《とはいえ、第一回の原稿を前に、入社三年目の若輩編集者が顔を引き攣らせていたのも、また事実だったと思います。》
担当編集者として『オーパ!』の取材旅行に同行した菊池治男さん(現・集英社新書編集長)は、かつて『サントリークォータリー』(季刊第35号・90年8月発行)に寄稿した『オーパ!誕生』の中でこう記している。茅ヶ崎の開高邸で、小説家から手渡された書きたてホヤホヤの原稿30枚--第1章・神の小さな土地--を読んだ直後の心象だ。なぜ、菊池さんが顔を引き攣らせたのか・・。
《強烈な体験を自分なりに持った直後だったために、先生の捨て去ったものが、あまりに多いという、早くいえばこの原稿はバランスが崩れているのではないかという思いがしたからでした。日本での話が長すぎる、もっとアマゾンの魅力を前面に押し出して欲しい・・》
このときの気持ちを改めて菊池さんに聞いてみた。小説家が見ている前で原稿を一読した後の正直な気持ちを。
「自分も一緒にアマゾンへ行って、先生と同じものを見聞きしてきて、それがこんなふうな文章になるのかとすごくびっくりさせられた反面、ほかにもたくさん面白いことがあったのにそれが書いていない。あんな面白い話を捨ててしまうのはもったいないと思ったし、それが書かれていないことがものたりないなと思ったんですね」
たとえば。
『オーパ!』は、8月18日夜10時“無敵艦隊のオオカミ”という勇ましい名を持つ定期船がアマゾン河口の街ベレンの第14号埠頭を「蛍の光」とともに静かに離れていくシーンの描写からはじまる。はじめて『オーパ!』を手にする読者にすれば十分にワクワクする書き出しだが、小説家と共に旅をした菊池さんの読後感は異なる。
「8月7日にサンパウロに着いて、そこからベレンへ行くまでの間にずいぶんいろいろなことがあったんですけど、それがすっぽり抜けている。何も書いていない。ベレンからサンタレン(アマゾン中流域の街)までずっと遡っていく間にも、原稿に書かれていること以外に面白いことがたくさんあったんですけど・・」
もったいない、ものたりないと感じることは、その後も何度かあった、という。しかし、入社3年目の編集者は芥川賞作家に対して「なぜあれを書かないんですか?」とは聞けなかったし、「あれを書いてください!」と頼むこともできなかったと苦笑する。
原稿を受け取りに行くたびに自慢のワインやウィスキーをご馳走になり、グラス越しに「無口な編集者というのはあり得ないんや。もっと褒め上手にならなあかんね」などと小説家にいわれ、笑わぬ目でニヤリとされたら、海千山千の編集者であっても褒め言葉以外はなにもいえなかったに違いない。(以下、略)
担当編集者として『オーパ!』の取材旅行に同行した菊池治男さん(現・集英社新書編集長)は、かつて『サントリークォータリー』(季刊第35号・90年8月発行)に寄稿した『オーパ!誕生』の中でこう記している。茅ヶ崎の開高邸で、小説家から手渡された書きたてホヤホヤの原稿30枚--第1章・神の小さな土地--を読んだ直後の心象だ。なぜ、菊池さんが顔を引き攣らせたのか・・。
《強烈な体験を自分なりに持った直後だったために、先生の捨て去ったものが、あまりに多いという、早くいえばこの原稿はバランスが崩れているのではないかという思いがしたからでした。日本での話が長すぎる、もっとアマゾンの魅力を前面に押し出して欲しい・・》
このときの気持ちを改めて菊池さんに聞いてみた。小説家が見ている前で原稿を一読した後の正直な気持ちを。
「自分も一緒にアマゾンへ行って、先生と同じものを見聞きしてきて、それがこんなふうな文章になるのかとすごくびっくりさせられた反面、ほかにもたくさん面白いことがあったのにそれが書いていない。あんな面白い話を捨ててしまうのはもったいないと思ったし、それが書かれていないことがものたりないなと思ったんですね」
たとえば。
『オーパ!』は、8月18日夜10時“無敵艦隊のオオカミ”という勇ましい名を持つ定期船がアマゾン河口の街ベレンの第14号埠頭を「蛍の光」とともに静かに離れていくシーンの描写からはじまる。はじめて『オーパ!』を手にする読者にすれば十分にワクワクする書き出しだが、小説家と共に旅をした菊池さんの読後感は異なる。
「8月7日にサンパウロに着いて、そこからベレンへ行くまでの間にずいぶんいろいろなことがあったんですけど、それがすっぽり抜けている。何も書いていない。ベレンからサンタレン(アマゾン中流域の街)までずっと遡っていく間にも、原稿に書かれていること以外に面白いことがたくさんあったんですけど・・」
もったいない、ものたりないと感じることは、その後も何度かあった、という。しかし、入社3年目の編集者は芥川賞作家に対して「なぜあれを書かないんですか?」とは聞けなかったし、「あれを書いてください!」と頼むこともできなかったと苦笑する。
原稿を受け取りに行くたびに自慢のワインやウィスキーをご馳走になり、グラス越しに「無口な編集者というのはあり得ないんや。もっと褒め上手にならなあかんね」などと小説家にいわれ、笑わぬ目でニヤリとされたら、海千山千の編集者であっても褒め言葉以外はなにもいえなかったに違いない。(以下、略)