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ハードバピッシュ&アレグロな日々

CD(主にジャズ・クラシック)の感想を書き留めます

クレア・フィッシャー/ファースト・タイム・アウト

2025-07-23 19:00:46 | ジャズ(ピアノ)

ビル・エヴァンスがジャズシーンに登場して以降、いわゆる”エヴァンス派”と呼ばれるピアニストが多く登場しました。有名なのは「サークル・ワルツ」のドン・フリードマン、「カセクシス」のデニー・ザイトリン等ですが、西海岸だとこのクレア・フィッシャーもエヴァンス派の括りに入れられますよね。ただ、実際はフィッシャー自身はエヴァンスの音楽を聴いたことはなく、あくまでリー・コニッツから受けた影響を自己流で表現した音楽だそうです。その後のキャリアもエヴァンスとは全く異なっていて、ピアノトリオ作品と並行して当時流行しつつあったボサノバを積極的に取り入れた作品を制作し、その後ジャズ・スタンダードとなる”Pensativa”を作曲したりしています。60年代半ば以降はむしろアレンジャーとして活躍し、ビッグバンド作品(だいぶ前に本ブログでも紹介したアトランティック盤「シソーラス」等)を残しました。

とは言え、1962年4月録音のデビュー作「ファースト・タイム・アウト」や翌年に残した「サージング・アヘッド」はまさにエヴァンスを彷彿とさせるようなリリカルで透明感溢れるピアノトリオ作品です。発売元はパシフィック・ジャズで、ウェストコースト・ジャズが下火になった後、新たなレーベルの顔として彼を猛プッシュしていたようです。メンバーはゲイリー・ピーコック(ベース)とジーン・ストーン(ドラム)。ストーンのことはよく知りませんが、後にキース・ジャレット・トリオの不動のベーシストとして活躍するピーコックは前年に「ザ・リマーカブル・カーメル・ジョーンズ」やバド・シャンクの作品でデビューしたばかりで、彼もまたパシフィック・ジャズ肝入りの若手でした。

アルバムはマイナー調のワルツ”Nigerian Walk”で幕を開けます。実に美しい旋律を持った曲で、本作のリリカルなイメージを決定づけるような名曲ですが、実は作曲したのはフィッシャーではなくエド・ショーネシーとのこと。白人ドラマーで歌伴やビッグバンドを中心に50~60年代にそこそこ活躍した人ですが、正直地味な存在で、こんな美しい曲を書くとは意外です。作品そのものにも参加していませんし、どういう経緯でフィッシャーがこの曲を取り上げることになったのかは謎ですが、何にせよ良い曲です。フィッシャーが抒情的で美しいピアノソロを取った後、ピーコックもベースソロを取ります。2曲目"Toddler"はフィッシャー作。こちらもリリカルな曲で、フィッシャー→ピーコックとソロを取りますが1曲目以上にピーコックのソロにスポットライトが当たっています。3曲目"Stranger"はピーコックが書いた透明感溢れるバラード。4曲目"Afterfact"はフィッシャー作のマイナーキーのミディアムチューン。このあたり似たような感じの演奏が続きます。

後半(B面)は少し雰囲気が変わり"Free Too Long"はタイトルから想像がつくようにフリージャズを意識した演奏。フィッシャー&ピーコックがアバンギャルドなソロを披露しますが、サビの部分で少しメロディアスな部分も残っており、完全なフリージャズではありません。6曲目"Piece For Scotty"は前年に事故死した天才ベーシスト、スコット・ラファロを偲んでフィッシャーが書いた曲。静謐なバラードで3分ほどの小品です。7曲目"Blues For Home"はフィッシャー作のブルース。白人風の洗練されたブルースかと思いきや、意外と正統派のアーシーなブルースです。ラストは唯一の歌モノスタンダードでコール・ポーターの"I Love You"。お馴染みのスタンダード曲ですが、かなりメロディが崩されており少しトンがった演奏です。

上述のようにフィッシャーはアレンジャーとして名を上げ、ジャズだけでなくチャカ・カーンやジャクソンズ、ポール・マッカートニー、プリンスらの作品に参加するなどマルチな才能を発揮するようですが、デビュー作はそんな未来が信じられないような王道ピアノトリオ作品です。

 

 

 

 

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ザ・グレイト・ジャズ・ピアノ・オヴ・フィニアス・ニューボーン・ジュニア

2025-07-22 19:00:43 | ジャズ(ピアノ)

