ウェストコーストジャズを支えたレーベルと言えばまずパシフィック・ジャズとコンテンポラリーの2つが思い浮かびますが、それ以外にも小さなレーベルがいくつかあります。タンパ・レコードもその一つでロバート・シャーマンと言う人が1955年に設立したものの、たった3年で消滅した泡沫レーベルです。本ブログでは以前に「ア・スウィンギン・ギグ」と言う作品を紹介しましたが、一番有名なのはジャズファンから”タンパのペッパー”と呼ばれるアート・ペッパーの2枚の録音でしょう。それ以外ではピアニストのジェラルド・ウィギンスのトリオ作品や、ヴァルヴトロンボーンのボブ・エネヴォルセンのリーダー作もCD化されており、物好きな私はどちらも買ったのですが内容は特筆すべきものではありませんでした。
さて、”タンパのペッパー”は2種類あり、一つはそのものズバリ「アート・ペッパー・カルテット」でペッパーがラス・フリーマンのトリオをバックに演奏したもの。もう1つが今日ご紹介するアルバムでマーティ・ペイチのリーダー作にペッパーが客演したもので、昔からジャズファンや評論家の中ではこちらの方が評価が高いようです。厳密に言うとペッパーのリーダー作ではないのですが、ジャケットにもペッパーがかなり目立つ形で登場していますので当初から半ばペッパーの作品として売り出していたのでしょうね。ペイチはどちらかと言うとアレンジャーとしての評価が高く、メル・トーメの「シューバート・アレイ」を始めとした一連の名作群や、エラ・フィッツジェラルドの「エラ・スウィングス・ライトリー」等で素晴らしいビッグバンドアレンジを施していますが、ピアニストとしてもリーダー作、サイドマンを問わず多くの作品を残しています。本作ではバディ・クラーク(ベース)とフランク・キャップ(ドラム)を加えたトリオにペッパーを加えた編成です。録音年月は1956年9月です。
全9曲、スタンダードが4曲、オリジナルが5曲と言う構成です。演奏時間は全て2~3分台なので、全部で26分弱しかなく、じっくり腰を据えて鑑賞するという感じではないですね。ただ、短い演奏ながらもペッパーの輝きに満ちたソロを全編で聴くことができます。スタンダードですが"You And The Night And The Music"や"Over The Rainbow"と言った定番曲もありますが、個人的には"All The Things You Are"が出色の出来と思います。ペッパーのソロは原曲のメロディから大きく逸脱することなく、曲の輪郭を残しながらも、彼にしか表現できない美しいフレーズを散りばめることにより、おなじみのスタンダード曲から新たな魅力を引き出しています。
オリジナル曲だとまずはペイチとギタリストのビル・ピットマンの共作である”Sidewinder"が秀逸です。有名なリー・モーガンの曲とはもちろん別曲でウェストコーストらしい爽やかなメロディで、ペッパー→ペイチと鮮やかにソロをリレーします。続く"Abstract Art"もペイチ作の軽快なミディアムチューンです。他ではレーベルのオーナーのロバート・シャーマン自身が書いたメランコリックなバラード"Melancholy Madeline"やペイチ作のアップテンポのブルース曲"Marty's Blues"も一聴に値します。