本日はマイルス・デイヴィスの「クールの誕生」です。モダンジャズの歴史を解説する際に必ず出てくると言って良い有名盤で、それらにはたいてい「ジャズの帝王マイルスの初期の傑作。ビバップの影響下から脱し、新たにクールジャズと言うムーブメントを生み出した。」と言うようなことが書かれています。ただ、実はこのアルバムが「クールの誕生」のタイトルでキャピトル・レコードから発売されたのは1957年のこと。録音自体は1949年1月、4月、1950年3月と3回に分けて行われましたが、当時はシングル盤やSP盤でバラバラに発売されただけで、売り上げも芳しくなかったようです。そもそもマイルス自身がこの時点では帝王と呼ばれるような存在ではなく、チャーリー・パーカーとの共演で名を馳せてはいたものの、20代前半の若きトランぺッターに過ぎませんでした。ジャケ写のマイルスは貫禄十分ですが、これもおそらく1957年頃に撮られたものでしょう。という訳でこの作品の”歴史を変えた名盤”と言う評価は後にマイルスの存在が巨大化するに伴って後付けで作られたと言っても過言ではないと思います。
とは言え、作品自体がいろいろ画期的なことは確かです。まず、最初の録音の時点でまだ22歳の青年に過ぎなかったマイルスがノネット(9重奏)と言う野心的な編成でビバップを演奏したこと。演奏もアドリブ一発勝負ではなく、練りに練ったアレンジを施していること。何より参加メンバーにジェリー・マリガンやリー・コニッツと言った白人ミュージシャンを多く起用していること等が挙げられます。これらの人脈はマイルスと交友のあったアレンジャーのギル・エヴァンスを介してのものです。ギル・エヴァンスはクロード・ソーンヒル楽団(日本ではあまり有名ではないですが40年代に大人気のビッグバンドだったらしい)のアレンジャーを務めており、マリガンやコニッツもそのメンバーでした。
メンバーですが、3つのセッション全てに参加しているのはマリガン(バリトンサックス)、コニッツ(アルト)、ビル・バーバー(チューバ)の3人で、後は入れ替わっています。1949年1月のセッションが他にカイ・ウィンディング(トロンボーン)、ジュニア・コリンズ(フレンチホルン)、アル・ヘイグ(ピアノ)、ジョー・シュルマン(ベース)、マックス・ローチ(ドラム)。同年3月のセッションがJ・J・ジョンソン(トロンボーン)、サンディ・シーゲルスタイン(フレンチホルン)、ジョン・ルイス(ピアノ)、ネルソン・ボイド(ベース)、ケニー・クラーク(ドラム)。そして1950年3月のセッションがJ・J、ガンサー・シュラー(フレンチホルン)、ルイス、アル・マッキボン(ベース)、ローチです。
全11曲。この作品も録音の時系列と曲順がバラバラなのですが、わかりにくいのでセッションごとにまとめます。まずは1949年1月のセッションでオープニングの”Move”。ドラマーのデンジル・ベストが作曲したバップの古典で、基本はキャッチーなバップナンバーですが、随所でジョン・ルイスのアレンジが効いています。ソロはマイルス→コニッツ→ローチです。続く”Jeru”はジェリー・マリガンが自身の愛称を付けたオリジナルで、ソロはマイルス→マリガンです。続いては5曲目”Budo”。作曲はバド・パウエルですが、最初にレコーディングされたのは本作らしいです。マイルス→マリガン→コニッツ→カイ・ウィンディングがソロを取ります。7曲目"Godchild"は白人バップ・ピアニストのジョージ・ウォーリントンの曲。チューバによる印象的なイントロの後、マイルス→マリガン→カイがソロを取ります。
続いて1949年4月のセッション。まずは4曲目”Venud De Milo”。タイトルは”ミロのヴィーナス”のことで、ジェリー・マリガン作の優雅な曲です。"Boplicity"はマイルスとギル・エヴァンスの共作。本作で唯一マイルスの手による曲ですが、ソロ先発はマリガンでホーンアンサンブルの後マイルス→ジョン・ルイスがソロを取ります。"Israel"はトランぺッターのジョン・カリシが書いた曲で後のビル・エヴァンスの演奏が有名ですが初出はこの曲。本作では珍しくグルーヴ感ある曲で、ケニー・クラークのドラミングをバックにマイルス→コニッツとソロをリレーします。"Rouge"はジョン・ルイスの書いたいかにも彼らしい優雅な曲。ルイス自らの華やかなソロで始まり、コニッツ→マイルスが後に続きます。
最後に1950年3月のセッション。まずは3曲目”Moon Dreams"。本作で唯一の歌モノスタンダードで、たゆたうようなホーンアンサンブルが美しいバラード演奏です。6曲目”Deception”はジョージ・シアリングの”Conception”を改変した曲。ちなみに”Conception”の方は後にマイルス本人やビル・エヴァンスも演奏し、そちらで有名になっています。残るは9曲目のジェリー・マリガン作”Rocker”。ちょっと後のウェストコーストジャズっぽい軽快なメロディの曲です。なお、あらためて聴き直して気づいたのですが、この作品でマイルスは全曲オープン奏法でトランペットを吹いていますね。後にミュート奏法を多用するのと比べると印象が違います。全体的な印象では3分前後の短い演奏が続き、しかもわりと似たような曲が多いのでやや散漫な気もしますが、それでも後にジャズスタンダードになるような曲も多く含まれているので、一聴の価値はあると思います。