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ハードバピッシュ&アレグロな日々

CD(主にジャズ・クラシック)の感想を書き留めます

スタン・ゲッツ&ビル・エヴァンス

2025-06-03 18:57:08 | ジャズ(クールジャズ)

スタン・ゲッツとビル・エヴァンス。どちらも白人ジャズマンの最高峰と言って良い存在ですよね。私ももちろん大好きで、白人とか黒人とか抜きにして"好きなジャズマンベスト10"に2人とも入るぐらい好きですね。2人に共通して言えるのはその類まれなメロディセンス。テナーとピアノ、楽器は違いますが、大胆にアドリブを繰り広げながらもメロディの美しさを決して損なうことがありません。即興演奏にも関わらずまるで譜面に書かれているような歌心溢れるフレーズが淀みなく出てくるんですよね。なのでジャズ初心者が聴いてもわかりやすいですし、一方で年季の入ったジャズファンも十分に満足させるほどの高度なインプロビゼーションを行っています。

本作「スタン・ゲッツ&ビル・エヴァンス」はそんな2大天才が初めて顔を合わせた1964年5月のセッションを記録したものです。録音したのは当時彼らが所属していたヴァーヴ・レコード。ゲッツは50年代から同レーベルの顔として君臨し、ちょうどこの頃は前年に吹き込んだボサノバ作品「ゲッツ/ジルベルト」が世界的に大ヒットしていた頃です。一方のエヴァンスもリヴァーサイドからヴァーヴに移籍し、本作が4枚目の収録。時系列的には「トリオ64」の次の作品に当たります。録音は5月5日と6日に分けて行われ、5日のセッションがリチャード・デイヴィス(ベース)とエルヴィン・ジョーンズ(ドラム)、翌6日はベースがロン・カーターに代わっています。

以上、リズムセクション含めてこれ以上ない豪華メンバーによる顔合わせですが、このセッションは発売されず、お蔵入りとなりました。理由はリーダー2人(特にゲッツ)が演奏の出来に満足していなかったからとされていますが、当時のゲッツがボサノバ路線で売れに売れている頃だったのでレコード会社としても毛色の違う作品を敬遠したという事情もありそうです。本作が日の目を見たのは約10年後の1973年のことです。ただ、同年3月に録音したゲッツの「ノーバディ・エルス・バット・ミー」はボサノバ路線にそぐわないと言う理由でゲッツが鬼籍に入った後の1994年までお蔵入りでしたから、それに比べればまだマシかもしれません。

肝心の内容ですが、2人の共演ですので悪いはずがありません。当時の彼らがどれほど高いレベルの音楽を求めていたのかはわかりませんが、客観的に見てお蔵入りにするにはあまりにももったいないクオリティの演奏が並んでいます。ただ、演奏の方はゲッツとエヴァンスと言う稀代のメロディメイカーが組んだ割には、まろやかなトーンの演奏は少なく、むしろややアグレッシブささえ感じさせる緊張感のある演奏です。そのあたりは当時ジョン・コルトレーン・カルテットでブイブイ言わせていたエルヴィン・ジョーンズやリチャード・デイヴィスorロン・カーターと言うモード世代のベーシストがバックを務めている影響もあるでしょうね。

オープニングトラックの"Night And Day"はまさにそんな感じの演奏。コール・ポーターの有名スタンダードを歌心たっぷりに演奏するかと思いきや、エルヴィン・ジョーンズのドラムに煽られるようにエヴァンス→ゲッツとテンション高めのアドリブを披露し、中盤ではエルヴィンとロン・カーターのソロ交換も挟まれます。続くスタンダードの"But Beautiful"は、一転ゲッツとエヴァンスらしいバラード演奏で2人がロマンチックなプレイを聴かせてくれます。3曲目"Funkallero"はエヴァンスのオリジナルで再びハイテンションの演奏。エヴァンス→ゲッツとノリに乗ったソロを披露しますが、熱いアドリブの中でもメロディが破綻しないのはさすがです。エルヴィンのドラミングも素晴らしく本作でもハイライトと呼べる名演です。なお、この曲は1962年録音のエヴァンスとズート・シムズとの共演盤「ルース・ブルース」でも演奏されましたがそちらも長らくお蔵入りしており、最初にレコードとして日の目を見たのは1971年の「ザ・ビル・エヴァンス・アルバム」です。

