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Tesyuke‘s diary

行く川の流は絶えずして・・・
日々忘れ去っていくことどもを書き留めて思い出といたしましょう。

久しぶりのシンシナテイ!!

2015-09-05 11:53:33 | シンシナティ

8月26日昼前にMKシャトルにピックアッップしてもらい、関空から太平洋を一飛びし、シスコ・シカゴと乗り継いで、シンシナティのツインズの家に到着したのは8月26日深夜12時。ドアtoドアでほぼ一日!ながたびーーーーーー!

約2年ぶりのアメリカで、ツインズに会うのは1年ぶりか・・・。いろいろのことがありまして、なかなか遠出する気分にならない昨今で、やっと重い腰を上げたのでした。

久しぶりの海外で、アーー年取ったと思う。1990年代が懐かしい。好奇心の塊のような日々だった!2013年でもまだ突撃精神はあったナーー。2015年、口も耳も英語に対してとじてしまったようだ・・・・・かなしい。

もうじき5歳のツインズの言うことに。私達は本当の英語がしゃべれるのよ。偽ものの英語をしゃべる人はだれ?ダデイとマミー。おじいちゃんとおばあちゃんとお話するときは日本語でお願いしますね。二人が英語でしゃべっているのを聞いているとスピードについていけないけれど、まあまあ勉強になります、レベルのわたし!

あっという間に10日が過ぎて・・・

今から日本語補習校へちょっと早めの迎えについていきます。(1週間前も見に行きました)

 


オペラ座の幽霊?

2013-08-08 06:57:02 | シンシナティ

お巡りさんにパトカーに乗せてもらって、やってきました、シンシナティミュージックホール!

聞きしに勝る立派な建物。煉瓦の赤い色が美しい。前が敷石の道で、建設当初は馬車でホールに乗り付けていたのだろう。道を隔て広々とした芝生が広がっている。ワシントン公園。公園から建物の全景を写真に撮っていると、 《LEGO MY Music Hall !》 の文字が目に入る。小さな立て札に、レゴで作った模型を展示中、9日までとある。ラッキー・・・

公演中ではないので、中に入れるかどうか分からなかったので、喜び勇んでレゴの模型を見にロビーに入る。美しいシャンデリアが輝いている中にどんと、レゴの模型が置かれ、見物客がうろうろ周りを回っている(写真)。ほうっと、感心していると、メガネをかけた女性が案内に駆け寄って来て、チラシをくれたうえ、いろいろ説明をしてくれた。

・・・・・この建物の右翼のここがエレベーターなのよ。設計者がエレベーターで最上階まで昇った時、勝手にエレベーターが下りていってしまったの。それで、このエレベーターには幽霊が住んでいると言われているの・・・・・と、指差すところ、レゴのエレベーターに白い幽霊が張り付いているのが見えた。幽霊話もこれだけで・・・・これ以上の発展はなかったようだが。

このレゴは50分の1の縮尺で、レゴマニアのマーク・クラークさんが18世紀末から19世紀初頭の建物の様子を10万個以上のレゴブロックが使って組み立てたのだとか!建物の前には馬車が、後には運河と船。建物の後部は天井が開いた状態で客席が見えるようになっている。内部ホールに入ることができなかったが、それでも1877年建設の建物の様子をレゴで楽しませてもらった。シンシナティは、その全盛時に、オペラを全米で2番目、交響楽団は5番目に持っている。それらのホームグラウンドがこの建物。

ワシントン公園を横切り、これも古い立派な市庁舎を見に行く。途中には煉瓦の古い建物もあり、19世紀初頭のこの辺りの華やかさがしのばれる。あの、小泉八雲もこの辺りを歩いていたかもしれ無いと思うと、ちょっと懐かしくもある。ミュージックホール前の敷石の道には市電のレールが残されていたが、何年後かには電車を復活して走らせると聞いている、再開発が待たれる。


シンシィのパトカーに! 逮捕か?

2013-08-07 16:28:25 | シンシナティ

週末の小旅行から帰って、帰国まであと少し。ジャラジャラたまった小銭を使うべく、バスでダウンタウンへ。1ドルコインなど、めったにお目にかからないので、25セント・10セント・5セント硬貨などほんとに小銭。1セントはお金か?と疑うほど。小銭がいくらたまっても5ドルにもなることは無い。

シンシィのバスは、乗って直ぐに1ドル75セントを入れるとピンと音がしてOK。おつりはでないから、コインが少なくとも75セント消費される。75セントを25セントを三枚とか、いろいろ組み合わせて用意するが、あっという間に小銭は無くなる。以前にしわくちゃの1ドル札が機械を通らない人が、乗客に向かって、誰か換えてといっている現場に出会ったことがある。(換えてもらって無事乗車)

ところで、シンシィの観光名所ナンバー1はCincinnati Music Hall (シンシナティ・オペラ・ハウス)。今日はここを見に行こうと話が決まる。ガバメントスクエアに到着して、町の中心フォンテン・スクエアーで何時ものごと噴水を見上げ、いざ出発。ここから歩いて10分以上はかかるらしい。広場の角におまわりさんが3・4人いる。念のため、道順を聞くことに。

