ブラジルから届いた一通の手紙。Sr TAKESHI KAIKO(セニョール・タケシカイコー)と宛名書きされた手紙から、『オーパ!』の物語ははじまる。独楽がまわりはじめる。
差出人は醍醐麻沙夫。サンパウロの日本語学校の講師で、サンパウロ人文研究所のメンバーであり、前の年の暮れに第45回オール讀物新人賞(74年)を受賞し、《作家の道へ一歩踏み出せそうな状態にいます。》--という人物からの、なかばファンレターのような、なかば挑戦状のような手紙だった。
現在もサンパウロに住んでいる醍醐さんの許しを得ることができたので、その文面を少し詳しく紹介することにしよう。
《人文研は、主に日系移民に関する社会学的な研究をしている機関です。この人文研は不思議なことに全員釣りキチで、夕方六時を過ぎると、研究はやめて、ウィスキーを出し、釣りの話だけをします。
この人文研に最近ある異変が起きました。中心的な研究員の斉藤広志博士(略)が今年の初め日本へ講演に行き、開高健著『フィッシュ・オン』買って帰り、全員がそれを廻し読みをし、すっかりイカレてしまいました。
中でも最長老の河合老(測量技師)などは、会うたびに、開高ナニガシのフィッシュ・オンは・・と目の色を変えてうるさいくらいです。(略)ついに、「我々も開高健の向こうを張って(とは言いませんが、それに近い表現)釣りの本を出そう」ということに話がエスカレートしました。》
《中でもキングサーモンの描写がいいと言いあい、しかし、ブラジルに棲息するドラードはキングサーモンにひけをとらぬ筈だ、と意見一致しました。ドラードはエル・ドラード(黄金郷)のドラードで、つまり金色の魚です。激流にのみ棲息し、十数?sに達し、小魚やスプーンで釣りますが、かかってからの暴れ方は『フィッシュ・オン』のキングにひってきすると思われます。》
《それで七月にパラグアイとの国境のポンタプランまで二十日の釣行を全員ですることにしました。(あなたの文章には、分別ある人から、稚気というか、ファイトを引き出すような挑戦的なところがあるにちがいないようです)
『フィッシュ・オン』は秋元カメラマンに負う処が大であるということで、カメラマンを募集し、邦字新聞も面白がって書いてくれたりして、ちょっとしたサワギになっています。》
《一度、機会がありましたら、ブラジルに釣りに来られませんか。(略)開高様にとっては河の釣りは、多分、もうブラジルしか、まったくの新しい釣りはないのではないかと思います。》
この手紙をきっかけに、小説家がアマゾンの釣りについてあれこれ訊ね、それに対して醍醐氏が答えるというかたちでの手紙のやりとりが何度となく続くことになり、ことの成り行き上、開高隊の一員として醍醐氏が現地における水先案内人を務めることになるわけだ。(以下、略)
※『原生林に猛魚を追う』(醍醐麻沙夫著・講談社刊)
差出人は醍醐麻沙夫。サンパウロの日本語学校の講師で、サンパウロ人文研究所のメンバーであり、前の年の暮れに第45回オール讀物新人賞(74年)を受賞し、《作家の道へ一歩踏み出せそうな状態にいます。》--という人物からの、なかばファンレターのような、なかば挑戦状のような手紙だった。
現在もサンパウロに住んでいる醍醐さんの許しを得ることができたので、その文面を少し詳しく紹介することにしよう。
《人文研は、主に日系移民に関する社会学的な研究をしている機関です。この人文研は不思議なことに全員釣りキチで、夕方六時を過ぎると、研究はやめて、ウィスキーを出し、釣りの話だけをします。
この人文研に最近ある異変が起きました。中心的な研究員の斉藤広志博士(略)が今年の初め日本へ講演に行き、開高健著『フィッシュ・オン』買って帰り、全員がそれを廻し読みをし、すっかりイカレてしまいました。
中でも最長老の河合老(測量技師)などは、会うたびに、開高ナニガシのフィッシュ・オンは・・と目の色を変えてうるさいくらいです。(略)ついに、「我々も開高健の向こうを張って(とは言いませんが、それに近い表現)釣りの本を出そう」ということに話がエスカレートしました。》
《中でもキングサーモンの描写がいいと言いあい、しかし、ブラジルに棲息するドラードはキングサーモンにひけをとらぬ筈だ、と意見一致しました。ドラードはエル・ドラード(黄金郷)のドラードで、つまり金色の魚です。激流にのみ棲息し、十数?sに達し、小魚やスプーンで釣りますが、かかってからの暴れ方は『フィッシュ・オン』のキングにひってきすると思われます。》
《それで七月にパラグアイとの国境のポンタプランまで二十日の釣行を全員ですることにしました。(あなたの文章には、分別ある人から、稚気というか、ファイトを引き出すような挑戦的なところがあるにちがいないようです)
『フィッシュ・オン』は秋元カメラマンに負う処が大であるということで、カメラマンを募集し、邦字新聞も面白がって書いてくれたりして、ちょっとしたサワギになっています。》
《一度、機会がありましたら、ブラジルに釣りに来られませんか。(略)開高様にとっては河の釣りは、多分、もうブラジルしか、まったくの新しい釣りはないのではないかと思います。》
この手紙をきっかけに、小説家がアマゾンの釣りについてあれこれ訊ね、それに対して醍醐氏が答えるというかたちでの手紙のやりとりが何度となく続くことになり、ことの成り行き上、開高隊の一員として醍醐氏が現地における水先案内人を務めることになるわけだ。(以下、略)
※『原生林に猛魚を追う』(醍醐麻沙夫著・講談社刊)