sweet キャンディキャンディ

伝説のマンガ・アニメ「キャンディキャンディ」についてブログ主が満足するまで語りつくすためのブログ。海外二次小説の翻訳も。

水仙の咲く頃 第10章-1 |キャンディキャンディFinalStory二次小説

2012年02月10日 | 水仙の咲く頃
キャンディキャンディFinalStoryファンフィクション:水仙の咲く頃
By Josephine Hymes/ブログ主 訳


第10章
ミセス・グレアム - ミセス・グランチェスター


テリュース・グレアムに何やら重大なことが起きているらしいという噂が、報道陣の耳にも入っていた。友人の友人だという関係者が、テリュースがシカゴの金持ちの女子相続人と婚約したとの情報を漏らしたのだ。もしそれが本当なら、新聞のエンターテイメント欄の大きな見出し記事になる。しかし、テリュース・グレアムは上手く記者の目を逃れて行動していたために、ニューヨークでもシカゴでも誰一人として彼を見つけることが出来ずにいた。そのため地元のタブロイド紙は、20世紀特急が通常到着する時刻に合わせてグランド・セントラル駅に記者を張り込ませていた。報道陣たちはテリュースの習慣を知っていて、ここ数日中には彼が赤絨毯を歩いて登場することを期待していた。そしてその時が来たら質問を投げかけられるよう、万全の体制を整えておきたかったのだ。

しかし、テリィもそう簡単に記者に捕まるほど、ショービジネスの世界に長年身を置いてきたわけではなかった。アードレー家での大晦日のパーティーに自分が出席したことが、いずれは報道機関に伝わることを覚悟していたので、テリィは記者を避けるための策を講じていたのだ。まず新婚夫婦は終点のグランド・セントラル駅まで行く代わりに、ニュージャージーの一駅前で列車を降りた。そこではテリィのお抱え運転手のロベルト・バルベラが二人を待っていて、二人はそこからテリィが所有する1923年型パッカード126に乗ってニューヨーク市内へと移動し、昼ごろにはヴィレッジに到着した。いずれ近いうちに報道機関への対応をしなければならないことはテリィもわかっていたのだが、それは記者会見の場で、自分の望む形で行いたかった。テリィは、記者会見の取り決めで制約を受けていない時に、記者たちが著名人に向けて不用意に投げかけるおなじみの攻撃的な質問で、妻を驚かせたくなかったのだ。

夫がそんなことに考えをめぐらせていることなど知る由もなく、キャンディはいよいよ新居に到着する期待の高まりの中でドライブを楽しんでいた。キャンディにとってグリニッジ・ヴィレッジを訪れるのは初めてのことだったが、ニューヨーク市の他の地区よりも冷たくない印象を持った。テリィはその地区の東10丁目にある大きなアパートメントビルに部屋を借りていたが、そのビルは12階建てのレンガ造りの建物で、ワシントン・スクエア公園からほんの数ブロック離れたところに位置していた。家の近所に少なくとも小さな緑の区域があることがわかって、キャンディの心は躍った。建物の玄関ロビーにはエリザベス朝様式の装飾が施され、中庭から差し込む明かりがその場所をとても好ましくしていた。テリィが借りている部屋は、3つの寝室、書斎、広々とした居間、それから明かりが部屋中に広がる心地よいダイニングルームのついた、決して小さいとは言えないものだった。大きな窓から差し込む陽の光が白い壁の効果を最大限に引き出していて、クリームや紺やナイルグリーン色のアクセントが遊び心を感じさせるシンプルなラインの家具が、その白い空間に据えられていた。家具の配置は部屋の所有者同様に小奇麗でこざっぱりとしていて、キャンディはその部屋を一目見て気に入った。あとは植物や花をところどころに置いて、主寝室に薄いカーテンを取り付ければ十分だが、それは直ぐに手配できるだろうとキャンディは考えた。

寝室に荷物を置くと、テリィはキャンディに家政婦のミセス・オマリーを正式に紹介した。ミセス・オマリーはアイルランド系の体格のいい白髪混じりの髪の中年女性で、キャンディが自分の親友もアイルランド出身だと告げると二人は直ぐに会話を弾ませた。ミセス・オマリーは、過去半年の間に届いた手紙からキャンディの名前は知っていたが、雇用主の新妻となったミセス・グレアムには嬉しい驚きを得ていた。この若い女性はとても話しやすく、育ちが良いのがにじみでていたのだ。