4曲目は再び歌モノの"My Heart Stood Still"ですが、こちらも軽快なミディアムスイングで料理するのではなく、ドラムをかなり前面に出したわりとハードめの演奏で時間も8分を超えます。残り2曲はあまり聞いたことないですがどちらも良いです。前者はバートン・レイン作曲のミュージカル曲"Melinda"。美しいバラードでゲッツのまろやかなテナーとエヴァンスのリリカルなピアノソロが最高です。全体的にテンション高めの本作の中では一服の清涼剤のような演奏です。ラストの"Grandfather's Waltz"はラッセ・ファーンロフとか言うスウェーデンのトランペッターの曲。ゲッツは50年代にスウェーデンに一時住んでいましたのでその時の知り合いでしょうか?この曲も愛らしいメロディを持った魅力的な楽曲で、ゲッツが歌心溢れるテナーソロを存分に披露します。"Waltz For Debby"を思い出させるようなエヴァンスのイントロも素敵ですね。なお、この曲は同年10月録音の「ゲッツ/ジルベルト#2」のオープニングトラックにもなっています。なお、CDには他に"Carpetbaher's Theme""WNEW Song"と未収録曲2曲がボーナストラックで追加されていますが、どちらも2分前後の未完成な演奏なのでボツで良いと思います。以上、いつものゲッツとエヴァンスとは若干雰囲気の違うアルバムではありますが、それでも聴きどころのたくさんある充実の傑作です。

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ザ・スウィンギング・ギター・オヴ・タル・ファーロウ

2025-05-23 20:01:33 | ジャズ(クールジャズ)

本日はタル・ファーロウです。彼については以前代表作の「タル」をご紹介しました。主に1950年代にヴァーヴ・レコードを中心に活躍した白人ギタリストです。「タル」のところでも述べましたが、彼はきちんとした音楽教育を受けておらず、楽譜も読めなかったと言うまさに我流の極みとも呼べる経歴の持ち主です。そのあたりがジャズがクラシックと決定的に違うところで、基礎教育を受けていなくても才能とセンスがあればアドリブを弾けてしまうんですよね。ただ、だからと言ってジャズ演奏がクラシックより簡単かと言うとそうではなく、ジャズのキモであるアドリブ演奏は理論ではなく感性なので、どれだけ高度なレッスンを受けて完璧な技術を取得しても教科書通りの演奏では全く評価されません。ちなみに先日「フォー・ジャンゴ」を取り上げたジョー・パスもギター演奏のテクニックは我流で身に付けたそうです。

本作は「タル」の前月の1956年5月にヴァーヴ・レコードに吹き込まれたもの。メンバーも「タル」と全く同じでタル、エディ・コスタ(ピアノ)、ヴィニー・バーク(ドラム)から成るトリオ編成です。この3人は単にレコードで共演しているだけでなく、ニューヨークの”コンポーザーズ”と言うジャズクラブでもレギュラートリオとして活躍していたらしく、まさに互いを知り尽くした者同士が生み出す三位一体のプレイが魅力です。

全7曲。うち歌モノスタンダードが5曲、バップスタンダードが1曲、タルのオリジナルが1曲です。演奏のパターンは基本的に一緒で、まずタルがギターソロをたっぷり披露し、続いてエディ・コスタのピアノソロ、さらに曲によってはヴィニー・バークもベースソロを取るという展開です。スタンダードの選曲も”Taking A Chance On Love””You Stepped Out Of A Dream””They Can’t Take That Away From Me""Like Someone In Love""I Love You"と有名スタンダードばかりで、下手をすればありきたりのマンネリな演奏になりがちです。ただ、そこはタルとコスタの個性溢れる演奏のおかげで聴き応えのある演奏となっています。

