表現するためには技術は絶対的に必要で、最近さらに別のことを感じたことがある。
まずは、『アンサンブル』
『アンサンブル』とは、ただ合わせることではない。
お互いに自分の持ち味を発揮し、それぞれの持ち味を生かすよう
お互いの【画】・【音】を見て聴いて、自分の役割を表現する。
オケでは、各楽器にはその楽器でなければ出せない「音」や「空気感」があって
それぞれが重なり合ってハーモニーを生み出す。
3カメ・4カメの撮影でも同じように、カメラ位置によって役割は異なる。
そのカメラ位置でなければ撮れない(表現できない)映像があって、
さらに、それぞれのカメラマンの持ち味も加わり、それらを組み立て映像を作り出す。
次に『ミス』に関して。
細かいミスがあっても、それを遥かに超えるものを表現できることがある。
細かいミスを恐れず、もっと大きなものを表現することこそ本質だと思う。
(ミスはないに越したことはないのだけれど・・・)
大事にいくより、大胆に思い切って表現したほうが、ずっとよい結果になることがある。
フル編成のオケで演奏しているとなかなか気がつきにくいものなのだけれど、
音泉のようなところで演奏していると、実にいろんなことを感じさせてくれる。
ちょっと気になることがあって、東京公演の「ジュピター」DVDを見返してみると
松本公演にはない、「勢い」というか「熱」があって、かなり驚いた。
以前はわからなかった。。
松本公演のDVDを「いい演奏だなぁ・・・」とそればかり見ていたあとで
あの響きのないホールでの必死の東京公演を見ると、はっとする。
どういうことなのだろう・・・。
松本はものすごく響きがよくて、それに寄りかかってしまっていたのだろうか。
僕自身、東京公演よりも丁寧に、アンサンブルを乱すことなく弾こう、と思っていて
なんだかそれは違っていたのかもしれない。
先日のある撮影した映像で、僕のカメラの場面でゆったりと丁寧に表現したのだけれど
マネージャーTさんに「もっとグワァ~っと勢いよくいったほうがよかった」と言われた箇所がある。
ホールの広さ、空間の拡がり、音の拡がり・・・いろんなことをそこに表現したかったのだが、
もっと大胆にいってもよかったみたいだ。
もっといい映像をみんなと生み出していきたいし、
ヴァイオリンももっと弾けるようになって、みんなといい音楽をつくっていきたい。
しかしながら悲しいことに、仕事が忙しくなればなるほど、さらう時間は減っていく・・・
