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クラシックの日々~“第5幕”物語

クラシック音楽専門ビデオ撮影会社≪スタジオACT5≫で繰り広げられる日々のお話。

祭り、終わる。

2013年01月16日 03時56分32秒 | ヴァイオリン

演奏会本番が終わって、こんなに寂しく思う感覚は久しぶり。

演奏自体は、音楽的には粗削りだし、音だけ聴くと雑なんだけど

映像を何度観ても泣きそうになる。

あの、のびやかさ、のんきさはなんなんだ。

春のぽかぽか日和に、皆でわいわい楽しく笑ってる・・・。そんな感じ。

音楽をやっていても、そこにあるのは音楽を越えている何か。

ここはこうやろうぜ、って一言も言っていないのに

「ここはこうだろう!」って皆一斉にやってる。なんなんだよ、この人たちは!!

ここのところ、ずっと忘れていた感覚。

 

今日、Aオケの練習中、カドピが遅れてやってきて席に座ったとき

ちらっと顔見たんだけど、こりゃ顔合わせて一言でも言葉をかわすと

お互い泣き出しそうだ、って思って、練習終わってもぜんぜん挨拶もしなかった(笑)

 

K山クンが本番直前の舞台袖で、「グレイトのどの部分が好き?」って聞いてきて

もう好きな部分がどんどんあふれてきて答えに迷っていると、

僕が好きな箇所を共有して意識して一緒に弾きたかったみたいで、

自分の好きな箇所を教えてくれて、本番中僕もK山クンが好きな箇所を意識して

その部分を一層楽しく弾いた。

 

スークではM記さんにものすごぉく練習つけてもらって、本当にお世話になった。

本番中、M記さんとの練習した風景が本当に走馬灯のように頭に浮かんで、

スークが終わって休憩中、舞台裏でお互い喜び合った。

 

 

今更ながら気がついたのだけれど、ここにいる僕はものすごく安心しているようだ。

僕は普段、絶対安心しないのだけれど、どうも“安心”している。

安心しすぎて気が緩んで、詰めが甘くて失敗しちゃう部分もあって申し訳ないのですが・・・。

 

自分が好きでやっていることで、そこに集う皆が楽しく笑顔でいられることは、これ以上ない幸せなことだ。

好きなことはもっともっと好きになって、いろんな雑念が削げ落ちれば落ちるほど、

“幸せ”ってものの純度が増すのだろう。

 

でもまぁ、僕は皆で楽しく演奏できれば、それでいいんです。ただそれだけ(笑)

 

 


人間の善意の結集

2011年01月17日 05時04分46秒 | ヴァイオリン
“すべてを懸けた”といっても過言ではない、1.15が終わった。
(そのために各方面には多大なご迷惑をおかけすることになったことは、
この場でまずお詫び申し上げます)

今回一緒に乗ったPerc.M君が
「信頼関係によって音を出すことが目の前で行われていて
音が合うことが“奇跡”ではなく“必然”を持ってあらわれていて
ひとつひとつ音が出てくるごとに舞台上で本当に感動していた。。」
と言っていた。
忘れていたのか、わかっていなかったのか・・・とにかくものすごく大切なものを
思い出させてもらった、と感慨深く言っていた。

僕はM君のこの言葉を聞け、それをしゃべっている姿を見られただけで
誰が何と言おうと、もうそれだけで充分だった。

GAOさんやSちゃんやI先生や・・・
今回は本当に心から純粋に音楽を愛する人たちが加わり
さらに音泉の本来もっていたものが増幅された感じがする。

それになんといってもM先生の力は強烈だった。
プロの持つ力に加え、音楽に対する純粋な情熱と想い。
前回のコンチェルトとは全く違う感動。
強化練習の時から、こうやって一緒に音を出していることに身震いするほど感動した。

当然ながらS先生の陰ながらのお力は言うに及ばず、団長、監督、
自分ができることを進んでやっていく仲間たち、
皆の力が、これが“音泉”なんだなぁ、という演奏会にしていった。

