オーケストラで“演奏したい曲”で常に上位にランクされる
ベートーヴェン 交響曲第7番 (通称ベト7)
今日はベト7での思い出を少し綴ろうと思う。
(おぉ、久々のオケネタ)
僕がベト7と初めて出会ったのは『小澤/ベルリンフィル』の演奏。
テレビの特番で、ベト7の最後の部分が流された。
なんてカッコイイ曲なんだろう と僕はぶっ飛んだ。
輝くばかりの弦の響き
ノリノリのあのリズム
なんとしてでも全曲聴きたい! と思ったが、まだお小遣いでLPも買えない頃。
(CDなんてものはない、LPの時代・・・)
専門のレコード店なんてものはなく、楽器店のコーナーにレコードがあった。
なにせ地方の一都市の楽器店なんて、品揃えはたかがしれている。
そんな中で棚にウヤウヤしく鎮座している物体が・・・
カラヤン/ベルリンフィル『ベートーヴェン交響曲全集』
しかも≪第九リハーサル付き≫というのが泣かせる。
値段は子供の手が届くものではない。
楽器店に行くたびに、いつかはあれを買うぞ、あれを買うぞ、と恋焦がれ、
絶対売れるな!と懇願すること数ヶ月。。
翌年、お年玉をすべてつぎこみその百科事典のような全集を買った。
僕にとって、まさにそれは“百科事典”だった。
(スコアも徐々に買いそろえ、とにかくそれからはベートーヴェンしか聴かなかった。)
******
さて、曲を聴いたら、今度は実際に生で聴きたくなるのが世の常。
何度もいうが、地方の一都市。オーケストラの演奏会なんて年に1、2回しかない。
どこかベト7やらないかなぁ・・・と思っていたら、ついにきた!
小林研一郎指揮/読売日本交響楽団。
炎のコバケンのベト7だ!
当時“読響”は団員は男性ばかりで、きっとエキサイティングなベト7が聴けるぞ、
と勇んで出かけた。
前プロは何をやったのかまったく覚えていない。
どうもいまひとつだった感は覚えている。
そして、待ちに待ったベト7。
第1楽章が始まる。。
う~ん、僕が思い描いていたリズムとちがう。
そして、第4楽章へ。
リズムへの違和感はあるものの、民族的で土臭い音楽。
僕にはこんなリズム感はだせないなぁ。。と感嘆した。
そして、アンコールの「ハンガリー舞曲第1番」ですべてつながった。
このハンガリー舞曲はすさまじかった。
さすがコバケン。<ハンガリーの英雄>と呼ばれる意味がわかった。
リズムのすさまじさに、演奏会が終わってもしばらく席から立ち上がれなかった。
********
それから月日は流れ、僕は大学オケに入団する。
4月の「スプリング・コンサート」でのメインがベト7だった。
なにせ弾いている人数より、周りで聴いている人数のほうが多いオケで、
練習を見学する場所取りだけでもたいへんだった。
でも、オケの練習を見学することはこのうえなく楽しかった。
ベト7のスコアにはその時赤えんぴつで書き込んだ、曲に対する注意事項が
いまでもはっきり残っている。
練習後のパート会で、セコバイ首席の先輩が、
「4楽章12小節目、1番カッコのところは4年生はSul Gで弾いてください」
と言ったときは、おぉさすが4年生はそんなこともできるんだ。。と妙に尊敬したことを思い出す。
その当時、練習が終わってからはいつも誰かの部屋にいき、お気に入りCDを持ち寄り
それを聴きながら、音楽やオケの話を夜を徹してしていた。
そのときにずいぶんいろいろなベト7を聴いた。
僕は4楽章・終止部 ストバイとセコバイがかけあいになり徐々に盛り上がりをみせ、
ついに頂点へ到達する(3度でのハモリの)404小節目がすべてだと思っている。
ここを満足させてくれるのが我らがクライバー/ウィーンフィル。
何度聴いても泣ける
クライバー
********
最近ベト7を聴いたのが去年だったか、デュトワ/N響。
埼玉会館で仕事があって、ポスターにデュトワ/N響が。
曲がリヒャルトのドン・ファンとベト7。(あと1曲は忘れた・・・)
即チケットを購入した。
N響は学生時代、毎週のように定演に通っていた。
終演後は原宿のマックで、仲間たちとその日の演奏の感想を語り合った。
その当時のN響は指揮者によってまるで出来がちがっていて、えらくがっかりさせられたり
逆に驚くような演奏を聴けたり、とにかくムラがあった。
久々のN響で楽しみにして行った。
学生時代、アドヴァイザーとしてお世話になった先生方が、
お元気でバリバリ弾いていらっしゃっる姿を見て、とてもうれしかった。
なにが驚いたかといえば、ヴィオラトップに店村眞積さんがいらしたこと。
なにせ久々のN響だったもので、メンバーの入れ替わりをまったく把握していなかった。
篠崎史紀さんがコンマスになったときも、ものすごく驚いたが
(宇宙戦艦ヤマトのサウンドトラックや三枝さんのCDとかで音は聴いていた)
ヴィオラにあの店村さんがいるとは
ベト7はとにかくヴィオラ軍団がすさまじかった。
すごい演奏だった。
デュトワさんは1楽章と2楽章の間を間髪いれず始めていた。
なるほど・・・
N響恐るべし の一夜だった。
これからもベト7とはいろいろなところで出くわすと思う。
永遠に皆に愛される曲ですね。
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ベートーヴェン 交響曲第7番 (通称ベト7)