タルのギターは我流だけあって独特のゴツゴツした感じの音使いです。かと言って決して不器用なわけではなく、高速パッセージも難なく弾き切ります。何でもタルは人並外れて手が大きかったらしく、指の届く範囲が常人より広かったためにダイナミックな奏法が可能になったとか。一方のコスタはカクテルピアノとは対極にあるような叩きつけるようなピアノの弾き方で、奏でる音も中音から低音域が多く、同時代のどんなピアニストとも違う独特の奏法です。その究極系とも言えるのが”You Stepped Out Of A Dream”で、タルの迫力満点の速弾きとコスタのうねるような低音の連打が一種異様な独特の世界を創出しています。

歌モノ以外はまずチャーリー・パーカーの名曲"Yardbird Suite"。この曲もコスタの低音ソロが存分にフィーチャーされます。1曲だけあるオリジナル曲"Meteor"は隕石の意味で、なかなか魅力的なバップナンバー。タル→コスタ→バークと快調にソロをリレーします。タルもコスタもお世辞にも耳あたりの良い演奏とは言えませんが、互いの強烈な個性がぶつかり合う本作のような演奏もまたジャズの醍醐味と言えるでしょう。

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スタン・ゲッツ/ウェスト・コースト・ジャズ

2025-04-27 18:54:45 | ジャズ(クールジャズ)

本日はスタン・ゲッツ「ウェスト・コースト・ジャズ」です。ヴァーヴお抱えの名物画家デイヴィッド・ストーン・マーティンによるイラストが何とも印象的なこの1枚。名盤揃いの50年代のゲッツの中でも代表作の一つに掲げられるアルバムです。ただ、ジャズに詳しい人ならおそらく「ゲッツはウェストコースト・ジャズちゃうんちゃう?」と疑問を抱くことでしょう。実際、ゲッツは東部ペンシルヴァニア出身でキャリアの多くを東海岸で過ごしており、ジャンル的にもウェストコースト派とは区別されるのが一般的です。ただ、50年代の半ばは西海岸録音が何枚かあり、1955年8月15日録音の本作をはじめ、翌1956年11月録音の「ザ・スティーマー」、1957年8月録音の「アウォード・ウィナー」と傑作揃いで、個人的には"ゲッツの西海岸3部作"と勝手に名付けています。

さて、上記の3枚全てで共演しているのがルー・レヴィ(ピアノ)とリロイ・ヴィネガー(ベース)。前者は白人、後者は黒人ですが両名とも全盛期のウェストコースト・ジャズの屋台骨を支えた名手です。本作にはさらに西海岸を代表する名トランペッター、コンテ・カンドリも参加しています。レヴィ、ヴィネガー、カンドリの3人はこのまさに翌日に名盤「ウェスト・コースト・ウェイラーズ」を吹き込んでおり、息もピッタリです。なお、ドラムは3部作の残り2作はスタン・リーヴィですが、本作はシェリー・マンが務めています。どちらにせよ豪華メンバーであることに変わりはありません。

肝心の内容ですが、タイトルとは関係なく特にウェストコースト・ジャズ風ではなく、いつもながらのゲッツ・サウンドが繰り広げられます。あえて言うなら、ワンホーンが多いゲッツ作品にしてはトランペットが加わっているのがいつもと違う点でしょうか?その影響もあるのかディジー・ガレスピー”A Night In Tunisia"とマイルス・デイヴィス”Four”と言ったトランぺッターの定番曲を2曲取り上げています。特に後者の"Four"は前年の1954年にマイルスの「ブルー・ヘイズ」でお披露目されたばかり。翌1956年にマイルスが再び名盤「ワーキン」で再演してモダンジャズの古典の仲間入りしますが、いち早くカバーしたゲッツの慧眼ぶりに驚かされます。白人クールジャズの筆頭格だったゲッツですが黒人ハードバップにも関心が強かったのでしょうね。演奏の方もマイルスのバージョンとはまた違う魅力があり、ゲッツのまろやかなテナー→カンドリの小気味良いトランペット→ルー・レヴィの軽快なソロと続く名演です。