今回の音泉の音楽は、まったく“邪気”のない、“無邪気”なもの。
これに尽きるんだろう。



本番でのことは、うまく言葉で表現できない。
言葉にしようとすると違ってきてしまう。
言葉ではない形にならない目に見えないもの、それこそが本質なのだろう。


感じたことをつらつら書くと・・・

とにかく前日が異常に緊張していた。
もうことあるごとに「緊張する、緊張する」って言っていた。
いろんなステージに乗ってきたけれど、今までにないくらい紀尾井のステージに
緊張していた。

当日になってバタバタ動き回って、リハのために自分の席について
ステージから客席をみた途端、・・・ものすごく落ち着いた。
あぁ、いいホールってこうなんだなぁ、と思った。

・・・すごく落ち着く。

ここで繰り広げられてきた数々の名演奏、数多くの音楽家やスタッフの想いが
ここをこんなふうに育てたんだなぁ、と感じた。


本番の演奏では、
皆の出す音、ひとつひとつに魂が奮わされ
皆もそう感じていることがわかり、仲間の出す音に勇気づけられ応えていった
その積み重ねがああいった音楽になっていったのだろう。
ああいう場面では、本当に“人間力”が出る。
嘘偽りない、その人が根底に持っているそのままのものが音となって現れる。
・・・恐ろしいもんだ。


正直なところ
これからが大変だなぁ。。と思う。
そんじょそこらの演奏じゃ、満足できなくなっちゃっただろうし
そこに留まっているんじゃ満足できず、さらに自分の音楽を深めていきたいし・・・。

そのためにも、まずは自分の足元からしっかり固め直していかなくては。



総括

2009年03月09日 19時40分45秒 | ヴァイオリン
Aオケの本番が終わり、ずう~っと
なんともいえない悶々とした感情に捕らわれている。

金・土・日の練習、本番で、いろいろと思うところがあり、
本番での自分の弾き方(・・・かかわり方といったほうがいいかもしれない)は
あれでよかったのかなぁ。。とずっと落ち込んでいた。


どうもAオケはやればやるほど、悩みというか不満がたまる。。


“オケマン”として、いろんなところに「ごめんなさい」と謝りたい気持ち。
きちんと“空気”がつくれなかったもどかしさというか。。


はっきり総括しないと次へ進めないので、なんとか考えをまとめようと思うのだけれど
どうもしっくりいかない。。
悶々としながらも仕事の予定を立てていたら、今後3月は猛烈に忙しくなることが判明し、
かなり慌てた



ひと仕事して、音泉団長が制作したHPの団員専用サイト(試験中)を覗いていたら、
なんと
「裏グレイト」の音源発見

聴いたら、かなり気持ちが楽になった
(団長、ありがとう 演奏直後の“アレ”も入っていて臨場感たっぷり)

弦の躍動が“音泉ぽい”ことがすごい。
上と下を“巨頭”で挟まれるとこうなるのか、って驚いた。
コンバスってこんなにかっこいいんだ、って初めて思いました




なに悶々としてんだよっ、って感じ。



グレイト、グレイトッ!

2009年03月06日 04時22分58秒 | ヴァイオリン
ここのところ、シューベルトの素晴らしさに心酔している。
昔は、結構退屈だと思っていたのだけれど、僕も歳をとったということか。。

先日、撮影で演奏されたシューベルトも、心が洗われるような感じで
なんでこんなに混ざりっけがない音楽なんだろう、と感動する。

Aオケでの「グレイト」の演奏も、もうホントあと数日で終わってしまうかと思うと
ものすごくさみしい。。
仕事がどんなに大変で、どんなに疲れていても、
「グレイト」を弾くと、疲れなんて吹っ飛んでしまう。
(別の意味でぐったり疲れたりするけれど・・・4楽章とかやると)
明日というか今日、練習で「グレイト」をやると想像するだけで、
もう興奮してなかなか眠れない。こんな時間になってるし・・・。
楽譜を見直したいし、じっくりさらい直したいし、やりたいことは山ほどある。
(仕事もしなくちゃならないし)

ウィーン・フィルの「グレイト」の演奏を聴くと、古きよきウィーンの香りにつつまれて
優しい気持ちになる。
ベルリン・フィルだとこうはいかないところが、音楽の奥深さ。

