亮のブログ

もと電電公社退職退職の老人です。スポーツ、社会問題など気のむいた記事を自由に載せます。

通り魔事件

2008-06-09 17:15:51 | Weblog
  通り魔事件
 

 

 8日、東京・秋葉原で通り魔殺人事件が発生し、現在のところ男女7名が死亡10名が重軽傷を負ったと報じられている。犯人は加藤智大(25歳)で、静岡県裾野市のマンションから上京した。本人の話しによれば、加藤は三日ほど前にこの犯行を決意し、インターネットの掲示板にも犯行を予告する書き込みをしていたという。

 何故このような犯行を起こしたのか、現在、警視庁で動機の解明捜査を続けているそうだが、そんな動機は解明できないだろう。強いて言えば自分の思うとおりの世の中ではないので犯行に及んだと言えよう。テレビでは、家庭の状況にも恵まれなかったような生い立ちで、特に父親の身勝手さを非難している様子が窺えた。

 こんな犯行は、どうしたら予防できるだろうか、正直なところ予防の対策はないと思う。何故なら加藤は狂人だから狂人の行動は一般の人々には予測不可能だから防御の対策はないだろう。ただ言えることは、このような狂人に出くわした場合は、なるべく早く避難することである。そして本能を研ぎすまして危険を予知する感性を高めることである。

 大昔には人間も他の動物も本能の予知に従って命を守ってきたのである。現代人は本能も太古の人類に比べ劣化しているが、もう一度、昔のような本能を取り戻す努力をせねばなるまい。そして、各家庭において人間らしい感性をたかめる生活を営まねばならない。家庭の環境が狂人の誕生を阻止する唯一の手段であろう。写真は殺人を犯した現場である。

退院しました

2008-06-08 05:51:50 | Weblog
無事退院しました。      




 今、朝の五時です。もう薄っすらと空が白み始めました。鶯の声が時々聞こえます。多分隣家の数少ない木に止まっているのでしょう。さて、家内は昨日無事に退院しました。昨夜の就寝は11時半頃でしたが、神経が高ぶっているためか、二人とも暫く寝付けませんでした。
 
それでも何時の間にか眠ったようで、私は前立腺肥大の傾向があるので何時ものように真夜中の3時頃に小用のため目を覚ましトイレ行き、家内はその時ぐっすりと寝入っていました。昨日の事を振り返ると、かなり忙しい一日でした。朝、何時ものように5時に起き植木に水をやり、家内が帰って来るので玄関周辺の雑草を抜きました。
 
幸い前日が雨だったので雑草は面白いほど楽に抜けました。各部屋の雨戸を開け大急ぎで掃除する。9時には病院へ行きたいと嫁に頼んであるので忙しい。それでも朝食に手作りの味噌汁を作る。家内が帰って来くることを想定し、ご飯も味噌汁も昼の分まで余分に作った。仏壇のお水を換え、お供えのご飯を祭つて、亡き両親に「有難う、無事に退院できるよ」と報告し線香を上げる。
 
「今から行くよ」と家内の携帯に電話し、9時半頃に病院に到着。家内も待ちわびていたようで僅かな荷物をビニール袋にいれ数個にまとめてあった。ナース詰め所に立ち寄って退院する旨を伝えお礼の挨拶をする。土曜日のため担当医師も不在で看護婦達も僅か4名しかいなかった。帰途、ケーキ屋に立ち寄り退院祝いの直径十数センチばかりの丸いケーキを買った。それが冒頭のケーキです。
 
昼はシュウマイを焼き、味噌汁、豆、大根の千枚付け、目玉焼き、を家内の指導により作った。午後2時に、浄化槽新設のための点検に業者がやってくる。夕食は孫娘が手伝いに来てくれた。ケーキを二個分切り取り大半を孫娘に持たせてやる。息子は土曜日なのに勤務であった。夕刻6時すぎ家具店からベッドとサイドボードが届く。
 
ベッドを置く位置を指定し、操作機の「上がる」と「下がる」をテストしてみる。「上がる」を押すと調子よくベッドの半分が上がり、これで必要な時は半身を寝たまま起こすことが出来ると思う。夜はケーキを食べたが食後あまり時間が経っていないで、私は食べたが家内は半分ばかり残した。退院の一日目は、こうしてあわただしく過ぎて行った。
 

明日退院です

2008-06-06 17:43:35 | Weblog
明日退院できる



 今日病院へ行ったところ、医師は「もう何時退院していいよ」と言ってくれたそうです。そこで、明日午前中に退院することに決め、受付でその旨を申し出ました。「そのように措置します」と受付係りが言ってくれたので、多分、明日退院する事になりそうです。
 
明日は、家内用のベッドが運ばれてくるし、浄化槽の水漏れのため、新しく別の場所に作りなおすために業者が見積もりに来る予定です。業者には午後に来るように手配したので、午前中は病院へ家内を向かえに行きます。このところなかなか多忙です。