一人が親切に教えてくれていると、恰幅の良い一人がこちらに来いと手招きをする。この人はパトカーのおまわりさん。車に置いてある地図でもくれるのかと思っていると、どうやらシートを片付けたよう。手を前に出して手錠をかけるまねをして、底抜けの笑顔と可愛い目をして笑いながら乗せて行ってやるからパトカーに乗れと言う。心の底で、やったーと思うこれはしたくてできる経験ではない!と、やや喜ぶ。後部座席は木で堅くて、窓には鉄格子(写真)。前に張り紙・・NOTICE / EVERYTHING YOU SAY OR DO MAY BE RECORDED.・・

hus.も後部に乗り込もうとすると助手席に手招きされる。なんと言うこと!逮捕されたのはtesyuke一人か? 後で聞くと助手席のシートは座り後心地がよかったとか。このおまわりさんは、軍隊で韓国におり、休暇で日本に来たことがあるのだとか。それも大阪に。お酒(お・さ・け)お・さ・け・・と言いつつ、お・お・さ・か(大阪)と思い出していた。あっという間にオペラ・ハウス。ほんとに・ご親切に・ありがとう!!娘に、パトカーに乗せてもらってラッキーだったとメールしたhus.に、保護されたん?とつれない返事。なんという・・・不孝者。


ケンタッキー行き

2013-08-04 21:57:27 | シンシナティ

秋に3歳になるtwinsがいるので、てんてこ舞いの日常ながら、どこか小旅行へとの提案。すかさずリンカーンの生家へ行きたい!と、tesyuke。前から、隣のケンタッキー州に生家が保存されていて、覆屋の中にあるという話は聞いていた。(中尊寺の光色堂やがな!)

ボストンでは建国時の英雄たちの影が色濃かったが、こちらではリンカーンの名前がよく出てくる。以前、娘に付いて病院へ行った時、産婦人科&小児科の待合室で、手に取った絵本が≪リンカーンの言ったこと≫というタイトルだった。リンカーン通りもあるし…。また、後述したいが、奴隷解放(といえばリンカーン)に関する国立の博物館がシンシナティにはある。

とあれ、シンシナティの南端はオハイオ川。これを渡ればケンタッキー州。言い換えればケンタッキー州の北端はシンシナティと一体となっている。あわせて、グレート・シンシナティと呼ばれ、いつも到着の空港もシンシナティ空港と言いつつもケンタッキー側にある。ケンタッキーといえば、フライドチキンやがな・・競馬やがな・・。いえいえtesyukeさん、モハメッド・アリ博物館と言うのがありますよ。はたまたバットの殿堂というのはいかが?うーん、いまいち!最後に・・どや、エジソンの家は!ぴぴーーんとtesyuke、行く行くエジソンの家見に行く!

というわけで、エジソンの家・リンカーンの生家・バーボン醸造所が今回のテーマ。で、一路ルイビルの街へ。9時ごろに家をたって、一路南へ。ルイビルは州都ではないがケンタッキーでは一番大きい都市。道は広いからどんどん飛ばすけれど、隣の州たって、ルイビルに着いたのは昼近く。アメリカは大きい!

 

続く


すばらしい!Historic Spring Grove Cemetery

2013-08-02 21:03:01 | シンシナティ

8月2日金曜日・・シンシナティ観光お勧め度ナンバー2といわれているが・・・この家のもの及び友達等々誰も存在さえ知らないと言う Historic Spring Grove Cemetery and Arboretum (スプリング墓地&森林公園)に行ってきた。と言っても車の運転は娘。何々・・お墓?と、怪訝そうな顔。

ところが、来てみるとびっくりを通り越して、唖然茫然。これこそシンシナティの隠し玉。要は、墓地公園なのだが、シンシナテの人もビジターも一見の価値あり・・・シンシィの歴史が詰まってるとネットの投稿にうなずくばかり。えーーっと高野山みたいなものかな?と、娘。まあそうですな・・・・。

車を止めて、アップダウンの地形に広がる芝生&樹木の中に見える尖塔を見ながら歩いていく。さながら古代ヨーロッパの石造物を見る感じ。途中で、これがお墓と気づく。ここを墓地としたファミリーの初代さんの墓で、それを囲むように子孫の墓(墓碑銘が芝生に埋め込まれている)がある。囲いもなく境もなく一基一基が離れているので、芝生と思って歩いて多々失礼もした。古びた石造の御魂屋や静かな美しい池もある。奥へ奥へと誘なわれると、戻ってこれそうもないので、いったん円を描くかんじに歩を進め入口に戻ってくる。インフォメーションに寄って、パンフレットをもらって仕切り直し。

園内の地図をもらうと、その広大なこと!幾通りものトレールコースがあり、先ほど歩いて回ったのが、まさに最短のコースだった。今度は、興味引かれるところに立ち寄ると言うことで、車でゆるゆる出発。

日当たりの良い芝生の一角。infants(幼児達)の墓とある。供えられたカラフルな花々が目を引くが墓標は芝にうずもれたプレート。なぜ家族墓に一緒に埋葬しないのかとも思ったが(そういうケースもあるだろう)幼子を失った人が同じ年頃の子供たちと遊べるようにと願ったのだろう。(趣旨は違うが)日本の賽の河原を思い出して、切ない気持ちになる。と、墓地管理の車が止まり男の人がおりてきた。やおらプレートに水をかけブラシでこする。掃除だ。芝生面より低いので土をかぶり汚れるのだ。子を亡くした親が再々訪れた時に美しい状態であるようにとの心配り。

次は、南北戦争戦死者の墓。星条旗が立っているので直ぐ分かるよと言われていた。当時の

続く


物乞い?