高い実力を持ちながらそれに見合う評価を得られなかったアーティストは多くいますが、ジャズピアノの世界では今日ご紹介するフィニアス・ニューボーン・ジュニアがその代表格ではないでしょうか?テクニックは超一流。有名なジャズ評論家のレナード・フェザーからは”史上最高のジャズピアニストの1人”と呼ばれ、超絶技巧の代表格であるオスカー・ピーターソンからも自らの後継者として認められた技量の持ち主です。にもかかわらず特に日本のジャズファンの間ではあまり人気があるとは言えません。もちろん無名と言うことはなく、名前そのものは広く知られていますが、コアなファンが少ない印象です。ジャズピアニストの人気度で言えばベスト30に入るか入らないかぐらいではないでしょうか?

かく言う私も彼のCDをそんなにたくさん持っているわけではありません。いろいろと聴いては見たものの、結局気に入ったのはルーレット盤の「ピアノ・ポートレイツ」と今日ご紹介するコンテンポラリー盤「ザ・グレイト・ジャズ・ピアノ」ぐらいです。彼のピアノは技術的に上手いのは間違いないのですが、やはりそれだけでは心に響くものがないんですよね。自作曲に名曲が少ないと言うのもマイナスポイントでしょうか?スタンダード曲を上手に弾くと言うだけでは個性派揃いのジャズピアニストの中では埋もれてしまいがちです。

今日ご紹介する「ザ・グレイト・ジャズ・ピアノ」も9曲中オリジナルは2曲だけなのですが、選曲がなかなか良いので聴き応えのある作品に仕上がっています。いわゆる歌モノスタンダードは皆無で、全て他のジャズマンの曲で構成されており、原曲を知っていると聴き比べができてより楽しめます。

録音年月日は1961年11月21日と1962年9月12日。前者はサム・ジョーンズ(ベース)とルイス・ヘイズ(ドラム)で当時のキャノンボール・アダレイ・バンドのメンバー同士。後者はリロイ・ヴィネガー(ベース)とミルト・ターナー(ドラム)でどちらも西海岸で活躍していた黒人ジャズマンです。

まず前半5曲は1962年のセッションです。オープニング・トラックはバド・パウエルの"Celia"。彼の代表作「ジャズ・ジャイアント」収録の名曲をフィニアスが鮮やかに料理します。パウエルも全盛期は超絶技巧で知られた存在でしたが、本家に全く遜色のないフィニアスのプレイは見事ですね。2曲目はボビー・ティモンズの"This Here"。ファンキージャズを代表する名曲ですが、黒々とした本家に比べるとフィニアスのプレイは心なしかお上品で華やかな印象です。3曲目"Domingo"はベニー・ゴルソン作曲で、ゴルソンもサイドマンで参加した「リー・モーガンVol.3」収録曲。原曲はモーガン、ゴルソン、ジジ・グライスの3管が熱いソロを繰り広げますが、ここではフィニアスがピアノで軽快に料理します。4曲目"Prelude To A Kiss"はデューク・エリントンの名曲。ここでのフィニアスはエリントンを意識したのか、鍵盤を叩きつけるかのようなパーカッシブなピアノソロを披露します。5曲目"Well, You Needn't"は言わずと知れたセロニアス・モンクの代表曲。個性的な演奏で知られるモンクですが、もし彼が流暢にピアノを弾いたらこんな感じなんだろうなという演奏です。この曲はリロイ・ヴィネガーのベースソロもあります。

続いて後半(B面)の1961年のセッション。6曲目"Theme For Basie"はカウント・ベイシーの曲かと思いきやフィニアスの自作曲で、彼が敬愛するベイシーに捧げた曲。非常に魅力的なメロディを持った曲で、個人的には本作のハイライトに推します。中間部で少しエディ・コスタを思わせるようなソロを見せたりと遊び心も感じられます。7曲目"New Blues"もフィニアスのオリジナル。タイトルにnewと付いている割には古典的でシンプルなスローブルースです。8曲目"Way Out West"はソニー・ロリンズの同名のアルバムからの曲。原曲はロリンズがテナー、ベース、ドラムと言う珍しいピアノレストリオで吹き込んだ曲ですが、それを一転してピアノで表現すると言う面白い試みです。ラストはマイルス・デイヴィスの"Four"。言わずと知れたハードバップの聖典をフィニアスが豪華絢爛な鍵盤さばきで弾き切ります。思わず「上手い!」と唸りたくなるような圧巻の演奏ですね。以上、もともと演奏技術には申し分ないフィニアスだけに、選曲が良ければそりゃ文句ないわな、と言うアルバムです。