人生の経験を積んできたミセス・オマリーは、雇用主のミスター・グレアムが公演旅行に出発する前から普段とはまるで違う様子になっていたことに対して、きっと6月から毎週届くようになった香り付きのピンク色の封筒が何か関係しているに違いないと推測していた。しかしミセス・オマリーは、ミスター・グレアムの心に新たな愛情が芽生えることを心配していた。というのも、今は亡きミス・マーロウに仕えていた時の経験がとても苦いものだったので、この新たな女性がミスター・グレアムと暮らす日が来るのを恐れていたのだ。ミセス・オマリーの懸念は、ミスター・グレアムが旅先から、金庫に保管していた婚約指輪を送るよう指示してきた時に増大した。

(グレアム様はまた別の婚約者を連れてくるのかねぇ?) 雇用主の女性の趣味が、自分の望む女主人像と果たして合うのだろうかと心配しながらミセス・オマリーは考えた。

しかし、ミスター・グレアムが電話をかけてきて、結婚したばかりの新妻を連れて帰ると報告した時に、ミセス・オマリーの驚きは頂点に達した。

(今回は状況がまったく異なるようだよ) ミセス・オマリーは判断した。(グレアム様にそこまで決意させるとは、今度の女性はれっきとしたレディーであることは確かに違いない。自分はグレアム様の婚約者なんだと威張り散らしていたあの小娘とは違うようだね)

ミセス・オマリーがスザナ・マーロウを決して好きではなかったと言うのは言い過ぎではない。それでも、一人の女性と何年も共に暮らした挙げ句に結局はその女性を正当に扱わなかった男性が、何故たった6ヶ月の手紙のやり取りをしただけの別の女性に結婚の申し込みをしたのか、ミセス・オマリーは不思議に思わずにはいられなかった。そしてこれからの数か月間、同じような疑問を持つのはこの家政婦だけではないだろう。

しかしながらミセス・オマリーは、雇用主のどう見ても衝動的と言わざるを得ない今回の決断をありがたく感じていた。新妻であるミセス・グレアムの控えめな美しさはミス・マーロウよりも魅力的だったし、その人柄はとても親切で礼儀正しかった。従って、週明けまでの休みをテリィから与えられると、この家政婦は新しい女主人を気に入っただけでなく、今回はレディーに仕えるのだという確信を持って家路についた。



新婚夫婦はその木曜日の残りの時間を他の誰にも邪魔されることなく、精神的で肉体的な交わりに耽って最高の至福の中で過ごした。根っからの自由な二つの魂は、心地よいお風呂を長時間楽しんだり、愛し合う行為の合間に台所にある食べ物にかぶりついたりと、思いつく限りのすべてのことをやってみた。テリィは自分の妻がアプロディーテー(*訳者注:愛と美と性を司るギリシャ神話の女神)の領域において貪欲な学習者であることを発見し、すべての意味で期待に叶う伴侶を見つけた自分を称えた。自分は幸運には恵まれていないと常に信じ込んでいたテリィが、突如としてその両手いっぱいに情熱的な愛を掴んでいるという稀な状況に接していたのだった。

しかし残念なことに、人生の中で最高の時にもいつしか終りは来るもので、翌朝テリィはもう先延ばしに出来ないストラスフォード劇団との仕事上のミーティングという現実と共に目覚めた。出かける前にテリィはキャンディに、記者の目に触れぬよう、家の外の探索には出かけないようにと強く求めた。キャンディはその考えにあまり乗り気ではなかったけれど、さしあたってテリィにはそれだけ注意深くなる理由があるのだろうと推察した。そのためキャンディは、その日はこの新居に慣れて、前日に二人で散らかした部屋の掃除に時間を費やすことで自分を満足させた。

片や、差し迫ったシーズンの準備のために、新作劇について話し合うのだろうと考えてミーティングに参加したテリィは、予期せぬ不穏な出来事に直面することとなった。劇団員が全員集まり新年の挨拶が交わされた後、団長のハサウェイから自身の早期引退と劇団の売却という、誰も思いもよらなかった報告がなされた。