2013-08-01 15:48:30 | シンシナティ

大分土地勘が戻ってきて、ぶらぶら何度か近くのショッピングモールへ出かけている。スーパーマーケット・クロガーの入っているところで、近くと言っても片道30分弱・・・。アメリカ人から見たら歩くなんて、酔狂そのもの!日傘などさすと酔狂の上塗りなので、せいぜい帽子。しかし住宅街を上手に選べば、大木の陰があるので、近所を散歩してますって顔をして、帽子も脱いだりかぶったり。ジョッギングしてる人がいるので、走るほうが怪しまれないかも?

2010年秋から2011年春にかけて、ハロウィーン・感謝祭・クリスマスなど、町の賑わいを楽しんだものだ。このショッピングモールへは、よく一人できて、うろうろ・きょろきょろ・したものだ。駐車場を囲むように二つのスパーマーケットが両端にあり、それを結ぶ長い折れ曲がった通路に面し沢山の店が入っている。特によく行ったのがマイケルズとジョアンと言う店。

かわりは無いかーーと思いながら歩いていると、小柄な女性が小さな子供の手を引いて歩いてくる。すれちがいざま顔があったとき、彼女が低い声で何か言ったのが耳をかすった。はっ、なに?たしか  “ Would you like ・ ・・・・・・・  for my child and I" と、聞こえたような気・が・し・た。どうしたものやら、ぼうっとしているうちに彼らは去っていったが・・・・。ひょっとして子供と私に・・・・と、物乞いだったのではないかと、思っている・・・

3年前の夏には、ダウンタウンや病院前、スーパーの駐車場横など数ヵ所で青年がボードを持って立っているのに出会っている。Help Me の文字が痛々しかった。戦地帰りの青年達のようであったが・・・・。先日ダウンタウンに出たとき、そんなことを思い出していたら、やっぱり一人、迷彩服を着た男性がボードをもって立っていた。


Cock and Bull Public House

2013-07-30 22:48:35 | シンシナティ

Dutch's へ探索に行ってから数日後の昼、結局Dutch's へは行かず、ハイドパークスクエア(Hyde Park Square)にあるパブへtwinsもつれてランチに。一度幼児を連れて行って大丈夫だった・・・とかで・・・

ハイドパークスクエアはダウンタウンに次ぐ古くて有名な場所。おしゃれな店やギャラリー、レストランなどが広いエリー通りに面して並んでいる。通りの中心に噴水・ベンチ・木々のある小さな広場がある。車は通っているが、エリー通りがそこだけ膨らんで、まさにスクエア。郵便局もあるので、tesyukeもよくぶらぶらしに行った。歩いているだけでも楽しいところで、店に掲げられたパネルなどを見ると100年をゆうに越えた店もある。

この広場の名前は、ニューヨークのハイドパークにあやかってつけられたそうで、街の雰囲気もちょっとニューイングランド。それで合点がいくのだが、今回行ったパブも店の前にアメリカ国旗とイギリス国旗を掲げていて、ネットの評判でもIt's a British pub!とある。そして店の名前は、《Cock and Bull Public House》

 tesyukeは、普通にレストランと思っていたので・・・そんなにはやっている店には思わなかったがそれは平日の昼の話。夜や土日となるとなかなかの人出らしい。今回は、店内でtwinsが騒いで迷惑をかけてもと、通りに面した一画に。店の中なら、カウンターでお金と引き換えにビールを1パイントと言ったパブの風情があるのかもしれないが、アウトサイドも、なかなか素敵な雰囲気・・

まずはメニューを持って店の人がやって来た。メニュー1冊が全てビール(写真)にはおどろき!こちらでは、これが普通?と聞くと、ざらには無い・・・ここが特別なのよ・・・との娘の返事。道理で、《The beer selection was unreal and the menu describes all the beers available in detail.》だの《They have a large selection of beers from England and Ireland.》 《The beer selection is awesome 》等々の書き込みが!お好みのビールを注文して、次は料理を・・・・

メニューを見つつ各自注文。tesyukeはオムレツを注文したのだが、サイドメニューを聞かれたときに、へんにNOと言ってしまって・・・運ばれてきたのが・・・真っ白なお皿の真ん中に横たわっている痩せたオ・ム・レ・ツ・・・・。ぺたんと薄い!最近はやりのコスパなら最低。わが身をのろうしかない!兎に角、hus.のボリュームある皿とシェアして丁度良い量に。

《the Fish and Chips are wonderful!!》 と言った書き込みが多かったが、フィッシュ&チップスとは、懐かしい・・・・


コーヒーとニューヨークタイムズと青年

2013-07-29 17:29:38 | シンシナティ

29日(月)まだ、7月なのにこの涼しさはなに?早朝にコーヒー屋さんへ行くのはやめて12時ごろに家を出て、Lookout Johに行く。歩くのが苦にならない天気。途中すれ違ったシニア男性が近所を歩くのがgood jobだと、言う。

