アナログ婆さんはデジタル不可の人

電話を切ってすぐ車のキーを持ちマンションを出た。
車で10分、田舎町にしてはこ洒落れたマンションに着くと
キャリングケースを抱えた婆さんが不安げに立っていた。

久しぶりの挨拶もそこそこに婆さんを後部座席に乗せた。
玉ちゃん(猫)を医者に診せるのは初めてと聞いて、
千衣子がお世話になった街はずれの動物病院に向かった。

医者に連れて行ったせいでアメショ玉ちゃんに嫌われた。
あれから婆さんちへ行くたびに玄関先でふぅーーっと
威嚇される。あたまも撫でさせてくれない。

彼女は息子に渡されたメモを見せてくれた。
行政と緊急連絡先が並ぶ欄外におれんちの電話番号があった。
猫を飼っていること、何か困ったときは電話して聞くようにと
注意書きも記されている。

ある日、婆さんにパソコンを習いたいと云われた。
地域ボランティアで中高年にPC教えてると口を滑らせた
ぼくのミスだが、まじでやりたいと言うとは思わなかった。

目に悪い、慣れないと指が吊るとか、
今のところ適当に言葉を濁して避けている。

彼女は人を疑うことを知らない純粋天然タイプ、
ネットサーフィンでは満足しない向上心の強い人、
ぼくのタブレットを見ただけで欲しがるヤバい人。

ネットで買い物をしたり、銀行取引まで始めたら、
新手のPC詐欺に引っかかるとも限らない、
どこで黒い落とし穴にはまるか心配でたまらない。

それでなくても、
IDやパスワードを「お守り札」と思う人は論外で、
せめて実印ぐらいの重い認識があればいいのだが。

ムリだろな
家族と云うタガが外れて自由になった婆さんは
店員の云うなりに最先端最高級の電子レンジを買った。

金に困らないひとり暮らしの高齢者は甘い蜜を放つ、
放し飼いにしてはいけない人。
そう思うたびにあのメモがアタマに浮かぶ。


婆さんはアナログのままでいてくれ！
ぼくの切なる願いだ。

 

 アナログ婆さんとバランタイン17年