当然ながら、そのような変化が起きると知らされた団員たちはピリピリとしたムードに包まれた。しかしハサウェイは、自分たちがこれまで追求してきた高級演劇と同じ路線の芝居を続けることを確約してくれる人にしか劇団を売るつもりはないことを告げた。その上で、団員の残留と現在の仕事環境の継続も売却時の条件に入っていること、そして実際にすでに何人かの見込みのある購入希望者がいて、特にその中の一人は一流の俳優の家柄だということも知らせた。

ハサウェイの言葉で団員たちの不安が和らぎ、ミーティングは今シーズンにかける3つの芝居を検討する内容へと移って行った。本読みの日程が示され、いくつかの配役の募集があり、先々の舞台稽古について確認した後でミーティングはお開きとなった。団員たちが各々帰ろうとする中、ハサウェイがテリュース・グレアムの所へやって来て、二人きりで話をするためにもう少し残るように言った。ハサウェイが劇団の主演俳優と時々このように話をするのは珍しい事ではなかったので、それに対しては誰も驚かなかった。

二人がハサウェイの事務所に入ると、テリィがお酒を飲まないことを良く知っていたハサウェイは、代わりに葉巻を勧めた。

「いえ、結構です、団長。ぼくは禁煙しているので」 テリィは事務所の長椅子に足を組んで座りながら言った。

「真面目に言っているのかね?」 バーボンを片手にテリィの前に座りながら、信じられないと言うように眉をひそめてハサウェイは聞いた。

「ええ。ある人が、その方がぼくの喉に良いと言ったので……」

「それで、きみはいつから他人のアドバイスを聞くようになったのかね? きみらしくないじゃないか、テリュース」 ハサウェイは頭を振りながらクックッと笑った。

「でも、何かを始めるのに遅すぎる事なんてないでしょう?」 テリィは長椅子にもたれて両手で首の後ろを支えながら言い返した。

「まあ、それはそうだな」 手に持ったバーボンをぼんやりと見ながらハサウェイは答えた。「それはいいとして、わたしはきみと今回の売却の件で話をしたかったのだよ」

「そのことについては何も言う必要はないですよ、団長」 テリィが言葉を挟んだ。「奥さんの健康が何より優先されるべきだということは、ちゃんと理解していますから。ぼくが団長の立場でも同じことをしたと思います。ぼくたちのことは心配しないで、良い条件で売却することに集中してください。後は取るに足らないことですよ」

「ありがとう、テリュース。売却に関しては、団員たち全員にとって一番良い方法を十分に検討した上で決定すると保証する。ただ、わたしは特にきみを心配しているのだよ」

「ぼくを? 何故ぼくの心配などする必要が?」 テリィは、何か不穏な事実が明かされるのではないかと疑いながら聞いた。「団長は、ぼくが好まないだろう人物への売却を考えているということですか?」

「まあ、わたしはきみが文句なく好むような人物にも会うことになってはいるがね」 テリィのよそよそしくなる傾向を熟知しているハサウェイは、バーボンのグラス越しに含み笑いをした。

「ぼくは一般的な話をしているんですよ。宣伝活動がぼくの得意分野でないのは自覚していますけど、でも新しい演出家と上手くやっていけるだけのプロ意識はちゃんと持っていると思っていますから」

「今年の秋に劇団を引っ張っているかもしれない人物に関しては、そうとは言い切れないぞ」

ハサウェイの真面目な口調がテリィの警戒心を一層高めた。

「団長は誰のことを言っているんです?」 テリィはまっすぐ聞いた。

「バリモア一家がこちらの希望を遥かに上回る金額を提示してきている」 ハサウェイは半分空になったグラスをテーブルに置いて打ち明けた。

「あの《王族一家》がストラスフォードを欲しがっているということですか」 テリィは胸の上で腕を組みながら結論を口にした。

「悪いがそうなのだよ」

「おそらく団長は、彼らがぼくの母が誰かを知った時のことを心配しているのではないですか?」

「まあ、一部ではそれもある。だがわたしは、ジョン・バリモアが劇団内での競争を快く思わないかもしれないことも懸念している」

ハサウェイには、主役をやることが習慣化しているジョン・バリモアが、彼の存在を凌駕する他の看板俳優を、その座からためらうことなく引き降ろすことがわかっていた。

「あるいはぼくの方が彼らと関わり合いになりたくないかもしれない」 いつもの平然とした態度でテリィは答えた。「悪く言うつもりはありません……ぼくもバリモア家の人たちに才能があることは知っています。でも、ジョン・バリモアの父親はぼくの母のキャリアをほとんど潰しかけたんだ。そんな人物の子どもたちと自分が一緒に仕事をしているところなど、ぼくには想像すらできない。彼らが常日頃からブロードウェイのあらゆる俳優たちに対してやっているように、ぼくにも恩を着せようとしているのなら特に無理な話だ」