 

 

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ウィントン・ケリー/イッツ・オール・ライト

2025-06-12 23:21:39 | ジャズ(ピアノ)

本日はウィントン・ケリーです。モダンジャズを代表する名ピアニストであるケリーですが、本ブログでリーダー作を取り上げるのは意外にも初めてですね。サイドマンとしては多くの名盤に顔を出しており、ここで紹介したものだけでも「イントロデューシング・ジョニー・グリフィン」「ソニー・ロリンズVol.1」「ディジー・アトモスフェア」、ドナルド・バード「オフ・トゥ・ザ・レイシズ」「キャノンボール・テイクス・チャージ」、アート・ペッパー「ゲッティン・トゥゲザー」「コルトレーン・ジャズ」その他まだまだあります。他にもマイルス・デイヴィス、リー・モーガン、ブルー・ミッチェル、ハンク・モブレー等々のサイドマンとして活躍しており、トミー・フラナガンやレッド・ガーランドと並んでハードバップ期の代表的な名盤請負人と言って良いと思います。

その反面、リーダー作で名盤となると決して多くはありません。代表的なのはリヴァーサイドに残した「ケリー・ブルー」、ヴィージェイ・レコードの「枯葉」ぐらいでしょうか?ウェス・モンゴメリーと共演したライブ盤「スモーキン・アット・ザ・ハーフノート」は超名盤ですが、どちらかと言うと目立っているのはモンゴメリーの方ですしね。今日ご紹介する「イッツ・オール・ライト」は1964年にヴァーヴ・レコードに吹き込んだもので、名盤かどうかと言われると正直答えに窮するのですが、バラエティ豊かな選曲でそこそこ楽しめる内容ではあります。アメコミ風のジャケットが何ともポップでゆるい感じを醸し出していますが、内容もリラックスして聴ける感じです。

メンバーはケニー・バレル(ギター)、ポール・チェンバース(ベース)、ジミー・コブ(ドラム)、キューバ出身のキャンディド(コンガ)。中でもモダンジャズ最高のギタリストであるバレルの参加が目を引きますね。ケリーはリヴァーサイド盤「ウィスパー・ノット」でもバレルを起用しており、互いをよく知った関係性です。チェンバースとコブはマイルス・デイヴィスのバンドに在籍した時の同僚で本作以外でもケリーの多くのリーダー作で共演しています。

オープニングトラックはタイトルにもなった"It's All Right"。カーティス・メイフィールドが彼の在籍していたインプレッションンズで放った名曲で、同年に全米4位のヒットになりました。私はオリジナルが大好き(スティーヴ・ウィンウッドのカバーも最高です)なのですが、ケリーのこのバージョンは正直ややポップ過ぎかな?2曲目"South Seas"と3曲目"Not A Tear"はルディ・スティーヴンソンと言う人の作曲。この人、本業はジャズ・ギタリストらしいのですが、そちらで目にすることはなく、専らケリーの御用達作曲家みたいになっています。本作以外でも「ケリー・アット・ミッドナイト」「アンダイルーテッド」「フル・ヴュー」でそれぞれ複数の曲を提供しています。(他ではサム・ジョーンズ「ザ・チャント」の"Off Color"も彼の曲です。)曲は前者がラテンっぽさを漂わせながらも哀調を帯びた曲でバレルがブルージーなギターソロを取ります。後者はバラードから徐々に熱を帯びて行く演奏。4曲目"Portrait Of Jennie"はラッセル・ロビンソンと言う人が書いた同名映画の主題歌。ブルー・ミッチェルも「ブリング・イット・ホーム・トゥ・ミー」で取り上げていました。美しいメロディの曲でケリーがバラードの名手ぶりを発揮します。なお、この曲はギターもコンガも抜きのトリオ演奏です。

