(前略)
『オーパ!』の取材--2カ月にもおよぶアマゾン大釣行のときも、小説家は取材用のノートやメモ帳は持っていなかった。ふと立ち止まって何かをメモするようなことは一度もなかった。2ヶ月間、小説家と寝食を共にした開高隊の面々がそう証言する。
水先案内人として取材に同行したサンパウロ在住の作家、醍醐麻沙夫さんは『ブラジルの三蔵法師』と題したエッセイの中で、小説家の取材方法はかなり風変わりだと書いている。
《取材というと目と耳をアンテナのようにピンと張り出して・・という行動が普通なのでしょうが、彼はむしろ、そういうアンテナを納い込んでしまう感じでした。一種のアメーバが海綿のような不定形な存在になり、一見ボケッとして、あらゆる外界の刺激は全身で受け入れているようでした。メモやノートも一切とりません。》
ところが、である。開高隊の面々でさえ存在しないと思っていた取材メモが見つかったのである。新発見だ。小説家の創作活動の一端を知る手がかりにもなりうる大発見だといってもいいだろう。
手帳はポケットサイズで黒いビニール製。8穴のバインダー式。文具店と名のつくところであれば、どこにでも置いてあるようなありふれたものだ。
表紙をめくると、中表紙の裏面に少し大きめのローマ字で書かれた[KAIKO]の5文字がまず目に飛び込んでくる。
バインダーに挟まれている用紙は全部で47枚。そのすべてのページが、原稿用紙の上で習字した独特の四角い文字で埋め尽くされている。
文字に乱れがないこと、内容が整理されていることからして、
これは見たまま感じたままを現場でサササッと書き留めたものでないことは明らか。現場でペンを走らせていれば、当然開高隊のメンバーに目撃されているはずでもあるし。
「現場で書いたのではなく、完全に原稿を書くということを前提にして何日間かのできごとを思い出しながら書いているという、そういうような感じが見受けられますね。われわれがボアチに繰り出している間に、ホテルの部屋で書いていたのかもしれない・・」(『月刊プレイボーイ』の担当編集者として同行した菊池治男さん)
“ボアチ”とは直訳すると「箱」のこと。それがどう転じたのか売春宿、女郎屋という意味でも使われる。アマゾン川を上り下りしながら1週間かそこら釣り三昧、男所帯の船上生活を送ったあとに陸に上がると、元気な開高隊の面々は連れだってボアチへ繰り出すことがしばしばあったという。そのたびに小説家も誘われたが、小説家は「ブタがトイレに寝ていないようなところはボアチとはいえなんだよ、おれの辞書によると」などと意味不明の詭弁(?)を弄して誘いを断り、ホテルの部屋に1人残った。
きっとそんなときだったのだろう、バッグからこっそり手帳をとりだし、記憶を頼りにメモを取っていたのは。
(後略)


※茅ヶ崎の開高邸で発見された小説家の取材ノート。「取材メモは一切とらない」と公言していた小説家だったが・・
『オーパ!』の取材--2カ月にもおよぶアマゾン大釣行のときも、小説家は取材用のノートやメモ帳は持っていなかった。ふと立ち止まって何かをメモするようなことは一度もなかった。2ヶ月間、小説家と寝食を共にした開高隊の面々がそう証言する。
水先案内人として取材に同行したサンパウロ在住の作家、醍醐麻沙夫さんは『ブラジルの三蔵法師』と題したエッセイの中で、小説家の取材方法はかなり風変わりだと書いている。
《取材というと目と耳をアンテナのようにピンと張り出して・・という行動が普通なのでしょうが、彼はむしろ、そういうアンテナを納い込んでしまう感じでした。一種のアメーバが海綿のような不定形な存在になり、一見ボケッとして、あらゆる外界の刺激は全身で受け入れているようでした。メモやノートも一切とりません。》
ところが、である。開高隊の面々でさえ存在しないと思っていた取材メモが見つかったのである。新発見だ。小説家の創作活動の一端を知る手がかりにもなりうる大発見だといってもいいだろう。
手帳はポケットサイズで黒いビニール製。8穴のバインダー式。文具店と名のつくところであれば、どこにでも置いてあるようなありふれたものだ。
表紙をめくると、中表紙の裏面に少し大きめのローマ字で書かれた[KAIKO]の5文字がまず目に飛び込んでくる。
バインダーに挟まれている用紙は全部で47枚。そのすべてのページが、原稿用紙の上で習字した独特の四角い文字で埋め尽くされている。
文字に乱れがないこと、内容が整理されていることからして、
これは見たまま感じたままを現場でサササッと書き留めたものでないことは明らか。現場でペンを走らせていれば、当然開高隊のメンバーに目撃されているはずでもあるし。
「現場で書いたのではなく、完全に原稿を書くということを前提にして何日間かのできごとを思い出しながら書いているという、そういうような感じが見受けられますね。われわれがボアチに繰り出している間に、ホテルの部屋で書いていたのかもしれない・・」(『月刊プレイボーイ』の担当編集者として同行した菊池治男さん)
“ボアチ”とは直訳すると「箱」のこと。それがどう転じたのか売春宿、女郎屋という意味でも使われる。アマゾン川を上り下りしながら1週間かそこら釣り三昧、男所帯の船上生活を送ったあとに陸に上がると、元気な開高隊の面々は連れだってボアチへ繰り出すことがしばしばあったという。そのたびに小説家も誘われたが、小説家は「ブタがトイレに寝ていないようなところはボアチとはいえなんだよ、おれの辞書によると」などと意味不明の詭弁(?)を弄して誘いを断り、ホテルの部屋に1人残った。
きっとそんなときだったのだろう、バッグからこっそり手帳をとりだし、記憶を頼りにメモを取っていたのは。
(後略)


※茅ヶ崎の開高邸で発見された小説家の取材ノート。「取材メモは一切とらない」と公言していた小説家だったが・・