2日に2011年Jリーグの日程が発表された。個人的にはシーズンチケットの購入も済んだことで、開幕を待つばかりである。チームにとっても、今季はJ以外にもACLという未知の戦いがある。改めて、コンディション調整を含めたチームマネジメントを問われるシーズンであることは間違いない。J2で攻撃的な戦術に磨きをかけ、J1昇格で守備の整備を第1の問題として取り組んだ2010年のセレッソ。アジアでの戦いを手に入れたことが、過酷な環境での戦いによる疲弊に繋がり、結果として戦力の維持に失敗しているチームも少なくない。劇的な好結果を残した後の“怖さ”は、セレッソにとっても他人事ではないだろう。かつてJ2降格を経験した歴史をひもとくまでもなく、である。
さて、なぜ、“代表とJは別物”なのか……。オリンピックというビッグイベントに熱狂する国民性が存在することで説明がつく話なのかもしれない。日の丸をかけて戦う姿は、何物にも代え難い興奮と落胆を日本人として共有できるという意味では、代表戦に分があるのは間違いない。Jを追いかけ続ける者の「範囲」が狭くなることは、代表との比較となると超えられない問題でもある。狭い領域に対して、「チーム愛」を全面的に表現するサポーターの姿こそが、逆にサッカー好きというライト層を遠ざける要因にもなっている。声をあげなければ、Jは観戦できないのか、という誤解。そんなことは、決して、無い。熱狂的なサポーターならずとも、観戦はOKである。観戦が多い者にとってのまさかの誤解は、ライト層が代表戦でテレビ画面に映る日の丸サポーターから受ける行動からくるものだろう。そして、Jの観戦が、いきなり特定のチームへの肩入れをするようで何か踏み出せないという思いである。そして……。何だか、批判的な内容になり、まとまりがつかなくなってきた。
代表戦も楽しい。でも、Jだって負けはいない-。
相互の発展に明確な答えがあるならば、という思いである。
サッカー=マジョルカ移籍の家長、途中出場でスペインデビュー(トムソンロイター) - goo ニュース