その他4曲は全て歌モノスタンダード。オープニングの哀愁漂うバラード”East Of The Sun”、ジミー・ヴァン・ヒューゼンのメランコリックな曲をミディアムテンポで料理した”Suddenly It’s Spring"、ガーシュウィン「ポーギー&ベス」の”Summertime”と続きますが、何と言っても最後の”S-H-I-N-E”が出色の出来です。この曲はフォード・ダブニーと言う良く知らない作曲家が書いた曲で、ルイ・アームストロングやエラ・フィッツジェラルドの歌唱バージョンをyoutubeで聴くこともできますが、正直それらを聴いても特に印象に残る曲ではありません。ところがひとたびゲッツの手にかかるや名曲に早変わり。ゲッツは冒頭に少しだけ原曲のメロディを吹き、そこからは超高速テンポでアドリブを繰り広げるのですが、即興で次から次へと魅力的なフレーズが泉のように湧き出してくる様は圧巻の一言。まさに天才としか言いようがないですね。その後を受けるコンテ・カンドリの元気いっぱいのトランペット→ルー・レヴィの力強いピアノソロも素晴らしく、そのままゲッツとカンドリのソロ交換からカンドリの切れ味鋭いトランペットで締めくくり。聴き終わった後に思わずブラボー!と拍手したくなる最高の演奏です!

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シェイズ・オヴ・サル・サルヴァドール

2025-04-22 18:27:44 | ジャズ(クールジャズ)

本日は通好みのギタリスト、サル・サルヴァドールをご紹介します。ジャケットの容貌やスペイン語風の名前からして中南米出身のような気がしますが、マサチューセッツ州生まれのアメリカ人で本名をシルヴィオ・スミラリアと言い、おそらくイタリア系と思われます。スタイル的にもラテン要素は全然なく、チャーリー・クリスチャンの系譜を受け継ぐ純粋なバップ・ギタリストです。最初に有名になったのは1950年代前半にスタン・ケントン楽団に在籍した時で、コンテ・カンドリ、メイナード・ファーガソン、リー・コニッツ、フランク・ロソリーノら有名な"ケントニアン"達に交じって主に西海岸でプレイしていました。リーダー作としてはケントン楽団在籍時にキャピトルから”ケントン・プレゼンツ”シリーズで1枚、あとは草創期のブルーノートにも1枚アルバムを残しています。その後は西海岸から東海岸に戻り、ベツレヘムに3枚のリーダー作を発表。そのうちの1枚が今日ご紹介する「シェイズ・オヴ・サル・サルヴァドール」で、個人的にはこれが最高傑作だと思います。

セッションは3つに分かれており、1956年10月のセッションがサル、エディ・コスタ(ピアノ)、ビル・クロウ(ベース)、ジョー・モレロ(ドラム)から成るカルテット編成。同年12月のセッションがフィル・ウッズ(アルト)をフロントに迎え、ラルフ・マーティン(ピアノ)、ダンテ・マルトゥッチ(ベース)、モレロ(ドラム)がリズムセクションを務めるクインテット。そして1957年1月のセッションが引き続きウッズを起用し、さらにエディ・バート(トロンボーン)、エディ・コスタ(ヴァイブ)、ジョン・ウィリアムズ(ピアノ)、ソニー・ダラス(ベース)、ジミー・キャンベル(ドラム)を加えたセプテット編成です。おそらく全員が東海岸でプレイしていた白人ジャズマンですが、なかなかイキのいいバピッシュな演奏を聴かせてくれます。