今日はベト7での思い出を少し綴ろうと思う。
(おぉ、久々のオケネタ)
僕がベト7と初めて出会ったのは『小澤/ベルリンフィル』の演奏。
テレビの特番で、ベト7の最後の部分が流された。
なんてカッコイイ曲なんだろう と僕はぶっ飛んだ。
輝くばかりの弦の響き
ノリノリのあのリズム
なんとしてでも全曲聴きたい! と思ったが、まだお小遣いでLPも買えない頃。
(CDなんてものはない、LPの時代・・・)
専門のレコード店なんてものはなく、楽器店のコーナーにレコードがあった。
なにせ地方の一都市の楽器店なんて、品揃えはたかがしれている。
そんな中で棚にウヤウヤしく鎮座している物体が・・・
カラヤン/ベルリンフィル『ベートーヴェン交響曲全集』
しかも≪第九リハーサル付き≫というのが泣かせる。
値段は子供の手が届くものではない。
楽器店に行くたびに、いつかはあれを買うぞ、あれを買うぞ、と恋焦がれ、
絶対売れるな!と懇願すること数ヶ月。。
翌年、お年玉をすべてつぎこみその百科事典のような全集を買った。
僕にとって、まさにそれは“百科事典”だった。
(スコアも徐々に買いそろえ、とにかくそれからはベートーヴェンしか聴かなかった。)
******
さて、曲を聴いたら、今度は実際に生で聴きたくなるのが世の常。
何度もいうが、地方の一都市。オーケストラの演奏会なんて年に1、2回しかない。
どこかベト7やらないかなぁ・・・と思っていたら、ついにきた!
小林研一郎指揮/読売日本交響楽団。
炎のコバケンのベト7だ!
当時“読響”は団員は男性ばかりで、きっとエキサイティングなベト7が聴けるぞ、
と勇んで出かけた。
前プロは何をやったのかまったく覚えていない。
どうもいまひとつだった感は覚えている。
そして、待ちに待ったベト7。
第1楽章が始まる。。
う~ん、僕が思い描いていたリズムとちがう。
そして、第4楽章へ。
リズムへの違和感はあるものの、民族的で土臭い音楽。
僕にはこんなリズム感はだせないなぁ。。と感嘆した。
そして、アンコールの「ハンガリー舞曲第1番」ですべてつながった。
このハンガリー舞曲はすさまじかった。
さすがコバケン。<ハンガリーの英雄>と呼ばれる意味がわかった。
リズムのすさまじさに、演奏会が終わってもしばらく席から立ち上がれなかった。
********
それから月日は流れ、僕は大学オケに入団する。
4月の「スプリング・コンサート」でのメインがベト7だった。
なにせ弾いている人数より、周りで聴いている人数のほうが多いオケで、
練習を見学する場所取りだけでもたいへんだった。
でも、オケの練習を見学することはこのうえなく楽しかった。
ベト7のスコアにはその時赤えんぴつで書き込んだ、曲に対する注意事項が
いまでもはっきり残っている。
練習後のパート会で、セコバイ首席の先輩が、
「4楽章12小節目、1番カッコのところは4年生はSul Gで弾いてください」
と言ったときは、おぉさすが4年生はそんなこともできるんだ。。と妙に尊敬したことを思い出す。
その当時、練習が終わってからはいつも誰かの部屋にいき、お気に入りCDを持ち寄り
それを聴きながら、音楽やオケの話を夜を徹してしていた。
そのときにずいぶんいろいろなベト7を聴いた。
僕は4楽章・終止部 ストバイとセコバイがかけあいになり徐々に盛り上がりをみせ、
ついに頂点へ到達する(3度でのハモリの)404小節目がすべてだと思っている。
ここを満足させてくれるのが我らがクライバー/ウィーンフィル。
何度聴いても泣ける
クライバー
********
最近ベト7を聴いたのが去年だったか、デュトワ/N響。
埼玉会館で仕事があって、ポスターにデュトワ/N響が。
曲がリヒャルトのドン・ファンとベト7。(あと1曲は忘れた・・・)
即チケットを購入した。
N響は学生時代、毎週のように定演に通っていた。
終演後は原宿のマックで、仲間たちとその日の演奏の感想を語り合った。
その当時のN響は指揮者によってまるで出来がちがっていて、えらくがっかりさせられたり
逆に驚くような演奏を聴けたり、とにかくムラがあった。
久々のN響で楽しみにして行った。
学生時代、アドヴァイザーとしてお世話になった先生方が、
お元気でバリバリ弾いていらっしゃっる姿を見て、とてもうれしかった。
なにが驚いたかといえば、ヴィオラトップに店村眞積さんがいらしたこと。
なにせ久々のN響だったもので、メンバーの入れ替わりをまったく把握していなかった。
篠崎史紀さんがコンマスになったときも、ものすごく驚いたが
(宇宙戦艦ヤマトのサウンドトラックや三枝さんのCDとかで音は聴いていた)
ヴィオラにあの店村さんがいるとは
ベト7はとにかくヴィオラ軍団がすさまじかった。
すごい演奏だった。
デュトワさんは1楽章と2楽章の間を間髪いれず始めていた。
なるほど・・・
N響恐るべし の一夜だった。
これからもベト7とはいろいろなところで出くわすと思う。
永遠に皆に愛される曲ですね。
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