テリィの最後の言葉がハサウェイの表情を曇らせた。ハサウェイは、条件の良い取引をしたい気持ちは持っていたけれど、自分が最も目を掛けている弟子が不当に扱われることは望んでいなかったのだ。

「そうか……きみがそう言うのなら、この可能性は破棄することにするよ」

「そんな馬鹿なことは止めてください、団長」 テリィは語気を強めて言った。「団長の心づかいには感謝します。でも、この件に関しては、団長と奥さんにとって一番良い条件を考慮するべきだ」

「わたしはきみの将来を傷つけたくはないのだよ、テリュース」

その時、テリィは彼の人生でおそらく初めて、愛情のこもったと言っても差し支えない眼差しをハサウェイに向けた。

「団長はぼくに十分以上のことをしてくれましたよ」 テリィはその指導者の肩をポンポンと叩きながら答えた。「ぼくは他の劇団に移ってもやっていけます。……それともフリーランスになってもいいかもしれない。母も数か月前にそのようなことを提案していたんです」

「その気持ちは確かなんだろうね?」 ハサウェイはまだ疑わしげに聞いた。

「この世界で確かなものなどほとんどありませんよ。だとしても、バリモア一家が良い条件を提示しているのなら、団長は彼らに劇団を売るべきだとぼくは思います。ぼくはどの道、自分で居場所を見つけるつもりです」

「本当に感謝するよ、テリュース」 テリィの心からの配慮に明らかに感動してハサウェイは言った。「わたしが今ただ一つ望むのは、わたしの引退興行となるこのシーズンを最高のものにすることだよ」

「それなら、ぼくは今シーズンの宣伝のちょっとした足しになる切り札を、いくつか隠し持っているかもしれません」 テリィは半笑いを浮かべて言った。

「それは本当かね? で、きみは何のことを言っているのかな、テリュース?」

「まず初めに、『マクベス』が成功してから、ぼくはまた悪役をやることを考えていたんです。今回は、もっと挑戦し甲斐のある役をやってみたい。団長が今シーズンの主演目として提案した『テンペスト』の代わりに、『リチャード三世』をやるというのはどうでしょう?」

「リチャード三世の役をやりたいというのかね?」

これはハサウェイにとって思いがけない喜ばしい提案だった。『リチャード三世』は、演出家の引退興行には願ってもない演目だった。複雑で力強いその芝居は――とりわけテリュースほど才能のある役者に主役を任せられるのであれば――舞台演出家としてのキャリアに最も確かな成功をもたらすだろう。

「ならば、われわれのメイクと衣装部門の仕事が増えることになるな。きみのような二枚目をリチャード三世に変身させるのは至難の業だ」

「団長は常日頃から、役者にとっての最高のメイクは声と動きだと言っていたじゃないですか。この演目で、ぼくたちは素晴らしい芝居ができると思うんです」

「よし、わかった! 今シーズンは『リチャード三世』をやろうじゃないか」 ハサウェイはパンと手を叩いてそう結論を下し、優れた芝居を期待しながら両手をこすり合わせた。

「それから他にもあるんです、団長」 テリィはさりげなく付け足した。「ぼくから発表したいことがあるので、記者会見を開きたいんですよ」

「きみが記者会見を開きたいだと?」 ハサウェイは今聞いた言葉が信じられず、口を開けたまま聞いた。「わたしはこれで安心して引退できるぞ。もう全てを見尽くしたと言えるよ! テリュース・グレアムが報道機関と話をしたいとは……。もうすぐ世界は終わるのかね?」

「止めてください、団長。そんな芝居じみた真似は」 テリィは含み笑いをした。 「ぼくだって、報道機関とのことでは団長に辛い思いをさせて来たのはわかっています。ただ今回は、ぼくから公式に発表しなければならない知らせがあるんです。実は、ぼくは結婚しました」

