持続可能性への配慮は、ペイする(投資が報われる)のか。
<持続可能性>
人類が地球環境の容量の中で、いのち、自然、くらし、文化を次の世代に受け渡し、地域間や世代間をまたがる最大多数の最大幸福を希求すること。
“持続可能性”“サステナビリティ”といった言葉を聞いて、事業に責任を持つマネジャーの皆さんが真っ先に頭に思い浮かべるのは、この問いではないでしょうか。「いわゆる環境に優しい取り組みは結構だが、取り組んだ結果体力が落ち、環境に優しくない競合企業に負けるかもしれないとしたら?」「その責任は誰が取るのか?」こういったことを考え出すと「いつかは考慮が必要だが、一介のマネジャーたる自分がいま“持続可能性”などと言い出すべきではない」と思えてしまいます。
今回紹介する『持続可能な未来へ』(日本経済新聞出版社、著:ピーター・センゲ、 ブライアン・スミス、ニーナ・クラシュウィッツ、ジョー・ロー、サラ・シュリー、翻訳:有賀 裕子)は、まさにそういった方々、問題意識を感じつつもどこから手を付けたらいいのか分からない、組織の中の個人を対象に書かれています。まずは、第1章最後の著者の熱い呼び掛けを読んでください。
今日わたしたちが直面する課題はあまりに大きいため、読者の皆さんは、どうそれに立ち向かえばいいか分からず途方に暮れているかもしれない。しかし、(略)身近な問題については理解しているだろう。広い意味での調和の乱れに目をとめ、大掛かりな変革が欠かせないと気づいているのだ。幾つもの問題が全体としてどう絡み合っているのか、(略)測りかねているかもしれない。だが、それらの問題を自分にとって重要なものとして受け止め、解決に一役買いたいと心から願っているはずだ。ならば、ぜひ本書を読み進めていただきたい。
「自然環境までは手が回らないが、うちの会社を、せめてうちの部を、なんとかしたい」と考えているマネジャーも少なくないと思います。この本はそういった方々のための読本にもなりえます。
著者はベストセラー『最強組織の法則』で知られるピーター・センゲ。知人にこの本を読んでいると話したら、「センゲって『学習する組織』の人でしょ。いつのまに持続可能性のヒトになったの?」と言われました。確かにそうですが、その一方で、センゲ氏は事象の因果関係を俯瞰する“システム思考”を世に広めた人物でもあります。その著者の探究が、人間がかかわる最大のシステムである“世界”に行き着くのは、必然のようにも思えます。
本書の出版は2008年ですが、2004年の『出現する未来』において、世界の持続可能性に関する懸念を著者はすでに表明しています(出版年はいずれも原著のもの)。帯にも書かれている「未来に向けて持続可能性を高めるために重要な3つのこと」を見れば、2番目の項目に『最強組織の法則』の著者ならではの視点を感じます。
1. 前進に向けて現実的な道筋を描くには、これからの世代のニーズを考慮することが欠かせない。
2. 組織の重要性を忘れてはいけない。
3. 真の変革は、新しい発想や気づきからしか生まれない。
冒頭の問いに戻ります。著者は、短期的にペイするかどうかという視点だけで考えていると全滅の恐れがあることを指摘した上で、持続可能性への配慮は報われると指摘しています。著者が引用している「持続可能性への対応の5段階」によれば、法令に受動的に従うのではなく積極的に持続可能性を追求していくことで、既存事業の効率が高まり、新しい事業機会が見いだせるとしています。
第1段階「法令に未対応」 違法でないかぎり対応しない
第2段階「法令を順守」 規制による要請や強制、社会からの圧力によって受動的に対応している
第3段階「法令を先取り」 初期投資を上回る節減効果や利益が得られ、変革に弾みがつく
第4段階「戦略への反映」 持続可能性が企業戦略の策定・実行に当たっての中心テーマとなる
第5段階「目的や使命」 持続可能性そのものが企業の目的や使命の一部である
個人的には、この辺りの論証がもう少し欲しかったと感じますが、参考文献も豊富に載せられているので、そちらで勉強することにしましょう。
●少人数でも、必ず大きなうねりを生み出せる
「少人数でも、必ず大きなうねりを生み出せる」。これは第5章の見出しです。目的が世界の持続可能性であれ、自社の変革であれ、組織に良き変化をもたらしたいと願うマネジャーにとっては、勇気づけられるタイトルではないでしょうか。
変革のうねりを生み出すためには、どのような能力が必要なのか。著者は大きく3つの能力を定義しています。これらは「丸いすを支える三本の足」であり、どれも欠かせないとのこと。
1 より大きなシステムをとらえる