Lookout Johでソファに座ってニューヨークタイムスを読む眺めるのが、Coffee Empriumの雰囲気に勝ったってとこ。コーヒー焙煎の良いにおいが店の前に漂っていて、hus.は二種類ほどの豆を買う。常連がやっぱり豆を並べた棚の前であれこれと選んでいる。

29日ニューヨークタイムスの一面の写真といえばローマ法王がブラジル・リオデジャネイロ訪問を喜び、修道尼(nun)達が海辺(海水浴場)でパシャパシャ飛び跳ねているもの。6面に記事が続き法皇の祝福を受けるため集まった大群衆の写真。

修道女(nun)達の写真はそれほど大きくなくて、下段を大きく占めた訃報、知らない人なんだが、旗を振る細身の青年の写真とキャプションが気になる。見出しは《Man of No Nation Saw One World of No War》Garry Davisと言う人が水曜日に91歳でなくなっている。彼は若い頃ブロードウエイの俳優で第二次世界大戦のときは爆撃機のパイロット。その後自称世界市民第1号になった人。世界が一つの国となり国境が無くなれば戦争も無くなるという趣旨のもので、1921年生まれの彼が35歳のときに提唱し始めたようだ。いわゆる平和運動家。

世界統一国家の(自分で作った)旗を振っている写真が新聞の一面で、キャプションが 《Garry Davis, death of the One world movement, in 1956. He had his own flag and passport, and often his own jail cell.》 この運動を起こすにあたり自分のアメリカのパスポートを破り捨て(自分で作った)パスポートを持ったため彼の存在は法的にはアメリカ市民と外国人(alien)の狭間でゆれていたらしいが、それでも以後の60年、長い一生を一つの世界を目指し活動していたらしい。

記事は一面で終わらず11面にながなが続きが書かれていた。アインシュタインなどもこの運動に賛同したらしいし、死の1週間前にはロシア政府を通じて、あのスノーデン氏に世界国家のパスポートを送ったというのが記事の最後。店の前に場所を移し、iphoneで撮ったこの記事を見ていると、車が止まり青年(あまり若くも無いが・・)が降りてきた。beautiful dayやネーー。こんにちは(これは日本語で)。ちょっと話をすると・・日本にきたことは無いけれど・・京都は知らないけれど・・京都プロトコルは知っている・・そんな男性。《いちごいちえ》と言って彼は店の中へ!ひえーーぃ、タイミング良すぎ。

コーヒーを持ってでてきた彼とまたまた話は続き、話ははずむ。ダライラマにまで話が及んでびっくり。チベットの子の里親をしてるなどとtesyukeも言いつつ、かなりリベラルな男性やなーと・・・。で、今日のニューヨークタイムスにこんなのがのってたよとGarry Davis の記事を見せると・・・知ってる知ってる一度会ったことがあるとのたまう。白いロングヘヤーを後で束ねていたよ・・だって。


Valley Vineyards ワインとビール

2013-07-28 21:40:37 | シンシナティ

前回の滞在中にワイン祭りなる催しを 小耳に挟んだことがあった。聞けばこのあたり北部郊外にけっこうな数のワイナリーがあるとか・・

28日・日曜日午後に、ネットで調べてくれたうちの一軒に行くことに。シンシィ市内から50kmほど北東、のんびりした田園風景が広がるところ。広い道に面して大きな樽を輪切りにした目印が。VALLEY VINYARDS(バリー・ぶどう園) 下に WINERY BREWERY(ワイン醸造所・ビール醸造所)の文字。ここはワインとビールを造っているのだ。すでに何台か車が止まっており、庭のテーブルで家族連れなどががくつろいでいる。

建物の中に入ると、受付を中心に、レストランが左右に併設。見学ツアーがあるように聞いていたが、あいにく無くて、皆さんテイスティングを楽しみにふらリ立ち寄っている感じ。壁にあるメニューで、辛口ワインとビールのサンプル・テイスティングとおつまみのチーズを注文して外に出る。日傘を広げて道の向こうを見ると、ブドウ畑が広がっている。涼風が吹いていい感じ。庭隅に小さな小屋があり、のぞきに行くと、取れたての野菜を売っている。小振りのとうもろこしが1本50セント。安い・・・・とか。

テーブルに戻ると、すでに注文の品は到着。えっと驚くボリューム。小振りのワイングラスに白・・ロゼ・・赤・・と、9種類。DRY WINE TASTING TRAY のリストがついていて各々の名前と味が。気に入ったものを買おうと番号に印をつける。ビールのほうも、小ぶりながら普通のグラスに入って6種類でコースターにそれぞれの名前と特徴が書かれている。チーズトレーもパンにチーズが2種類・・それもタップリ!大人4人で(日本人だからかも?)残すほど。そして・・・それぞれ8ドルでトータル24ドル+チップの安さ。

ぼちぼち夜のお客の準備か、庭に設置されている長いバーベキューコンロに火をつけだしている。週末にドライブがてら立ち寄るには最適の場所かも・・・。グリーンの広がりと、どこまでも続く青い空を見るだけでリラックスできる!