オーケストラというのは、こういう曲をやるといろんなものがあぶりだされてくる。

一音一音、慈しみながら味わいながら、最後まで演奏していこうと思う。


音泉・ドボコンinカザルス

2009年01月12日 01時20分43秒 | ヴァイオリン

一体誰がこんな結果になることを予想しえたであろうか・・・。

1週間前の最後の練習の時でさえも、結局のところまったく音泉らしさのかけらもみえず
ただ、重苦しさだけが残って、


とにかく、苦しかった。


特に管楽器のみんなの緊張と苦しさは、弦楽器の僕の想像以上のものだったと思う。

こんな「苦難の道」をあえて選択した団長と音楽監督の苦しさも、
並大抵のものではなかったはずだ。

そして、「指揮なしドボコン」というこんな無謀な試みに参加してくださった
ソリストのM先生の心中も・・・。


そんなみんなが苦しみぬいた末に出した、本番のカザルスホールでの音。


あのステージで起こったことは、誰が何と言おうと、誇れるものだ!


管楽器の、あの覚悟を持った音に驚き、「音程どうのこうの」「タイミングどうのこうの」を超えた
みんなが奥底に持っている「人間としての力」に、心から尊敬の念が湧きあがった。


“これは・・・、すごい演奏会になる!”


ソリストの音、オケの音、そしてドヴォルザークの音楽。

管楽器のみんなは到底そんな余裕はなかったと思うけれど、
弦楽器のほとんどすべての人たちは、心で泣きながら弾いていた。
実際に泣きながら弾いていた大男もいたけれどね。。

みんな、泣いたよ。

みんな同じように苦しかったんだよね。

いつもおとぼけなTさんは、今回、『音泉生命を懸ける!』と言って臨んでいた。
練習の合間の休憩時に、団長と音楽監督が煙草をふかしながら

 “クラ、ダメだねぇ。。”
 “そうねぇ。。代わってもらおうか”

などと言っている夢を、しょっちゅうみていたそうだ。
最後の最後まで、どう吹こうか悩んで苦しんでいた。

みんな、そんな感じだったんだろうと思う。

副代表きつねクンは、某神社まで神頼みに行ったらしいし・・・。


みんなが感じている苦しみを、自分のことのように思い、それを乗り越えた時に迎えたものが
あんなに神々しいものであるとは!

心理学的に、苦難や困難を一緒に乗り越えると、絆はより深まるらしい。

音泉はさらに団結を増し、次のステージへ向かいます!



※今日、カザルスホールで録音してくれた本番の音源を聴いちゃいました。
(ブランデンとアンコールだけね。ドボコンはまだ聴けない・・・)
アンコールが、素晴らしいです!
「アレンジ」、「構成」の素晴らしさに驚いた。
さすが、音楽監督!
“あ~いい演奏会だったなぁ”、っていうことがアンコールを聴いただけで伝わってくる。
近々関係者のみなさまにはお配りいたしますので、お楽しみに。。



『愛』について考える。

2008年12月15日 06時16分55秒 | ヴァイオリン
団長ブログ越路吹雪の「愛の讃歌」を観ていて、あ~やっぱり人間(生物)社会の根幹は
「男女の愛」なんだよなぁ、とあらためて意識をした。

歌にしろ映画、小説にしろ、「男女の愛」をテーマにしたものは涙を誘う。
「愛の讃歌」があれだけ力を持って人々の心に響くのは、みんなああいうことを望んでいて
でも、できない。でも、望んでいたい、とかいろんな思いがあるからだろう。
やっぱりお金がないと・・・とか突然現実が迫ってきたり。

最近特に世の中がせちがらくなっているのは、
「男女の愛」が「偏狭」になっていることが、大きな要因なのだろう。
大いなる愛に囲まれていれば、ここまでせちがらい世の中になっていないと思う。
みんな、こんな世の中はイヤダ って思っているわけで、
心が荒れた時には「男女の愛」に立ち返ることが、心を穏やかに満たすことになる。

来年の大河は「愛」の武将らしいし、
年明け音泉東京公演も「愛」がテーマだし(えっ そうなの

来年は【愛】だな

今年の紅白も、最後は全員で「愛の讃歌」を歌うってのはどうよ  



『愛』について(団長ブログへのコメント)

2008年12月14日 21時58分25秒 | ヴァイオリン
最近『愛』についてにぎやかな団長ブログにコメントしようとしたのだけれど、
何度やっても【イメージ検証】が「入力した文字がイメージと一致しません」と出てしまい、
挙句の果てに書いたコメントが消えちゃって、撮影から帰って来てものすごく疲れてて
早く寝たいので、こっちに書いておきます。