「視野を広げてより根深い問題を直視すると、ある時点から、まったく新しい機会が見えてくる。アルコアは、画期的なイノベーションをとおして、水を使わないアルミ製法を開発した。コカ・コーラは、グローバル規模での水資源管理にいち早く乗り出した。だが、旧来のマネジメント観から抜け出せない企業は、このような機会を決してつかみ取れないだろう」
2 境界を超えて協業する
「いま求められるのは、個人ではなく集団によるシステム思考である。これを実現するには、組織内外のさまざまなレベルにおいて、数々の業界、地域、グローバル・サプライチェーンなどにまたがるチームやネットワークを形成し、おおぜいが力を合わせなくてはならない」
3 望ましい未来を切り開く
「問題解決が望まないものを取り除こうとする行いであるのに対して、創造とは自分たちが希求するものの実現をさす。このふたつには、表現しづらいが深遠な差があり、それゆえにまったく違った未来をもたらすはずだ」
それぞれに70~80ページを費やして、具体的な事例やツールなどを紹介しています。“ラクな”事例は1つもありませんが、大きな変革に挑む一般人――著者の表現を借りれば「並外れた選択をした、ふつうの人々」――の事例が多く、勇気を分けてもらえるところは本書の魅力のひとつです。ツールに関していえば、システム思考から会議・会話の進め方に至るまで、著者がこれまで積み上げてきたさまざまな思考ツールを実務の中で用いる方法が書かれています。
最後に第5章から、お気に入りの文を引用します。
イノベーションをなしとげるには数え切れないほどの変革を積み重ねる必要があるが、その中身はあらかじめ予想できず、気の遠くなるほど難しそうな印象があるため、実現への起爆剤となるのは得てして、全体のパターンをつかみながら大きなうねりを生み出すためにささやかな努力を積み重ねることができる、少数の人々である。
「全体のパターンをつかみながら大きなうねりを生み出すためにささやかな努力を積み重ねる」。イノベーションを成し遂げる少数の人々にはなれないかもしれませんが、わたしも自分の目指すところへ向けてささやかな努力を積み重ねていきたいと思います。【堀内浩二,ITmedia】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100629-00000033-zdn_ep-sci
※この記事の著作権は、ヤフー株式会社または配信元に帰属します
<持続可能性>
人類が地球環境の容量の中で、いのち、自然、くらし、文化を次の世代に受け渡し、地域間や世代間をまたがる最大多数の最大幸福を希求すること。
“持続可能性”“サステナビリティ”といった言葉を聞いて、事業に責任を持つマネジャーの皆さんが真っ先に頭に思い浮かべるのは、この問いではないでしょうか。「いわゆる環境に優しい取り組みは結構だが、取り組んだ結果体力が落ち、環境に優しくない競合企業に負けるかもしれないとしたら?」「その責任は誰が取るのか?」こういったことを考え出すと「いつかは考慮が必要だが、一介のマネジャーたる自分がいま“持続可能性”などと言い出すべきではない」と思えてしまいます。
今回紹介する『持続可能な未来へ』(日本経済新聞出版社、著:ピーター・センゲ、 ブライアン・スミス、ニーナ・クラシュウィッツ、ジョー・ロー、サラ・シュリー、翻訳:有賀 裕子)は、まさにそういった方々、問題意識を感じつつもどこから手を付けたらいいのか分からない、組織の中の個人を対象に書かれています。まずは、第1章最後の著者の熱い呼び掛けを読んでください。
今日わたしたちが直面する課題はあまりに大きいため、読者の皆さんは、どうそれに立ち向かえばいいか分からず途方に暮れているかもしれない。しかし、(略)身近な問題については理解しているだろう。広い意味での調和の乱れに目をとめ、大掛かりな変革が欠かせないと気づいているのだ。幾つもの問題が全体としてどう絡み合っているのか、(略)測りかねているかもしれない。だが、それらの問題を自分にとって重要なものとして受け止め、解決に一役買いたいと心から願っているはずだ。ならば、ぜひ本書を読み進めていただきたい。
「自然環境までは手が回らないが、うちの会社を、せめてうちの部を、なんとかしたい」と考えているマネジャーも少なくないと思います。この本はそういった方々のための読本にもなりえます。
著者はベストセラー『最強組織の法則』で知られるピーター・センゲ。知人にこの本を読んでいると話したら、「センゲって『学習する組織』の人でしょ。いつのまに持続可能性のヒトになったの?」と言われました。確かにそうですが、その一方で、センゲ氏は事象の因果関係を俯瞰する“システム思考”を世に広めた人物でもあります。その著者の探究が、人間がかかわる最大のシステムである“世界”に行き着くのは、必然のようにも思えます。
