ビル・エヴァンスがジャズシーンに登場して以降、いわゆる”エヴァンス派”と呼ばれるピアニストが多く登場しました。有名なのは「サークル・ワルツ」のドン・フリードマン、「カセクシス」のデニー・ザイトリン等ですが、西海岸だとこのクレア・フィッシャーもエヴァンス派の括りに入れられますよね。ただ、実際はフィッシャー自身はエヴァンスの音楽を聴いたことはなく、あくまでリー・コニッツから受けた影響を自己流で表現した音楽だそうです。その後のキャリアもエヴァンスとは全く異なっていて、ピアノトリオ作品と並行して当時流行しつつあったボサノバを積極的に取り入れた作品を制作し、その後ジャズ・スタンダードとなる”Pensativa”を作曲したりしています。60年代半ば以降はむしろアレンジャーとして活躍し、ビッグバンド作品(だいぶ前に本ブログでも紹介したアトランティック盤「シソーラス」等)を残しました。
とは言え、1962年4月録音のデビュー作「ファースト・タイム・アウト」や翌年に残した「サージング・アヘッド」はまさにエヴァンスを彷彿とさせるようなリリカルで透明感溢れるピアノトリオ作品です。発売元はパシフィック・ジャズで、ウェストコースト・ジャズが下火になった後、新たなレーベルの顔として彼を猛プッシュしていたようです。メンバーはゲイリー・ピーコック(ベース)とジーン・ストーン(ドラム)。ストーンのことはよく知りませんが、後にキース・ジャレット・トリオの不動のベーシストとして活躍するピーコックは前年に「ザ・リマーカブル・カーメル・ジョーンズ」やバド・シャンクの作品でデビューしたばかりで、彼もまたパシフィック・ジャズ肝入りの若手でした。
アルバムはマイナー調のワルツ”Nigerian Walk”で幕を開けます。実に美しい旋律を持った曲で、本作のリリカルなイメージを決定づけるような名曲ですが、実は作曲したのはフィッシャーではなくエド・ショーネシーとのこと。白人ドラマーで歌伴やビッグバンドを中心に50~60年代にそこそこ活躍した人ですが、正直地味な存在で、こんな美しい曲を書くとは意外です。作品そのものにも参加していませんし、どういう経緯でフィッシャーがこの曲を取り上げることになったのかは謎ですが、何にせよ良い曲です。フィッシャーが抒情的で美しいピアノソロを取った後、ピーコックもベースソロを取ります。2曲目"Toddler"はフィッシャー作。こちらもリリカルな曲で、フィッシャー→ピーコックとソロを取りますが1曲目以上にピーコックのソロにスポットライトが当たっています。3曲目"Stranger"はピーコックが書いた透明感溢れるバラード。4曲目"Afterfact"はフィッシャー作のマイナーキーのミディアムチューン。このあたり似たような感じの演奏が続きます。
後半(B面)は少し雰囲気が変わり"Free Too Long"はタイトルから想像がつくようにフリージャズを意識した演奏。フィッシャー&ピーコックがアバンギャルドなソロを披露しますが、サビの部分で少しメロディアスな部分も残っており、完全なフリージャズではありません。6曲目"Piece For Scotty"は前年に事故死した天才ベーシスト、スコット・ラファロを偲んでフィッシャーが書いた曲。静謐なバラードで3分ほどの小品です。7曲目"Blues For Home"はフィッシャー作のブルース。白人風の洗練されたブルースかと思いきや、意外と正統派のアーシーなブルースです。ラストは唯一の歌モノスタンダードでコール・ポーターの"I Love You"。お馴染みのスタンダード曲ですが、かなりメロディが崩されており少しトンがった演奏です。
上述のようにフィッシャーはアレンジャーとして名を上げ、ジャズだけでなくチャカ・カーンやジャクソンズ、ポール・マッカートニー、プリンスらの作品に参加するなどマルチな才能を発揮するようですが、デビュー作はそんな未来が信じられないような王道ピアノトリオ作品です。