(前はちゃんとコメント投稿できたのになぁ。。
【イメージ検証】半角で入力したし、ためしに全角でも入れてみたのだけれど、
コメント拒否されちゃいましたよぉ

以下、団長ブログへのコメントです。 

 

どうも、こんにちは。おじさんです!
 (注:なんかブログで“おじさん、コメントせぇ”とふられてたので・・・)


『愛』と一文字であらわすと、とても大きくて捕えどころがなくて、ちょっと恥ずかしいのですが、
『愛でる(めでる)』とか『愛しむ(いつくしむ)』とかに言い換えると、
なにか手の中で大切にあたためて育んでる感じが生まれてきます。

『愛』というのは、手の中でいつくしむ感じがするなぁ。
だから楽器を演奏することは、『愛』が生まれやすいのですね。
だからこそ、こうやって何百年も人々を感動させるものが生まれたんだと思います。
これが足だけで演奏してたら、ここまではいかなかったんじゃないか、と
いささか乱暴ながら思います。

ウィーン・フィルを聴きに行くと、ものすごく音楽に対する愛を感じるんですよ。
ものすごく綺麗な器を手に持って、大切になでてる感じ。
『音楽』って目に見える形ではないのだけれど、『愛』をもって演奏されると
とたんに目の前に立ち現れてくる。

『知性』とか『人間性』(究極的には音楽監督的にいうと『人間力』)が、
最終的にはすべて音楽に現われてくる。
音泉ほど、“面白い”知性を持った人たちが集まってる音楽集団はないと思っているので、
みんなが自分たちの『愛』の形を、それぞれの立場で出すことができれば、
きっといい音楽が生まれてくると思っています。



以上、コメントでした。 


音泉東京公演のお知らせ

2008年12月09日 12時08分52秒 | ヴァイオリン

下のコメントでつっこみが入ったので、きちんと告知いたします。

             【表面】

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             【裏面】

       クリックして拡大

音泉室内合奏団第26回演奏会東京公演

2009年1月10日(土)19:00開演(18:30開場)

日本大学カザルスホール

入場料1,500円(全席自由)

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 Op.104 〈チェロ独奏:三森未來子〉

J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第2番 ヘ長調 BWV.1047

モーツァルト:セレナード第11番 変ホ長調 KV.375 八重奏版

 

【お問い合わせ】

音泉室内合奏団事務局
TEL:047-359-5407
E-mail:c.e.onsen@act5.co.jp

ホームページはこちら

 

 

 

特別付録【ちらし見どころ】

ちらし表面の絵は、北原和夫画伯作。

ちらし裏面のメンバー写真は、写真家:北澤壯太氏撮影。

その下のうっすらとうつっている北アルプスの山々は、当団Vn.山小屋主人:K山氏撮影。

ドヴォルザークの『故郷に帰りた~い』という声を、ちらし制作者:おとぼけT女史が

自分に重ね合わせイメージしたもの、らしい。。

 

そして、当団代表Y崎氏による『音と泉と草原』 (拡大して読んでね)

この寄稿文を読めば、もうあなたも音泉のト・リ・コ

 

 


『大冒険』の前に・・・

2008年12月07日 15時14分36秒 | ヴァイオリン

夏休み公開予定だったカバたちの『大冒険』が、どうもお正月休み上演になりそうな

今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

ものすごい久し振りにブログの編集画面にログインしてみると、一向に更新しないブログなのに

毎日のぞいてくださる方々もいらっしゃることがわかり、涙で画面が見えず

文字が打てgkdさぽlkgd
あああああああああああああああああああああ

 

音泉東京公演も近いということで、ブログで宣伝もしろっ という

自称音泉NO.4(宴会四天王? 変態四天王か・・・)Tさんにつっつかれ

合宿もあったことですし、久し振りに更新だぁ (久し振りだと支離滅裂)

 