ハサウェイが何かの言葉を発することができるようになるまで、それからの数秒間、その場に厚い沈黙が横たわった。

「わたしはちゃんと聞こえたかな? きみは今、結婚したと言ったのかい?」

「そうですよ」 何のことはない至極当然のことだと言うように、テリィは眉を上げて答えた。

「それではわたしが聞いた噂は本当のことだったと言うのだね? わたしはきみが結婚には向かない男だと信じきっていたものだから、きみの結婚の噂を端から否定してしまったのだよ」

「団長の思い違いでしたね。ぼくは一人の女性の夫であり、とても幸福な夫ですよ」

心から幸福な男が見せるような朗らかなテリィの笑顔は、ハサウェイがこれまで知っていたその青年の顔には異質なものだった。

「きみは誰だい? わたしの主演俳優にいったい何をしてくれたのかね?」 心底満たされている様子のこの男の中に、憂いを含んだ劇団の主演俳優の面影を見つけられずにハサウェイは冗談を言った。

「何だかいけ好かないなあ。団長にはそんなに信じられませんか?」

「ちょっと待った! これは例のピッツバーグの天使と何か関係があるのかね?」 ハサウェイがすかさず言い当てた。

「大ありですよ。ただその天使はピッツバーグではなくてインディアナの出身で、今ではニューヨークのぼくの部屋にいます。それに、ぼくは残りの人生の間、彼女の身柄をずっと拘束しようと真面目に考えていますから」

「きみは変わった男だよ、テリュース。結婚したばかりだというのに、わたしがバリモア一家にこの劇団を売ってしまって職を失っても、本当に構わないのかね?」

「もちろん不安はありますよ、団長」 テリィは正直に認めた。「でも、ぼくはもっと悪い経験を乗り越えてきたし、ミセス・グレアムは逆境を前にして気絶するような女性じゃないですから。それだけは確かです」 困難な事態にも妻の支えを確信していることを付け加えてテリィは言った。

「そういうことなら、きみは直ぐにでもそのミセス・グレアムをわたしとメラニーに紹介しなければならんぞ。月曜日にわれわれと一緒に夕食はどうかね?」

「いいですね……でもまずは、ぼくの奥さんにも聞いてみないと」

「まるで既婚者みたいな物言いになってきたじゃないか」



1924年12月30日 オックスフォードにて


親愛なるキャンディ

キャンディからの知らせに、わたしはわれを忘れています。
手紙を読んだ時、神様がどれだけわたしたちに良いことをして下さるのかと、にわかには信じられないほどでした。キャンディとテリュースが、どのような状況にあっても二人をずっと結びつけてきたこの素晴らしい愛を取り戻したという知らせは、小さなアリステアが産まれた時以来の最高のニュースでした。

わたしはこの長い年月の間ずっと思っていたのよ……お互いに離れ離れでいるためだけに、キャンディとテリュースがこの地球上で生かされているなんて、とっても残酷で非道なことだって……。
キャンディ……今だから言うけれど、わたしは今年、イギリスに来たテリュースを見ました。テリュースはマーク・アントニー(*訳者注:『ジュリアス・シーザー』の登場人物)役をやっていて、相変わらず堂々としていたわ。もちろん、テリュースにはわたしのことは見えませんでした。わたしはただの一人の観客として、彼の素晴らしいお芝居を鑑賞していたから――。
キャンディはわたしの内気な性格をよくわかっているでしょう? わたしが彼のお芝居を見に来ていることをテリュースに知らせるなんて、そんなことできるわけがないわ。

だけどね、キャンディ……わたしはテリュースが劇場から出てくるところを見たのよ……遠くからだったけど……。芝居の役を脱いだテリュースは、何かにもがいているように疲れて哀しそうに見えました。かつてスコットランドでわたしが出会った、輝くような幸福な少年からは程遠かった……。
わたしは、どれだけ時が過ぎても、テリュースは今でもまだキャンディを恋しがっているのだと思ったの。わたしの考えは間違っていなかったわね。

わたしはテリュースのお芝居を堪能したけれど、5月のお誕生日にキャンディに会った時にはわざとその話をしませんでした。テリュースの話はキャンディには禁句だったし、彼の深刻そうな様子のことであなたを心配させたくなかったの。でも、今ではテリュースがキャンディのそばで笑顔を取り戻していることがわかっているから、すべて打ち明けているのよ。