 これで一人きりの侘しい夜も今夜限りです。実質は私が家事などをするでしょうが、物を捜すにしても、食事の作り方にしても、家内が居ると教えて貰えるので大助かりです。皆さん、いろいろとお世話になりました。メールで励ましや慰めを頂いた方々に厚くお礼申し上げます。

予想外

2008-06-05 10:09:22 | Weblog
予想外の回復 




大腿骨を骨折して、人工の金属の骨を入れた家内の病状が予想外の回復を見せている。回復が順調に進めば3週間で退院できると医師は言っていたが、本当に理想的な回復状況でステッキで院内を歩くようになり、また今月10日には退院できると診断された。一日も早く退院し家に帰りたい一心で、家内は懸命にリハビリに励んだのである。

 我が家の受け入れ態勢も九分通り進行している。振り返ってみると私も奮励努力したと思う。日本海海戦にロシアの第二太平洋艦隊を迎え撃つ時に、連合艦隊司令長官の東郷平八郎は、「皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」と、有名なゼット旗を旗艦「三笠」のマストに掲げたが、私も「我が家の興廃この期間にあり、今こそ一層奮励努力せよ」の心意気で過ごして来た。

 その甲斐あって間もなく家内が帰ってくる。参考までに昨日の私の様子を述べてみよう。朝9時頃、孫に車で病院まで運んで貰う。5月17日に交通事故により入院した妻を見舞いに、6月4日の昨日まで私は1日も欠かさず病院通いした。病室で回復の様子を聞き昼前に帰宅、それから洗濯、風呂場の掃除、トイレの掃除、昼食には「おでんの素」を使って大根、こんにゃく、などを炊いたが、大根が固くて閉口した。午後はパソコンから消えてしまった住所録の作成で、夕食だけ息子の家でよばれる。

 概要は以上の通りであるが、食後は茶碗や皿などを洗わねばならないし、コーヒーも飲みたいので作らねばならない。家内が居るときは「おい、コーヒーはまだか」と好きなことを言っていたが、コーヒーどころか、明朝は「燃えるゴミ」を出す日なので忘れぬよう準備しておく。風呂へも入らねばならないし、脱いだ衣類や病院から持って来た洗濯物もある。寝る前には夜具も敷かねばならない。明日の食料を買いに行く計画などなどと、次から次へと用事がある。

考えてみれば、家内の仕事がこれほど沢山あるとは知らなかった。これから当分は家事も私が主力となる必要がある。明日は台所の一部の修理に業者が来るし、明後日は家内のベッドが運ばれてくる。幸運にも天候は晴れだそうである。日露戦争の日本海海戦ではないが「本日天気晴朗なれども波高し」である。私は「一層奮励努力せよ」を信条にして生きて行こうと思っている。

それから同じ敷地内に隣家に住んでくれた息子一家に感謝したい。息子と嫁と大学生の孫(男)に高校生の孫娘の4人も実によく助けてくれる。隣に家を建てて住んでくれたのが良かった。これからも世話をかけるだろうが、どうかよろしくと心の中で感謝している。写真は息子の家の二階の一部である。手前の柵は我が家の二階のベランダです。



朝のニュース

2008-06-03 18:16:45 | Weblog
     朝のニュース
 
毎朝みのもんた氏が行っている「朝ズバのニュース」で見たのだが、ある男が登校途上の小学生数人の傍を自動車で通り過ぎたとき自分を見て笑ったと思い、カッとなって行過ぎた車をバックさせ、小学生達が通り過ぎてから歩道に乗り上げ小学生の群れを襲ったという。
 
この事件についてみの氏は、「気をつけるよう全員で考えねばならない。」と注意を促していたが、このような場合どのように注意すればよいのか、注意せよとは無理な注文ではないかと思った。小学生達は他のことで笑っていたというが、車を運転していた男は、てっきり自分があざけられたものと勘違いし、わざわざ車をバックさせて襲ったのである。
 
「気をつけよ・・・」とみの氏は言うが、どう気をつけたらいいのか、みのも難しい注文を出したものである。勘違いした男に襲われた小学生達は本当に災難であった。男を笑ったのでもなく、信号を無視して横断歩道を渡った訳でもない。はっきり言って気のつけようがないではないか。
 
問題は被害妄想狂の男にある。このような男に対しては厳格な罰をもって対処する以外に方法がない。しかし、どの男が被害妄想狂なのか、その行為が行われるまで分からないのである。別のニュースで祖父母と三人で暮らしていた孫が、バットで祖父母を殴り瀕死の重傷を与えた事件もあったが、このようなケースの場合は、日常の観察から「気をつける」ことも出来るかも知れない。
 
けれども、車で小学生達を襲った男は、全く見知らぬ他人であり事前に危険性を察知することの出来ないものである。みのもんた氏も難しい注文を出したものだ。
朝のニュース

彼女からの手紙

2008-06-02 17:08:53 | Weblog
彼女からの手紙
彼女といっても恋愛関係でもない単なる女性という意味での呼び名である。平成20年2月頃に愛知ガンセンターに入院していた私は、この女性にマン・ツー・マンの付き添い看護婦としてお世話になった。その後、私が退院してから、彼女は看護学校を卒業し郷里の九州へ帰る直前に、「もう二度と会えないから」と言って鈴鹿市の私の家まで遊びにきてくれた。
 
