①名古屋市立極楽小学校 愛知県名古屋市名東区高針台3丁目
②名古屋市立北一社小学校 名古屋市名東区上菅(かみすげ)1丁目
③名古屋市立猪高小学校 名古屋市名東区丁田町
④名古屋市立上社小学校 名古屋市名東区上社5丁目
⑤名古屋市立蓬来小学校 名古屋市名東区よもぎ台1丁目
⑥豊橋市立野依小学校 豊橋市野依町諏訪
⑦豊橋市立下地小学校 豊橋市下地町宮前
⑧豊橋市立嵩山小学校 豊橋市嵩山町宮下
⑨豊橋市立高師小学校 豊橋市上野町上原
⑩豊橋市立多米小学校 豊橋市多米中町2丁目
読みなど
① ごくらく 昭和55年開校。区内に極楽1~5丁目があり,同校は極楽4丁目のすぐ西側にある。町名は名東区猪高町大字高針の小字名に由来。極楽の由来は,洪水により田畑が流されない安住の地から命名されたとする説,小牧・長久手の戦いの敗残兵が命からがら当地に辿り着き,極楽と称したことによる説など諸説があるという。
② きたいっしゃ 昭和62年開校。一社は明治11年一色村と下社村が合併した際,両村名から1字ずつをとって村名とした。校名は旧一社村の北にあるからか。
③ いたか 明治45年開校。明治39年5月,猪子石村と高社(たかやしろ)村が合併して猪高村成立(~昭和30)。村名は合併村の頭文字をとって命名。
④ かみやしろ 昭和54年開校。江戸期~明治22年の村名に由来。矢白神社を中心として村内を3区分したところから,上社の地名ができたという。
⑤ よもぎ 昭和50年開校。蓬来は旧猪子石村字蓬莱洞(よもぎほら)に由来。蓬莱洞は,当地に鎮座していた八剱社が熱田神宮の末社であり,熱田神宮の別名である蓬莱島から,八剱社のある山を蓬莱山と称したことによるとも、ある病人が夢のお告げに従って紫雲立ちこめる場所を掘ったところヨモギが生した仏像が出てきたことよるともいう(『なごやの地名』)。
⑥ のより 梅田川中流左岸に位置。明治24年11月,渥美郡植野村を分割し,大字野依が村制施行(~39)。
⑦ しもじ 昭和22年,前身校を現校名に改称。豊川下流右岸に位置。もとは下河地と称したが,応永年間(1394~1428)頃に下地と改称したという。明治22年10月,宝飯(ほい)郡下地村が単独村制施行(~24町制~昭和7)。
⑧ すせ 明治6年開校。豊川支流神田川の上流に位置。同22年10月,八名(やな)郡嵩山村が単独村制施行(~39)。村名は,地形が達磨大師の故地・中国の少林寺畔の嵩山に似ていることから,正宗寺(しょうじゅうじ)の開山の日願禅師が山号を嵩山としたことに由来するともいう(『角川・愛知』)。校名も読みも2文字。
⑨ たかし 明治25年,前身校を現校名に改称。同22年10月,渥美郡高師村が単独村制施行(~昭和7)。村名は鎌倉期~戦国期にみえる高師御厨(みくりや)に因む。
⑩ ため 明治21年,前身校を現校名に改称。同25年12月,八名郡美米(みこめ)村を分割し,大字多米が村制施行。村名は,崇峻(すしゅん)天皇時代に当地の滝蔵人時晴が聖徳太子の説法を聞き,この土地を開拓し,米が多くとれたことに因むという。
②名古屋市立北一社小学校 名古屋市名東区上菅(かみすげ)1丁目
③名古屋市立猪高小学校 名古屋市名東区丁田町
④名古屋市立上社小学校 名古屋市名東区上社5丁目
⑤名古屋市立蓬来小学校 名古屋市名東区よもぎ台1丁目
⑥豊橋市立野依小学校 豊橋市野依町諏訪
⑦豊橋市立下地小学校 豊橋市下地町宮前
⑧豊橋市立嵩山小学校 豊橋市嵩山町宮下
⑨豊橋市立高師小学校 豊橋市上野町上原
⑩豊橋市立多米小学校 豊橋市多米中町2丁目
読みなど
① ごくらく 昭和55年開校。区内に極楽1~5丁目があり,同校は極楽4丁目のすぐ西側にある。町名は名東区猪高町大字高針の小字名に由来。極楽の由来は,洪水により田畑が流されない安住の地から命名されたとする説,小牧・長久手の戦いの敗残兵が命からがら当地に辿り着き,極楽と称したことによる説など諸説があるという。
② きたいっしゃ 昭和62年開校。一社は明治11年一色村と下社村が合併した際,両村名から1字ずつをとって村名とした。校名は旧一社村の北にあるからか。
③ いたか 明治45年開校。明治39年5月,猪子石村と高社(たかやしろ)村が合併して猪高村成立(~昭和30)。村名は合併村の頭文字をとって命名。
④ かみやしろ 昭和54年開校。江戸期~明治22年の村名に由来。矢白神社を中心として村内を3区分したところから,上社の地名ができたという。
⑤ よもぎ 昭和50年開校。蓬来は旧猪子石村字蓬莱洞(よもぎほら)に由来。蓬莱洞は,当地に鎮座していた八剱社が熱田神宮の末社であり,熱田神宮の別名である蓬莱島から,八剱社のある山を蓬莱山と称したことによるとも、ある病人が夢のお告げに従って紫雲立ちこめる場所を掘ったところヨモギが生した仏像が出てきたことよるともいう(『なごやの地名』)。
⑥ のより 梅田川中流左岸に位置。明治24年11月,渥美郡植野村を分割し,大字野依が村制施行(~39)。
⑦ しもじ 昭和22年,前身校を現校名に改称。豊川下流右岸に位置。もとは下河地と称したが,応永年間(1394~1428)頃に下地と改称したという。明治22年10月,宝飯(ほい)郡下地村が単独村制施行(~24町制~昭和7)。
⑧ すせ 明治6年開校。豊川支流神田川の上流に位置。同22年10月,八名(やな)郡嵩山村が単独村制施行(~39)。村名は,地形が達磨大師の故地・中国の少林寺畔の嵩山に似ていることから,正宗寺(しょうじゅうじ)の開山の日願禅師が山号を嵩山としたことに由来するともいう(『角川・愛知』)。校名も読みも2文字。
⑨ たかし 明治25年,前身校を現校名に改称。同22年10月,渥美郡高師村が単独村制施行(~昭和7)。村名は鎌倉期~戦国期にみえる高師御厨(みくりや)に因む。
⑩ ため 明治21年,前身校を現校名に改称。同25年12月,八名郡美米(みこめ)村を分割し,大字多米が村制施行。村名は,崇峻(すしゅん)天皇時代に当地の滝蔵人時晴が聖徳太子の説法を聞き,この土地を開拓し,米が多くとれたことに因むという。