後半(B面)最初の"Kelly Roll"はケニー・バレルのオリジナル。彼の真骨頂であるスインギー&ソウルフルな曲で、ケリー→バレル→再びケリーとノリノリのソロを披露します。特にケリーのギターソロが最高ですね。6曲目"The Fall Of Love"は「ローマ帝国の滅亡」と言う映画の曲らしいですが、オリジナルとは全然違い、トミー・レイ・カリブ・スティール・バンドがゲストで加わった賑やかな演奏です。7曲目"Moving Up"は本作中唯一ケリーが書いた曲。陽気で明るい曲調で序盤からケリーがグイグイと推進力のあるピアノを聴かせます。途中で挟まれるバレルのソロも見事。8曲目"On The Trail"はアメリカの名作曲家グローフェの「グランド・キャニオン組曲」からの曲。ジャズマンも好んで取り上げており、他ではドナルド・バードやジミー・ヒースもカバーしています。演奏はケリーとバレルが互いの妙技を尽くすものです。9曲目"Escapade"はいかにもファンキーなピアノトリオ。ボーナストラックの"One For Joan"はテナー奏者のチャールズ・ロイドの曲のカバーでどちらもまあまあ。個人的には"Kelly Roll"と"Moving Up"の2曲を強くおススメします。

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ローランド・ハナ/デストリー・ライズ・アゲイン

2025-06-06 18:33:26 | ジャズ(ピアノ)

ミュージカルのジャズ化と言うのは昔から多く行われています。そもそもジャズスタンダード曲の多くはミュージカルの挿入歌だったりしますし、作品まるごとをジャズアルバムにしているものもありますね。有名なのは「マイ・フェア・レディ」でシェリー・マンが2枚(コンテンポラリー盤とキャピトル盤)にオスカー・ピーターソン、「ウェスト・サイド・ストーリー」もオスカー・ピーターソンとスタン・ケントンがジャズ作品を残しています。先日ご紹介したキャノンボール・アダレイの「屋根の上のヴァイオリン弾き」もそうですよね。

上記のミュージカルについては作品そのものが超有名で、現代でも多くの人に親しまれていますが、一方で今となっては聞いたこともないようなミュージカルもあります。本日ご紹介する「デストリー・ライズ・アゲイン」もそうですね。もともとは1930年代に同名の西部劇映画(マレーネ・ディートリッヒが出ていたらしい)があり、「砂塵」と言う邦題で日本でも公開されているようです。1959年にブロードウェイでミュージカル化され、音楽はハロルド・ロームと言う作曲家(この人も正直マイナーです)が手がけました。ミュージカルは残念ながらそれほどヒットしたとは言えず、1年ほどで公開を終え、その後リバイバル上演もされていないようです。にもかかわらず本作のジャズ作品は2枚もあり、公開直後の1959年に個性派ピアニストのランディ・ウェストン、そして今日ご紹介するローランド・ハナがジャズバージョンを残しています。

ローランド・ハナはデトロイト出身のピアニスト。50年代半ばにニューヨークにやって来てテナー奏者のセルダン・パウエルやジョン・ハンディの作品にサイドマンとして参加。1959年4月にアトランティック傘下のアトコ・レコードに吹き込んだ本作が初のリーダー作となります。メンバーはジョージ・デュヴィヴィエ(ベース)、ロイ・バーンズ(ドラム)、さらに8曲中4曲でギターのケニー・バレルが加わっています。ハナとバレルは同じデトロイト出身だったので旧知の仲だったのでしょう。ちなみに同年8月に行われたバレルのライブ盤「アット・ザ・ファイヴ・スポット・カフェ」にはハナがサイドマンとして参加しています。

全8曲、全てがミュージカル収録曲ですが残念ながら既知の曲はありません。たとえミュージカル自体が有名じゃなくても、一部の楽曲だけスタンダード化しているなんてこともよくあるのですが、そんな曲はないですね。ただ、実際に聴いてみるとなかなか味わい深い曲が多く、繰り返し聴いているうちにだんだん愛着が湧いてきます。何よりローランド・ハナのピアノが素晴らしいですね。溢れ出てくるきらびやかなフレーズ、アップテンポの曲で見せる抜群のドライブ感とどれを取っても一級のピアニストであることを証明してくれます。オープニングトラックの"I Know Your Kind"はまさにその好例で、メランコリックなメロディをハナが華麗なタッチで料理し、後半にはデュヴィヴィエ、バーンズのソロも挟んで鮮やかにまとめます。続く"Fair Warning"と"Rose Lovejoy Of Paradise Valley"ではケニー・バレルのソウルフルなギターソロも加わり、演奏に絶妙のアクセントを加えています。4曲目"That Ring On The Finger"と5曲目"Once Knew A Fella"も1曲目と同じドライブ感抜群のトリオ演奏。6曲目"Anyone Would Love You"はハナの美しいピアノ独奏で始まるバラード、ラスト2曲の"I Say Hello"と"Hoop De Dingle"は再びバレルのギターが加わり、スインギーに締めます。