本書の出版は2008年ですが、2004年の『出現する未来』において、世界の持続可能性に関する懸念を著者はすでに表明しています(出版年はいずれも原著のもの)。帯にも書かれている「未来に向けて持続可能性を高めるために重要な3つのこと」を見れば、2番目の項目に『最強組織の法則』の著者ならではの視点を感じます。
1. 前進に向けて現実的な道筋を描くには、これからの世代のニーズを考慮することが欠かせない。
2. 組織の重要性を忘れてはいけない。
3. 真の変革は、新しい発想や気づきからしか生まれない。
冒頭の問いに戻ります。著者は、短期的にペイするかどうかという視点だけで考えていると全滅の恐れがあることを指摘した上で、持続可能性への配慮は報われると指摘しています。著者が引用している「持続可能性への対応の5段階」によれば、法令に受動的に従うのではなく積極的に持続可能性を追求していくことで、既存事業の効率が高まり、新しい事業機会が見いだせるとしています。
第1段階「法令に未対応」 違法でないかぎり対応しない
第2段階「法令を順守」 規制による要請や強制、社会からの圧力によって受動的に対応している
第3段階「法令を先取り」 初期投資を上回る節減効果や利益が得られ、変革に弾みがつく
第4段階「戦略への反映」 持続可能性が企業戦略の策定・実行に当たっての中心テーマとなる
第5段階「目的や使命」 持続可能性そのものが企業の目的や使命の一部である
個人的には、この辺りの論証がもう少し欲しかったと感じますが、参考文献も豊富に載せられているので、そちらで勉強することにしましょう。
●少人数でも、必ず大きなうねりを生み出せる
「少人数でも、必ず大きなうねりを生み出せる」。これは第5章の見出しです。目的が世界の持続可能性であれ、自社の変革であれ、組織に良き変化をもたらしたいと願うマネジャーにとっては、勇気づけられるタイトルではないでしょうか。
変革のうねりを生み出すためには、どのような能力が必要なのか。著者は大きく3つの能力を定義しています。これらは「丸いすを支える三本の足」であり、どれも欠かせないとのこと。
1 より大きなシステムをとらえる
「視野を広げてより根深い問題を直視すると、ある時点から、まったく新しい機会が見えてくる。アルコアは、画期的なイノベーションをとおして、水を使わないアルミ製法を開発した。コカ・コーラは、グローバル規模での水資源管理にいち早く乗り出した。だが、旧来のマネジメント観から抜け出せない企業は、このような機会を決してつかみ取れないだろう」
2 境界を超えて協業する
「いま求められるのは、個人ではなく集団によるシステム思考である。これを実現するには、組織内外のさまざまなレベルにおいて、数々の業界、地域、グローバル・サプライチェーンなどにまたがるチームやネットワークを形成し、おおぜいが力を合わせなくてはならない」
3 望ましい未来を切り開く
「問題解決が望まないものを取り除こうとする行いであるのに対して、創造とは自分たちが希求するものの実現をさす。このふたつには、表現しづらいが深遠な差があり、それゆえにまったく違った未来をもたらすはずだ」
それぞれに70~80ページを費やして、具体的な事例やツールなどを紹介しています。“ラクな”事例は1つもありませんが、大きな変革に挑む一般人――著者の表現を借りれば「並外れた選択をした、ふつうの人々」――の事例が多く、勇気を分けてもらえるところは本書の魅力のひとつです。ツールに関していえば、システム思考から会議・会話の進め方に至るまで、著者がこれまで積み上げてきたさまざまな思考ツールを実務の中で用いる方法が書かれています。
最後に第5章から、お気に入りの文を引用します。
イノベーションをなしとげるには数え切れないほどの変革を積み重ねる必要があるが、その中身はあらかじめ予想できず、気の遠くなるほど難しそうな印象があるため、実現への起爆剤となるのは得てして、全体のパターンをつかみながら大きなうねりを生み出すためにささやかな努力を積み重ねることができる、少数の人々である。
「全体のパターンをつかみながら大きなうねりを生み出すためにささやかな努力を積み重ねる」。イノベーションを成し遂げる少数の人々にはなれないかもしれませんが、わたしも自分の目指すところへ向けてささやかな努力を積み重ねていきたいと思います。【堀内浩二,ITmedia】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100629-00000033-zdn_ep-sci
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