スタン・ゲッツとビル・エヴァンス。どちらも白人ジャズマンの最高峰と言って良い存在ですよね。私ももちろん大好きで、白人とか黒人とか抜きにして"好きなジャズマンベスト10"に2人とも入るぐらい好きですね。2人に共通して言えるのはその類まれなメロディセンス。テナーとピアノ、楽器は違いますが、大胆にアドリブを繰り広げながらもメロディの美しさを決して損なうことがありません。即興演奏にも関わらずまるで譜面に書かれているような歌心溢れるフレーズが淀みなく出てくるんですよね。なのでジャズ初心者が聴いてもわかりやすいですし、一方で年季の入ったジャズファンも十分に満足させるほどの高度なインプロビゼーションを行っています。
本作「スタン・ゲッツ&ビル・エヴァンス」はそんな2大天才が初めて顔を合わせた1964年5月のセッションを記録したものです。録音したのは当時彼らが所属していたヴァーヴ・レコード。ゲッツは50年代から同レーベルの顔として君臨し、ちょうどこの頃は前年に吹き込んだボサノバ作品「ゲッツ/ジルベルト」が世界的に大ヒットしていた頃です。一方のエヴァンスもリヴァーサイドからヴァーヴに移籍し、本作が4枚目の収録。時系列的には「トリオ64」の次の作品に当たります。録音は5月5日と6日に分けて行われ、5日のセッションがリチャード・デイヴィス(ベース)とエルヴィン・ジョーンズ(ドラム)、翌6日はベースがロン・カーターに代わっています。
以上、リズムセクション含めてこれ以上ない豪華メンバーによる顔合わせですが、このセッションは発売されず、お蔵入りとなりました。理由はリーダー2人(特にゲッツ)が演奏の出来に満足していなかったからとされていますが、当時のゲッツがボサノバ路線で売れに売れている頃だったのでレコード会社としても毛色の違う作品を敬遠したという事情もありそうです。本作が日の目を見たのは約10年後の1973年のことです。ただ、同年3月に録音したゲッツの「ノーバディ・エルス・バット・ミー」はボサノバ路線にそぐわないと言う理由でゲッツが鬼籍に入った後の1994年までお蔵入りでしたから、それに比べればまだマシかもしれません。
肝心の内容ですが、2人の共演ですので悪いはずがありません。当時の彼らがどれほど高いレベルの音楽を求めていたのかはわかりませんが、客観的に見てお蔵入りにするにはあまりにももったいないクオリティの演奏が並んでいます。ただ、演奏の方はゲッツとエヴァンスと言う稀代のメロディメイカーが組んだ割には、まろやかなトーンの演奏は少なく、むしろややアグレッシブささえ感じさせる緊張感のある演奏です。そのあたりは当時ジョン・コルトレーン・カルテットでブイブイ言わせていたエルヴィン・ジョーンズやリチャード・デイヴィスorロン・カーターと言うモード世代のベーシストがバックを務めている影響もあるでしょうね。
オープニングトラックの"Night And Day"はまさにそんな感じの演奏。コール・ポーターの有名スタンダードを歌心たっぷりに演奏するかと思いきや、エルヴィン・ジョーンズのドラムに煽られるようにエヴァンス→ゲッツとテンション高めのアドリブを披露し、中盤ではエルヴィンとロン・カーターのソロ交換も挟まれます。続くスタンダードの"But Beautiful"は、一転ゲッツとエヴァンスらしいバラード演奏で2人がロマンチックなプレイを聴かせてくれます。3曲目"Funkallero"はエヴァンスのオリジナルで再びハイテンションの演奏。エヴァンス→ゲッツとノリに乗ったソロを披露しますが、熱いアドリブの中でもメロディが破綻しないのはさすがです。エルヴィンのドラミングも素晴らしく本作でもハイライトと呼べる名演です。なお、この曲は1962年録音のエヴァンスとズート・シムズとの共演盤「ルース・ブルース」でも演奏されましたがそちらも長らくお蔵入りしており、最初にレコードとして日の目を見たのは1971年の「ザ・ビル・エヴァンス・アルバム」です。
4曲目は再び歌モノの"My Heart Stood Still"ですが、こちらも軽快なミディアムスイングで料理するのではなく、ドラムをかなり前面に出したわりとハードめの演奏で時間も8分を超えます。残り2曲はあまり聞いたことないですがどちらも良いです。前者はバートン・レイン作曲のミュージカル曲"Melinda"。美しいバラードでゲッツのまろやかなテナーとエヴァンスのリリカルなピアノソロが最高です。全体的にテンション高めの本作の中では一服の清涼剤のような演奏です。ラストの"Grandfather's Waltz"はラッセ・ファーンロフとか言うスウェーデンのトランペッターの曲。ゲッツは50年代にスウェーデンに一時住んでいましたのでその時の知り合いでしょうか?この曲も愛らしいメロディを持った魅力的な楽曲で、ゲッツが歌心溢れるテナーソロを存分に披露します。"Waltz For Debby"を思い出させるようなエヴァンスのイントロも素敵ですね。なお、この曲は同年10月録音の「ゲッツ/ジルベルト#2」のオープニングトラックにもなっています。なお、CDには他に"Carpetbaher's Theme""WNEW Song"と未収録曲2曲がボーナストラックで追加されていますが、どちらも2分前後の未完成な演奏なのでボツで良いと思います。以上、いつものゲッツとエヴァンスとは若干雰囲気の違うアルバムではありますが、それでも聴きどころのたくさんある充実の傑作です。