ハナはその後、60年代後半からはサド・ジョーンズ=メル・ルイス楽団のピアニストとして活躍。70年代以降はハイペースで自身のリーダー作を発表し、2002年に70歳で亡くなるまで50枚以上のアルバムを残します。私は70年代以降のジャズはほとんど聴かないので、その後のハナについて語ることはできない(所有しているのも本作だけ)ですが、本作は彼の名手ぶりが存分に発揮された1枚です。

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ビル・エヴァンス/トリオ64

2025-05-25 17:20:28 | ジャズ(ピアノ)

リヴァーサイド・レコードにジャズ史に残る傑作を多く残したビル・エヴァンスですが、1962年にシェリー・マンと組んだ「エンパシー」を発表したのを機にヴァーヴ・レコードに移籍します。看板アーティストの彼を失ったからと言うわけでもないでしょうが、リヴァーサイドは2年後の1964年に倒産。結果的にエヴァンスが一足先に見切りをつけたような形になりました。ヴァーヴ移籍後のエヴァンスは翌1963年に「カンヴァセーションズ・ウィズ・マイセルフ(自己との対話)」を発表。多重録音技術を活用しソロも伴奏も1人で弾くと言う異例の試みで、これがグラミー賞の最優秀ジャズ・アルバム賞を獲得するなど高い評価を受けました。ただ、個人的な感想を言うと、この作品は正直あまり好みではありません。エヴァンスがまるで何人もいるかのようなユニークな演奏ではあるのですが、やはりオーヴァーダビングで作り上げたサウンドは邪道と言う気がします。

その点、同じ年の末に録音された本作「トリオ64」(題名に64とありますが実際の録音は1963年12月18日)はベースとドラムを加えた王道のピアノトリオでやはり安心して聴けます。メンバーはベースがゲイリー・ピーコック、ドラムがポール・モティアンです。エヴァンス・トリオのベーシストと言えば何と言ってもスコット・ラファロが有名ですが、1961年に彼が事故死した後は基本的にチャック・イスラエルズが務めることが多いものの、作品によってモンティ・バドウィグ、そしてこのピーコックが代役で入っています(1966年以降はエディ・ゴメスに固定)。後にキース・ジャレット・トリオ不動のベーシストとなるピーコックはこの時28歳。西海岸で「ザ・リマーカブル・カーメル・ジョーンズ」やクレア・フィッシャー「ファースト・タイム・アウト」等の作品に参加した後、前年にニューヨークに拠点を移していました。

全8曲。自作曲は1つもなく、全て他人の書いた曲ですが、それをまるで自分の曲のように弾いてしまうのはエヴァンスならではですね。オープニングトラックの"Little Lulu"は同名の子供向けテレビアニメ(日本でも「陽気なルルちゃん」の名前で70年代後半に放映されていたそうですが私は知りません・・・)の主題歌。youtubeで原曲を検索するとアニメのバージョンが聞けますが、確かにメロディは一緒です。ただ、それをピル・エヴァンス・トリオが演奏すると洗練された素敵なジャズに早変わりします。同じことは"Santa Claus Is Coming To Town"にも言えます。このあまりにも有名なクリスマスソングをエヴァンスはスインギーなピアノトリオに料理して見せます。この手の曲のジャズ化でありがちなのは元のメロディがわからなくなるぐらいアドリブでデフォルメしてしまうことなんですが、エヴァンスは決して原曲の雰囲気を壊さず、それでいて自在にアドリブを繰り広げます。そのあたりの絶妙なさじ加減がまさにエヴァンス・マジックですよね。

他の曲は全て歌モノスタンダードで、"A Sleeping Bee""For Heaven's Sake""Dancing In The Dark""Everything Happens To Me"と言った定番曲をエヴァンスならではの世界観で軽妙に料理していきます。とりわけ透明感溢れる"A Sleeping Bee"が出色の出来です。この曲だけでなくゲイリー・ピーコックのピチカートソロも随所で挟まれており、彼とエヴァンスのインタープレイも聴きどころです。アーヴィング・バーリンの"Always"やノエル・カワード作のミュージカル曲"I'll See You Again"と言ったマイナーな歌モノもエヴァンスのおかげで魅力的なピアノトリオに仕上がっています。

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