わたしは二人のことをとても喜んでいるわ。
どうかテリュースに、二人がこれから共に歩む人生への、わたしの心からの祝福を伝えてください。……それと、わたしがテリュースはとても幸運な男性だと思っていることもね。
二人の結婚式に出席できないのは残念だけれど、キャンディを責めるつもりはないわ。わたしはキャンディがあまりにも長い間、その時を待っていたことを知っているから……。

近いうちに二人に会えたらと思うけど、来年の夏にアメリカに行くのは無理そうなの。年が明けたら学位論文を仕上げなければならないのよ。
でもキャンディはテリュースと結婚したのだから、二人の方がイギリスに来る可能性はあるわよね。もしかしたら、いずれまたテリュースの公演旅行がこちらであるかもしれないわ。その時が来たら、ぜひわたしの家に遊びに来て。

会える日を楽しみにしています。

友情を込めて
パトリシア・オブライエン




パティからの手紙――それはニューヨークの新しい住所で初めて受け取る手紙だったが――を折りたたみ、書簡を保管している木の箱にしまいながらキャンディはため息をついた。哀しげなテリィの姿を目撃したというパティの告白に、キャンディの心は縮んだ。心の奥底では、あの運命の夜に病院にテリィを残して立ち去った自分のことを、まだ許すことができずにいたのだ。そしてキャンディは全力で、その償いをしようと努めていた。

――二人だけでのんびりと過ごした最初の週末が過ぎると、キャンディはテリィの人生に関わる人々と知り合い始めた。月曜日には、テリィの元で働くミセス・オマリーとロベルト・バルベラが出勤してきた。キャンディはかれらの仕事の内容に親しみ、自分が来たことで二人の業務が増えることはないと説明した。それどころかミセス・オマリーは、この家の女主人自らが食事の支度をするつもりだと言って、料理の仕事を免除されたことに驚いていた。これはミセス・オマリーにとってまったく不名誉な出来事ではあった。しかし、この新しい女主人の魅力や一風変わった家事に対する考え方に抵抗することが、何故かはわからないけれど自分には不可能に感じられたミセス・オマリーは、ただミセス・グレアムの好きなようにさせた。

ロベルトはと言えば、元々ミセス・オマリーのアイリッシュ料理が好きではなかったし、特に新しい女主人が実際にとても腕の良い料理人だとわかって、この変更を歓迎した。イタリア人からのこのような評価は、キャンディの料理の腕前に対する真に大いなる賛辞であり、ミセス・オマリーでさえも負けを認めざるを得なかった。

掃除と洗濯に関して言えば、ミセス・オマリーは料理の仕事が免除され、そちらの業務に集中できることを喜んでいた。ミスター・グレアムは男性にしては珍しく部屋をいつも小奇麗にしていたので、元々負担の大きい仕事ではなかったが、その新妻は整理整頓と清潔さに関してさらに几帳面で、ミセス・オマリーは時々、この女主人はアパートの部屋を病院に変えたいのではないかと思ったほどだった。しかしミセス・オマリーは、そのような要求にも文句ひとつ言わずに対応した。なぜならミセス・グレアムは、彼女独特のとても朗らかで優しい口調で物を頼むので、嫌な気がちっともしなかったのだ。

その週にキャンディはハサウェイ夫妻にも会い、たった一晩で夫妻の好意を得るに至った。メラニー・ハサウェイは、最初はミセス・グレアムの魅力に惹かれないようにしていた。と言うのも、ハサウェイ夫人はスザナ・マーロウの生前の親しい友人だったので、テリュースが結婚したというニュースを夫から聞いた時、多少身構える気持ちになっていたのだ。ハサウェイ夫人は、スザナが亡くなってからテリュースが一定期間きちんと喪に服していたことはわかっていたが、それでも、この青年が新たな女性とある日突然結婚したことに腹立たしさを感じていた。友人のスザナが何年も待ちながら、結局は教会の祭壇まで辿り着けなかったことを考えると、あまりにも無念だった。しかしハサウェイ夫人は、結婚が延期され続けた事情の裏に、一度ならず幾度かスザナの母親自身が関わっていたことも知っていた。このミセス・グレアムはより賢く立ち回り、機会が訪れた時にそれを捉えただけなのだ。そのことをもって、この女性がふしだらだと言えるだろうか?