先週土日、音泉室内合奏団東京公演のための合宿が、河口湖で行われました。

土曜日は撮影だったので、僕は仕事が終了後ひとりひとひと~り車で河口湖へ

途中、空腹と睡魔に襲われながらもなんとかたどり着いたら、ちょうど練習が終わったところ。

今回初めてドボコンのチェロソリスト様が参加なさる、という大切な合宿でしたので、

Tさんが録音しておいた練習音源を早速聴き、その日の練習の様子に思いを馳せる。。

 

宴会は、相変わらずでしたねぇ。。

ほんと相変わらず・・・。

 エガ●ラ入ってるIクン

副代表に就任し、さらにパワーアップ

 あんなことや

 こんなことで

もう大騒ぎでした。

 

その他大変やばい写真もございますが、それはさすがの僕もアップを控えます・・・

26thのCDジャケットで使うかも。。お楽しみに。

でも、楽しかったぁ

さて、翌日

とてつもない好天に恵まれ、富士山のなんと美しいこと

こういう景色が見られるサ●ーデはやっぱりいいなぁ。。などと、その空気を堪能。

 

さて、今回のプログラムは

・モーツァルト:セレナード第11番 八重奏版

・J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第2番

・ドヴォルザーク:チェロ協奏曲

というラインナップ。

場所は、室内楽の電動、あ、違う・・・『殿堂』カザルスホール。

カザルスでドボコンかぁ。。しかも指揮なし。えっ、指揮なし??

ふっふっふっ、音泉をなめちゃいけませんぜ。

「できるかできないか」ではなく、「あ、なんか面白そう・・・」ってのが音泉スピリッツ

音泉魂じゃあああ

固定観念には捕われない。それが、音泉。

 

でも、ドボコン合わせてみて、まだ「ドボコン」というとても大きなイメージがあって

それに捕われている感じがした。

ドヴォルザーク チェロ協奏曲 という大きな塊。

バッハのブランデンも実は協奏曲なのだけれど、やってみると全然「協奏曲」という

感覚で弾いていない。(曲の特徴とかの違いにもよるけれど)

とても自由でのびのびと明るい。

あ~音泉で弾いてる、っていう感じがする。

ドボコンもなんとかこんな感覚にもっていけないかなぁ、というのがいまの僕の心境です。

曲が難しいのは当たり前のことなのですが、ね。

ブランデンとドボコンを並べた意図はここにある、と思っています。

実は、協奏曲であろうが交響曲であろうが、合奏すること自体が協奏曲なのであって、

名前や固定概念に捕らわれて音楽そのものを見失ってはいけないんだ、っていう

どこかからの声が聞こえてきます。

特に音泉においては、そうだと思っています。

 

このドボコンを書いたドヴォルザークの心境を肌で感じるために

われらがカドピは、いま、アメリカにいます。

そうです。みんなは知らないと思いますが、カドピはこのドボコンのために

作曲家の心境を感じるためだけに、アメリカに渡ったのです (うそぴょ~ん)

今回の合宿でMさんの隣で弾かせてもらって、とても勉強になりました。

年が明けて、「故郷への想い」と「アメリカの思い出」を身にまとったカドピと弾くドボコンも

とても楽しみです。

音泉のみんながそろって、どこまであの曲の真髄に迫れるか。

この1ヶ月、やれることはまだまだあります。

仕事もまだまだあるぅ

 

 


~はじめてのおでかけ~ 『ヒッポとピッポの大冒険』 <予告編>

2008年07月24日 05時35分18秒 | ヴァイオリン

ヒッポとピッポ。ふたりが見た、生まれてはじめての風景。。

      

 

そして、未知なる生き物との出会い・・・

 

この食べ物は、いったい何?

     

この飲み物とは・・・

     

そして、その場で叫ばれていた“るねっさ~ぁんす”の意味とは?

 

 

行く手を阻むかのような不気味な霧・・・

この先には、いったい何が待ち受けているのか!

 

不気味な謎の石像。。

ここに謎を解く鍵が隠されているのか!

 

この温かい水はいったい何??

 

 

 

 

 

大自然におののき・・・

     

癒され・・・

音楽を愛し・・・

 

ふたりが繰り広げる冒険の数々。。

     

 

 

 

ふたりが歩く感動のロード・ムービー 『ヒッポとピッポの大冒険』

次週公開予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒッポとピッポがはじめて見たもの。

それは、あなたが忘れかけていたものなのかもしれない・・・。