すずりんの日記

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小説「改・雪の降る光景」第1章Ⅰ~2

2006年09月08日 | 小説「雪の降る光景」
 戦争は、終わりに近づいている。それは確かだ。しかし、勝利は、確かなものではなくなってきている。敵は、イギリス、ロシア、そしてアメリカ。この3国こそが、我々が今まで占領したどの国々よりも強大であり、恐怖なのだ。我々、ナチスの幹部たちは今、この3国への進出と、千年帝国を夢見て現実離れしがちな、わがままな総統のことで、頭がいっぱいなのだ。
 昨年5月に、有能な副総統を失ってからは、なおのことだった。彼、ルドルフ・ヘスがイギリスへ飛んだことが、はたして総統の意志だったのか、それとも彼自身の意志だったのかは、誰も知らない。しかし、私個人の意見を言わせてもらえば、彼の行動は、返って我々の首を絞める結果となった。私ならあんなバカな真似はしない。彼が、「偽の友好のため」に飛んだのではなく、「ナチを裏切り、その罪から逃れ、イギリスの牢獄に“安楽の地”を求めた(つまり、亡命だ)」のならまだ話はわかる。だが、なぜよりによって・・・。まぁ、いい。どっちにしろ、彼がイギリスで捕らえられたおかげで、私が収容所所長の後釜につくことができたのだから。

 私は、総統が正午を過ぎないと帰らないのを承知で、いつも通り、9時ちょうどに彼の邸のドアを叩いた。愛人のエバ・ブラウンが、ドアを開け、私を中に入れた。
 

 「相変わらず時間には正確ね。でも総統はまだ帰って来ていないわよ。」
彼女は、世慣れしていない街の少女のようでも、ナチ幹部の夫人の座に満足し切った醜いブタのようでもなかった。ただの強い女―――自分の愛した男が普通の労働者なら、こんな鎧を身にまとう必要も無いのだが―――そんな印象を人々に与えた。
 親しい仕事仲間に対しての笑みをエバに投げかけ、私は頷いた。
「でも、総統がお帰りになる前に、マルチン・ボルマンに会っておきたいのです。」
「あら、そうだったの。新しいナチスの党首になったボルマンさんに、何か改めて聞きたいことでも?」
「収容所の実験材料の在庫が残り少ないものでね。」
「それで相談に?」
「えぇ。」

 ボルマンが、私の後ろで慌しくドアを開けた。
「やぁ、遅れてすまないね。朝っぱらから子供たちがうるさくってね。なんせ10人もいるもんだから。」
真面目な上に子煩悩な彼は、そう一気に話し終えた。全く、彼がナチスの党首をしているなんて、信じられない。彼がナチの制服を着ている理由は、ただ、自分が主人と崇めている人物が、たまたま帝国の総統になってしまったからだ。彼の尊敬する人物が、たまたま共産党員であったなら、彼は、何の躊躇も無く赤旗を掲げていただろう。そして家庭に戻れば、10人の子供と1人の妻を(そして1人の愛人をも)極めて民主主義的に扱う。それでいて、この落差を全く不自然に感じていないのだ。
「ボルマンさんに、ヘスさんの後任としての手解きをしてもらったら、今度は私が、総統の秘書としての特訓をしてあげるわ。」
そう言い残し、彼女は、広い庭を一望できる一番大きな部屋―――ここが、総統と彼女の2人のリビングなのである。―――に入って行った。


(つづく)

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