私のようなタソガレタ老人に逢いに来てくれたのである。こんな若い女性がどうして別れを惜しんでくれるのか不可解であったが私は非常に嬉しかった。彼女は約5時間余も私の家で遊んで行った。私は若き日のアルバムを見せたり、パソコンの操作方法を教えたり、今まで作ったエッセー集を見せたりして遊んだ。
 
彼女は四日市市に住んでいる大学時代の友人に迎えに来て貰い、友人の家でも2時間ばかり遊んで名古屋の下宿に帰ったようだ。四日市市は私の住む鈴鹿市に隣接する都市だった。夜の八時頃に「ただ今、名古屋に戻りました」という電話を受け、家内共々彼女の人柄の良さを話し合ったものである。普通は高校卒で看護学院へ入学するが、彼女は大學を出でからの入学であるので、普通の看護学院の生徒より少し年長者であった。
 
今日、そんな彼女から便箋3枚にわたる丁寧な手紙が届いた。メールや電話で家内が腰骨を折り金属の人工骨を入れたことなど知っていた彼女は、丁寧な見舞いの言葉を冒頭に述べてあった。勉強の好きな彼女は、看護師の免許を名古屋で取得した直後、今度は保健婦の資格を取るため郷里で関係の学校へ行っている。
 
自宅の住居は佐賀県の県庁所在地とあったが、佐賀市も鈴鹿市に似たような土地柄と記されてあったので、のどかな田園都市かも知れない。私の病状にも気をつけて欲しいし、家内にも痛みを調節して歩くことを止めないで下さいとの意味か末尾に書かれてあった。
 
人柄は抜群だし頭も冴えているので孫の嫁に欲しい女性であるが、孫が若すぎるのでバランスが取れないだろう。保健婦の資格を得た後、素敵な異性と結ばれることを祈っている。今日は雨の日であったが、何か心の弾む思いのする日である。

めまい

2008-06-01 21:52:42 | Weblog
めまい  
私は小椋佳の歌が好きである。代表的な「シクラメンのかほり」や「少しは私に愛を下さい」などユニークな歌詞とメロディーに富んでいる。今日、このブログで紹介したいのは、ご存知の方も多いと思う、「めまい」である。以下の歌詞でメロディーを思い浮かべ口ずさんで下さい。


♪時は私にめまいだけを残してゆく だからワイングラスの角氷
  
眠りにつこうとする愛に ささやかないで
   

時は私にめまいだけをのこしてゆく だから小舟を運ぶ潮風よ
    
眠りにつこうとする愛を 揺り起こさないで
 


鏡に残ったあなたの後ろ姿 青い青い海が見える
 
さようならを描こうとした口紅が 折れてはじけた



時は私にめまいだけを残してゆく だから暮れなずむ海の夕凪よ
 
いかりをほどいてゆく船の 心留めて
  

鏡に残ったあなたの後ろ姿 青い青い海が見える
 
さよならを描こうとした口紅が 折れてはじけた♪

畠山鈴香の事件

2008-06-01 14:49:53 | Weblog
畠山鈴香の事件  
 



 前に畠山の殺人事件について少し触れましたが、もう少し詳細に考えてみよう。 さて、この事件の判決に至った裁判官の見解などにも言及し、私の所信を述べてみたい。当人の畠山被告の話しによると、長女の彩香ちゃんの殺害については「確定的な殺意を持って橋から突き落とした」と言っており、米山豪憲君の殺害については「自分に向けられた疑いの目をそらす目的で殺害した」と語っている。
  
これに対し広島地検は、犯罪が計画的であったことと矯正不可能との判断で極刑を求刑した。しかし、広島地裁は「彩香ちゃんの死を常に強く願っていたとは言えず、衝動的、突発的な行動であった」とし、米山豪憲君についても計画性はなかったとの見解であり、更に「更正の可能性はある」として無期懲役の判決を下した。また、弁護団は無期懲役も不服として即日控訴している。
 
弁護団の異常な点は光市の母子殺害事件(遺族本村洋さん)の時も感じたが、今回も同じ思いを抱いた。大体人間の命を何と考えているのか、殺人をしても「計画性がない」とか「衝動的だ」との理由が立てば情状酌量するのが当然と思っているのだろうか。
 
まして一人は自分が腹を痛めて生んだ女の子であり、もう一人はその子の友達である。彩香ちゃんは信頼していた母親から川へ突き落とされるとき、どんな思いを抱いただろうか、欄干から離れて川面に落ちてゆくとき、幼女は何を思っただろう、幼い米山君にしても同様である。信頼して着いて行った友達の母親からまさか殺されるとは夢にも思っていなかっただろう。
 
殺された幼い二人には生きていればどのような未来があったかも知れないのである。二人の命の芽を摘んだ畠山被告の罪は断じて許せない行為である。この意味で私は畠山鈴香の判決は極刑に、つまり死刑にすべきであると考える。皆さんはどう思うでしょうか。