2023年2月27日(月)みどり温泉・プール
今日は緑温泉行のバスと、プール帰りのバスで
2回も 35年前の教え子久君の運転するバスに乗り
合わせました。
降り際に笑顔で挨拶を交わす程度しかできませんが。
「2月●●日 昨日が誕生日だったね」聞こえないので
彼の答えは笑顔しかわかりませんでした。
帰って保育園時代の文集を取り出してみたら、1988年
卒園の二人のための文集が出てきました。
私は10年目より毎年卒園文集を発行していましたが
合わせて、二人のためだけ出していました。
二人のお母さんが毎年書いたものを編集したものでした。
誕生日は間違っていませんでした。
プールからのバスを降りて、急いで家に帰り、文集を
スーパーでコピーして冊子にしました。
14pですが6年間のお母さんの思いがあふれていました。
成長した二人が、この文集を詠むことがあっただろうか
今は両親から独立して、その文集が手渡されているか?
終点から引き返しまた運転してくると思い込んでいたので
バス停で待ちました。30分もあれば・そのバスは下り便で
やってきました。
違う運転手さんでした。「久さんはもう上がりました。」
「この冊子渡していただけますか」「いいですよ」
文集の間から新聞の切り抜きも出てきました。
なんと私の後ろの坊主頭が久君でした。(私47歳)
もう一つの記事は そのあとに卒園したマー君のお母さんです。
今なおお付き合いしています。
私は「記憶より記録を」をモットーにして、いろんな記録が
残っています。地方紙ではいろんなテーマで取り上げられて
もうすっかり忘れていることもこうして、思い出すことが
できました。文集や園だよりなどもまさに宝物です。
10周年・15周年・20周年・30周年・33周年で園を閉じた
記事などなど、時にラジオやテレビでも・・・。
もう一人の太郎君にも送ります。昨年お父さんがなくなり
ののさま色紙を届けたのでした。太郎君もいいお父さんに
なって賀状に一家の楽しい写真見せてくれています。
成長した子供に会える、保育者冥利に尽きますね。
雑詠句
・譲れない気持ち抑えて米を研ぐ
・響きあった友の訃報に言葉なく
・生活音立てて夫と会話する