ユニオンターミナル博物館③電車編

2013-07-27 17:40:49 | シンシナティ
元のコンコースに戻る。なかなかよくできた施設やねなどと言いながらも、二百年強の歴史はまとめやすいよね・・・日本の歴史は長すぎて・・・なーーんて言ってみる。しかし、どたばた騒いだ日本の《私の仕事館》なるものを思いだすと、どうしてこんなにスマートな《いい仕事》ができないんだろう!とも、思う。
 
hus.がなにやら気にしているのは、元コンコースの壁面に貼られた to Train の表示。元駅だものね・・・電車が見られるのかもと矢印の方へ。 Tower A area と言われる所をエレべーターで3階へ。シンシナティ鉄道クラブ(うろおぼえ)の入り口と書かれてある・・

ドアを開けると。オーーすばらしい眺望!駅舎の真裏に当たる部分で線路が何本も走っており、それを超えてすばらしい景色が広がっている。このクラブを運営しているのは鉄道好きのボランティアさんであろうか? 説明したくて仕方ないと言った顔つきのシニアを散見。本当に駅だったんだ!シンシィナティのダウンタウン(南の端)、オハイオ川沿いに長い長い貨物列車が走っていたのを思い出した。又北の方でも百輌近い貨物が走っているのを見たことがある。この駅を通っていたのだ。

展示を見ると、建設当時(1933年)は、一日の旅客数1.7万人・216車両の利用を見込んで建てられたとか。しかしその予想を超える利用は第二次世界大戦時を除いては無く、斜陽の一途をたどり1972年に閉鎖。何しろ車と飛行機の時代に移行しちゃったからね。1991年に博物館開設と同時期、駅舎のほんの一部でアムトラックが営業再開したのだとか。実際、どこがホームやら、改札やら、誰も知らないのではなかろうか?

戦時中の写真は、WELCOME HOMEの垂れ幕の下を通る若い兵士の群像写真があり、この駅から何万と言う若者が戦場へ送られ、帰郷したのがわかる。又、かってシンシナティ市内を走っていた路線や駅舎の写真もあり、広く鉄道網のあったことも分かる。そういえば買い物によく行くスーパーの前にもスタンドバイミイを思い出すような、単線の線路が伸びていて、いつも何時電車が通るのかと不思議に思っていた。あれも、かってのものなのか・・・・

70年前の大きな建物・・表の顔は博物館。この三階の一室から見下ろす裏の部分は大きな貨物のための駅。最盛期から見れば、縮小しているだろうけれど、これだけの敷地と路線はなかなかあるものではない。この部屋の窓の下の壁を取り巻くように古い暖房器具が取り付けられている。部屋を暖房?思わず、ボランティアさんに、かっての待合室かと聞いてしまった!(あほな質問をしたものだが、あとのまつり!)
 
ここは、列車管理司令室だったんですとの答えに、そやそや、タワーAを上ってきたんだ、塔の一室だから部屋自体が細長い扇面をしていたんだ、広大な操車場を見下ろして仕事をしてはったんだと、納得。あ・り・が・と・ぅ・・・・と終わりたかったのに・・ボランティア魂に火をつけてしまったようで・・・・あぁ捕まったと、観念。
 
戦時中は一日450本以上の列車が出ていたんですと言いつつ、彼が部屋の中心部の床を指差す。細長く湾曲して黒く塗られて要る部分。そこに机や機器が設置されていて、スイッチャーと呼ばれる職員が、列車の操車に携わっていたのだと言う(彼らは窓に背を向けている)。そこから見上げる位置に操車板(写真・当時のもの)がある。これは教えてもらわないとわからない・・と、ちょっと得をした気分。スイッチャーに指令を出すのは、窓側から操車場を見ているコントローラーと呼ばれる職員(彼らのデスクは今も残っている)。
 
ボランティアさんはパンフレットを持ってきて列車の旅はどうですかと言う。えっ、貨物だけじゃないんですか?  いやいや、一日1本客車も出てますよ。 ルートはNew York - Washington・ DC とCincinnati間。 Cincinnati とChicago間。シカゴとの間はシンシィを深夜12時ごろにたって翌朝10時ごろに到着で、なかなか時間的にいいですよ、と。費用は確か50ドル前後だったか(その気が無いのでうろ覚え)・・・各種割引などもありますと、盛んに言う。ニューヨークへはほぼ1日の行程だとか。

タワーを降りて、帰りのバスの時間までThe Museum of Natural History & Scienceへ。ここも駆け足がなんとも残念。



ユニオンターミナル博物館②歴史博物館

2013-07-26 22:28:03 | シンシナティ

シンシナティ歴史博物館のドアを押すと、シニア男性が駆け寄ってきた。ここのボランティアですといって、来訪が初めてかどうか聞いてくれ、初めてといえば、進路や各階の概要を説明してくれる。

地下2階まであるらしい。1階は元のコンコースの一部で、最初に眼に入るのは1940年大のダウンタウンののジラマ(写真)。シンシナティの良き時代だ。今も残る建物が目印で、70年以上前の町にタイムスリップ。あっ、あの建物この建物とうれしくなるのも基本的に今とそんなに違いがあるわけで無いからか。ダウンタウンも動物園も野球場もある。

