玉津2丁目の住宅の前にぽつんと亀の橋跡と書かれた石碑があります。
昔このあたりに平野川が流れていて「亀の橋」が掛けられていた名残です。
日本書紀の時代にまでさかのぼると、「仁徳天皇14年11月橋を猪飼津に造り。即ち其処を号けて小橋と日う」と記され、文献上日本最古の橋とされる「鶴の橋」というものが旧平野川の上流にありました。この地方には、鶴が多く生息していたために、この名がつけられたといい、その下流のここにあった橋を鶴の橋に対して縁起のいい、亀の橋と呼ぶようになったと言われています。
亀の橋跡から東南へ一直線に道路が通っています。陣堂道(じんどうみち)(石田通り)といい、福見の北、八尾海道から東小橋の亀の橋まで約2.7kmを小路村の豪農井上氏が明治42年(1909)に私財をもって造られた道です。戦前南弁天橋の所に「石田り三丁目」の道標がありました。この道によって小路や鶴橋また玉造と交通の便がよくなり、玉造の「日の出通り」とつながって今里新地に続く道として繁栄しました。
場所:大阪市東成区玉津2-20