武田じゅうめい 旅人は風に向かって進む

色即是空とは、すべての存在は虚無であると知る。
旗印は日本愛、 日本人にはニッポンが足りない

原発カタストロフィのタイムリミット。

2011年03月27日 | 人生の意味

★原発カタストロフィ。

慎太郎が「これは天罰だ」と喝破したところを、朝日新聞が噛み付いたが、本ページは「慎太郎の慧眼」だと思った。

本ページは石原慎太郎を批判してきたが、彼の着眼点の凄さは買う。

東電と原発推進者は「これは想定外の天災だ」と責任回避を目論むが、原子力安全委員長の斑目春樹が国会の追及にあって、「割り切り方に問題があった。個人的には謝罪する気はある」などと、上から目線で責任を認めたが、原発カタストロフィの原因は「すべてを考慮した設計などありえない」と、斑目春樹が自ら設計エラーを自己正当化したことにある。

その言辞は、日本の官僚による国策という名の「統帥権の発動」であり、巧妙に政治家とマスコミを抱き込み、日本を食い物にしたというのが実態ではないのか。

前に、厚労省の医系官僚(医師)が、著書「お役所の掟」において官僚と官僚制度の正体と実態を個人的な体験を通じて世の中に批判的に明らかにしたが、それは18年前の真実だった。

国民の安全と生命と財産を人質に原発を作り続けてきた官僚と電力会社、原発の安全などどこにもなかった。

我々の、ありふれた幸福を元に戻してくれ。

 

★東北の人たち。

東北の人たちは我慢強い。

長い長い貧困の歴史を経て、つい50年前までは「口べらし」をやってきた過去がある。お上や土地の有力者の言うことには逆らわない。例え、それが理不尽であろうとも、国を信じ、国の為に自己犠牲を惜しまない。

東北が豊かになり始めたのは、ここ30年、集団就職が無くなった40年ほど前あたりからだ。

三ちゃん農業(とうちゃん、かあちゃん、あんちゃん)、安い労働者の工場を横目に、東京へ電気を供給する為に福島に「安全な原発」を雨後の竹の子のように作った。

海岸線に走る常磐線、福島・富岡町はさびれた田舎駅だったが、特急列車が停車するようになり、駅前には不似合いな瀟洒なホテルが建てられた。そして、その田舎駅に停車する特急列車から降りて来るのは、ダークスーツ姿の男たちばかりだった。

原発では地元の雇用が促進され、80%の従業員が地元住民だという。そして同時に、町に協力金というカネが落とされた。だが当時から地元住民は原発については多くを語らない。地元について語る話題は、「海水浴場が良いところだからね」。

しかし、その海は高濃度の放射能で満たされてしまった。

 

★原発の未来。

農業と畜産を直撃し、海を放射能で汚染し、住民の生活を破壊した東電の原発。

もういい加減にしてくれ、東電と経産官僚。

本ページは、直ちに原発を廃止すべき、という立場は取らないが、日本全国で稼動している50数基の稼動見直し、そして計画中の約20基の原発建設見直しは当然だ。それと同時に、原子力委員会や不安院ならぬ保安院の粛清もやらねばならぬ。

それは刑事訴追も含めての話になる。いずれ住民からの刑事と民事の訴えは提起されるはずだが。

いずれにせよ、東電に原発の管理は出来ないということは明白だ。

 

★原発地獄。

今、福島原発の現場は地獄だという。

しかし、地獄だろうが、放射能浴び放題だろうが、やり貫き通さねばならぬ。

3号機の地下一階で被曝した3人の放射能バッジが、「誤作動だと勘違いして、無視した為に起きた被曝事故」という東電の公式発表を誰が信じるというのか。

203高地のように、前が倒れれば、後ろの者はその死体を乗り越えて、前に進まなければならぬ。

日本の生死がかかっている。

責任追求は203高地のてっぺんに、旗を立ててからだ。

 

(ムラマサ、鋭く斬る)

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