけるからか?

夏休み中なので、ちょっと早く終わりましょう。では、しばらくお休みです。
そして、先生はtesyukeに入会申し込み用紙を渡してくれた。

ほんとにお邪魔虫ですみません。 

ESL② 韓国婦人

2006-11-24 09:20:18 | ボストン
今夏のボストン行きは、7月13日に関空をたって8月14日に帰国。
最初の2週間はtesyuke hus. と。次の1週間は娘のRとカナダ・プリンスエドワード島。最後に残った10日間は、tesyuke一人でうろうろ。
どこから見てもボストンに住みついているアジア系のおばちゃんには見えないのだから、重々気をつけるように!と、Rからキツー―ィお達し。

とにかくこの機会にESLのプログロムを利用したいと思っていたので、情報を求めて近くの図書館に行く。あいにく長期休館中(改装みたい)で、8ブロック先の高校に一時移転していた。あーあ、歩いて歩いて、健康的なことでございます。

目当ての建物に到着。一応中をうろうろ探索。ここにも無料のパソコンルームがあり、その前の廊下をうろうろしている東洋系の女性。ちょっと市毛良江に似た感じの人だった。日本人かな?違うような?でも、やさしそうな雰囲気にひかれて、声をかける。

なんと、韓国の人だった。夫が今中でパソコンを使っているので待っているとのこと。アンニョンハシムニカ。英語クラスが有るかどうか聞きに来た。と言うと事務室まで同行してくれた。

彼女は、息子がハーバード大学のロースクールに入ったので、夫と一緒に会いに来た。ヨーロッパから直接こちらに回ってきたという。
東京に日本人の友達が居て、名前は*****。知っています?(1億2千万人以上の人がいるのに、知ってるはず無いじゃろが・・・・・しかし、後で思ったこと。ひょっとして有名な人だったのかも!)

東京へは時々行きます。友達と、温泉に行ったこともある。そして、次の言葉にtesyukeは思わず心の中で大笑い。あなたの英語の発音は東京の友達とそっくりです、と。

メールアドレスを交換し、彼女はボストンで使える携帯電話の番号も教えてくれて、機会があれば、又会いましょうと、別れる。
後で、彼女の名刺をゆっくり見ると、なんと、ソウルの**大学の英文科の教授とあった。オーノー。