全11曲。曲順とセッションの時系列が一致しておらず、ややこしいのでセッション毎に解説します。まず、オープニングトラックはセプテット編成の”Delighted”。サル自身が作曲した明るくスインギーな名曲で、サル→フィル・ウッズ→エディ・コスタ→エディ・バートの順で軽快にソロをリレーします。主役は当然サルのギター!と言いたいところですが、より耳につくのはフィル・ウッズのアルトですね。この頃のウッズは少し前に亡くなったチャーリー・パーカーの後継者として注目を集めていた頃。11曲中7曲に参加して、素晴らしいアルトを聴かせてくれます。ピアニストとして有名なエディ・コスタの涼しげなヴァイブも良いですね。6曲目"I've Got A Feelin' You're Feelin'"も素晴らしいです。あまり他では聞かない歌モノスタンダードですが、ドライブ感に溢れたアップテンポの演奏で、サル→バート→ウッズ→コスタがソロを回した後、ジョン・ウィリアムズのピアノソロ、ジミー・キャンベルのドラムソロも挟まれます。この2曲は本作でもハイライトと言って良い名演だと思います。セプテットではもう1曲、ラストトラックの"Took The Spook"がウッズの自作曲で、どこかで聞いたことがあるようなマイナーキーのバップナンバーです。

ウッズ入りのセッションとしてはクインテット編成の4曲もまずまず。こちらは全て歌モノスタンダードで5曲目”Carioca”、7曲目”I Hadn’t Anyone 'TIl You"、9曲目"I Got It Bad And That Ain't Bad"、10曲目"You're Driving Me Crazy"と言った曲を取り上げています。ウッズは相変わらずどの曲も好調ですが、とりわけ"I Got It Bad And That Ain't Bad"でのバラード演奏が絶品ですね。リーダーのサルのギターももちろん良いですし、無名の白人ピアニスト、ラルフ・マーティンのピアノソロも悪くないです。

ここまでサルよりウッズのプレイに注目しがちですが、残りの4曲はホーンなしのカルテット編成でサルのギターをじっくり味わえます。2曲目”Two Sleepy People”はホーギー・カーマイケル作曲のスタンダードで、サルがバラードをしっとり聞かせます。3曲目”Joe And Me”はジョージ・ルーマニスと言う白人ベーシストの曲。本作には参加していませんがサルの前作「フリヴァラス・サル」に参加していたそうです。ここでのJoeはジョー・モレロのことで、サルの速弾きの後、モレロがドラムソロをたっぷり聴かせます。4曲"Flamingo"と8曲目"They Say It's Wonderful"はどちらもスタンダードで通常はバラードで演奏されますが、本作ではミディアムファストで演奏され、サル→コスタと軽快にソロをリレーします。以上、サル、ウッズ、コスタをはじめとして東海岸の白人ジャズマン達の隠れた実力を知ることのできる1枚だと思います。

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ジ・エクスハーマナイツ

2025-03-21 19:00:01 | ジャズ(クールジャズ)

ジャズマンにはビッグバンド出身者がたくさんいますが、それぞれの出身バンド毎に愛称があります。デューク・エリントン楽団員がエリントニアン(Ellingtonians)、カウント・ベイシー楽団員がベイシーアイツ(Basieites)、スタン・ケントン楽団員がケントニアン(Kentonians)、そしてウディ・ハーマン楽団員がハーマナイツ(Hermanites)です。今日ご紹介する「ジ・エクスハーマナイツ」は"元"を意味するex-が付いており、"元ハーマン楽団員"と言う意味ですね。ウディ・ハーマン楽団と言えば"フォー・ブラザーズ"で有名なスタン・ゲッツやズート・シムズ、その後継者のアル・コーン、ジーン・アモンズ等サックス奏者に名手が多い印象です。ただ、本盤には彼らは参加しておらず、フロントを務めるのはトロンボーン奏者のビル・ハリスにヴァイブのテリー・ギブス。正直地味だなあ、と言うのが第一印象です。