そして20世紀前半のシンシィの繁栄を支えたオハイオ川を中心とした産業の起こりと発展。特に日本でもおなじみの、P&G(プロテクターアンドギャンブル)社。この会社を中心にシンシナティの町の発展の様子もわかるようになっている。フーン、P&Gはろうそく製造が出発か・・・次に石鹸(アイボリーソープ)製造に。ジオラマには1910年代のP&G社のIvorydale(アイボリーデイル)といわれる巨大な工場敷地なども見られる。展示はほぼ年代順で、ユニオンターミナル駅のジオラマもあり線路の多さにびっくりする。そして鉄道路線に実際に電車が走っていて、鉄道好きにはこたえられないだろうなと思う。最後に、第二次大戦にシンシナティがどのように係わったかという展示もあり、スロープ沿いに地下1階へ。

地下1階で、最初に迎えてくれるのが、町の名前の由来となったCincinnatusの像。この人は共和制ローマ前期の武人らしいが何故市の名の由来になったのか?わからない・・

そして最初にざっくりとネイィブアメリカンの住んでいた頃。何体かのネイィブアメリカンのフィギャアが置かれている。いよいよヨーロッパ人登場。Early Settlementだ。1788年にこの市は創設された。初期の居住小屋の中におや女性のフィギャアが置かれていると思えば、実際の人間。当時の服を着て質問に答えたりしている。ちゃぷちゃぷ水音が聞こええると思えば板作りの船。この地はオハイオ川を擁し、川はこの地の発展に寄与している。初期にはこんな船で物を運び交易をしたのだ。中にはこのような船で西へ西へと進み、最終地点で解体して小屋を作ったのだとか。こんな18世紀からくるっとスロープで地下2階。

地下2階に来ると、パンパカパーンとファンファーレがなりそう。栄光の19世紀。いたるところに《Queen City of the West》の文字が躍リ、19世紀のシンシナティの栄光の解説が続く。1,840-1870 An American "Metoropolis" とか  The Most Dynamic City in the United States と言う具合。西部開拓の前線基地としてあまたの鉄道が集まり、ミシシッピー川・オハイオ川・運河・五大湖とアメリカを縦断する水運の一大基地。工業は発達し・・アメリカ内陸部の首都を豪語したくなるのもわかる。。ちなみに小泉八雲はここの空気汚染が眼に悪いと他州に逃げ出している。

地下2階の仕掛けは当時の町の様子の再現。川にはスチームボートが浮かびピストンが回っている。甲板に立っていると早速ボランティアさんが説明に。船から下りて写真を撮っていると、当時の服を着た男性が船上に掲げられた Queen City of the West を指差して、本当にうれしそうに説明を。(がんばれ、21世紀のシンシィと、言いたくなりますよ。過去があまりにもすばらしすぎて・・・)

町には、数軒の店も並び当時の服を着た人が応対してくれる。ボストン市内のオールドファッションのガイドさんを思いだした。中でも《Print House》には、若い女性がいて、当時の店が実感できる。時代は前後するかもしれないが、、赤毛のアンに出てくる雑貨屋さんを思い出す。マシューがアンのために膨らんだ袖の洋服を頼んだ店。この店にも反物が置かれ入り口横にはミシンもある。大草原の小さな家のローラもわくわくしながらこんな店に買い物に来たかもしれない。 時間の予測がつかず駆け足の見学になったのが残念だが、楽しかった!!

*市の名前の由来がわかった!  シンシィはドイツからの入植者が多い。そしてアメリカ独立戦争後、ドイツの傭兵将校が設立したのが『シンシナティ協会』で、これが町の名の由来となる。多分18世紀からの古い歴史のある、『シンシナティ協会』の支部みたいなものを作ったのかなと思うのだが・・・。シンシナテイ協会は古代ローマの名武将Cincinnatus、彼の武人としてのすばらしさゆえ、アメリカ軍の仕官たちが範とし、彼らの親睦団体の名前としたらしい。ジョージ・ワシントンが初代会長だとか。

 


ユニオン ターミナル 博物館①

2013-07-26 21:34:57 | シンシナティ

アメリカの中では、古いものの多いシンシィで、最近といっても二十数年前にでき、人気のあるのがユニオンターミナル博物館。正式にはユニオンターミナル シンシナティ博物館センター Cincinnati Museum Center at Union Terminal 。前回滞在中に、駅舎がミュージアムになっていて楽しいところよ、と言う話は聞いていたが、いまいちイメージが結ばなかった。

26日(金)朝。twinsのデイケアを見せてもらいに娘の車に便乗して出かける。デイケアで先生方に挨拶したのち、ダウンタウンまで送ってもらう。ダウンタウンまで出ると郊外へバスは四方八方に延びている。で、バスに乗ってユニオンターミナル博物館へ。

到着。これは!なんだ!ギリシャの神殿にしては柱が無いが・・クリーム色のアールデコの巨大な美しいドーム型の建物が小高いところに建っている。これだけでも一見の価値あり。広々とした前方(かってのロータリーか?)には花と噴水。建物の前に立って見渡せば、市内西端のここからシンィ全域を眼下に・・東の端の公園の緑まで見える。朝の光に満ちてこれは又美しい光景。

