やりたいことは、やり残したことだ!

今日一日を出来るだけ楽しく過ごすよう努めています。
日々の他愛のない出来事を取り留めもなく書いています。

人間の子供

2016-12-15 09:59:11 | 日記

人間は類人猿と比べて多くの子供を産む。

人間は毎年にでも子供を産めるが、ゴリラやチンパンジーなどの類人猿は最低4年は間隔を空けないと

次の子を産むことができない。どうして違うのだろう。

人間が誕生したのは今から500万年前から700万年前と言われている。

今のチンパンジー、ボノボとの共通祖先から枝分かれしたとされている。

なぜ人間は類人猿に比べて多産になったのか?

ゴリラの研究で著名な京都大学総長の山極壽一さんによると、人間は森林から草原で

生活することになり、草原に多くいる肉食獣に襲われる危険が多くなった。

なかでも弱い子供が一番狙われる可能性が高い。

なので子供をたくさん産むことにより生存率を高める必要性がでてきたからだという。

そして人間は類人猿と比べて授乳期間が短い。類人猿と比べて成長が遅いのに。

それはお乳をあげていると発情しないかららしい。

なので人間は授乳期間を短くし多くの子供を産むようになったという。

しかし成長が遅いので、お母さんがまだ小さい子供の面倒をみないとなると誰がみるのか?

現代でもおばあさんやおじいさんが子供の面倒をみるが、共同育児は初期人類から

行っていたのではないかと自分は思う。




近所の駐車場

2016-12-08 10:15:08 | 日記

つい先日、長い間借りていた駐車場の土地が売りに出された。

不動産屋が来て売りに出したことを知らせてきた。

この駐車場は1台千円という大変安い値段で借りていたので、近所の人達もとても助かっていた。

去年土地の所有者の方が亡くなり、息子さんが受け継ぐのかと思っていた矢先、その息子さんも

病気で亡くなってしまい、駐車場代を払う人がいなくなり困っていた。

数か月前から裁判所に申請をし借りている皆で供託をしていたところだった。


その頃から駐車場に不審な車が1台とめられていた。

不動産屋が訪ねてきてからすぐ、新しい所有者が訪ねてきた。

その人は「その車は自分ので、今月中に駐車場を借りている人には出て行って欲しい」と言って帰った。

売りに出して1カ月もしないうちに「出て行け」とはずいぶん急な話だと思ったし、

自分の土地とはいえ黙って車を置いていくのはおかしいと思った。

しかし駐車場を借りている人達は他を借りるようにしたらしい。

自分は窮屈だが自分の家にもう一台とめられるのでそうする予定だ。

少し前になるが駐車場代の払い先に困り土地の謄本をとった時には所有者は元の方のままになっていた。

今もそうだろうか。

あまり関わらない方がよさそうだ。

川内選手が福岡マラソンで3位!

2016-12-05 13:26:54 | 日記

昨日の福岡国際マラソンで、川内優輝選手が日本人トップの3位に入った。

タイムは2時間9分台で平凡だったが、トップの選手が8分台だったので

ほとんど離されておらずこの成績は立派だ。

これで来年の世界選手権、日本代表にぐっと近づいたのだろうか。

川内選手はリオオリンピックの時は、選考で良い成績を残すことができず

代表に選ばれなかった。

比較的年齢が高いマラソンでも台頭が激しい今の時代、29歳になる川内選手も

このまま消えていくのかと自分は思っていた。

そう思っていた時だったので、この結果にはほんとに嬉しい。


川内選手は、今回練習で100キロマラソンを走ったそうだ。

100キロと言えば宋猛さんがロスオリンピックの前に「精神的スタミナ作りのため

走ったことがある」とコメントしていたのを思い出した。

そしてこの時宗さんはオリンピックでメダルは取れなかったが4位に入った。

100キロなんて今の時代に走る選手はいない。

故障の恐れがあるし、なにより非科学的だと考えるだろう。

「100キロ走れ」と言うコーチはいないし、走ろうとしたら止められるだろう。

元々コーチもいない川内選手はおそらく自分で必要だと考えたのだろう。

実業団に所属していない川内選手だから出来たのかもしれない。

インターバル、ペース走も大事かもしれないが、こういう原始的な練習も見直す必要が

あるのかもしれないと今回思った。

精神保健福祉講座を終えて。

2016-12-01 11:39:22 | 日記


昨日で自分が係わっていた精神保健福祉講座が終わった。

全部で4回。自分は1回風邪をひいて休んでしまった。

途中から来なくなった方もいた。

受講生の方々にとって意義のある講座になっていたのだろうか、

主催側としては気になる。

そして自分にとってはどうだったか。

講座の内容はあくまで初歩的な内容だった。

精神障碍の人達に接するにあたって注意することや、専門家でないボランティアが

できることなどを講師の方々に話してもらった。

病気や薬についての専門的な話はほとんど無かった。



3年前に初めてこの講座を受けてから、1年前に1回、そして今回と自分は3回目になるのだが

内容はあまり変わっていない。

そもそも講師の方達がほとんど変わらないからそれも仕方がない。

しかし自分にとっては意義のある講座だった。

内容は同じでも1回目、2回目とは違う印象を受けた。

この3年間自分もいろいろ失敗し、いろいろな経験をした。

自分はひきこもり経験があるし当事者の気持ちがわかると思っていたし、今もそれは変わらない。

しかしわかるからといってよい援助者にはなれないと思った。

当事者がどうしてそうするのか、わかるだけに腹が立つことがある。

「また同じことしてる」とか「こうすればいいのに」と思って言ってしまう。

しかしそうなると必ずと言っていいほど関係は悪くなり失敗する。

むしろ相手のことなどわからないほうが上手くいくように思う。

わかるわからないは大して重要ではないと今は思う。

自分はどれだけ相手のことを知ることができるかが大事だと思っていた。

「相手を理解する」とはそういうことではないと思った。

それを特に最後の講義を聴いて身に沁みて感じた。