ハサウェイ夫妻は、テリュースの人生の中にキャンディがかねてから存在していたことを知らなかった。テリュースはキャンディとのことを自分の胸にだけしまってきたし、スザナはキャンディス・ホワイト・アードレーにまつわる話のドラマチックな顛末を、友人のハサウェイ夫人に打ち明けていなかったのだ。そういう訳で、テリュースから彼の新妻を紹介された時、ハサウェイ夫妻はこの女性が、誰にも手が届かないと思われたものを手に入れた人物であるということ以外、キャンディに対して先入観を抱かせるような情報は何も持っていなかった。

ハサウェイ夫人は確かに気後れしていたけれど、内気だったスザナと正反対のこの女性が、テリュースの心を誰にも真似のできないやり方で支配していることを理解するのに大した時間はかからなかった。実のところ、ハサウェイ夫人は唖然として物が言えなくなっていた。スザナを同情する気持ちから、テリュースは公の場所では愛情を表現することが出来ないのだと、これまで信じ込んできたからだ。スザナはつねづね、婚約者である自分に対するテリュースの愛と献身に関する自慢話を確固とした口調で話していたので、いくらよそよそしい態度だったとしても、テリュースはスザナを本気で愛しているのだと、ハサウェイ夫人は信じるようになっていたのだ。しかし、この会食の席で恩師夫妻に妻を紹介するテリュースは、まるで別人のようだった。その手はあらゆる機会を見つけては妻に触れていたし、その顔は妻を見るたびにひとりでに笑顔で輝いた。テリュースは、疑う余地なく妻にのぼせ上がった男だった。

一方、スザナに肩入れすることのなかったロバート・ハサウェイはごまかされず、自分の劇団の俳優二人の恋愛関係は――少なくともテリュースの側に於いては――見せかけだけのものだと確信していた。しかしこの新たな女性は初めから違っていた。ピッツバーグでの出来事があまりにテリュースらしからぬ行動だったので、これはとても真剣で、強力な愛に違いないと思っていたのだ。会食の席でこの若い俳優とその妻がふれあう様子を見て、ハサウェイは絶対的な確信を持った。そして、劇団の主演俳優が、結局のところただの人間だったことがわかって喜んでいた。

最終的には、ハサウェイ夫人でさえもキャンディの飾り気のない、朗らかな人柄に好感を持った。真実の愛というものには、何物も抵抗できない光の中で人を輝かせる何かがあるけれど、ミセス・グレアムがその光を浴びているのは明らかだった。今は亡きスザナに対する友情はあったけれど、ハサウェイ夫人はキャンディの魅力に抵抗できず、会食がお開きになる頃には、これからの付き合いが楽しみだと夫に告げた。

――こんな風に、キャンディの新生活は順調に進んでいるように思われた。キャンディは、書簡を入れた木箱を脇に置いて窓の方へと歩き、インディアナから持ってきた水仙の球根を確認した。外の気温が低かったので、球根を寝室に入れて定期的に水やりをしていたのだ。キャンディは、目をつぶって春を待ち望んだ。けれどもその心の中では、今年はもう春の日差しが照っているのだった。






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楽しかったです! (もも)
2012-02-10 03:00:15
キャンディにベタベタするテリィがかわいい…どこかに触ってないと落ち着かないんでしょうね(^_^)
二人の熱々ぶりに幸せな気分です。
返信する
もも様 (ブログ主)
2012-02-10 13:38:30
いつもコメントありがとうございます。
いよいよ新婚生活スタートで、まさにこの世の春を謳歌する二人ですね
返信する
こちらも幸せ (ほみかお)
2012-02-10 13:56:15
当たり前のフツーの新婚生活が始まり、読んでいて こちらも幸せ気分です。ハサウェイの―テリィもただの人間だった―って思うところに思わず吹き出してしまいました。
キャンディの魅力に周りの皆が惹かれていって、テリィも嬉しい(ヤキモキする?)でしょうね。記者会見が楽しみです!
返信する
二人が幸せなのが嬉しい (みずあめ)
2012-02-10 14:23:18
待ってました!翻訳お疲れ様でした。
今までが今までなので、お二人さんには存分にいちゃいちゃさせてあげたいです(^-^)これからが益々楽しみです!
今日、やっと図書館にリクエストしていたファイナルストーリー上下巻を手にすることができました。これから私なりにあのひと考察(もう答えは出ていますが)しながら楽しみたいと思います。
返信する
輝いてますね・・・2人。 (てぃえんてぃえん)
2012-02-10 14:35:17
なんだか、テリィもすっかり丸みを帯びた人物になったような・・・・。たった一つの星、たった一つの魂を手に入れたんですね。。。長かったですね。幸せそうで私まで幸せです。
 パティの手紙でテリィのかつての長く暗い苦しみを思い出し、今の幸せがより一層光輝いて感じられます。
 