ただ、2人とも経歴はそれなりにしっかりしており、ビル・ハリスは1940年代前半からハーマン楽団でプレイしており、録音時点(1957年9月)で40歳のベテラン。ヴァーヴ・レコードのノーマン・グランツに気に入られ、彼の主催する一連のJATPやジャム・セッションもにもよく顔を出しています。テリー・ギブスは以前にインパルス盤「テイク・イット・フロム・ミー」をご紹介しましたが、ウディ・ハーマン楽団始め数々のビッグバンドで経歴を積み、この頃はエマーシーやサヴォイにリーダー作を発表していました。両者とも日本のジャズファンの間ではマイナーですが、本国ではそれなりに知名度があったようです。リズムセクションはルー・レヴィ(ピアノ)、レッド・ミッチェル(ベース)、スタン・リーヴィ(ドラム)。当時の西海岸を代表する腕利き達で、うちルー・レヴィも40年代後半にハーマン楽団に所属していたようです。

なお、本作は当ブログでもたびたび取り上げているモード・レコードの作品です。同レーベルのジャケットはエヴァ・ダイアナと言う女流画家が描いた肖像画シリーズと、ビル・ボックスが描いたベレー帽のおじさんシリーズに分かれていますが、本作は後者のおじさんシリーズです(「レナード・フェザー・プレゼンツ・バップ」「ヴィクター・フェルドマン・オン・ヴァイブス」参照)。おじさんの背負ったリュックの中からもう1人小さなおじさんが顔をのぞかせてトランペットを吹いていると言う何ともユーモラスなデザインですね。

全8曲。基本的にウディ・ハーマン楽団のレパートリーをスモールコンボで演奏すると言う企画のようです。1曲目はハーマンの自作曲"Apple Honey"。スインギーな佳曲で、まずビル・ハリスが力強いトロンボーンソロを取り、テリー・ギブスのクールなヴァイブ、ルー・レヴィの華麗なピアノソロと続きます。私的にはあまり予備知識のなかったビル・ハリスが思ったよりパワフルなトロンボーンを吹くことにびっくりしました。3曲目”Your Father's Moustache"、5曲目”Woodchopper's Ball"も同じような感じのスインギーな曲で、ハリス、ギブス、レヴィらがそれぞれ卓越したソロを取ります。”Your Father's Moustache"では後半にメンバーが♪パ~ヤパラと口ずさんだりしてちょっとコミカルな感じもあります。6曲目”Lemon Drop"も冒頭から♪ドゥビドゥビアッアッとスキャットで歌うユニークな曲。作曲したのは白人バップピアニストのジョージ・ウォーリントンですが、ハーマン楽団が演奏して有名になったようです。上述「レナード・フェザー・プレゼンツ・バップ」でも演奏されていた名曲です。

一方、スローナンバーもなかなか味わい深いです。2曲目”Everywhere"はハリスがハーマン楽団時代に書いた曲で、この曲ではヴァイブもピアノも伴奏に回り、ハリスが素晴らしいバラードプレイを聴かせてくれます。4曲目”Laura"や7曲目”Early Autumn"と言った歌モノスタンダードもハーマン楽団がレパートリーにしていたようで、前者はハリスとルー・レヴィ、後者はテリー・ギブスがメインでレヴィ→ハリスが美しいソロを取ります。ラストトラックの”Blue Flame"はハーマン楽団の持ち曲だったブルースで、まずハリスが地の底から聞こえてくるような超重低音トロンボーンを聴かせ、続いてレッド・ミッチェルの低音ベースと続き、その後でルー・レヴィ→テリー・ギブスがブルースフィーリングたっぷりのソロを取ります。ウディ・ハーマン楽団は白人中心のビッグバンドでしたが、黒人っぽいブルージーなサウンドを売りにしていたようで、この曲がその好例です。本作も5人全員が白人ですが、ビル・ハリスを筆頭にパワフルでドライブ感たっぷりの演奏を披露しており、最初に受けた地味な印象を良い意味で覆してくれる隠れ名盤です。

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