建物前のプレートによれば、この駅舎は1929年に施工。三年半後の1933年に完成。この当時シンシナティは繁栄のきわみ、いくつもの鉄道会社の路線があり、それらを統合して大ターミナルを作ったのだ。1929年といえば昭和4年。大きなものを作ったものだが・・・時すでに鉄道利用は下降気味。(第二次世界大戦)戦時中を除いて利用者は減る一方。1972年には旅客用路線は中止に。その後1990年に修復して博物館と生まれ変わったのだ。すでに1972年にはアールデコの駅舎の顕著なものとして国の歴史的建物に指定されている。

館内に入ってチケットを買い、さてどうしたものやら。広すぎてどこをどう行けばよいのやら、と途方にくれる。と言うのも普通の博物館ではなくて・・・《かつてのアムトラック・ユニオン駅の建物を再利用した博物館複合体で、ユニオン・ステーション(Union Terminal)、オムニマックス・シアター(Robert D. Lindner Family OMNIMAX Theater)、シンシナティ歴史博物館(Cincinnati History Museum)、子供博物館(Duke Energy Children’s Museum)、歴史科学博物館(Museum of Natural History & Science)等五つの博物館がある。》とのこと。

 夏休みで、小学生などの団体が沢山きていて巨大なロビーに椅子を並べてまずは先生がレクチャーをしている。家族連れも多くなって来た。まずはどうしようかと、コーヒーを飲んで一服。大きな駅の構内を小さく区切るわけでなくそのまわりに各博物館への入り口ができている。子供博物館には地下へのエスカレーターの上にDuke Energy Children’s Museumとの表示。アメリカの社会のありようは分からないが、このミュージアムはDuke Energy社がスポンサーで全てをまかなっているということだろう。寄付やスポンサーのシステムにはなんとも感心してしまう。

全てを見るわけには行かないので、まずは、シンシナティ歴史博物館に行くことに。


ルックアウト・ジョーとニューヨークタイムズ

2013-07-24 16:51:14 | シンシナティ

シンシィ24日水曜日・・6時前に、朝のコーヒーをと家を出たが、なんともひんやり、初秋といってもいいくらいの天気。薄着には寒すぎるね、と引き返すことに。だんだん明けるのが遅くなっていて南西の空に月がくっきりと見えている。

曇っていて散歩には最適と1時ごろにCoffee Emporium の方向的に反対側にあるコーヒー屋さんに行く。店の名前はMount Lookout Joh。こちらは店で焙煎をしているので、時折焙煎の煙がワーーッとあがる。繁華街にあるので、Emporiumのように緑の木々の下で一服と言うわけにはいかない。その代わり店内がソファ席ありハイチェアーありとさまざまな椅子席があり、新聞・雑誌なども置かれゆっくり寛ぐ人が多い。(もちろん戸外にもテーブル席はある)

ソファー席で、のんびり・・・。ニューヨークタイムズが置いてある。そういえばコンビニやEmporiumにも販売用が置かれていた。娘の家の近くを歩いていて、二・三軒の家の前の芝生にビニールに包んでほり投げられている(配達された)ニューヨークタイムズを見た。アメリカでも紙の新聞を読む人はまだいるんだ・・・等と思いつつ(ニューズウイーク誌は電子版になった)、紙派のtesyuke、日本の記事が乗っているかとニューヨークタイムズを手に取る。

24日水曜日の一面はイギリスのロイヤルベイビー初おひろめの写真。(大きな写真とキャプション。ふーーん、王様を持たないアメリカ人はこんなのが大好きと聞くが・・・一面ですか。)6面にウイリアム王子が赤ちゃんのバスケットを持った写真と大きな記事が。夫妻とのインタビューで王子がすでにオムツを替えたとか何とか・・。平和です。ベビーの髪の毛について聞かれてウイリアム王子が自分より多いなんて答えていたり。面白いと思ったのは、キャサリン妃を former Kate Middleton なんて書いていたこと!平民出身と言う印象をあたえるためか?

日本関連はっと・・・? 後から二ページ下段に《The Limits of Nationalism in Japan》の記事。中間には二ページを費やして中国の記事。

 


パブ探索

2013-07-22 17:50:34 | シンシナティ

Coffee Empriumのならびに、2010年夏当時にはスターバックスがあった。どう見ても客の入りがいまひとつ・・・・。2013年、まだ営業しているかな?と言うのがtesyukeとhus.の関心事の一つ。予想は的中、すでに閉店して久しいとか。Coffee Empriumの勝ちってとこ。

このスターバックスは角にあり、一軒隣が、ビールやさん。通りに面した3メートルほどの浅い店舗に所狭しとびっしりビール瓶が並べてある。埃をかぶったようなビール瓶に、買う人がいるのかしらと思いながら歩いていた。ところが、並んでいるのは見本。車からおりた人が、店員さんにあれこれと相談しながらビールを選び買っていく繁盛店。アメリカのビールのイメージと言えば、缶ビール!こんな多種類の瓶ビールが売られていると言うのが驚きだ。