返信する
いいですね~ (ほのかママ)
2012-02-10 15:46:28
早速読ませていただきました。ブログ主様、お風邪で体調がすぐれなかった中で、また長文を翻訳していただき、ほんとにありがとうございます!
超ラブラブな二人!いいですね~。今までの会えなかった10年分の時間のラブラブをめいっぱい楽しんでる二人が素敵です。
キャンディに対する態度を見て驚くロバート夫妻の気持ちも分かりますね。子供でも生まれたら、子煩悩なパパになるんじゃないかと思います。そんなテリイも見てみたいですね。

まだまだ寒い日が続きますので、ブログ主様もどうぞお体に気をつけてください。いつも楽しみにしています。
返信する
コメントありがとうございます (ブログ主)
2012-02-10 16:55:13
皆さま、コメント本当にどうもありがとうございます。こうして楽しみにしていただいていることがわかると、ブログ主も翻訳のし甲斐があります

ほみおか様
テリィはきっと、役になっている時以外は、本当の感情を表現できなかったんでしょうねハサウェイさんも、テリィの明るい様子を見て戸惑いつつも喜んでいて微笑ましい限りです。

みずあめ様
ファイナルストーリー(FS)の読書中でしょうか……。このファンフィクはFSがベースですので、FS読後にこちらを読んでいただくとより味わい深くなると思います。あのひとに関して新たな発見などありましたら、ぜひシェアしてください。

てぃえんてぃえん様
パティの手紙はしみじみと心に沁みますね。パティが遠くからテリィの姿を見ていたというシチュエーションは流石でした。

ほのかママ様
風邪はもうすっかり治りました。ご心配をおかけしました。本当はいつもこれくらいのボリュームで翻訳を更新したいと思っているのですが、なかなか難しいですね
今まではキャンディの世界で展開していた物語がテリィの世界に移って、そこの人たちのリアクションが楽しいですよね。
ほのかママ様も、温かくしてお過ごしくださいませ。





返信する
ミセスキャンディに感動〓 (ちいちゃん)
2012-02-11 14:42:23
プログ主様、はじめまして!いつも楽しく読んでいます。
30年前の二人の悲しい別離に、本当に打ちのめされました。でも嬉しい事に、キャンディはテリィと結ばれて、ミセスになりました。
私もとても幸せな気持ちです。素敵なお話をありがとうございます。
忙しくて大変だと思いますが、頑張ってくださいね!

返信する
ちいちゃん様 (ブログ主)
2012-02-11 21:23:13
はじめまして。
コメント&応援のお言葉ありがとうございます。
ちいちゃん様はじめ、たくさんの方に幸せな気持ちになっていただけて、ブログ主も嬉しいです
ミスター&ミセス・グランチェスターの今後のお話しも楽しみにしていてくださいませ。
返信する
幸せ~ (なつみ)
2012-02-12 03:25:54
"思いつくすべてのことをやってみた"
2人の無邪気で幸せな様子が浮かびました。
こんな1日がきて良かったです。
やっと、汽車の中でもない、2人きりで、誰にも遠慮なく過ごせるときがきたのですね。

回りの人を笑顔にしてしまうキャンディの人柄が、テリィの回りの人達を魅了していく様子がまたたまりません。
幸せそうなテリィもかわいいです。

どんな記者会見になるのでしょうか。
楽しみです。

それから、キャンディに手紙を出す前までの、苦悩するテリィの姿が、パティから語られるとは、、、
イギリスへ行くことになるのは、そう遠くないことでしょうね。
そしたらパティに会えますね。

想像も膨らみます。

幸せな2人を見られてうれしいです。
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