このビール屋さんと元スタバの間にレストラン(パブ)があるのだが、それがビール屋のもの。Dutch's と言う名のその店がビールも売っていると言うべきか。このDutch'sがスタバを買いとって、店の続きに新しいパブを作ったと言うのが、話の核心。シンシナティの評判の店リストにのっているらしい。で、幼児連れでもいけるか見てきて、との依頼が娘から。

早速、19日の金曜日、偵察がてらランチを食べに。ドアを入ると、一瞬たじろいだ。これは何の店?コンクリートの倉庫風のモダンな内部は、左手にキッチン。キッチンの前にはガラスケースがあり、手作りのソーセージや火を通せば直ぐに食べられる肉の惣菜風のものが並んでいる。テイクアウトできますの表示。右手は木の棚にワインや日本酒(数種類)やキッチン用品などが並び、飲食店には見えない。どこで食べる?と固まっていると、女性が案内に現れた。

このキッチンの前に五席、通りを見渡せる窓際に五席。木のカウンターにハイスツール。写真はこの窓際の席からキチンを写したもの。夜になると、雰囲気が変わるのかもしれないが、ここから従来の店につながっているので、ハイスツールが嫌な人は移動するようだ。ホームメードのソーセージが少しばかりスパイシーだったけれど、犬も子供も大歓迎と女性の返事。よっぽど犬のほうが行儀が良いとtesyukeは思うが・・・・・

 


セーシェルの誕生会

2013-07-21 22:22:15 | シンシナティ

シンシィへ発つ前から、土曜日(20日)は向かいのセーシェルちゃんの誕生日パーティに呼ばれているという話を聞いていた。twinsより9ヶ月遅れの2011年7月生まれなのにtwinsより背の高い美少女なのだとか!

どこでしはんの?  オールト公園のプレイグラウンド。  はあ? 等と言う会話ののちに娘が  一緒に来るなら伝えておくよ。と言うわけで、興味しんしんのtesyuke  行く行く!と、話がまとまる。

どんなことしはんの?  子供が集まって(もちろん親つき)遊ぶだけ。  ふーん。プレゼントは?  いらない。絶対持ってこないようにと念を押されているよ。カップケーキが出るぐらいよ・・・。 ふーん。

2010年の夏に、この近所ではじめた話をした女性がアマンダさん。4歳ぐらいの可愛い男の子と散歩している背の高い美人。娘たちより少し早い時期に引越しをしてきたようで、ご主人がインド系の弁護士さん。そのアマンダさんたちの二番目の子供がセーシェルちゃん。どこかプレスクールでも行っていて二歳ぐらいの子供とお母さんが集まるのから?等と思っていたが・・・

土曜日の午前は動物園。誕生会は3時から。アメリカ流はよく分からない。着替えてちょっとこぎれいにしなくていいの? 遊ぶだけだから・・・と、親子とも、ついでにtesyukeも、普段着のまま車に乗ってオールト公園に。入り口から直ぐ入ったところが緑の芝生にブランコ・滑り台・テーブル・ベンチ・バーベキューコンロ等のそろっているプレイグラウンド。すでに来ている人もいて広いプレイグラウンドに散らばって遊んでいる。

アマンダさんにご挨拶。きっちりお化粧をして靴を履いてしゃっきっと一応迎える側。お手伝いしましょうかと娘。注文したものを主人が取りに行っているんだけれど、まだ戻らないのよ・・・、とのこと。アマンダさんはぽつぽつと立っている人々を引き合わせ紹介するのに余念が無い。なるほど・なるほど、こういう機会のためのものなのね。

子供たちは乳幼児から小学校低学年ぐらいまで。アマンダさん夫妻の知り合いの人達が、子連れで集まったという雰囲気。サンダル履きの普段着で、子供を遊ばせながら、おしゃべりに花を咲かせて、お友達を作ってと、ふむふむこういうことだったのね・・・・・。大人だけで20人ぐらいか。インド人のおじいさんがテーブルに座っていて(セーシェルのおじいちゃんみたい)、インド系の子供も結構いる。

セーシェルちゃんのお父さんが荷物を持って登場。カップケーキ・飲み物・風船・シャボン玉セット・フラフープなどなど。早速飲み物が配られみんなが集まってハッピーバースデイの歌を歌う。後はご自由に・・・。子供たちは早速シャボン玉に余念が無い。twinnsを一人で見ていると、追っかけているだけで、人と話もできないんだけど・・・今日はよくしゃべれた!と、娘がうれしそう。

近くの小学校に子供を通わせているお母さんが、最近できた、成績優秀な子が選抜されて行く学校にうちの子が選抜された、と言っていた、とか。セーシェルちゃんのお兄ちゃんの友達の男の子とお母さんもきていて、聞けばちょっと遠くの私立の小学校なのだとか。話はいろいろ。

1時間ほど過ぎて雲行きが怪しくなり、後は家で続行となる。ほとんどの人は帰宅するも、お向かいでもあるので、パーテイーの続きにアマンダさん宅へお邪魔。もう一組のご近所さんが、話をしているうちに、娘たちと同じ大学に最近移動してきた人と判明、奇遇・奇遇とおおよろこび。